東北大学 大学院理学研究科・理学部

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新型鉄系超伝導体の原子層シート化に成功 - 高温超伝導メカニズムの解明に手掛かり-

発表のポイント

● 新型鉄系超伝導体の硫化鉄を極限まで薄い超薄膜にする手法を開発

● 超薄膜で起こる高温超伝導の謎を解明

● 確立した超薄膜作製技術の次世代ナノ材料開発への応用



概要

近年、層状物質を原子数個分の厚さまで薄くした超薄膜において、バルク結晶を上回る優れた性質が次々と明らかになっています。その代表例として、鉄系超伝導体※1の一種である「セレン化鉄(FeSe)」の超薄膜における高温超伝導の発見が注目を集めていますが、薄膜化によって高温超伝導が起きる仕組みはまだ分かっていません。

東北大学大学院理学研究科の中山耕輔助教、同材料科学高等研究所の高橋隆客員教授、佐藤宇史教授らの研究グループは、セレン化鉄と良く似た超伝導特性を持つ鉄系超伝導体「硫化鉄(FeS)」に着目し、その超薄膜を作製する手法を開発しました。その結果、バルク結晶とは異なり、超薄膜化した硫化鉄とセレン化鉄は互いに全く異なる超伝導特性を示すことを発見し、両者の電子構造の分析・比較を行うことで、高温超伝導の実現に必要な条件を絞り込むことに成功しました。

この発見は、高温超伝導機構の最終解明と、より高い温度で超伝導になる物質の設計に重要な指針を与えるものです。また、本研究で開発された薄膜作製技術を応用することで、革新的な機能を持つナノ材料探索が進展することが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌Proceedings of the National Academy of Sciences of USA(米国科学アカデミー紀要)のオンライン速報版2019年11月19日号で公開されます。

□ 東北大学ウェブサイト



詳細な説明

◆ 研究の背景

電気抵抗がゼロになる超伝導は、多くの場合、絶対零度(摂氏-273℃)に近い極低温でしか起こりません。しかし近年、これまでに比べ遥かに高い温度で超伝導を示す物質が次々に発見され、それらは高温超伝導体と呼ばれています。この高温超伝導体は、大掛かりな冷却装置を用いずとも超伝導を実現できるため、革新的な高機能材料として期待されています。その代表として、1986年に発見された銅酸化物超伝導体や、2008年に発見された鉄系超伝導体が知られています。さらに、2012年には、鉄系超伝導体の一種であるセレン化鉄を原子レベルまで薄くすることで、超伝導になる温度(Tc)が上昇し、産業応用に向けた重要な目安となる液体窒素温度(-196℃)に迫ることが発見されました。これにより、現在、超伝導研究の新しい舞台としてFeSe超薄膜が大きな注目を集めています。

FeSe超薄膜における高温超伝導の発見を契機にして、「薄膜化によってTcが上昇するメカニズム」について大きな論争が生じています。これまで高温超伝導の起源として、「薄膜作製のための基板として用いた半導体の原子振動」や「基板から薄膜への電荷移動」など、いろいろな説が提案されていますが、何が最も重要であるかについて結論は得られていません。また、「他の鉄系超伝導体の超薄膜でも高温超伝導が起こるかどうか?」という基本的な疑問も未解決のままとなっています。これらの重要な問題が解決していない最大の要因は、超薄膜の作製技術が十分に確立されていないことにありました。


◆ 研究の内容

今回、東北大学の研究グループは、最近発見された新型の鉄系超伝導体である硫化鉄(FeS)に着目しました。この物質は、FeSeと同一の結晶構造および同程度のTcを持つことから、FeSeとの比較研究を行う上で最適な物質です。しかし、原子レベルの超薄膜を作製する際に広く用いられる分子線エピタキシー法※2という技術では、硫黄が蒸発しやすいために、FeSをはじめとする硫化物の作製は困難とされてきました。そこで研究グループは、分子線エピタキシー法にトポタクティック法※3という技術を組み合わせることで、高品質なFeS超薄膜の作製に初めて成功しました(図1)。さらに、角度分解光電子分光法※4(図2)という手法を用いて、FeS薄膜とFeSe薄膜の電子構造を精密に測定した結果、両者とも「基板の原子振動」や「基板から薄膜への電荷移動」が存在するという共通点を持つにも拘らず、FeS超薄膜では高温超伝導が起こらないことを見出しました(図3)。以上の結果から、これまで高温超伝導の起源として有力であると考えられてきた「基板の原子振動」や「基板からの電荷移動」だけでは、高温超伝導を説明できないことが明らかになりました。そこで、さらに高い精度で電子構造を調べた結果、「薄膜内の電子どうしの相互作用」が高温超伝導の発現に最も重要な役割を担っていることを見出しました。


◆ 今後の展望

今回の研究により、高温超伝導を説明するモデルの選別が進み、高温超伝導メカニズムの最終解明に向けて大きな前進がありました。今後は、薄膜中の電子どうしの相互作用が重要という結果に基づいて物質設計を進めることで、新たな高温超伝導体の発見が期待されます。また、分子線エピタキシー法とトポタクティック法を融合した技術は、硫化物の薄膜作製に広く応用が可能です。硫化物は様々な分野の先端材料として基礎から応用まで盛んに研究されており、それらの材料を超薄膜化することで、革新的な機能の開拓につながることが期待されます。

本成果は、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(A)「角度分解光電子分光による原子層FeSeの高温超伝導の研究」(研究代表者:中山耕輔)、同基盤研究(A)「角度分解光電子分光による原子層薄膜における超伝導とスピン軌道相互作用の研究」(研究代表者:佐藤宇史)、基盤研究(B)「スピン分解ARPESによるフェルミオロジーに基づいた革新的原子層超伝導体の開発」(研究代表者:高橋隆)、および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「全結晶方位ARPES法による新規トポロジカル物質開拓」(研究代表者:中山耕輔)、同CREST「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(研究代表者:佐藤宇史)などの助成により得られました。



論文情報

雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル:Dichotomy of superconductivity between FeS and FeSe monolayers
著者:Koshin Shigekawa, Kosuke Nakayama, Masato Kuno, Giao N. Phan, Kenta Owada, Katsuaki Sugawara, Takashi Takahashi, and Takafumi Sato



用語解説

(注1) 鉄系超伝導体
鉄を含む二次元伝導面を持つ超伝導体の総称です。2008年に東京工業大学の細野秀雄教授の研究グループによって発見されました。この鉄系超伝導体は、新しい高温超伝導体の宝庫として大きな期待を集めています。

(注2) 分子線エピタキシー法
超高真空中において薄膜の原料を加熱して原子ビームを生成し、その原子を1個ずつ基板に積み重ねて薄膜を成長させる手法です。原子単位で薄膜を形成していくため、高品質な薄膜が作製可能です。

(注3) トポタクティック法
結晶の基本骨格を保ったまま、構成元素の一部を挿入または置換する手法です。原子数個分の厚さの超薄膜では、薄膜の体積に占める表面積の割合が大きいことから、反応性が高く、比較的低温で硫黄の蒸発を抑えた条件下で反応を進めることが可能になりました。

(注4) 角度分解光電子分光法
結晶の表面に紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法です。最近その分解能が急速に向上し、超伝導状態の電子も観測できるようになりました。



参考図

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図1. 硫化鉄薄膜の作製手順
分子線エピタキシー法による作製が比較的容易なテルル化鉄の薄膜を作り(①)、加熱しながら硫黄分子を照射することで(②)、テルル原子が全て硫黄原子に置換され、硫化鉄薄膜が得られる(③)。


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図2. 角度分解光電子分光の概念図
物質に紫外線を照射し、外部光電効果で物質外に放出された電子のエネルギーと角度を測定することで、物質の電子構造を決定できる。


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図3. 角度分解光電子分光測定の結果
(a) FeS超薄膜の電子構造。基板から薄膜へ移動した電子の存在(黒点線)と、基板の原子振動の存在(黄色点線)が観測される。(b),(c) FeSおよびFeSe超薄膜の超伝導特性の評価。FeSは超伝導が起きていない(1つのピークだけが観測される)のに対して、FeSeでは超伝導が起きている(2つのピークが観測される)ことが分かる。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
助教 中山 耕輔(なかやま こうすけ)
電話:022-217-6169
E-mail:k.nakayama[at]arpes.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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