● 東北地方太平洋沖地震の大すべりは日本海溝中部に限られ、南部では地震後にゆっくりすべりが継続している
● 海底下の地震波速度・密度構造は、中部と南部で明らかに異なる
● 南部のプレート境界浅部に厚さ1kmの低密度層を仮定した構造モデルで、観測されている重力異常(注1)が説明できる
● 数値シミュレーションで、中部と南部での断層すべり特性の違いを再現した
2011年東北地方太平洋沖地震の巨大な断層すべりは日本海溝中部(宮城県沖)の海溝近くに限定され、南部(福島県沖)の海溝近くでは地震後のゆっくりとしたすべり(余効すべり(注2))が進行しており、この地震の大すべりはなぜ南部へ広がらなかったかは不明でした。東北大学大学院理学研究科の中田令子助教らは、海洋研究開発機構海域地震火山部門の堀高峰上席研究員らとともに、この原因を明らかにするために、プレート境界面近くの構造モデルの構築とそれを用いた断層すべりのシミュレーションを行いました。南部の余効すべりが起こる範囲のプレート境界に厚さ1kmの低密度層(チャンネル層(注3))をおいた構造モデルを想定すると、福島県沖で観測される負の重力異常が説明できます。この層による摩擦特性の違いを仮定したシミュレーションでは、宮城県沖では巨大地震が繰り返し発生し、福島県沖ではゆっくりとしたすべりが長期間継続することが再現されました。つまり、プレート境界面沿いのチャンネル層の存在が、2011年東北地方太平洋沖地震の大規模なすべりが南部へ拡大するのを妨げたと考えられます。
この研究成果は、学術雑誌Scientific Reportsに2021年3月19日付けでオンライン公開されました。
2011年東北地方太平洋沖地震(マグニチュードMw9.0、以下、「東北沖地震」)の大すべり域は、日本海溝中部(宮城県沖)の海溝そばのプレート境界の浅い部分に推定されています。海底堆積物の調査などから、過去にも同地域で同規模の地震があったことが明らかになってきています。一方、日本海溝南部(福島県沖)の浅いエリアでは、東北沖地震以降、余効すべりというゆっくりとしたすべりが生じています。また、スロー地震(注4)と呼ばれる現象も発生していることが知られています。重力観測の結果からは、大すべり域の南限にあたる福島県沖を境に、残差重力異常が大きく変化し、中部で正・南部で負の値をとる地域が広がっています。海底下構造探査からは、福島県沖のプレート境界にそってチャンネル層と呼ばれる、厚い堆積層が分布していることが示されています(図1)。このように、日本海溝では、地震学・測地学・海洋地球物理学・地質学などの異なる観測データから、中部と南部では、特徴が大きく変化していることがわかります(図2左)。
東北大学大学院理学研究科の中田令子助教らは、海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という)海域地震火山部門の堀高峰上席研究員らとともに、なぜ東北沖地震の大すべりが南部へ広がらなかったかを明らかにするために、プレート境界のチャンネル層に着目して2つの解析を行いました。
日本海溝での海底下構造探査から得られている地震波速度構造から、プレート境界にそって地震波速度が遅くて柔らかい堆積層(チャンネル層)が分布することが知られています。そこで、このチャンネル層が周囲の地殻よりも低密度であることを考慮した構造モデルを用いて重力異常の計算を行ったところ、日本海溝南部の余効すべりが観測されている領域で観測されているような負の重力異常が説明できることが示されました。
そこで、研究グループでは、この層の有無に起因する中部と南部での摩擦特性の違いをモデル化して、地震発生サイクルの数値シミュレーションを実施しました。日本海溝での構造探査にもとづいて設定された3次元のプレート境界面上に、東北沖地震の震源域を長方形で単純化したモデル(図2中)を仮定し、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って大規模計算を実施したところ、特徴的すべり量(注5)と呼ばれる摩擦パラメタの値を、南部の海溝近くで大きめに仮定したモデルにより、日本海溝中部でM9の巨大地震が約540-770年間隔で繰り返し発生し、南部の海溝近くで余効すべりが10年以上継続するという、地球物理観測・地質学調査の結果が示す特徴を再現することができました(図1右、図2右)。
これらの結果は、日本海溝南部のプレート境界面沿いの海溝近く(沈み込んでから100 km程度)に分布するチャンネル層が巨大地震の発生を抑制し、非地震性すべりが起こりやすい原因となっていることを示唆しています。従って、今後も、日本海溝南部の海溝近くが東北沖地震のような巨大地震の震源域になる可能性は低いと言えます。チャンネル層の形成には沈み込む海山が関与すると考えられるため、日本海溝だけでなく、世界各地の海山が沈み込んでいるような地域でも、巨大地震は起こりにくいと言えるかもしれません。
本研究の一部は、JSPS科研費Grant Number JP19H05596、JP19H00708、JP26000002、文部科学省による委託業務「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」の助成を受けて実施されたものです。本研究のシミュレーション結果は、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を利用して得られたものです。
図1:本研究の概略図。左側は日本海溝中部(上)と南部(下)の地形の鳥瞰図と、断面図。中部は東北沖地震時の大すべり域であり、赤星印は震源を示す。余効すべりが発生している南部のプレート境界には、沈み込む海山によって形成されたチャンネル層(オレンジの部分)が存在する。左図の模式図では高さ方向を強調していることに注意。右側は、累積すべりの時間変化を示している。中部(赤線)では、500年以上の長い繰り返し間隔でM9地震が繰り返し発生している。南部(拡大図の青線)では、M9地震後に、余効すべりによるゆっくりとした変化が長期間継続している。
図2:(左)残差重力異常の分布 [modified from Bassett et al., 2016]。ピンク色の線を境に、残差重力値が正から負に大きく変化している。灰色点線は、東北沖地震時の大すべり域 [Iinuma et al., 2012]。黒線は余効すべり域 [Iinuma et al., 2016]。赤線(宮城県沖)と青線(福島県沖)は図1のおおよその位置を示す。(中)本研究でチャンネル層を考慮した摩擦分布モデル。中部と南部の海溝近くでは値を大きく変化させた。(右)本研究の数値シミュレーションで得られた結果。暖色はM9クラス地震時のすべり分布。青線は余効すべり。
(注1)重力異常
地球上のある地点で観測された重力加速度の大きさと標準的理論値との差。地下の密度が標準モデルより大きいと正、小さいと負の異常となる。
(注2)余効すべり
地震直後に、その地震の震源域周辺で生じるゆっくりとした断層すべり。
(注3)チャンネル層
堆積物からなる層で、海山を載せた海洋プレートが沈み込むことで形成されたと考えられる。層内部では、様々な変形が生じていると考えられており、非地震性すべりを起こしやすい性質を持つとされている。
(注4)スロー地震(ゆっくり地震)
低周波微動・超低周波地震・スロースリップイベント(ゆっくりすべり)など、通常の地震よりもゆっくりとした断層すべりの総称。
(注5)特徴的すべり量
摩擦パラメタの一種。大きいとゆっくりすべり、小さいと地震性の高速すべりを起こしやすい特性になる。
雑誌名 :Scientific Reports
タイトル:Presence of interplate channel layer controls of slip during and after the 2011 Tohoku-Oki earthquake through the frictional characteristics
著 者:中田令子(東北大学)・堀高峰(JAMSTEC)・三浦誠一(JAMSTEC)・日野亮太(東北大学)
DOI番号:10.1038/s41598-021-86020-9
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科
地震・噴火予知研究観測センター
助教 中田 令子(なかた りょうこ)
E-mail:ryoko.nakata.e6[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp