1.NIMSと東北大学、東京大学、理研などで構成される国際研究チームは、温度-23℃というほぼ室温で超伝導になる高圧下ランタン水素が、原子核の量子ゆらぎ※1のおかげで広い圧力域で安定に存在する「量子固体※2」であることをコンピュータシミュレーションにより発見しました。この発見は、水素を多く含んだ水素リッチ化合物による高温超伝導※3やさらには室温超伝導※3がこれまで考えられていたよりも遙かに低い圧力で実現できる可能性を示しています。
2.超伝導物質はゼロ抵抗でエネルギーロスの無い送電が可能であるため、環境エネルギー問題解決のカギとして注目されています。特に室温超伝導の実現は人類の長らくの夢であり、これまで多くの研究が行われてきました。そのような中、130~220 GPa※4の高圧力下でランタン水素が絶対温度※5250K(-23℃)というほぼ室温で超伝導化することが2019年に報告され、それまでの超伝導転移温度※3の最高記録を塗り替えました。高い温度で超伝導を実現する立方晶構造のLaH10は130~220 GPaの広い圧力域で安定に存在しています。しかし、これまでの理論計算はこの構造を安定化するには230 GPa以上の高圧が必要であると予測していました。なぜ理論予測より100 GPaも低い圧力で立方晶構造が安定なのか、その理由に注目が集まっていました。
3.本研究では、これまでの理論計算で無視されていた原子核の量子ゆらぎに注目し、この効果を取り入れたコンピュータシミュレーションを行いました。その結果、高圧下ランタン水素において水素原子核の量子ゆらぎが極めて大きいこと、そして立方晶LaH10が量子ゆらぎ効果によって広い圧力域で安定化している「量子固体」状態であることを明らかにしました。また、量子ゆらぎ効果を考慮した計算によって、実験で得られた超伝導転移温度を圧力依存性も含め精度良く説明することにも成功しました。
4.原子核の量子ゆらぎは、多くの物質で見られる普遍的な現象です。現在、高圧下ランタン水素の超伝導転移温度をさらに塗り替える別の水素リッチ化合物の発見が期待されています。量子ゆらぎ効果を考慮する本研究のシミュレーション手法を用いることで、そのような候補物質の組成・構造の理論予測がより高い精度で可能になります。今後は適用対象を広げ、室温超伝導物質の理論予測を目指します。
5.本研究は、物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点の只野央将研究員、東北大学理学研究科の是常隆准教授、東京大学工学系研究科の有田亮太郎教授(理化学研究所創発物性科学研究センター計算物質科学研究チームチームリーダー)、バスク大学のIon Errea博士、マックス・プランク研究所のAntonio Sanna博士、ソルボンヌ大学のMatteo Calandra博士、ローマ・ラ・サピエンツァ大学のFrancesco Mauri教授、José A. Flores-Livas博士らからなる国際研究チームによって行われました。また、本研究の一部は科研費 (No. 16H06345)「強相関物質設計と機能開拓 -非平衡系・非周期系への挑戦-」、 (No. 18K03442)「第一原理計算に基づく多面的なアプローチによる超伝導物質探索」、 (No. 19H05825)「量子液晶の理論構築」の一環として行われました。
6.本研究成果は、Nature誌にて現地時間2020年2月5日午後6時(日本時間6日午前3時)にオンライン掲載されました。
室温超伝導の実現は人類の長きにわたる夢です。もしそれが実現できれば、損失ゼロでの送電や冷却コストを消費しない強磁場発生など様々な技術革新に繋がります。近年、硫化水素SH3が-70℃で、ランタン水素LaH10が-23℃でそれぞれ超伝導化することが相次いで発見され、室温超伝導の実現へ期待が高まっています。これらの高温超伝導はいずれも100 GPa(大気圧の100万倍)以上の高圧環境下で発見されたものです。
ランタン水素LaH10の超伝導転移温度(Tc)は250 K(-23℃、およそ冷凍庫内の温度)であり、この値はこれまでに見つかったTcの最高記録です。LaH10における高温超伝導は、結晶構造探索アルゴリズム※6を用いたコンピュータシミュレーションによって2017年の時点で予想されていました。そこでは、高い結晶対称性を持つカゴ状の立方晶LaH10(図1)が圧力230 GPa以上で安定化すること、その立方晶構造が室温近くで超伝導化することが示されていました。そして2019年、この構造が約250 Kの高温超伝導を示すことが実験的に確認され、Tcの最高記録を塗り替えました。ところが立方晶LaH10が理論予想より100 GPaも低い130〜220 GPaの圧力域で安定に存在し続けることが判明し、その理由に注目が集まっていました。超伝導転移温度は結晶構造によって変化するため、立方晶LaH10が安定に存在する理由を理解することは、この物質の超伝導メカニズムを理解するだけでなく、室温超伝導実現への足がかりを得る意味でも重要です。
図1:立方晶LaH10の結晶構造とポテンシャルエネルギー曲面の概念図。
(中央)立方晶LaH10では水素原子(水色)が作る対称性の高いカゴ中にランタン原子(黄色)が内包されている。
(上部)原子核を古典粒子として扱った時のポテンシャルエネルギー曲面。多数の局所安定構造が存在する。
(下部)原子核を空間的に広がる波として扱った場合のポテンシャルエネルギー曲面。量子ゆらぎのエネルギーによって平滑化され、立方晶LaH10が安定化する。
本研究では、原子核の量子効果を取り入れたシミュレーションによって、高圧下ランタン水素LaH10における水素原子核の量子ゆらぎが極めて大きいこと、量子ゆらぎによって立方晶LaH10が広い圧力域で安定化していることを明らかにしました。
これまでのコンピュータシミュレーションでは、原子核を空間に静止する古典的な粒子として扱っていました。この古典的な取扱いを行うと立方晶LaH10よりもエネルギーが低い構造がいくつも発生するため、立方晶構造からさらに安定な構造へ歪んだり分解したりします。これは古典的なエネルギー曲面が複雑で、多くの局所安定構造が存在する事を意味しています。この状況は沢山の人が乗ることで複雑に歪んだマットレスに似ています(図1参照)。ところがこの描像は原子核の量子ゆらぎを考えると一変することを今回の研究で発見しました。水素原子核などの軽い粒子は空間に静止しておらず、極低温でも量子力学効果によって空間的にゆらいでいます。この量子ゆらぎエネルギー※7はエネルギー曲面を平滑化し(図1参照)、立方晶LaH10を最安定化することを明らかにしました。
図2:立方晶LaH10およびLaD10(Dは重水素)における超伝導転移温度Tcとその圧力依存性。二つの異なる理論計算手法の結果と実験値を比較しています。
さらに量子ゆらぎを考慮した上で立方晶LaH10と重水素を使った立方晶LaD10のTcを理論計算し、圧力依存性まで含め高い精度で実験結果を説明することに成功しました(図2参照)。この結果は立方晶LaH10が確かに250 K超伝導を実現している事を改めて裏付けるものです。立方晶LaH10を含む水素リッチ化合物の高温超伝導は電子と結晶格子のカップリング(電子格子相互作用※8)が極めて強い事に由来します。しかし、強すぎる電子格子相互作用は結晶構造を不安定化するため、水素リッチ化合物で高いTcを安定に実現するには超高圧が欠かせないと考えられていました。今回ランタン水素で発見した大きな量子ゆらぎとそれによる構造安定化は普遍的な現象です。この量子ゆらぎ効果によって、これまで考えられていたよりも遙かに低い圧力でその他の水素リッチ化合物を高温超伝導化できる可能性が開かれたと言えます。
現在、高圧下ランタン水素の超伝導転移温度をさらに塗り替える別の水素リッチ化物の発見が期待されています。今回の研究で用いたシミュレーション手法はランタン水素に限らず様々な物質へ適用可能です。また、量子ゆらぎ効果を精密に取り込むことができるため、従来手法よりも高い精度で安定性・超伝導転温度予測を様々な圧力で実行することが可能です。今後は適用対象を広げ、室温超伝導を達成する新物質の理論予測を目指します。
題目:Quantum crystal structure in the 250-kelvin superconducting lanthanum hydride
