図1. 打上前試験時のプラズマ波動電場観測装置フライトモデル
ジオスペース探査衛星「あらせ」で2017年1~7月の期間に観測されたUHR波(高域混成共鳴波)をもとにジオスペースの電子密度を求めました。この電子密度データは、ジオスペースで高エネルギー電子の変動を引き起こしたプラズマ波動成分の特定に利用されました。「あらせ」は順調に観測を継続しており、この手法によって得られた電子密度データが、引き続きジオスペースの変動現象(宇宙嵐)の解明に貢献していくことが期待されています。
地球の大気のすぐ外側の宇宙空間(ジオスペース)(注1)に出ると、気体は電離して電子とイオン(プラズマ)(注2)の状態で存在しています。ジオスペースのプラズマは、太陽からのプラズマ流(太陽風)の擾乱をきっかけとして、大規模な変動(宇宙嵐)(注3)を引き起こし、その影響は地上でも磁気嵐やオーロラという形で観測されます。これらの変動で見られる高エネルギーの電子・イオン群の生成・消失には、プラズマ波動(注4)が関与している可能性が指摘されています。高エネルギー電子の変動が観測される際には、多くの場合様々な周波数帯で様々なプラズマ波動が観測されます。どのプラズマ波動が高エネルギー電子と近い速度を持ち、共鳴によってエネルギーを与えることができたのか、を突き止めるためには、媒質であるプラズマの密度、プラズマにかかっている磁場などの基本パラメータを測定し、それらを元にプラズマ波動の速度を理論的に推定できる必要があります。磁場は、磁力計で高精度の観測が可能ですが、プラズマ密度は、荷電粒子の検出器や衛星電位で計測する方法では高精度の決定が難しい問題がありました。そこで、2016年12月に打ち上げられた、ジオスペース探査衛星「あらせ」は、プラズマ波動のユニークな性質を利用して電子密度を高精度で計測する装置(High Frequency Analyzer)をプラズマ波動電場観測装置(Plasma Wave Experiment)の一部として搭載しました。本稿ではこの観測装置の特徴と成果を紹介します。
ジオスペースで、探査機から全長15mのワイヤアンテナを4本展開して、交流電場(10kHz~10MHz)を観測すると、探査機周辺のプラズマ中で励起した様々な電波・プラズマ波動が観測されます(図2)。この内、UHR波動(注5)と呼ばれるプラズマ波動は、広範囲のエネルギー帯の電子と共鳴してエネルギーを受け取れるので、ジオスペースのあらゆる領域でほぼ常時観測することができます。UHR波動の周波数は、電子密度と磁場強度に依存して変化します。プラズマ波動の観測でUHR波動の周波数を決定し、磁力計の観測で磁場を決定することで、ジオスペースの電子密度を導きだすことができます。この方式で、2017年1月~7月の期間に得られた観測データからジオスペースの電子密度を決定しました(図3)。高エネルギー電子の変動とプラズマ波動の影響の解明は、「あらせ」ミッションが特に重視している課題で、これを探る多くの研究成果で、本研究の電子密度データが共鳴する高エネルギー電子とプラズマ波動成分の特定に貢献しました。得られたデータセットは、電離圏起源の低温・高密度プラズマで満たされたプラズマ圏(注6)と呼ばれる領域内外の電子密度分布を統計的にとらえており、この領域の詳細な構造・変動の解析にも活用できそうです。
本研究では、2017年1月~7月の電子密度決定を通じて、UHR波動の周波数読取を計算機処理によって省力化するアルゴリズムを提案しました。地磁気活動が静穏なケースではこのアルゴリズムが有効に働き、読取値の手動修正をほとんど要しませんでしたが、擾乱したケースではアルゴリズムが有効に働かず、読取値の手動修正が必要になりました(図4)。「あらせ」の定常観測は順調に継続されており、プラズマ波動の観測データが大量に得られつつあります。今後これらをジオスペースの電子密度導出に活用していくためには、機械学習のようなアプローチも重要になってくることでしょう。
Kumamoto, A., F. Tsuchiya, Y. Kasahara, Y. Kasaba, H. Kojima, S. Yagitani, K. Ishisaka, T. Imachi, M. Ozaki, S. Matsuda, M. Shoji, A. Matsuoka, Y. Katoh, Y. Miyoshi, and T. Obara, High Frequency Analyzer (HFA) of Plasma Wave Experiment (PWE) onboard the Arase spacecraft, Earth Planets Space, 70, 82, doi:10.1186/s40623-018-0854-0, 2018.
図2. 「あらせ」がジオスペースで観測した電波。プラズマ波動。探査機は1日に約3回地球を周回し、10kHz~10MHzの交流電場を計測。地磁気活動静穏時(上)に比べ、擾乱時(下)にはより多くの電波・プラズマ波動が発生している。 (Kumamoto et al., 2018)
図3. 2017年1~7月のプラズマ波動観測をもとに決定された電子密度(赤)プラズマ圏内(緑)外(青)の電子密度プロファイルが確認できる。 (Kumamoto et al., 2018)
図4. 静穏時・擾乱時のプラズマ波動観測(上段)。UHR周波数の自動決定結果・手動修正結果(下段) (Kumamoto et al., 2018)
(注1)ジオスペース
地球近傍の宇宙空間。人類の生存・居住域(大気圏)に近接する宇宙空間(電離圏・磁気圏)で、現在では静止衛星・GPS衛星などの生活を支えるインフラストラクチャも運用されており、人類の活動領域に含まれつつある。
(注2)プラズマ
電離した気体。 宇宙空間の物質はほとんどの場合、この状態で存在。電荷をもつため、電磁場と複雑に相互作用する。
(注3)宇宙嵐
太陽フレアで放出された放射線・大量のプラズマが地球に到達することによって、ジオスペースのプラズマの大規模な変動が引き起こされる現象.地上では磁気嵐やオーロラが、宇宙空間では放射線帯の変動などが観測され、大規模になると我々の生活を支えるインフラストラクチャにも影響を与える場合がある(誘導電流による地上の送電システム障害,電離圏での伝搬遅延変動によるGPS測位精度の低下,高エネルギ粒子による人工衛星の異常動作・故障など)。
(注4)プラズマ波動
磁場がかかったプラズマ中で観測される電磁波。電波は、波の進む方向に直交して電場と磁場が振動する波動(横波)で真空中でも観測される。プラズマ波動は、波の進む方向に電荷と電場が振動する波動(縦波)でプラズマの状態に依存して多様な性質を示す。ジオスペースの変動現象の複雑さは、プラズマ波動の多様性にもよるところが大きい。
(注5)UHR波動(高域混成共鳴波動)
UHRはUpper Hybrid Resonanceの略。磁場がかかったプラズマ中で、イオンに対して振動(プラズマ振動)、旋回(サイクロトロン運動)する電子と共鳴して高周波帯域で生じるプラズマ波動。
(注6)プラズマ圏
地球磁場の磁力線に沿って、電離圏起源の低温・高密度プラズマで満たされた領域。磁気嵐時にジオスペースに生じる大規模電場の変動に対応して、プラズマ圏内外の境界面の位置が大きく変動する。
東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻
准教授 熊本篤志(くまもとあつし)
電話:022-795-6516
E-mail:kumamoto[at]stpp.gp.tohoku.ac.jp
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