● 黒潮大蛇行により関東地方の夏が蒸し暑くなることを発見。
● 関東地方の高温多湿化は、黒潮大蛇行に伴う水蒸気増加に起因した温室効果によると指摘。
● 地域気候に及ぼす海洋の影響を検出したものであり、天気予報や季節予報の改善に向けた大きな一歩。
● 熱中症リスクの低減や気候変動適応計画の策定への貢献が期待。
近年、地球温暖化に伴う海の変化が気候に及ぼす影響が懸念されています。
東北大学大学院理学研究科の杉本周作准教授らの研究グループは、高解像度の気候シミュレーションを行い、夏の関東地方に及ぼす黒潮大蛇行の影響を詳細に分析しました。この結果、黒潮が大蛇行するときほど海から関東地方に多くの水蒸気が流れ込み、温室効果により蒸し暑い夏になることを発見しました。
本成果は、関東地方の夏の気候形成に果たす海からの水蒸気輸送の重要性を示したものです。近年、大気中の水蒸気は地球温暖化の進行とともに増加していることが指摘されており、今後、黒潮の流れ方によっては関東地方は一層厳しい夏になることが懸念されます。それゆえに、本研究成果は熱中症リスクの低減や気候変動適応計画の策定に貢献することが期待されます。
本研究成果は、Journal of Climateオンライン版にて2月1日に早期公開されました。
関東地方の夏季気候への黒潮大蛇行の影響を表す模式図。
タイトル:Local atmospheric response to the Kuroshio large meander path in summer and its remote influence on the climate of Japan
著者名:Shusaku Sugimoto, Bo Qiu, Niklas Schneider
雑誌名:Journal of Climate
URL :https://doi.org/10.1175/JCLI-D-20-0387.1
掲載日:2021年2月1日 オンライン速報版
近年、海流が気候に及ぼす影響に注目が集まっています。日本の南の海には世界最大規模の暖流である黒潮が流れており、2017年夏に大蛇行流路に遷移し、3年半が経過した今でも継続中で、記録史上2番目の長さです(表1)。かつては、大蛇行で黒潮が本州から離れると関東・東海沖の水温は低下するとされていました。ところが、近年の衛星観測により、大蛇行期に出現する黒潮分岐流に伴い関東・東海沖の水温が上昇することが示されました(Sugimoto et al. 2020)(図1)。夏は南風が吹くため、大蛇行に伴う関東・東海沖沿岸昇温が近隣の諸都市に影響を及ぼすことが予想されます。なかでも関東地方には約4000万人が居住しており、世界でも有数の人口集中地域です。しかしながら、日本の夏は、太平洋高気圧やチベット高気圧、エルニーニョ現象などの影響も受けます。それゆえに、日本への黒潮大蛇行の影響を検出するためには、高解像度気候シミュレーションの実施が必要です。
東北大学大学院理学研究科の杉本周作准教授と米国ハワイ大学マノア校のBo Qiu教授・Niklas Schneider教授からなる研究チームは、スーパーコンピューター上で気候シミュレーション(注1)を実施することで、黒潮大蛇行に伴う関東・東海沖沿岸昇温が日本の夏の気候に及ぼす影響を詳細に分析しました。実験の結果、黒潮大蛇行の影響で関東地方の気温が約0.6度上昇することがわかりました(図2左)。この実験結果は最近の大蛇行期間に観測された気温上昇と同程度でした(図2右)。そして、気温上昇のメカニズムとして、大蛇行に伴う沿岸昇温により蒸発が盛んになり、関東地方に流れ込む水蒸気が増加し、その結果、温室効果で気温が上昇することを発見しました(図3)。加えて、黒潮大蛇行の影響で高くなった湿度により関東地方では不快日(注2)の数が倍増することを指摘しました。
近年、大気中の水蒸気は地球温暖化の進行とともに増加していることが指摘されています。本研究の結果を加味すると、今後、黒潮の流れ方によっては関東地方は一層厳しい夏になることが懸念されます。また、本研究では関東地方に着目しましたが、本実験結果によると黒潮大蛇行の影響は東海地方も含めた広範囲に及ぶ可能性があります(図2左)。2020年8月17日に静岡県浜松市の気温は41.1度を記録し、日本国内の観測史上最高気温に並ぶものでした。このとき黒潮は大蛇行しており、浜松沖の海水温は例年より3度も高い状態でした(図4)。これらのことから、この記録的猛暑の要因の一つに黒潮大蛇行の影響が示唆されます。今後、熱中症リスクの低減や気候変動適応計画の策定においては、黒潮の動向、および黒潮に伴う海水温の変化を様々な観測プラットホームで監視し、その変動メカニズムを深く理解していくことが大切だと考えています。本発見は、地域気候に及ぼす海洋の影響を検出したものであり、天気予報や季節予報の改善に貢献することを期待しています。
図1:黒潮が大蛇行していた2018年7月1日の海面水温の平年差。ここでは黒潮が大蛇行していない2006年〜2016年の平均値を平年としている。青矢印は黒潮、緑点線矢印は黒潮分岐流を表す。
図2:黒潮大蛇行時の夏の気温変化。(左)気候シミュレーション結果。(右)観測結果であり、大蛇行時(2017年〜2020年)と非大蛇行時(2006年〜2016年)の差。
図3:関東地方への黒潮大蛇行の影響を表す模式図。
図4:図1と同様、ただし2020年8月17日。
表1:気象庁が判定した1965年以降の黒潮大蛇行期間。
開始 | 終了 | 期間 |
---|---|---|
1975年8月 | 1980年3月 | 4年8ヶ月 |
1981年11月 | 1984年5月 | 2年7ヶ月 |
1986年12月 | 1988年7月 | 1年8ヶ月 |
1989年12月 | 1990年12月 | 1年1ヶ月 |
2004年7月 | 2005年8月 | 1年2ヶ月 |
2017年8月 | 継続中 |
(注1)気候シミュレーション
東北大学サイバーサイエンスセンターのスーパーコンピューター上で、気象庁非静力学大気モデルを用いて気候シミュレーションを行いました。本研究では沿岸昇温が発生した海と発生しない海を用意し、それぞれに対する大気応答を比較することで黒潮大蛇行に伴う沿岸昇温の影響を評価しました。なお、気候シミュレーションは沿岸昇温の影響を十分に表現できるように5 kmの高解像度で行われています。
(注2)不快日
夏の蒸し暑さでの不快感を数量的に表す不快指数のうち、本研究では気温と湿度をもとに算出される指標を用いて、全ての人が不快に感じる80以上を不快日としています。
Sugimoto, S., B. Qiu, and A. Kojima, 2020: Marked coastal warming off Tokai attributable to Kuroshio large meander. J. Oceanogr., 76 (2), 141-154.
(doi:10.1007/s10872-019-00531-8)
<研究に関すること>
東北大学 大学院理学研究科 地球物理学専攻
准教授 杉本 周作(すぎもと しゅうさく)
電話 022-795-6529
E-mail shusaku.sugimoto.d7[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp