東北大学 大学院理学研究科・理学部

トップ > お知らせ

NEWSお知らせ

膨張させるとスピン配列がねじれる磁石の発見

発表のポイント

● 元素置換によって膨張させると、スピンの空間配列にらせん状のねじれが生じるコバルト酸化物を発見しました。

● 超高圧下での酸化処理を行うことで、らせん磁性(注1)に必要なコバルト−酸素間の強い結合を保ちつつ、コバルト−酸素結合距離を増大させることに成功しました。

● 実験と理論計算を組み合わせることで、コバルト−酸素間の結合長を1%程度広げるだけで強磁性的なスピン配列がらせん状の配列へと変化することを明らかにしました。この成果は、圧力によるスピンの制御や圧力センサーへの応用展開につながることが期待されます。



発表概要


スピンがらせん状に配列したらせん磁性体は、スピンのねじれ方を情報として活用した新たなスピントロニクス材料(注2)となることが期待されている物質群です。ただし、このようならせん磁性を示す物質は非常に限られており、特にスピントロニクス材料の候補として古くから研究されてきたペロブスカイト(注3)型遷移金属酸化物での報告例は希でした。

今回、東京大学大学院工学系研究科の石渡晋太郎准教授(研究当時:JSTさきがけ研究者兼任)と大阪大学大学院理学研究科の酒井英明准教授(JSTさきがけ研究者兼任、研究当時:東京大学大学院工学系研究科 助教)らの研究グループは、超高圧酸化処理を行うことでコバルトと酸素の間に強い共有結合が形成されたペロブスカイト型コバルト酸化物の大型単結晶を育成することに成功し、コバルト−酸素間の距離をわずか1%程度増大させるだけで、室温強磁性状態がらせん磁性状態へと変化することを明らかにしました。

本研究成果は、新たな酸化物らせん磁性体開発のための設計指針をもたらすものであると同時に、新規な圧力センサー材料への応用展開が期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



発表内容


背景

強磁性体は、ハードディスクなどのスピントロニクス材料として広く使われています。ここでは、微小領域内で向きの揃ったスピンが生み出す磁化が情報の担い手となっており、外部磁場によって磁化及び情報の制御が行われます。しかし、制御用の磁場を発生させるための電流によって多くのエネルギーが消費されるという問題がありました。一方、スピンがらせん状に配列したらせん磁性体は、スピンのねじれ方を情報の担い手として活用できる可能性を秘めています。このスピンのねじれ方は、強磁性体の磁化反転に必要な電流に比べて、桁違いに少ない電流で制御できるため、らせん磁性体は従来の強磁性体よりも圧倒的に優れたスピントロニクス材料となることが期待されています。しかしながら、らせん磁性の多くは特異な結晶構造を有する磁性体において観測される希有なものであり、磁性材料として古くから研究されてきたペロブスカイト型遷移金属酸化物であっても、らせん磁性の報告例は限られていました。また、立方晶ペロブスカイトのようにシンプルな構造をもつ磁性体でらせん磁性を発現させるための設計指針は確立されておらず、らせん磁性スピントロニクスの発展につながる新物質・新機能の開拓は困難なものとなっていました。

内容

本研究グループは、立方晶ペロブスカイト型構造をもつSrFeO3が、鉄酸化物としては例外的にらせん磁性を示すこと、また同じ構造のSrCoO3がコバルト酸化物としては唯一の室温強磁性を示すことに着目しました。これらの特異な磁性は、異常高原子価と呼ばれる4価の鉄・コバルトイオンと酸素イオンの間の強い化学結合を反映したものだという理論的な提案がなされています。実際にSrFeO3のSrの一部をBaで置換して鉄と酸素の結合長を引き伸ばすと、らせん状のスピン配列のねじれ方が大きく変化することが知られていました。そこで本研究グループは、SrCoO3に対しても同様な元素置換を行い、コバルトと酸素の結合長を引き伸ばすことで、新奇磁性相を探索することを目指しました。しかしながら、これらの酸化物の合成には強い酸化雰囲気(注4)を必要とするために大型単結晶の育成が困難であること、またコバルトイオンの異常高原子価状態は酸素イオンを強く引きつけることで安定化するため、コバルト−酸素結合を引き伸ばしたBa置換体Sr1-xBaxCoO3の合成が難しいということが問題となっていました。

これらの問題を解決すべく、まず大気中で安定な3価のコバルトイオンを内包する酸素欠損ペロブスカイトSr1-xBaxCoO2.5の大型単結晶をフローティングゾーン法(注5)によって育成し、これに8万気圧の超高圧下での低温酸素アニール処理(注6)を行うことで、Sr1-xBaxCoO3 (0 < x < 0.5)の大型単結晶を得ることに成功しました。こうして得られた単結晶に対して、X線回折測定や東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設のパルス強磁場などを用いた磁化測定を行うことで、コバルト−酸素間の結合距離がわずか1%程度増大するだけで、室温強磁性相が新たな磁性相へと変化することを見いだしました(図1参照)。さらにスイスのポール・シェラー研究所にある大型中性子施設にて、新たな磁性を示す単結晶試料の中性子散乱実験を行うと同時に、東北大学の是常隆准教授と理化学研究所創発物性研究センターの有田亮太郎チームリーダーらによって第一原理計算が行われ、この新たな磁性相がらせん磁性相であることが確認されました。本研究により、立方晶ペロブスカイトのようにシンプルな結晶構造をもつ酸化物であっても、遷移金属と酸素の間に生じる強い化学結合を制御することでらせん磁性が生じうるということが、世界で初めて実証されました。これは酸化物らせん磁性体の新規開拓につながる新たな指針を与えるものだと言えます。

展望

本研究で得られたSr1-xBaxCoO3 は、薄膜基板上での単結晶成長に適したシンプルな立方晶ペロブスカイト型構造をもつため、酸化物スピントロニクスへの応用展開が期待されます。また、本研究で観測された結晶格子の増大による強磁性−らせん磁性転移は、負の化学圧力(注7)による磁性スイッチングと見なすことができます。この磁性スイッチングは、新たな圧力センサーや磁気アクチュエーターへの応用につながることが期待されます。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「超空間制御と革新的機能創成」研究領域(研究総括:黒田 一幸)における研究課題「極限環境でのナノ空間創製・制御による革新的電子材料の開拓」(研究者:石渡晋太郎)の一環として行われました。



発表雑誌


雑誌名:「Physical Review Materials」
論文タイトル:Negative-pressure-induced helimagnetism in ferromagnetic cubic perovskites Sr1−xBaxCoO3
著者:(H. Sakai, S. Yokoyama, A. Kuwabara, J. S. White, E. Canevet, H. M. Ronnow, T. Koretsune, R. Arita, A. Miyake, M. Tokunaga, Y. Tokura, S. Ishiwata)
DOI番号:10.1103/PhysRevMaterials.2.104412



用語説明


(注1)らせん磁性
結晶内のある特定の軸方向に進んだときに、その軸の周りでスピンの向きが一定の角度で回転するような磁気構造によって特徴づけられる磁性。

(注2)スピントロニクス材料
電子のもつ電荷の自由度だけでなく、スピンの自由度を情報処理や外場応答に活用した電子材料。従来の半導体エレクトロニクスと比べて消費電力が小さくまた高い機能性を有することが期待される。

(注3)ペロブスカイト
もともとCaTiO3の鉱物名であり、この構造をペロブスカイト型構造と呼ぶ。

(注4)酸化雰囲気
酸化反応が進みやすい雰囲気を指す。

(注5)フローティングゾーン法
単結晶育成法の一種。原料となる棒状の多結晶試料の一部を集光加熱によって融解させ、その融液部を温度の低い下方にゆっくりと移動させて冷却することで単結晶を得る方法。

(注6)低温酸素アニール処理
酸素欠損をもつ酸化物に対して、基本構造が壊れることのない比較的低い温度で行われる酸化処理。

(注7)負の化学圧力
結晶の基本構造を保ったまま元素置換によって結晶格子を圧縮させることを、物理的な圧力による結晶格子の圧縮とのアナロジーから、化学圧力をかけるという。ここでは格子を縮める(広げる)ような元素置換を正の(負の)化学圧力と定義した。



参考図


20181030.png

Sr1-xBaxCoO3の結晶構造と元素置換に伴う膨張・圧縮による磁性変化の概略図。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 是常 隆(これつね たかし)
E-mail:koretsune[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院 理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



お知らせ

FEATURES

先頭へ戻る