● 沈み込みプレート境界で起きるスロースリップに伴う水の挙動を解明
● スロースリップ発生時にプレート境界から水が浅部に排出される
● 注水実験と似た現象が関東地方の地下で起きている可能性を示唆
東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の中島淳一教授と東北大学 大学院理学研究科の内田直希准教授は、茨城県南西部のフィリピン海プレート(用語1)の上部境界周辺で発生する地震の波形を解析することで、プレート境界で約1年周期の「スロースリップ」(ゆっくりすべり(用語2))が発生し、それに伴って水が浅部に排出されていることを明らかにした。
本成果は、スロースリップによってプレート境界の水が移動することを示す初めての観測であり、プレート境界地震(用語3)の発生予測の高度化に向けた極めて重要な成果である。これまでプレート境界地震の発生予測の際にはスロースリップによる応力変化の影響だけが評価されていたが、本成果によって水の排出も考慮する必要があることが明らかになった。
研究成果は4月9日(英国時間)に英国科学誌「Nature Geoscience(ネイチャー・ジオサイエンス)オンライン版」に掲載された。
1990年代初めまでは、沈み込むプレートの上部境界は普段は固着しており、地震としてすべるか、またはずるずると安定的にすべるかのいずれかであると考えられていた。しかし1990年代後半に入ると、プレート境界でのスロースリップが世界の沈み込み帯で相次いで報告された。
スロースリップはプレート境界の巨大地震震源域の周辺で周期的に発生することが多く、震源域への応力蓄積に重要な役割を果たすと考えられている。一方で、スロースリップの発生域は水に富む領域であることがわかってきたが、スロースリップに伴う水の挙動は未解明だった。
西南日本を初めとする多くの沈み込みプレート境界では、人には感じないゆっくりとしたすべり(スロースリップ)が数カ月から数年周期で起こっている。スロースリップが発生すると周囲のプレート境界の応力状態が変化する。その応力変化が引き金となり、プレート境界の固着域で地震が発生する可能性が指摘されていた。実際、東北地方の沖合では2011年2月半ばからスロースリップが始まり、すべりの伝播先で約1カ月後に東北地方太平洋地震が発生したとの報告もある。
スロースリップ発生域のプレート境界は水の間隙圧(用語4)が極めて高い状態にあると考えられている。水は断層の破壊強度を低下させるため、スロースリップによって水の移動が起こると、周囲のプレート境界の強度が著しく低下する可能性がある。そのため、周期的に発生するスロースリップによる水の挙動を明らかにすることは、プレート境界地震の発生予測に極めて重要である。
そこで中島教授らは、茨城県南西部のフィリピン海プレートの上部境界付近の地震活動と地震波減衰(用語5)の時間変化を詳細に推定し、スロースリップによる水の挙動の解明を目指した(図1)。
2004年から2015年に発生した地震を用いた解析により、繰り返し地震(用語6)の活動が約1年周期で活発化すること、その活動と同期してプレート境界直上の地震波の減衰特性が大きくなること、さらにそれから数カ月遅れて浅い地震活動が活発化することが明らかになった(図2)。これら一連の活動は、以下のように考えると、その時空間変化を説明できる(図3)。
1) 繰り返し地震の活発化は、約1年周期で発生するプレート境界でのスロースリップが原因である
2) スロースリップに伴ってプレート境界の水が上盤に排出され、地震波の減衰を大きくする
3) 排出された水は数カ月かけて浅部に上昇し、上盤プレート内で地震を誘発する
この研究成果はスロースリップによって「水の移動」が起こることを示している。解析領域である茨城県南西部では、プレート境界から放出された水により上盤プレート内で地震活動が誘発された。しかし、上盤プレートの透水性が低く水が抜けにくい場合には、水はプレート境界を伝わり浅部に移動すると考えられる。移動した水がプレート境界の破壊強度を低下させ、そこで地震を誘発する可能性がある。これまで指摘されていなかったスロースリップの新しい役割だ。
今回の研究で明らかにした「プレート境界からの排水により地盤の構造が変化し、地震が誘発される」という現象は、人工的な注水実験(用語7)でみられる活動の推移とよく似ている。注水実験では、誘発される地震数は水の注入量に比例し、注水が終わると地震活動が低調になること、注水により岩盤の地震波速度が変化することが報告されている。この研究成果は、関東地方の地下において「天然の注水実験」が進行していることを示唆している。
これまでの研究では、スロースリップによる応力変化がプレート境界地震に与える影響のみが評価されていたが、プレート境界地震の発生予測には「水の移動」も考慮する必要があることがわかった。スロースリップとプレート境界地震の相互作用の研究に新たな方向性を示す重要な成果である。プレート境界地震の発生メカニズムの理解の進展に寄与すると期待される。
図1:解析した地震(色は深さ)の分布。
ピンク色の線はフィリピン海プレートの上部境界(数字はプレートの深さ:km)。右図は測線A-Bに沿う断面図。☆は繰り返し地震(☆は解析に用いた繰り返し地震)。
図2: (a) 上盤地震の地震数の時間変化(灰色)と地震の規模(白丸○)、(b) 繰り返し地震から推定したプレート境界のすべりレート(灰色)と地震の規模(白丸○)、(c) 地震波減衰の時間変化(色付き丸)とプレート境界のすべりレート。色は減衰の大きさ(左軸)に対応する。いずれも0.4年の時間窓で0.1年の移動平均をとった値を示してある。
図3: (a) スロースリップ発生時と(b)スロースリップ終了後の解釈図
1)フィリピン海プレート
地球の表面を覆っている厚さ50-100 kmほどの10数枚の岩盤(プレート)の一つで、関東地方から西日本、南西諸島の下に年間3-5 cmの速さで沈み込んでいる。
2) スロースリップ(ゆっくりすべり)
数日から数年かけてゆっくりと断層が動く現象。数カ月から数年周期で繰り返すことが多い。
3) プレート境界地震
大陸プレートとその下に沈み込む海洋プレートの境界で発生する地震。沈み込むプレートに引きずられて生じたひずみを解消する働きがある。1923年関東地震や2011年東北地方太平洋沖地震はプレート境界での巨大地震である。
4) 水の間隙圧
地盤内の水圧。
5) 地震波減衰
地震波が伝わる際に波の振幅が小さくなること。高温域や水に富む領域では減衰が大きくなる。
6) 繰り返し地震
断層上の小さなパッチ(固着域)の繰り返し破壊によって生じる地震。震源の位置や大きさがほぼ同じ地震が、ほぼ一定の間隔で繰り返す。観測される地震波形が似ていることから、相似地震とよばれることもある。
7) 注水実験
地下に人工的に水を注入し、それによって生じる岩石の破壊方向や地震活動を調べる学術的実験。注水による誘発地震は、1960年代にデンバー(アメリカ)の軍事工場で深井戸に廃液を注入した際に初めて報告された。これまでに、廃棄物処分、石油掘削、地熱開発などに伴う誘発地震が多数報告されている。
本研究は東京大学地震研究所共同利用「2017-D-21 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクトデータ」による首都圏地震観測網のデータ提供を受けました。また、日本学術振興会科学研究費補助金(JP16H04040, JP16H06475, JP17K05626, JP15K05260, JP16H06473, JP17H05309)の援助を受けました。
掲載誌:Nature Geoscience
論文タイトル:Repeated drainage from megathrusts during episodic slow slip
著者:Junichi Nakajima and Naoki Uchida
DOI: 10.1038/s41561-018-0090-z
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科
准教授 内田 直希(うちだ なおき)
電話:022-795-3917
E-mail: naoki.uchida.b6[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022−795−5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
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