● 従来、電気を流さないとされてきたランタン酸化物が、薄膜にして酸素原子を一部引き抜くことで超伝導体になることを発見しました。
● 今回超伝導を示したランタン酸化物は、銅酸化物高温超伝導体の結晶の部分構造である絶縁ブロック層として知られており、これまでの銅酸化物高温超伝導体に関する常識と相反するものです。
● このランタン酸化物は岩塩構造という単純な結晶構造のため、他の機能性酸化物とのナノブロック積層構造を作ることで、新奇な超伝導体をデザインすることが可能です。
東北大学材料科学高等研究所の福村知昭教授らは東京大学大学院理学系研究科化学専攻の長谷川哲也教授と共同で、高温超伝導体結晶中の部分構造で絶縁体として知られるランタン酸化物が超伝導体となることを発見しました。
銅酸化物や鉄系化合物に見られる高温超伝導体は、いずれも電気を流さない絶縁ブロック層と超伝導を発現する電気伝導層が積み重なった層状構造を持ちます。この高温超伝導の発現メカニズムは、30年以上も未解明のままです。
研究グループは、パルスレーザー堆積法と呼ばれる強力レーザーを用いる薄膜作製法で、超高真空中でランタン酸化物を合成しました。得られた化合物は、よく知られた絶縁体のランタン二三酸化物La2O3ではなく、銅酸化物高温超伝導体の結晶に含まれる絶縁ブロック層と同じ岩塩構造をもつランタン単酸化物(LaO)であることが分かりました。La2O3は絶縁体ですが、その組成から酸素原子を一つ減らしたLaOは良好な電気伝導性を示し、約5 K以下でゼロ抵抗となる超伝導体になります。
今回の成果は、銅酸化物高温超伝導体中で絶縁ブロック層であったLaO層の役割について再考を迫るものです。また、超伝導体のLaOと他の機能性酸化物をレゴブロックのように重ね合わせることで、新たな現象や別の新超伝導体の発見につながる可能性があります。
本研究成果は、2018年5月21日付けで米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。
超伝導注1)はゼロ抵抗や完全反磁性注2)を示す物理現象で、電力損失のない送電線、リニアモーターカーの磁気浮上技術、電力貯蔵などエネルギー問題の観点からも重要です。それらの実用化には、できるだけ室温に近い高温まで超伝導状態を保つことができる高温超伝導体注3)が必要です。1987年に発見された銅酸化物高温超伝導体が通常の環境では一番高い温度で超伝導を示す物質です。それらの銅酸化物高温超伝導体は複数あり様々な結晶構造をもちますが、その共通として挙げられるのは、超伝導を発現する電気伝導層(CuO2層)と絶縁ブロック層の層状構造で構成されることです。その絶縁ブロック層の元素を別の元素で置換することで電気伝導層に伝導キャリアがドープされて超伝導が発現します。1986年にベドノルツとミュラー(1987年ノーベル物理学賞)が発見した最初の高温超伝導体である(La,Ba)2CuO4では、岩塩構造をもつLaO層が絶縁ブロック層に相当し、La3+の一部をBa2+で置換することで超伝導体になります。
そのLaOは1981年にバルク多結晶体の合成が一例ありますが、電気伝導性をもつことくらいしかわかっていませんでした。これは、ランタン酸化物はランタンの原子価が3価となるLa2O3が化学的に安定であるのに対し、2価をもつ単相のLaOは大気中では不安定で合成が困難であることに由来しています。そのため、ランタン酸化物は絶縁体であると一般に考えられてきました。
本研究グループでは、パルスレーザー堆積法注4)で薄膜を作製することにより、様々な希土類元素の単酸化物がエピタキシャル薄膜注5)として合成できることを報告してきました。超高真空中という強い還元雰囲気では、大気下では合成が難しい希土類単酸化物の合成も可能になります。本研究グループではイットリウムやサマリウムの単酸化物の薄膜合成に成功しており、これらは良好な電気伝導性を示します。今回はLaO薄膜の合成により、これまで報告のない基礎物性の解明を試みました。
本研究で作製した材料は岩塩構造をもつランタンの単純酸化物LaOで、1981年の高圧印加下で合成したバルク多結晶体の報告以降、研究の報告はありません。その1981年の報告では、良好な電気伝導性を示すことしかわかっていませんでした。図1のように、この材料は、銅酸化物高温超伝導体の母物質La2CuO4中の絶縁ブロック層と同じ結晶構造です。
今回、LaOと格子定数の近いYAlO3基板を用いて、LaOを安定化するように工夫をしています。図2に示すように、非常に低い酸素の圧力かつ摂氏250度~300度の限られた温度領域で、高品質なLaOエピタキシャル薄膜の合成に成功しました。YAlO3の格子定数はLaOより少し小さいので、LaOの結晶は薄膜面内方向に圧縮されます(図3挿入図左)。すると、薄膜面直方向のc軸方向にLaOの結晶は1-2 %ほど引き伸ばされます(図1右)。
得られたLaOエピタキシャル薄膜は、過去のバルク多結晶体と同様に良好な電気伝導性を示しました。それだけでなく、液体ヘリウム温度を超える最大4.5ケルビンで超伝導が発現することがわかりました(図3、青線)。
LaO薄膜は他の基板上でも成長します。YAlO3と異なりLaOよりも格子定数が大きいLaSrAlO4およびLaAlO3を基板に用いると、LaOは基板から薄膜面内方向に引張歪みを受けてc軸方向に1-2 %ほど収縮して成長します(図3挿入図右)。すると、YAlO3基板を用いたときよりも高温の5.2 ケルビンで超伝導を発現しました(図3左、赤線)。図3の二つの試料は電子キャリア密度がほとんど同じであることから、超伝導転移温度が異なるのは、結晶格子の歪みが異なることが原因として考えられます。このLaOのような単純な岩塩構造の超伝導体において、結晶格子の歪みの効果によって超伝導転移温度が変化した例はなく、理論的な解明が待たれるところです。
表1に示すように、構成元素が二つのみの二元系酸化物で超伝導を示した例はLaO以外では過去に4化合物のみで、チタンとニオブの酸化物に限られていました。また、これまで絶縁材料とみなされてきた二元系希土類酸化物系で超伝導を発現したのは、LaOが初めてです。LaOは単純な岩塩構造をもっているので、レゴブロックを積むようにヘテロ構造注6)を作製することが容易と考えられます。他の機能性酸化物とのヘテロ構造をデザインすることで、複合機能をもつ新超伝導体の発見につながる可能性があります。
また、銅酸化物超伝導体中の絶縁ブロック層として知られていたLaOが、LaO単相として単離することで超伝導体になったことで、高温超伝導発現のメカニズムの解明につながる可能性があります。
図1:高温超伝導体の母物質La2CuO4(左)と本研究で扱ったLaOエピタキシャル薄膜(右)の結晶構造。YAlO3(110)基板上では、LaOは基板に対して45度回転した状態でエピタキシャルに成長しています。
図2:YAlO3(110)基板上のLaO薄膜の合成条件。
ピンクで示した基板温度領域と酸素分圧領域でLaOエピタキシャル薄膜が得られます。
図3:YAlO3(110)基板上とLaAlO3(001)基板上に成長したLaO薄膜の電気抵抗率の温度依存性。逆三角形は超伝導転移が始まる温度を示す。図中はそれぞれの基板から受ける結晶格子の歪みの方向を示す。
LaOはエピタキシャル歪みの効果によっても、超伝導転移温度が変化します。
表1 超伝導を示す二元系酸化物。
LaOのデータは今回観測された最高の超伝導転移温度を用いました。
注1) 超伝導
金属、合金、化合物などの温度を下げていくと、ある種の物質で電気抵抗がゼロ(ゼロ抵抗)になり、完全反磁性を示す現象。超伝導転移温度よりも低い温度で超伝導状態になる。
注2) 完全反磁性
常伝導状態から超伝導状態に変化したとき、試料内部を通っていた磁力線が外部にはじきだされてしまう現象。超伝導体のもつ基本的な性質である。マイスナー効果とも呼ばれる。
注3) 高温超伝導体
一般に、絶対温度約25 ケルビン(約マイナス250度)以上の超伝導転移温度 を持つ超伝導体。たとえば、銅酸化物や鉄系超伝導体が知られており、これまでの最高温度は約150 ケルビンである(常圧の環境の場合)。
注4) パルスレーザー堆積法
強力な紫外レーザーを用いて、超高真空中で原料を瞬間蒸発させ、基板に原料 を薄膜として堆積させる合成手法。
注5) エピタキシャル薄膜
基板となる結晶の上に結晶成長を行なうことで、下地の基板の結晶面に対して一定の結晶方位で配列した薄膜。基板と薄膜の格子定数の違いが、エピタキシャル歪みとして薄膜に影響を及ぼす。
注6) ヘテロ構造
組成元素が異なる固体をパルスレーザー堆積法などの技術で積層させた接合体のこと。
"Superconductivity of Rock-Salt Structure LaO Epitaxial Thin Film"
(岩塩型LaOエピタキシャル薄膜の超伝導)
doi:10.1021/jacs.8b03009
※本研究はJST-CREST、JSPS科研費 JP26105002, JP17J05331, 基盤研究A(JP18H03872)、公 益財団法人三菱財団、東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター(CSRN)の助成を受けたものです。
<研究に関すること>
福村 知昭(フクムラ トモテル)
東北大学材料科学高等研究所 教授
Tel:022-795-7719
E-mail:tomoteru.fukumura.e4[at]tohoku.ac.jp
神永 健一(カミナガ ケンイチ)
東北大学材料科学高等研究所 博士研究員
Tel:022-795-3585
E-mail:kenichi.kaminaga.b4[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
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