著者:Ion Errea, Francesco Belli, Lorenzo Monacelli, Antonio Sanna, Takashi Koretsune, Terumasa Tadano, Raffaello Bianco, Matteo Calandra, Ryotaro Arita, Francesco Mauri, and José A. Flores-Livas
雑誌:Nature
掲載日時: 現地時間2月5日午後6時(日本時間6日午前3時)
DOI:10.1038/s41586-020-1955-z
※1 原子核の量子ゆらぎ
量子力学効果によって生じる原子核のゆらぎ。古典力学では原子核を空間に静止した粒子と見なしますが、量子力学では空間に広がった波として考えます。すべての原子やイオンはこの量子ゆらぎによってゆらいでいますが、原子の質量が大きい場合はそのゆらぎが非常に小さいため極低温では静止した粒子と見なせます。しかし、水素原子核のように質量が軽い場合は量子ゆらぎが大きくなるため、その効果を量子力学的に取り扱う必要があります。
※2 量子固体
量子ゆらぎ効果が大きな固体のことです。最も有名な例としては固体ヘリウムが量子固体であることが知られています。
※3 高温超伝導、室温超伝導、超伝導転移温度(Tc)
超伝導とはある物質を冷却すると起こる現象のことで、超伝導になる温度の事を超伝導転移温度(Tc)と呼びます。超伝導状態では電気抵抗がゼロになるため、損失ゼロの送電が可能になります。アルミニウムなどの単純金属のTcは非常に低く、マイナス270℃程度まで冷却しないと超伝導になりません。高温超伝導とは液体窒素温度(マイナス196℃、絶対温度※577 K)以上で起こる超伝導を指すことが多く、室温超伝導とはTcが室温(〜0℃以上)を超える超伝導を表します。これまでに見つかったTcの最高記録は今回の研究対象である高圧下ランタン水素のマイナス23℃で、室温超伝導を示す物質は未だに発見されていません。
※4 Pa(パスカル)
圧力の単位。1 GPa(ギガパスカル)は約1万気圧に対応します。
※5 絶対温度
温度の単位。マイナス273.15℃をゼロとした温度の測り方で、熱力学温度とも呼ばれます。単位はK(ケルビン)です。温度0 Kを絶対零度と呼びます。
※6 結晶構造探索アルゴリズム
物質の組成(どのような元素がどのような割合で混ざっているか)が決まったとしても、その組成がどのような構造の結晶を作るかは一つには定まりません。例えばLaH10はランタン原子が1個に対して水素原子が10個の割合で混ざっていますが、この組成比を実現する結晶構造は多数存在します。結晶構造探索アルゴリズムとは、この多数の結晶構造を自動的かつ効率的に見つけ出す処理手順の事で、主に最安定構造を見つける目的で利用されています。アルゴリズム(処理手順)としては、生物の進化過程を模した遺伝的アルゴリズムなどが使われています。
※7 量子ゆらぎエネルギー
温度が絶対零度(0 K)になると原子の熱ゆらぎは完全になくなりますが、量子ゆらぎは依然として存在します。この振動エネルギーを量子ゆらぎエネルギー、または零点エネルギーと呼びます。
※8 電子格子相互作用
固体中の電子は原子核からの力を感じながら運動しているので、原子核が振動したり移動したりすると、それによって電子は散乱され、持っていたエネルギーや運動量が変化します。逆に金属中の電子によって、原子核の振動エネルギーや運動量が変化することもあります。この効果を電子格子相互作用と呼びます。電子格子相互作用は金属を超伝導化する働きがあるだけでなく、材料の電気的性質(電気伝導など)や熱伝導などに影響を与えることが知られており、多彩な材料特性を生み出す重要な効果です。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 是常隆(これつね たかし)
E-mail:koretsune[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください