東北大学 大学院理学研究科・理学部

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翡翠脈から復元したスラブ流体の実像の研究 〜プレート沈み込み帯前弧域直下の水の性質〜

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図. スラブ流体から直接沈殿したひすい輝石岩脈の偏光顕微鏡像。スケールバーは500μm を表す。


概要


国立大学法人東北大学東北アジア研究センター(兼務 同大学院理学研究科地学専攻)辻森樹教授、同大学院理学研究科地学専攻博士課程前期2年高橋菜緒子、国立研究開発法海洋研究開発機構の常青技術副主幹、木村純一上席研究員による共同研究チームは、プレート沈み込み帯に沈み込むスラブ(注1)から放出される流体(スラブ流体)の化学組成情報を米国カリフォルニア産の翡翠(ひすい輝石岩(注2))から解読することに成功し、プレート沈み込み帯でのリチウム同位体の挙動に制約を与えました。翡翠の物質科学的意義が再認識されただけでなく、今後、過去のプレート沈み込み帯深部での元素・水循環に関する記録が翡翠から解明されることが期待されます。

本研究成果は、エルゼビア社発行査読付学術雑誌「Lithos」にて2018年8月17日にオンライン公開されました。



研究内容


沈み込み帯 (プレート収束域)では、海底下で海水との反応の結果、水を含んだ海洋プレート(スラブ)が地球内部に沈み込むことで脱水反応が起き、島弧火山下のマントルへ流体を放出しています。スラブから放出される流体は元素の輸送を担い、島弧火山や連続的に対流するマントル、より地球深部へ沈み込むスラブの化学的特徴付けに寄与していると考えられています。したがって、スラブ流体の化学組成を明らかにすることは元素移動に伴う火山噴火などの地質現象だけでなく全地球規模の物質循環を読み解く上で重要な鍵となっています。

本研究は一般に流体の化学組成を推定しやすいスラブ流体から直接晶出(注3)した脈状組織の翡翠に注目しました。ほぼひすい輝石から構成される翡翠は他の鉱物との間の元素分配や同位体分別を考慮する必要がなく、ひすい輝石が流体活動のトレーサとして知られる微量成分のリチウムを比較的多く含みます。また、リチウムは安定同位体をもち、数〜数10ppmの濃度があれば安定同位体比の局所分析を可能にします。

本研究は、世界で最もよく脈状組織が保存されているカリフォルニア州サンベニト郡の蛇紋岩体産のひすい輝石脈(図1)に着目し、世界で初めてひすい輝石からスラブ流体のリチウム同位体比(注4)を解読することに成功しました。

サンベニト郡には、現東北日本直下の太平洋プレートの沈み込み帯に想定されるような低温の変成スラブ物質が加水したマントルウェッジ物質(蛇紋岩)と共に地殻変動で地表に露出しています(図2a)。野外地質調査で採取した翡翠の分析には海洋研究開発機構(横須賀市)においてレーザーアブレージョン/マルチコレクタ型誘導結合プラズマ型質量分析装置を用いた新開発の分析法を応用しました。分析に先立ち、ひすい輝石脈が被った複数のイベントをカソードルミネッセンス像で判別した上で、ひすい輝石の表面の局所(直径70-100ミクロン)微量元素濃度測定とリチウム同位体比を測定しました(図2b)。詳細な組織観察にもとづいた局所分析によって、従来の全岩同位体比分析では確認することが不可能であった、数百ミクロンスケールのリチウム同位体比とリチウム濃度に大きな変化幅が見出されました。この同位体比と濃度の関係からマスバランス計算によって、脈状翡翠形成時の岩石−水流体相互作用の証拠を突き止め、初生的なスラブ流体のリチウム同位体比を見出しました。

今後、ひすい輝石など、低温高圧条件下で安定な造岩鉱物にリチウムなど軽元素の局所同位体比分析の手法を応用することで、過去のプレート沈み込み帯深部での元素・水循環プロセスの解像度が飛躍的に向上すると期待されます。



発表雑誌


タイトル:In-situ lithium isotope geochemistry for a veined jadeitite from the New Idria serpentinite body, California: Constraints on slab-derived fluid and fluid-rock interaction
著者:Naoko Takahashia, Tatsuki Tsujimoria,b, Qing Changc, Jun-Ichi Kimurac
所属:a. 国立大学法人東北大学大学院理学研究科地学専攻、b. 国立大学法人東北大学東北アジア研究センター、c. 国立研究開発法人海洋研究開発機構
DOI: 10.1016/j.lithos.2018.08.015



参考図


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図1. スラブ流体から直接沈殿した米国カリフォルニア産の翡翠脈と周囲の岩石(マトリクス)。

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図2. (a) プレート境界の断面とひすい輝石岩脈が形成する環境の概念図。ひすい輝石岩脈は、スラブから放出される流体が直接沈殿して形成します。(b) ひすい輝石岩脈のカソードルミネッセンス像と局所分析点。組織観察に基づき微小領域の分析を行なった結果、脈ごと・脈内の微量元素・同位体組成の多様性を抽出することに成功しました。



用語説明


(注1) スラブ
沈み込む海洋プレートのこと。海洋プレートは沈み込み前に海底で水-岩石相互作用を被り加水した状態となり、沈み込みの脱水反応に伴い流体を放出しています。

(注2) ひすい輝石岩
高圧下で安定なナトリウムとアルミニウムの珪酸塩鉱物であるひすい輝石から主に構成される岩石。ひすい輝石岩はミャンマーやグアテマラなど世界19 産地が知られています。2016 年には一般社団法人日本鉱物科学会が日本の国石に選定しました。ひすい輝石岩の形成プロセスとして、岩石の交代作用と流体からの直接沈殿の2種類が考えられています。

(注3) 晶出
結晶性の物質を溶解している液相から、核生成・成長過程を通して固相が生じる現象。結晶化とも言います。

(注4) リチウム同位体比
リチウムの2つの安定同位体 (6Li と7Li) は大きな相対質量差から沈み込み帯のような低温環境において水-岩石相互作用に伴い大きな同位体分別が起きます。そのため、リチウム同位体比は従来の手法では抽出されなかった沈み込みスラブの脱水の深度と島弧火山の位置関係や流体流動の時間スケール情報を知る手がかりとなっています。



問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科 地学専攻
博士課程前期2年 高橋 菜緒子(たかはし なおこ)
電話:022-795-6236
E-mail:naoko.takahashi.t1[at]dc.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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