図:ローソン石を含む変成玄武岩。白い部分がローソン石。
国立大学法人東北大学大学院理学研究科博士課程前期1年の原智美、同東北アジア研究センター(兼務 同大学院理学研究科地学専攻)の辻森樹教授と、国立研究開発法海洋研究開発機構の常青技術副主幹、木村純一上席研究員による共同研究チームは、プレート収束域(沈み込み帯、図1)からマントル深部へと沈み込んで行く変成スラブ(注1)(変成地殻起源物質)の流体活動を読み解く「ローソン石」の新しい価値を提唱しました。
ローソン石(注2)はカルシウムとアルミニウムに富む含水珪酸塩鉱物で、沈み込み帯の変成スラブ中で深さ300キロ程度まで安定に存在できることが実験から明らかにされました。その高い含水量(約11.5重量%)から、マントル深部への重要な水のキャリアと考えられています。共同研究チームは、中米グアテマラ産の白亜紀の沈み込み帯深さ約90キロのエクロジャイト相(注3)の温度・圧力条件で変成した玄武岩(注4)とチャート(注5)に含まれるローソン石の微小領域ストロンチウム−鉛(Sr-Pb)同位体比分析に世界で初めて成功し、沈み込む前の玄武岩の性格、古海水の同位体組成、さらに変成スラブの複雑な流体の挙動をローソン石から解読できることを世界ではじめて示しました。
本成果はエルゼビア社の学術際誌「Lithos」の電子版に2018年9月19日に公開されました。
プレート収束域深部では活発な地震活動など、沈み込む変成スラブの脱水反応から様々な地学現象が誘発されていると考えられています。脱水反応から生じた沈み込み帯深部の水に富む流体は、変成スラブ内の変成作用(岩石の再結晶作用と変形作用)を促進し、様々な元素移動を媒介するとされています。近年、地震波トモグラフィーなどの地球物理学的手法から、沈み込み帯深部の実像が間接的に可視化できるようになってきましたが、現在の沈み込み帯深部を直接観察することは不可能です。そこで、地質学的な変動で、沈み込み帯深部から造山帯中に上昇した青色片岩やエクロジャイトなどプレート境界岩(低温高圧型変成岩)は、過去の沈み込み帯深部の現象を読み解く「窓」の役割を果たします。
ローソン石は低温高圧型変成作用の指標となる造岩鉱物で、沈み込み帯において深さ300キロ程度までの変成玄武岩や変成堆積岩に安定に存在します。その高い含水量(約11.5重量%)と微量成分のストロンチウムや鉛、希土類元素が比較的多く含まれる性質からマントル深部への水やそれらの元素を運搬する主要なキャリアと考えられています。
本研究は、ローソン石を含む変成岩においては、ローソン石が沈み込みスラブのストロンチウムと鉛の同位体比を代表していると予測し、さらに、他の微量元素の特徴を総合してスラブ流体の活動記録を解読できると考え、レーザーアブレージョン/マルチコレクタ型誘導結合プラズマ型質量分析装置を用いてSr-Pb同位体分析を行いました。この装置を用いた分析手法は直径100ミクロン程度の微小領域の化学分析を行える画期的なもので、分析対象が十分大きければ複数箇所分析することができます。ローソン石は、中米グアテマラ産の白亜紀の沈み込み帯深さ約90キロのローソン石を含むエクロジャイト相の温度・圧力条件で変成した玄武岩とチャート中のものを使用しました。ローソン石を含むエクロジャイトは東北日本直下の現行の太平洋プレートの変成スラブがそれに相当すると考えられていますが、世界の造山帯ではグアテマラやトルコなどの極めて限られた産地にしか存在しない貴重な変成岩です。
本研究では海洋研究開発機構(横須賀市)においてローソン石の微小領域微量元素濃度測定と全岩組成の微量元素濃度からローソン石に濃集する元素の検証を行った後、微小領域Sr-Pb同位体比分析を行いました。その結果、2試料の変成玄武岩から沈み込む前の玄武岩の同位体比、沈み込む前に海水との反応で変質した玄武岩の同位体比、さらに、1試料の変成チャートが古海水の同位体比を記録していることがわかりました。変成玄武岩ではローソン石に同位体組成累帯構造(結晶の中心部と縁部で同位体比が有意に異なる)が検出できました(図2)。ストロンチウムや鉛のような、質量の大きな元素における同位体組成累帯は、鉱物の成長過程で成長場の環境が大きく変化したことを示します。この同位体的特徴はローソン石の成長過程で外部から堆積物に由来する成分を含んだ全く別の流体が流入したことを示唆しています。海洋プレート層序において堆積物が玄武岩の上を覆っていたと考えると、ローソン石エクロジャイトを形成する構造場は、その場に海洋性の玄武岩と堆積岩が混在した状態で変成作用が進行したことを裏付けました(図3)。
ローソン石の微小領域Sr-Pb同位体比分析の成功例はこれまでになく、今回ローソン石から読み取った情報は全く新しい知見を与えます。特に、同位体組成累帯は、変成スラブの複雑な流体の挙動をローソン石から解読できることを世界ではじめて示しました。
ローソン石の微小領域Sr-Pb同位体比分析は沈み込みスラブを代表する同位体比を特徴付けられるだけでなく、古海水や変成スラブ内の流体組成の多様性と変化を読み解くことが可能であることが示されました。レーザーアブレージョン/マルチコレクタ型誘導結合プラズマ型質量分析装置による分析は全岩分析に比べて、組織を見ながらの高空間分解能の分析が可能かつ、迅速にデータが得られるため、その手法をプレート境界岩のローソン石に適用すれば、沈み込みによって固体地球内部に輸送されるスラブ物質の同位体比の特徴や、過去の沈み込み帯深部で生じた流体活動をより詳細に解明できることが期待されます。
雑誌名: Lithos
論文タイトル:In-situ Sr-Pb isotope geochemistry of lawsonite: A new method to investigate slab-fluids.
著者:Tomomi Hara1, Tatsuki Tsujimori1,2, Qing Chang3, Jun-Ichi Kimura3
所属:1. 国立大学法人東北大学理学研究科、2. 国立大学法人東北大学東北アジア研究センター、3. 国立研究開発法海洋研究開発機構
DOI番号:10.1016/j.lithos.2018.09.001
URL:https://doi.org/10.1016/j.lithos.2018.09.001
図1. プレート沈み込み帯の断面図。ローソン石は沈み込み帯深部、深さ30キロメートル程度に達した海洋地殻の再結晶すること(変成作用)で形成し、深さ約300キロメートルまで分解せずに安定に存在することが可能である。図中の線は等温線(数字は温度、単位は℃)を表している。
図2. ローソン石の鉛同位体組成累帯。変成玄武岩1試料(黄プロット)において、ローソン石結晶の中心部と縁部で同位体比が有意に異なった。縁部は堆積岩の組成に同位体比が引っ張られており、成長時に堆積岩起源の流体が流入したことを示唆している。もう一方の変成玄武岩(赤プロット)は変成前の玄武岩の値を保持、変成チャートは古海水の局所的な同位体比を保持している可能性がある。
図3.プレート沈み込み帯深部のプレート境界の想像図。沈み込む海洋プレートとその上盤側プレート(マントルウェッジ)の境界、スラブ・マントルインターフェースでは海洋地殻起源の変成玄武岩、変成堆積岩、蛇紋岩(加水したマントルかんらん岩)が混在していると考えられる。
(注1) スラブ
沈み込むプレートのこと。沈み込み、変成作用を受けたものは変成スラブと呼ばれる。
(注2) ローソン石
化学組成はCaAl2Si2O7(OH)2・H2O。低温高圧型の沈み込み帯で形成される特徴的な鉱物で、深部まで水と微量元素を運搬すると考えられている。
(注3) エクロジャイト相
主にオンファス輝石・ザクロ石から構成される岩石。深さ約40キロメートルより深い高圧な場所で形成される。副成分鉱物により亜相が定義されており、ローソン石が安定な低温のエクロジャイト相はローソン石エクロジャイト亜相と分類されている。
(注4) 玄武岩
SiO2成分が45-52%の火山岩。海洋地殻は主に玄武岩から構成される。
(注5) チャート
SiO2が主成分の堆積岩。深海底にて、珪質の殻を持つ微生物の死骸が堆積してできる。
東北大学大学院理学研究科 地学専攻
博士課程前期1年 原 智美(はら ともみ)
電話:022-795-6536
E-mail:tomomi.hara.r1[at]tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください