東北大学 大学院理学研究科・理学部

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相転移の狭間に出現する新たな創発磁気モノポール格子 -二つのトポロジカル磁気構造が移り変わる様子を解明-

発表のポイント

● 磁気スキルミオン(注1、図2)の集合状態が創発磁気モノポール(注2、図2)の集合状態へと変化する様子を多角的な実験により解明しました。

● 相転移(注3)の途中過程では、創発磁気モノポール・反モノポールが面心立方格子上に配置された、新しいトポロジカル磁気構造(注4)が実現されている可能性を提唱しました。

● 実効的な圧力効果によるトポロジカル磁気構造の変換とみなせることから、今後の物質開拓やデバイスへの応用の礎となることが期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



発表概要


トポロジカル磁気構造は省エネルギー型の磁気メモリーデバイスへの応用の観点から、その生成・消去の手法に関してさまざまな研究が行われてきました。しかし、異なる二つのトポロジカル磁気構造同士の相転移を実現し、磁気特性・電気伝導特性などを含む多角的な視点からその詳細を観測した例はこれまでに報告されていませんでした。

東京大学大学院工学系研究科の藤代有絵子大学院生と金澤直也講師、理化学研究所創発物性科学センターの十倉好紀センター長らの研究グループは、スキルミオン格子をもつ化合物MnSi(Mn:マンガン、Si:ケイ素)と、創発磁気モノポール格子をもつ化合物MnGe(Ge:ゲルマニウム)に着目し、両者の固溶体であるMnSi1-xGexを合成することに成功しました。更に、理化学研究所の于秀珍チームリーダー、有馬孝尚チームリーダー、有田亮太郎チームリーダー、総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターの大石一城副主任研究員、東京大学物性研究所の徳永将史准教授、金道浩一教授、東北大学理学研究科物理学専攻の是常隆准教授らのグループと共同で、MnSi1-xGexの磁気構造や物性を大強度陽子加速器施設(J-PARC、注5)物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子小角・広角散乱装置「大観」(BL15)(図1)を使用した詳細な実験や、理論計算によって解明し、特に中間組成(x = 0.4-0.6)において新しい創発磁気モノポール格子が実現されている可能性を見出しました。

今回の発見は、創発磁気モノポール格子を形成する磁気相互作用に関して新たな知見をもたらすだけでなく、圧力による磁気構造制御の可能性を示唆するものであり、今後の物質開拓や、省エネルギーデバイスへの応用化に重要な指針を与えることが期待されます。



発表内容

研究の背景

トポロジカル磁気構造は電子と結合して固体中に仮想磁場を発生させることで、従来の電磁気学では説明のつかないさまざまな現象を引き起こします。スキルミオン格子や創発磁気モノポール格子はその代表的な舞台ですが、両者は全く異なるスピン配列をもつため、仮想磁場の分布の仕方や強さも異なり、その結果、観察される電磁気応答も異なってきます。特に、電子が仮想磁場の影響を受けて曲がることで発生する「トポロジカルホール効果」(注6)は、創発磁気モノポール格子の方が二桁も大きく、また複雑な温度・磁場依存性を示すことが報告されています。このような新しい電子機能を次世代の省エネルギーデバイスへ応用するためには、トポロジカル磁気構造を自在に制御する技術が不可欠です。これまでの研究で、トポロジカル磁気構造を生成・消去するさまざまな手法が確立されてきましたが、全く異なる二つのトポロジカル磁気構造同士の相転移を実現し、磁気特性・電気伝導特性などを含む多角的な視点からその詳細を観測した例はこれまでに報告されていませんでした。

研究の内容

本研究グループは、スキルミオン格子をもつ化合物MnSiと、創発磁気モノポール格子をもつ化合物MnGeの固溶体であるMnSi1-xGexを合成することに成功し、SiとGeの組成比を変化させることで、スキルミオン格子が創発磁気モノポール格子に変換される過程を明らかにしました。その結果、 MnSi1-xGexではx ~ 0.25とx ~ 0.65において、最低温での強磁性転移磁場(注7)が10テスラ(注8)も変化するような劇的な磁気相転移が存在することが判明しました(図2)。x ≦ 0.25の組成においては、ローレンツ電子顕微鏡観察とトポロジカルホール効果の測定により、MnSiと同様のスキルミオンの三角格子の形成が確認されました。また、x ≧ 0.7 の組成においては、中性子散乱実験と30 テスラまでの高精度なトポロジカルホール効果の測定から、MnGeと同様の創発磁気モノポール格子が形成されていることが明らかになりました。

社会的意義・今後の予定

本研究の成果は、SiとGeの置換がもたらす実効的な圧力効果によって実現された、異なる二つのトポロジカル磁気構造の変換です。そのため、圧力によるトポロジカル磁気構造の制御という観点から、応用化にむけた重要な礎となることが期待されます。また、これまでトポロジカル磁気構造の形成にはDzyaloshinskii-Moriya相互作用(注9)という磁気相互作用が主要な役割を果たしていると考えられてきましたが、今回のように実効的な圧力の効果のみで磁気特性や磁気構造が劇的に変化することは、この常識では説明のできない現象です。それゆえ、伝導電子に媒介されるような別の磁気相互作用が、創発磁気モノポール格子の形成に重要であるという可能性も明らかになりました。今後は、そのような設計指針のもと、トポロジカル磁気構造をもつ新しい物質の探索も行っていきます。



発表雑誌


雑誌名:「Nature Communications」
論文タイトル:Topological transitions among skyrmion- and hedgehog-lattice states in cubic chiral magnets
著者: Y. Fujishiro*, N. Kanazawa*, T. Nakajima, X. Z. Yu, K. Ohishi, Y. Kawamura, K. Kakurai, T. Arima, H. Mitamura, A. Miyake, K. Akiba, M. Tokunaga, A. Matsuo, K. Kindo, T. Koretsune, R. Arita and Y. Tokura*
DOI番号:10.1038/s41467-019-08985-6



用語解説


(注1)磁気スキルミオン
磁気スキルミオンとは、無限に伸びる線のまわりにスピンが巻き付いたような磁気構造のこと。いわば、スピンの渦が筒状に積み重なった状態で、その筒同士が三角格子を組んだ状態(スキルミオン格子)がMnSiをはじめ多くの磁性体で観察されている。

(注2)創発磁気モノポール
磁気モノポールは磁場の湧き出しとなる粒子で未だ実験的には発見されていない。しかし、電子とトポロジカル磁気構造体が結合することで、固体中に「実効的な」磁気モノポール(=創発磁気モノポール)が発生する。MnGeでは創発磁気モノポールと反モノポールが対になって格子を組んでおり(創発磁気モノポール格子)、例えば低温かつ高磁場にもかかわらず通常の金属化合物より一桁大きい熱電効果を示すなど、従来の電磁気学では説明のできないさまざまな現象が引き起こされている。

(注3)相転移
例えば物質の三態(固体・液体・気体)に着目した場合は、それらの間での変化を相転移と呼び、氷が水や水蒸気に変化するというのが代表的な例である。今回の場合は、磁気構造の変化に着目しており、MnSiのスキルミオン格子が、MnGeの創発磁気モノポール格子へと変化することを指している。

(注4)トポロジカル磁気構造
多数の電子スピンが作る構造のうち、それらのスピンをある一点に集めると全方位にスピンが向く磁気構造体のこと。トポロジカル磁気構造体は、連続変形して全てのスピンの向きが揃った状態にすることができないため、トポロジーという幾何学的な制約によって守られた粒子としてみなすこともできる。このような磁気構造体と電子が結合することで、固体中に仮想的な磁場が発生し、電子の振る舞いに影響を与える。

(注5)大強度陽子加速器施設(J-PARC)
日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が茨城県東海村で共同運営している先端大型研究施設で、素粒子・原子核物理学、物質科学、生命科学などの幅広い分野の世界最先端の研究が行われている。J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高クラスのパルス中性子およびミュオンビーム、最先端実験装置を用いた物質科学、生命科学の学術研究および産業応用研究が行われている。総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターは中性子小角・広角散乱装置「大観」をはじめとする共用ビームラインの利用促進を行なっている。

(注6)トポロジカルホール効果
トポロジカル磁気構造のうみだす仮想磁場によって固体の中を輸送される電子が曲げられる現象。その大きさや符号は、トポロジカル磁気構造のスピン配列の仕方、密度、電子との結合の強さなどに影響を受ける。

(注7)強磁性転移磁場
磁気構造をスピンが完全に揃った状態(強磁性状態)にするのに必要な磁場の大きさのこと。

(注8)テスラ
磁場の単位のひとつ。例えば一般的なメモ等を貼るための磁石は0.005テスラ、強力なネオジウム磁石は1.25テスラの磁場を出すといわれている。

(注9)Dzyaloshinskii-Moriya相互作用
磁気相互作用のひとつで、隣り合う二つのスピンの向きを互いに垂直にする働きをもつ。カイラル磁性体においては、らせん磁性やスキルミオンが発現するための主要な機構であると考えられている。



参考図


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図1:J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)に設置されている中性子小角・広角散乱装置「大観」(BL15)の外観図
パルス中性子ビームが試料に照射され、試料で散乱された中性子のパターンを試料前方および後方に設置された多数の検出器によって効率的に観測することができる。これにより磁気スキルミオンをはじめとした磁性体中での磁気構造や機能性材料などの構造を明らかにすることができる。


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図2:MnSiにおけるスキルミオン格子とMnGeにおける創発磁気モノポール格子の模式図と、MnSi1-xGexにおいて磁気構造が存在する温度・磁場範囲の変化の様子。
(a) MnSiにおけるスキルミオン格子の模式図。スピンの渦が筒状に積み重なっており、またそれらが三角格子を組んでいる。(b) MnGeにおける創発磁気モノポール格子の模式図。ヘッジホッグ・アンチヘッジホッグと呼ばれる磁気構造が3次元的に分布している。(c) MnSi1-xGexにおいて、磁気構造が存在する温度・磁場範囲の変化を示したもの。特にx = 0.25とx = 0.65付近で、強磁性転移磁場に大きな変化が起きていることが分かる。


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図3:新しく発見された創発磁気モノポール・反モノポールの中性子散乱パターンと磁気構造。
(a) MnSi1-xGexx = 0.6)において磁場を横向きにかけた際に現れた中性子の散乱パターン(50ケルビン、1テスラ)。特徴的な散乱強度を白丸で強調した。 (b) 観測された中性子の散乱パターン(a)を説明する磁気構造の候補で、ヘッジホッグと反ヘッジホッグが面心立方格子状に並んだ新しいトポロジカル磁気構造。電子と結合した際に、ヘッジホッグと反ヘッジホッグはそれぞれ実効的な磁気モノポールと反モノポールとして振る舞うことが知られている。


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図4:MnSi1-xGexx< = 0.2, 0.6, 0.8)におけるトポロジカルホール効果。
(a)スキルミオン格子が観察されているx = 0.2におけるトポロジカルホール効果。MnSiと同様に、スキルミオン格子の仮想磁場による負のトポロジカルホール効果が観測されている。大きさは創発磁気モノポール格子のものと比較すると二桁小さい。(b) x = 0.6におけるトポロジカルホール効果。MnGeで報告されている従来の創発磁気モノポール格子とは異なる温度・磁場依存性を示しているため、中性子散乱実験の結果が示唆するような、新しいトポロジカル磁気構造が形成されている可能性を裏付けている。(c) 30テスラまでの強磁場下で測定したx = 0.8のトポロジカルホール効果。低温・低磁場で負、高温で正に符号変化するトポロジカルホール効果の振る舞いは、創発磁気モノポール格子をもつMnGeのものと共通している。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院 理学研究科 物理学専攻
准教授 是常 隆(これつね たかし)
E-mail:koretsune[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院 理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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