東北大学 大学院理学研究科・理学部

トップ > お知らせ

NEWSお知らせ

SPring-8で地球マントル主要鉱物の高圧相転移を超高精度で決定 ~地球マントル660km不連続の成因を解明~

概要

ドイツ連邦共和国バイロイト大学バイエルン地球科学研究所の石井貴之研究員・桂 智男教授、高輝度光科学研究センター回折・散乱推進室の丹下慶範・肥後祐司主幹研究員らとブリストル大学・ドイツ電子シンクロトロン・北京高圧科学研究センター・東北大学・広島大学・岡山大学の国際共同研究チームは、大型放射光施設SPring-8※1の放射光X線を利用した高温高圧下その場観察実験(BL04B1)と熱化学計算を組み合わせて、上部マントルの主要鉱物リングウッダイトから下部マントル主要構成鉱物のブリッジマナイトとフェロペリクレースへの分解反応(ポストスピネル転移)を精密に決定しました。この相転移※2は、地球の上部・下部マントルの境界となる660km不連続※3を引き起こすと考えられてきましたが、これまでの相転移実験では、2km以下であると報告されている660km不連続の極端な薄さを説明することが出来ませんでした。今回、独自に開発した世界最高精度の高温高圧実験と熱化学計算によりポストスピネル転移の圧力幅が地震学的観測で検出できる厚みよりさらに一桁薄いことを示し、660km不連続がこの相転移で説明できることを明らかにしました。

本研究成果は、全地球マントルがパイロライト※4組成であるという説が有力であることを明らかにすると共に、マントル対流の新しい検出方法を提案しています。この手法を用いれば、これまで検出不能であった地球マントルのダイナミクスを明らかすることが出来ます。

本研究成果は、世界最高の地球科学の学術雑誌、「Nature Geoscience」に9月23日に掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト



研究の背景

地球は深さ平均約30kmの地殻、深さ2900kmまでのマントル、中心の深さ6400kmまでの核の3つの領域からできています。深さ660km付近に存在する地震波速度の急激な増大により、マントルは更に上部マントルと下部マントルに区分されます(図1)。この境界は、660km不連続と呼ばれ、厚みは2km以内と非常に鋭いことが報告されています(図2)。地球のマントルには410km不連続と呼ばれるもう一つの不連続が存在しますが、その厚みは7km程度と、あまり鋭くありません。沈み込んだプレートやマントル深部からの上昇流の動きが660km不連続上下で大きく変化することが地震学により観測されているので、660km不連続が地球内部の物質循環に対して重要な役割を担っていることは明らかです。

最上部マントルを構成する物質は、主にカンラン石・輝石・ザクロ石の3種類の鉱物からなるパイロライトであると考えられています。この三種の鉱物のうち、カンラン石は上部マントルの半分以上の体積を占める最重要鉱物です。高圧実験の結果から、カンラン石は上部マントル底部で高圧鉱物リングウッダイトに相転移し、更に深さ660kmに相当する23万気圧付近でブリッジマナイトとフェロペリクレースに分解します。この相転移は、ポストスピネル転移と呼ばれています。このポストスピネル転移が660km不連続の原因になっているのではないかと考えられています。リングウッダイトは、90%のMg2SiO4成分と10%のFe2SiO4成分からなる固溶体※5を形成していると考えられています。固溶体の相転移は、一定の圧力ではなく、ある程度の圧力幅をもって起こります(図3)。ポストスピネル転移が660km不連続を引き起こしているなら、その圧力幅は660km不連続の厚み2 kmに相当する0.1万気圧かそれ以下ということになります。しかし、この予想される圧力幅は他のマントル鉱物の相転移幅に比べて著しく小さいものです。例えば、410km不連続を引き起こすカンラン石―ワズレアイト転移の圧力幅は0.7万気圧です。これまでの高圧実験では、圧力決定精度が0.2〜0.5万気圧だったので、ポストスピネル転移の圧力幅が本当に0.1万気圧以下なのかどうかを検証することが出来ませんでした。もしポストスピネル転移幅が0.1万気圧以上ならば、上部マントルと下部マントルは異なる物質から形成されていて、上部マントルと下部マントルは別々に対流していることになります。多くの地球物理学者は、上部マントルと下部マントルは一体となって対流していると考えており、もし上部マントルと下部マントルが別々に対流しているとなれば、我々の地球内部に関する理解は完全に覆ることになります。この様な理由により、ポストスピネル転移の圧力幅の精密決定は、地球深部ダイナミクスの解明のために本質的に重要な課題です。



研究内容と成果

ドイツ連邦共和国バイロイト大学バイエルン地球科学研究所・高輝度光科学研究センターとその他の機関からなる国際共同研究グループは、大型放射光施設SPring-8の高温高圧ビームラインBL04B1の高輝度白色X線と世界最高精度の高温高圧実験技術による相転移実験と熱化学計算を組み合わせることにより、マントル660km不連続付近の高温高圧下でMg2SiO4-Fe2SiO4二成分系の相平衡関係※6を精密に決定しました。上記の様に、先行研究では圧力精度が不十分であったので、相平衡関係を正確に決定することが出来ませんでした。その理由の一つは、超高圧超高温条件であるために、試料にX線を照射することが難しく、圧力測定に十分な試料体積を確保できなかったことです。もう一つの理由は、X線データ取得中に試料圧力が降下してしまい、一定圧力下での相平衡実験が出来なかったことがあります。本研究では、独自に開発した圧力発生技術(Katsura et al. Physics of the Earth and Planetary Interiors; 2004; Ishii et al. Review of Scientific Instruments, 2016; Ishii et al. High Pressure research, 2017; Ishii et al. Scientific Reports, 2018)を駆使して、従来よりも試料にX線を通す広い空間を確保し、試料圧力を随時細かく制御することによって、上記の問題を克服して0.05万気圧以上の圧力精度で相平衡関係を決定することを可能にしました。また、マントル組成であるFe2SiO4を10%含む組成での相転移幅の直接決定はせず、Fe2SiO4を30%含む組成と全く含まない組成の相転移圧力を同時決定しました。その結果と熱化学計算を組み合わせることにより、Fe2SiO4を10%含む組成での相転移圧力幅を直接的な高圧実験より遥かに高い精度で決定しました。その結果、マントルではポストスピネル転移の圧力幅はたったの100気圧、深さ換算で250m以下であることが明らかになりました(図4)。これは、2kmという地震学的研究が示した660km不連続の厚みの上限よりもさらに一桁小さく、観測を説明して余りあります。本研究は、ポストスピネル転移が660km不連続を引き起こしているという説を明確に支持しており、マントル全域がパイロライト的な岩石で構成されていて、マントル対流は全マントルを攪拌していることを示しています。

さらに本研究では、マントル対流が660km不連続を横切ると、660km不連続の厚みが増大することも示しました。従って、660km不連続の厚み分布を調べることにより、上部マントルと下部マントルの間の物質循環を描き出すことが出来ます。これまで、マントル対流の存在を検出することはできなかったので、この手法は画期的なものです。これからの地震学的観測によるフィードバックが期待されるところです。



今後の展開

本研究で開発された高い精度で圧力を制御する技術により、660km不連続がポストスピネル転移によって形成されているという説が妥当であることを明らかにしました。地球内部には、660km不連続以外にも、410km不連続、520km不連続という不連続が存在します。本研究の技術をさらに応用することよって、これらの不連続の成因を明確にすることができ、地球内部の構造とダイナミクスをより鮮明に描き出すことが出来るでしょう。



論文情報

題名:Sharp 660-km discontinuity controlled by extremely narrow binary post-spinel transition
日本語訳:転移幅の極めて狭い2成分系ポストスピネル転移が引き起こす鋭い660km不連続
著者:Takayuki Ishii, Rong Huang, Robert Myhill, Hongzhan Fei, Iuliia Koemets, Zhaodong Liu, Fumiya Maeda, Liang Yuan, Lin Wang, Dmitry Druzhbin, Takafumi Yamamoto, Shrikant Bhat, Robert Farla, Takaaki Kawazoe, Noriyoshi Tsujino, Eleonora Kulik, Yuji Higo, Yoshinori Tange, Tomoo Katsura
学術雑誌名:Nature Geoscience




参考情報

20191004_10.png

図1.地球マントルの主要モデル


20191004_20.png

図2. マントルの地震波不連続の幅とその成因


20191004_30.png

図3. 固溶体と転移幅の関係


20191004_40.png

図4. カンラン石の660km不連続周辺条件での相平衡図



用語解説

※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来しています。SPring-8では、放射光と呼ばれる非常に強い光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2. 相転移
結晶を構成する原子は規則正しく配列していますが、圧力・温度が変化すると、全く違った配列に変化することがあります。これを相転移と言います。地球を構成する主要な鉱物は、地球深部の深さに相当する圧力で様々な相転移を起こし、より高密度の鉱物(高圧鉱物)になります。

※3. マントル660km不連続
660km不連続とは、マントルの深さ660kmに存在する、地震波速度や密度が急激に変化する領域です。この不連続により、マントルは上部マントルと下部マントルに分けられます。660kmに対応する圧力と温度は23万気圧・1700℃と見積もられています。この不連続は、その他マントルで観測される不連続に比べ、非常に狭い厚み(2km以下)を持っています。例えばもう一つの地震学的不連続である410km不連続は、7kmもの厚みを持っています。上部マントル底部の物質中の主要な鉱物であるリングウッダイトの相転移、または、この境界での構成岩石の変化が原因であると考えられています。

※4. パイロライト
地球の上部マントルを構成すると考えられている岩石。最上部マントルに由来する火山捕獲岩の組成から推定されました。下部マントルに関してはパイロライトが主要であるとする説と、より珪素に富んだ物質(ペロブスカイタイト)からできているとする説があります。

※5. 固溶体
固体に他の固体が溶けて均一な一つの固体となっているもの。程度の差はありますが、鉱物は様々な固体が溶け合った固溶体です。カンラン石とその高圧相リングウッダイトは、90%のMg2SiO4と10%のFe2SiO4が溶け合った珪酸塩固溶体です。

※6. 相平衡関係
※2の"相転移"にて説明したように、物質は温度圧力条件によってその形態を変えます。ある組成と温度圧力条件でどの形態が最も安定であるかを示すことを相平衡関係と言います。例えば、H2O組成では、1気圧・0℃以上では水が安定な形態であり、1気圧・0℃以下では氷が安定な形態です。



問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



お知らせ

FEATURES

先頭へ戻る