東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ディリクレ形式とマルコフ過程 〜日本人が考案した一つの構成法〜

はじめに


数学専攻竹田雅好教授が、「対称マルコフ過程の確率解析とその応用」の業績により、第16回(2017年度)日本数学会 解析学賞を受賞しました。本賞は、解析学及び解析学に関連する分野において著しい業績をあげた方に授与されるものです。この業績について竹田教授に解説いただきました。



概要


ランダムな時間発展のモデルのなかで、マルコフ過程と呼ばれるマルコフ性を持つ確率過程のクラスがあります。マルコフ性とは「現在の情報が分かっていれば、未来の確率情報は過去の情報に依らない。」とか「現在の情報が分かっていれば、過去と未来は独立である。」と表現される性質のことです。そのうちでさらに時間反転で法則が変わらない対称マルコフ過程の性質を調べることが私の研究テーマです。



研究内容


マルコフ過程の研究においては、与えられた適切なデータをもとにマルコフ過程を構成し、その性質を調べることが最も基本的な問題です。平面や空間の領域においては、強力な構成法として伊藤清による確率微分方程式の理論があります。確率微分方程式は必ずしもマルコフ性をもたない確率過程の構成も可能であり、既に深い理論と広汎な応用が展開されています。一方、1970年代頃から、様々な物理モデルの研究を通じて、関数の空間やフラクタル集合(注1)など、局所構造が古典的なものと本質的に異なる特異な空間上にマルコフ過程を構成し、その確率解析を行うことが注目されるようになりました。この場合には、係数にある程度の滑らかさを必要とする確率微分方程式の理論は適用不可能となります。そのため、福島正俊により構築されたディリクレ形式(注2)によるポテンシャル論的構成方法の有用性が認識されるようになりました。この二つは適用範囲が異なり、それぞれ相補う理論と言えます。ディリクレ形式は、マルコフ性をもつ正値二次形式として定義され、「その定義域に十分豊富な連続関数を含む。」という容易な条件を確認することで、対称マルコフ過程が構成されます。状態空間として特段の構造を必要としない柔軟さが大きな利点であり、ここ40年間に理論と応用の両面で大きな進展を遂げました。

ディリクレ形式による構成方法は福島正俊によると述べましたが、彼は私の先生です。

私の大学院生時代には、上で述べた構成方法を内容に含む先生の著書「Dirichlet forms and Markov processes」(1980)は既に出版されていました。本が出版されるとそのテーマについては一段落するものですが、上で述べた進展は出版後で、テーマに応じて新たな課題も出てきました。ディリクレ形式論について福島先生から勉強するように言われたことはありませんでした。当時助教授であった方に「福島先生の本を読みませんか。」と誘って頂き読み始めました。(伊藤清先生は福島先生の先生ですが、伊藤先生も弟子に伊藤解析を勉強するように勧められなかったと聞いています。)それ以後は、マルコフ過程から定義される様々な確率的性質とディリクレ形式から定義される解析的性質の対応関係を用いて、対称マルコフ過程の研究を一貫して行なってきました。

一次元拡散過程は対称マルコフ過程の重要な典型例であり、フェラーの境界分類(注3)をとおして詳しく道の性質を調べることができます。 最近の私の研究は、一次元拡散過程に近い性質を持つ対称マルコフ過程のクラスを定義し、一次元拡散過程の次に詳しく研究すべき対象と考えて、そのスペクトル的な性質を調べています。 フェラーは名著「確率論とその応用」で名高い確率論学者です。1985年に開催された関西確率論セミナーにおける講演のなかで伊藤先生は、フェラーから聞いたヒルベルトの言葉 「非常に簡単な問題について、人よりずっと詳しく研究しなさい。そうすると、一般の場合が本当に分かる。」 を紹介されています。 その言葉をかみしめて研究を続けたいと思っています。



発表雑誌


著書「Dirichlet forms and symmetric Markov processes」(福島正俊, 大島洋一との共著)Walter de Gruyter (2011)の5章, 6章のいくつかの節の中で、特に、6.4節:Donsker-Varadhan type large deviation principle で、最近の研究について書きました。



用語説明


(注1)フラクタル集合
普通の図形は複雑にみえても拡大していくと滑らかになっていきますが、いくら拡大しても複雑さが変わらない図形があります。このような特徴をもつ図形を、マンデルブロがフラクタルと名づけました。

(注2)ディリクレ形式
従来ポテンシャル論は、ニュートン核やリース核など核に応じて考察されましたが、核によらないポテンシャル論構築のためブーリンとドゥニが導入しました。

(注3)フェラーの境界分類
フェラーは、一次元区間上の拡散過程が境界点の近傍でどのような挙動をするか調べるために、正則、流入、流出、自然の4つに境界点を分類しました。



問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科数学専攻
教授 竹田 雅好(たけだ まさよし)
電話:022-795-5774
E-mail:takeda[at]math.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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