● ミクロスコピック(注1)に量子状態を映し出すMRI(核磁気共鳴イメージング)を可能にする「核スピン共鳴プローブ顕微鏡」の開発に成功。
● 開発した核スピン共鳴プローブ顕微鏡を量子ホール系(注2)に応用することで、スピン状態をミクロスコピックに映し出すことに成功。
● 半導体など量子構造(注3)中にある原子核スピンの共鳴信号をミクロスコピックにとらえる手段がないという従来の課題をクリア。
● 様々な量子構造のMRI診断を実現することで、様々な量子状態の解明やスピントロニクス(注4)分野の促進に貢献することが期待される。
東北大学大学院理学研究科の橋本克之助教、冨松透助教、佐藤健技術職員、平山祥郎教授は、走査プローブ顕微鏡に(注5)核スピン共鳴技術を組み合わせた「核スピン共鳴プローブ顕微鏡」を開発し、髪の毛の細さの1万分の1の厚み、10分の1以下の幅に存在するスピン状態のMRI(核磁気共鳴イメージング)に成功しました。この研究成果は、量子構造における電子・原子核スピンの分布を明瞭に映し出す新しい技術を提供するもので、様々な量子状態の解明や、スピントロニクスデバイスのMRI診断への応用が期待されます。
なお、研究成果は英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に2018年6月7日午後6時(日本時間)に掲載されました。
核スピン共鳴プローブ顕微鏡(左図)を用いて得られた電子スピン偏極度Peのカラースケールイメージ(右図3枚)。電子が閉じ込められている白点線に囲まれた領域を流れる電流(図上に示す)によってPeが変化している。また、カラーパターンが出ている領域は核スピン偏極が生じている領域でもある。
MRI(核磁気共鳴イメージング)は、医療分野で病気の画像診断に広く用いられています。小さな病気を発見するためにはMRIを細かい画素で表示する必要がありますが、画素の間隔が髪の毛よりも細い数十マイクロメートル以下となるような高分解能診断は難しいのが現状です。
一方、量子構造を持つ半導体デバイスにおいても、MRIの根幹技術である核スピン共鳴が、量子構造のスピン状態を調べるための強力な手段として用いられています。しかし、MRIを半導体デバイスのようなナノからミクロンスケールに閉じ込められた構造に用いる場合は、前述の分解能の問題に加え、半導体中に埋め込まれた量子構造からの核スピン共鳴信号をどのように抽出するかが問題となります。
本研究では、走査プローブ顕微鏡に核スピン共鳴技術を組み合わせた「核スピン共鳴プローブ顕微鏡」(図1a)を開発し、半導体量子構造中にある原子核スピンの共鳴信号をミクロスコピックにとらえることに成功しました。開発した顕微鏡のデモンストレーションは、半導体構造に閉じ込められた電子に強い磁場をかけることで生じる量子ホール状態(注2)を利用して行いました。核スピン共鳴信号(図1b)の強度とナイトシフトと呼ばれる共鳴周波数のずれをマッピングすることにより、核スピン偏極領域(図2)と電子スピン偏極度の空間変化(注6)(図3)を明瞭に映し出すことに成功しました。
本研究成果は、量子構造における電子・原子核スピンの分布を明瞭に映し出す新しい技術を提供するものであり、今後、様々な量子構造のスピン状態、量子デバイスのMRI診断への応用が期待されることから、核スピンを用いたスピントロニクス分野の促進につながると考えられます。
本研究成果は、新学術領域「ハイブリッド量子科学」、科研費基盤研究(B)、基盤研究(C)、および東北大学スピン連携ネットワーク(CSRN)、スピントロニクス国際共同大学院(GP-Spin)の支援により得られたものです。
雑誌名: Nature Communications
論文タイトル:Scanning nuclear resonance imaging of a hyperfine-coupled quantum Hall system
著者:Katsushi Hashimoto, Toru Tomimatsu, Ken Sato & Yoshiro Hirayama
DOI番号:10.1038/s41467-018-04612-y
URL: http://www.nature.com/ncomms
注1) ミクロスコピック
肉眼では見えないマイクロメートル(1mmの千分の1)からナノメートル(1mmの百万分の1)の微小なサイズ。また、様々な現象を引き起こす微視的な原因となる要素のサイズを意味する。
注2) 量子ホール系(状態)
半導体量子井戸構造に閉じ込められた二次元電子ガスに強磁場を印可した際に生じる量子化状態。この状態では、電子と核のスピン(微小な磁石)が互いの磁気を感じあう特殊な状態が形成され、核スピン共鳴の抵抗検出が可能になる。
注3) 量子構造
半導体の場合、10ナノメートル(1ナノメートルは10-9 m、1mmの百万分の1)程度の構造を作り込むと、量子力学的な現象が顕著に表れ、従来のデバイスでは実現できない機能や性能を得ることができる。このように量子的な特性が表に出る構造を量子構造という。
注4) スピントロニクス
固体中の電子の電荷だけではなくスピンも工学的に応用する分野。今までのエレクトロニクスだけでは実現できなかった、スピンに由来する機能や性能を持つデバイスの開発が、現在行われている。
注5) 走査プローブ顕微鏡
走査プローブを用いた顕微鏡の総称。プローブ先端と試料表面の原子間に働く力や流れるトンネル電流を一定にしながら試料表面を走査することにより、試料表面形状を正確に画像化することができる。代表的なものとして、原子間力顕微鏡や走査トンネル顕微鏡、があり、本研究では前者を指す。
注6) 核スピン偏極による電気抵抗変化
特定の量子ホール系では、核スピン偏極による磁場により電子スピン状態が変化するため電気抵抗の変化が生じる。この性質を利用して、核スピンの電気的な高感度センシングが可能となる。
図1:核スピン共鳴プローブイメージング。a金属製ナノプローブに交流電圧を与えることでミクロスコッピック核スピン共鳴を引き起こし、電気抵抗変化による読み出(注5)により共鳴信号検出を行う。b電子が閉じ込められている領域、ホールバー(挿入図、上方に出っ張っている領域)の一方の端、位置i(挿入図)では、半導体構成元素である75As原子の核スピン共鳴信号(赤カーブ)が現れているが、ホールバーの中央と、もう一方の端、位置ii, iii(挿入図)では見られない(黒、青カーブ)。
図2:核スピン共鳴強度マッピング。試料の光学顕微鏡写真(a)の点線で囲まれた領域の核スピン共鳴強度イメージ(b)。異なる量子ホール状態ν = 1.10, 1.00でパターンが大きく変わり、核スピン偏極の領域が大きく変わっていることを示している。なお、図1の測定はν = 1.10の量子ホール状態の測定に対応している。
図3:図2のν = 1.00の量子ホール状態で核スピン偏極信号が領域全体で得られる場合のナイトシフトマッピング。パターンが見られる領域は、核スピン偏極が得られた領域で、ナイトシフト(Ks)、つまり電子スピン偏極度が変化していることを示している。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
助教 橋本 克之(はしもと かつし)
電話:022-795-5708
E-mail:hashi[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください