● 浅間前掛火山東斜面に分布する1783年(天明)噴火噴出物表面に、酸性雨や火山スモッグによって形成されたと考えられる非晶質シリカ層が形成されていることを発見。
● 浅間火山では、1783年以降、20世紀前半などに、活発なブルカノ式噴火活動を行っていた時期があり、この時期に多量の火山ガスが放出されていた可能性を指摘。
● 堆積物を形成しない火山ガスの過去の活動度や到達範囲を、地層表面の鉱物学的記録から明らかにする手法を提案。
活火山から放出される有毒な火山ガスは、火山麓での人の居住や家畜の飼育を困難にするとともに、火山性の酸性雨やスモッグが発生する原因となります。しかし火山ガスは、軽石のような堆積物を形成しないため、過去の火山ガス活動の規模や分布範囲はほとんど未調査でした。東北大学大学院理学研究科の中村美千彦教授らの研究チームは、浅間前掛火山東斜面の火口から数kmまでの範囲に分布する火砕流堆積物の表面が、強酸性の水溶液と火山灰が反応して形成される非晶質シリカでコーティングされていることを見出しました(図1)。この堆積物は1783年噴火のものであり、現在までの間に、火山性の酸性雨や酸性スモッグが活発に発生した期間があると考えられます。本研究の手法により過去の多量の火山ガスを噴出する活動期の有無や、強酸性の火山性スモッグが頻繁に到達した範囲を推定できる可能性が明らかになりました。このようなガス放出活動の理解は、火道の構造や、マグマ溜りの脱ガス状態の解明にも役立ちます。
本研究の成果は、2020年12月8日Journal of Volcanology and Geothermal Research誌電子版に掲載されました。
有毒な火山ガスの放出は、ときに人々の健康や産業に被害をもたらし、地域住民に長期間の避難を強いるなどの災害をもたらします。2000年6月から始まった三宅島の噴火では、全島民が避難を余儀なくされ高濃度の火山ガスの放出が収まらず、2005年初頭まで約5年間の避難を余儀なくされました。将来の火山災害に備えるためには、活火山の過去の活動状況を知ることが不可欠ですが、火山ガスの場合には、軽石や火山灰、溶岩のように地層の記録として残らないため、これまでほとんど調査されて来ませんでした。
火山活動が活発化すると、エアロゾルと火山ガスが混合した火山スモッグ(注1)や酸性雨が発生することがあります。このような酸性の水溶液が火山噴出物を濡らしては乾くことを繰り返すと、火山ガラスや鉱物の一部の成分が溶出し、粒子の空隙に非晶質シリカ(注2)を再沈殿します。
今回、東北大学大学院理学研究科地学専攻の中村美千彦教授・奥村聡准教授および中谷貴之研究員(現:産業技術総合研究所研究員)らの研究チームは、大学院修士課程修了生の菅谷さりなさんの修士研究を発展させた日本大学文理学部地球科学科安井真也教授との共同研究により、浅間山前掛火山の東斜面(六里ヶ原)に露出する1783年(天明)噴火時の吾妻火砕流の噴出物の表面を詳細に調べた結果、火砕流堆積物を構成する軽石の表面に、非晶質シリカによるコーティングを見出しました(図1)。コーティングの厚さは最大で0.66 mmで、現在の火口から遠ざかるにつれて減少し、3.6 km離れると平均0.02 mmに低下すること(図2a)、コーティングの生成と同時に進行したと考える鉱物の変質の程度も、火口からの距離と共に同様の変化を示すこと(図2b)、さらに反応した鉱物や生成物の種類から、水溶液はpH3以下の硫酸酸性であることがわかりました。これらの結果は、浅間前掛火山では天明噴火以降、20世紀前半のブルカノ式噴火活動期などに、火山ガスの放出が現在よりも活発な時期があり、東斜面の火口から少なくとも3.6 km程度まで、酸性の火山スモッグが到達したり、酸性雨が降雨していたことを示しています。
本研究で用いられた手法は、将来の火山ガス災害の対策に活用することも期待されます。また、噴出したマグマに溶け込んでいた量に比べて、火山ガスが多量に継続して放出されるためには、火山浅部で脱ガスしたマグマが火道内を逆流してマグマ溜りに戻る火道内対流などの現象が起こる必要があることから、火道の太さや地下のマグマ溜りの脱ガス状況などに制約を与えられる可能性があります。
(注1)火山スモッグ
水蒸気、硫化水素や二酸化硫黄を含む火山ガスと、それが大気中で反応して生成したエアロゾルからなるスモッグ。火山ガスの濃度が高く、風が弱い時に発生しやすく、健康や森林・農作物に被害を与える。特にハワイ島・キラウエア火山で発生するものはVogと呼ばれ、近年の活動でもしばしば観測されている。
(注2)非晶質シリカ
原子が規則正しく連続的に並んだ完全な結晶構造を持たない、シリカ(SiO2)を主成分とする物質で、結晶性や含まれる水の量などによっていろいろな種類がある。オパールもその一種。
図1 (a)吾妻火砕流堆積物の垂直な断面露頭の表層部から採取した試料。大気中に露出した表面が、暗灰色のコーティングで覆われている。(b) コーティング部の代表的な電子顕微鏡写真。試料表面に非晶質シリカコーティングがみられる。(c)bの破線で囲った領域の拡大図。コーティングは細粒な火山灰粒子と、その間を埋める非晶質シリカからなる。(d)コーティング部分では斜長石斑晶の選択的な変質(交代作用)が認められる。
図2 各試料採取地点における火口からの距離と、コーティング厚さの平均値(a)、近傍の斜長石斑晶の変質度の平均値(b)との関係。火口から遠ざかるにつれてコーティング厚さが減少する傾向にある。
本研究はJSPS科研費JP25287141・16H06348、文部科学省による「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」および「指定国立大 災害科学 世界トップレベル研究拠点」の助成・支援を受けたものです。
雑誌名:Journal of Volcanology and Geothermal Research
論文タイトル:Amorphous silica coating on flank deposits of the 1783 CE eruption at Asama volcano
著 者:Takayuki Nakatania*, Sarina Sugayaa, Maya Yasuib, Satoshi Okumuraa, Michihiko Nakamuraa
a Department of Earth Science, Graduate School of Science, Tohoku University, Aramaki-Aza-Aoba, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
b Department of Earth and Environmental Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University, 3-25-40, Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8850, Japan
* Present address: Geological Survey of Japan, AIST Central 7, Higashi 1-1-1, Tsukuba, Ibaraki 305-8567, Japan
DOI番号:10.1016/j.jvolgeores.2020.107149
URL :Amorphous silica coating on flank deposits of the 1783 CE eruption at Asama volcano - ScienceDirect
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0377027320305850
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻
教授 中村 美千彦(なかむら みちひこ)
電話:022-795-7762
E-mail:michihiko.nakamura.e8[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
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