東北大学 大学院理学研究科・理学部

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沈み込み帯における多成分流体の性質を解明 ―沈み込み帯の流体分布の解明に期待―

発表のポイント

● 沈み込んだプレートから放出される水・二酸化炭素・塩の多成分からなる熱水は、マントルの鉱物粒間に浸み込んで移動しやすいことを高温高圧実験により実証。

● このような熱水がマントル中を浸透・上昇して、前弧モホ面(注1)近くの高電気伝導度帯を形成。

● 地震波トモグラフィ(注2)データに基づいて、沈み込み帯のマグマと熱水を区別してマッピングできる可能性を指摘。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

沈み込んだプレートから放出される流体には二酸化炭素成分が少量含まれているため、その流体挙動への影響を評価する上で、鉱物への濡れ性の化学組成依存性を明らかにすることが課題となっていました。東北大学大学院理学研究科地学専攻の中村美千彦教授らの研究チームは、二酸化炭素と塩を含む水を主成分とした多成分超臨界流体(注3)の鉱物粒間への浸透性の研究を行い、沈み込み帯における多成分流体の輸送モデルを提案しました。これまで、流体中に二酸化炭素が含まれると、流体は鉱物表面を濡らしにくく、鉱物粒間を浸透して移動できないと考えられていましたが、実験の結果、鉱物の炭酸塩化反応と塩分の影響で、流体が鉱物表面を濡らしやすくなることが明らかになりました。このような流体の性質の理解は、地震波や電磁気の観測に基づいた沈み込み帯の流体分布やマグマ発生原因の解明にも役立ちます。

本研究の成果は、2020年10月5日Earth and Planetary Science Letters誌電子版に掲載されました。



詳細な説明

日本のようにプレートが地下に沈み込む場では、火山活動や地震活動が活発に起こっています。この要因の一つとして、沈み込んだプレートから供給される水を主成分とした超臨界流体の存在が挙げられます(図1)。しかし、流体の供給経路や移動メカニズムには諸説があり、未だ確立されていません。地球深部の高温高圧下において、流体は界面張力に従って岩石内部の鉱物粒間に分布します。ゆえに流体の"濡れ性"が、沈み込み帯の流体循環を支配する要素の一つとなります。流体が鉱物の表面をよく濡らし、粒間に浸み込む場合には、連結したネットワークを形成し浸透流として移動できる一方、鉱物に弾かれて雫状に孤立する場合には、脈状の割れ目を形成して移動すると考えられています。また、このような分布形態の差は、流体を含む岩石の物理的性質にも影響を与えるため、地震波や電磁気を用いた地球物理観測結果から、流体分布を推定する上でも重要です。特に、沈み込んだプレートから放出される流体には、海水に含まれる塩分や炭酸塩鉱物等に由来する二酸化炭素成分が少量含まれているので、濡れ性の流体化学組成依存性を明らかにすることが課題となっていました。

今回、東北大学大学院博士課程の黄永勝・中村美千彦教授、および中谷貴之研究員(現:産業技術総合研究所研究員)らの研究チームは、ドイツ・バイロイト大学バヴァリアン実験研究化学・地球物理学研究所との共同研究を行い、水・二酸化炭素・塩からなる多成分流体の岩石粒間への浸み込み易さを高温高圧実験により詳細に調べました。具体的には、マントル岩石(カンラン岩)の主要な構成鉱物であるカンラン石の流体に対する"濡れ易さ"を表す「二面角(注4)」を、幅広い温度・圧力条件下で精密に決定しました(図2)。本研究チームはこれまで、水と塩の二成分流体の二面角を調べ、わずか1~数wt.%の塩が加わるだけで、二面角が純水の場合よりも大きく低下し、カンラン石の表面を良く濡らすようになることを明らかにしました(注5)。しかし、もう一つの重要な副成分である二酸化炭素は、塩とは反対に二面角を増加させるため、塩と二酸化炭素の効果の競合関係を理解する必要がありました。本研究では、このような問題意識の下、多成分流体の実験を行った結果、二酸化炭素と比べて塩の方が二面角に効果的に作用するため、多成分流体がカンラン石表面を良く濡らすことを突き止めました(図3)。さらに、沈み込み帯相当の低温高圧条件下では、カンラン石の炭酸塩化反応により、流体中の二酸化炭素濃度が大幅に低下するとともに、生成した直方輝石と菱苦土石の影響により、さらに二面角が低下することが分かりました(図2、3)。

この結果から、多成分流体が、蛇紋岩化と岩石の溶融による流体成分の吸収を免れて、楔形マントルの窓状の領域(図1)に浸透し、上昇するモデルを提案しました。この窓を通り抜けた先の前弧モホ面付近では、近年多くの沈み込み帯で高電気伝導度帯が観測されています。この高電気伝導度帯は、流体の溜まりの存在を示すと考えられており(注6)、沈み込み帯における水の収支の不均衡、すなわち、沈み込んだプレートから楔形マントルに供給される量が、火山活動などによる放出量よりも過多となる「失われた流体(missing fluid)」問題と関係している可能性があります。本研究の結果は、二酸化炭素を含む多成分系であっても、超臨界流体が高電気伝導度帯に向かってマントル内を浸透上昇できることを示しており、この問題の理解をさらに前進させるものです。また、多成分流体は二面角が小さく、岩石の溶けた融液に近い分布形態を示す一方で、流体と融液では、弾性的性質に差があることから、地震波トモグラフィデータに基づいて、楔形マントル内の流体と融液を区別してマッピングできる可能性があることも指摘しました。今後、本研究成果に基づいて、様々な沈み込み帯の流体分布が明らかにされると期待されます。



用語説明

(注1)前弧モホ面
島弧-海溝間の地殻―マントル境界。

(注2)地震波トモグラフィ
多数の地震波の到達時間から、地球内部を構成する物質の種類や状態を調べる方法。

(注3)超臨界流体
高温高圧状態において液体の水と気体の水蒸気との区別がなくなっている状態。

(注4)二面角
深成岩のような多結晶体で、二枚の粒間流体-鉱物界面が作る角度(図2)。粒間への流体の浸み込み易さを表し、マントルカンラン岩のような場合には、二面角がおよそ60°より小さいと流体は粒間に浸透して連結したネットワークを形成する(図3)。

(注5)
2020年1月6日プレスリリース
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/01/press20200106-02-plate.html

(注6)
鉱物そのものはほぼ絶縁体なので、岩石が高い電気伝導度を持つには、超臨界塩水のような良導体が十分に多量に存在している必要がある。



参考図

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図1 本研究で提案された沈み込み帯の多成分流体の循環モデル。沈み込んだプレートから放出される塩分と二酸化炭素成分を少量含んだ水を主成分とする超臨界流体は、地殻との間の"楔形マントル"のほぼ全域で岩石の粒間に浸透できる。前弧(島弧の海溝側)の地下では、流体が粒間を浸透可能な領域が、流体成分が含水鉱物(蛇紋石)をつくって岩石に固定される領域と、マントルを溶融させてマグマに溶け込む領域の間に、窓のように存在すると考えられる。このような流体の移動経路は、前弧のモホ面近傍に電気伝導度の高い領域が形成されることを説明できるとともに、沈み込むプレートから供給された流体が何処に運ばれるのか、という問題の解決につながる。

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図2 超臨界流体を粒間に含んだカンラン石(マントルの主要構成鉱物)の多結晶体(実験産物)の電子顕微鏡写真。暗い部分が高温高圧下で流体が存在していた部分。(a)水・二酸化炭素の二成分流体では、カンラン石の炭酸塩化が起こらない低圧条件下で、図の二面角が60°より大きくなり流体は孤立して存在する。(b)高圧条件になると、炭酸塩化が起こり、直方輝石と炭酸塩鉱物の菱苦土石が生じる。炭酸塩化の効果で、二面角が60°より小さくなり、3次元的に鉱物の稜に沿って連結した流体ネットワークが形成される。(c) 水・二酸化炭素・塩の多成分系になると、カンラン石の炭酸塩化の効果に加え、流体中の塩の効果で二面角がさらに小さくなる。

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図3 超臨界流体-カンラン石間の二面角(実験結果)。(a) 温度圧力依存性。水・二酸化炭素・塩からなる多成分流体の二面角(濃いオレンジ色の凡例)は、カンラン石の炭酸塩化が起こらない高温低圧条件では、800℃、1.0 GPaの条件を除き、二面角が60°より小さくなるが、水・塩の2成分流体の二面角(黄色い凡例)よりは大きい。一方、カンラン石の炭酸塩化が起こる低温高圧条件では、常に二面角が60°より小さくなり、すべての実験系の中で、二面角が最も小さくなる。流体中の成分比はモル数で表している。(b)二面角の二酸化炭素濃度および塩濃度依存性。純水に二酸化炭素が少量加わっても、二面角は緩やかにしか上昇しない一方、塩が少量加わると二面角は急激に減少する。ゆえに、二酸化炭素および塩を少量含む多成分流体では、塩の二面角を減少させる効果が、二酸化炭素の二面角を増加させる効果を上回る。



助成

本研究はJSPS科研費16K13903、16H06348、文部科学省による「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」および「指定国立大 災害科学 世界トップレベル研究拠点」の助成・支援を受けたものです。筆頭著者は東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラムに在籍し、日本学術振興会日独共同大学院プログラムの助成を得て東北大学とバイロイト大学との共同指導を受けています。



論文情報

雑誌名:Earth and Planetary Science Letters
論文タイトル:Experimental constraint on grain-scale fluid connectivity in subduction zones
著者:Yongsheng Huanga, Takayuki Nakatania,1, Michihiko Nakamuraa, Catherine McCammonb
a Department of Earth Science, Graduate School of Science, Tohoku University, Aramaki-Aza-Aoba, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
b Bayerisches Geoinstitut, University of Bayreuth, 95440 Bayreuth, Germany
1 Present address: Geological Survey of Japan, AIST Central 7, Higashi 1-1-1, Tsukuba, Ibaraki 305-8567, Japan
DOI番号:10.1016/j.epsl.2020.116610
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012821X20305549



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻
教授 中村 美千彦(なかむら みちひこ)
電話:022-795-7762
E-mail:michihiko.nakamura.e8[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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