東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ダークマターの正体はアクシオンか XENON1T実験の結果を説明しダークマターと星の冷却異常をつなぐ説を提唱

発表のポイント

● ダークマターの直接探索実験であるXENON1T*1によって捉えられていた予想外の電子散乱事象は、光とほとんど相互作用をしないアクシオンという新粒子がダークマターであれば説明可能であることを示しました。

● 様々な星の進化の観測からもアクシオンの存在が示唆されており、XENON1T実験における過剰な電子散乱事象から導かれるアクシオンの質量および相互作用の強さと見事に一致することを明らかにしました。

● これにより、ダークマターの直接探索実験と様々な星の進化の観測が一つの事実「アクシオンダークマター」により説明される可能性が開かれました。

● 本研究の発見が今後の実験で確定的なものとなれば、宇宙論および素粒子理論の発展に大きく貢献します。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

ダークマターは宇宙に漂う未知の物質で、その正体の解明が世界中で進められています。今年の6月、液体キセノンを用いたダークマター探索実験であるXENON1Tで、素粒子の標準的な理論では説明のつかない電子反跳事象の兆候が得られたと発表されました。

東北大学学際科学フロンティア研究所の山田將樹助教、理学研究科の高橋史宜教授(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構客員上級科学研究員)、東京大学理学系研究科の殷文研究員らの研究グループは、XENON1Tによって得られたシグナルはアクシオンと呼ばれるダークマター候補の一つが電子に吸収されることによって生じた可能性を指摘しました。

さらに本研究では、アクシオンがXENON1T実験の結果を説明すると同時に、冷却異常を起こしている白色矮星などの一部の天体の進化をより良く説明できることを示しました。これにより、素粒子実験と天体観測という異なる分野で得られたシグナルが、共通のアクシオンという新粒子の存在によって説明できる可能性が明らかになりました。

本研究の成果は、米国現地時間の10月12日、学術誌 Physical Review Letters にXENON1T実験の結果と同時に掲載され、重要な成果として顕彰されるEditors' suggestion (注目論文) に選ばれました。

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図1. アクシオンと光子の相互作用を与える量子アノマリーのダイアグラム
一般には量子アノマリー*2を通してアクシオン(a)と二つの光子(γ)が結合しているが、本研究では量子アノマリーを持たない特別なアクシオンを考えることで、X線の観測結果と矛盾せずにXENON1T実験の結果を説明することができることを示した。



詳細な説明

研究の背景:

ダークマターは宇宙空間に漂う未知の物質で、これを直接検出するために世界中で様々な観測や実験が行われています。今年の6月に、1トンもの液体キセノンを用いてダークマター探索を行なっていたXENON1T実験によって、素粒子の標準的な理論では説明のつかないシグナルの兆候が得られたことが発表されました。これはまだダークマターの確定的なシグナルではありませんが、実験の今後のアップデートによってより確かな情報が得られることが期待されています。

一方で、最近の白色矮星や赤色巨星の観測から、標準的な天文学のモデルでは説明のできない冷却異常がある可能性が指摘されていました。それは例えばアクシオンなどの軽い未知の粒子がそれらの天体から放射されてエネルギーを奪っていくとすると説明することができます。

ダークマターの候補である新粒子として様々なものが提案されていますが、その一つにアクシオン的粒子 (axion like particle, 以下アクシオン) と呼ばれる非常に軽い粒子があります。アクシオンは様々な物質と弱く相互作用をします。そのなかでも、量子アノマリーと呼ばれる特殊な過程を通じて一般に光子と相互作用することが知られています。


研究の成果:

本研究グループは、XENON1Tによって得られた過剰な電子反跳事象が量子アノマリーを持たないアクシオンによるものである可能性を指摘しました。アクシオンが電子との相互作用を持っていると、ダークマターとして宇宙空間を漂っているアクシオンがXENON1T実験においてモニターされている液体キセノン中の電子に吸収され、アクシオンの質量のエネルギーに対応するシグナルを与えます。アクシオンの質量が電子の質量の約1/200であれば、これによってXENON1T実験で得られたシグナルを説明することができます。

アクシオンは一般に量子アノマリーを通じて光子との相互作用も持ちますが、その場合にはダークマターとして存在するアクシオンが崩壊してX線のエネルギーを持つ二つの光子を放出し、様々な天体からのX線観測結果と矛盾してしまいます。本研究では量子アノマリーを持たない特別なアクシオンを考えることで、X線の観測結果と矛盾せずにXENON1T実験の結果を説明することができることを示しました。

さらに本研究では、宇宙論的進化に基づき予言されるアクシオン存在量が観測されたダークマターの存在量を自然に説明し、特にダークマターの10%程度を占めている場合には、 XENON1T実験の結果を説明すると同時に、天文観測によって観測されていた冷却異常をより良く説明することができることを示しました。このように、一つのモデルで複数の実験結果を説明することができていると、モデルの正統性が高まることになります。将来的にダークマターの探査実験と天体観測の精度がより一層高まっていくことで、本研究で提案されたモデルが検証されることが期待されます。量子アノマリーを持たないアクシオンがダークマターであることが今後の実験で確定的なものとなれば、これは宇宙論と天文学のみならず、物理学の基礎理論を探求する素粒子理論にとっても重要な成果となります。



論文情報

論文名:XENON1T excess from anomaly-free axionlike dark matter and its implications for stellar cooling anomaly
著者: Fuminobu Takahashi, Masaki Yamada, Wen Yin
掲載誌名:Physical Review Letters
DOI:10.1103/PhysRevLett.125.161801



用語説明

(注1)XENON1T実験
米国・ヨーロッパ・日本を中心とした国際共同実験グループ XENON コラボレーションによる、液体キセノンを用いた暗黒物質直接探索実験。日本からは東京大学、名古屋大学、神戸大学が参加している。2016年から2018年までの間、イタリアのグランサッソ国立研究所 (INFN, Laboratori Nazionali del Gran Sasso) の地下研究所において稼働されていた。

(注2)量子アノマリー
素粒子が従う量子的な理論において、古典論における保存則が成り立たなくなる現象。量子異常とも呼ばれる。アクシオンは一般にこの量子アノマリーを通じて光子と相互作用をする。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学学際科学フロンティア研究所
助教 山田將樹
E-mail:m.yamada[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学学際科学フロンティア研究所
URA 鈴木一行
電話: 022-795-4353
E-mail:suzukik[at]fris.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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