東北大学 大学院理学研究科・理学部

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最終氷期の南極大陸の気温低下と氷床高度の見積もりを刷新

発表内容

南極の過去の気温を復元するため、これまでとは異なる2つの測定方法を検討した結果、約2万年前の最終氷期における南極大陸の気温が判明しました。その結果、最終氷期の南極大陸は、これまで考えられていたほど気温が低くなかったことが明らかになりました。

地球上で最も寒い場所である南極大陸は、最終氷期にはさらに冷え込んでいました。氷期の南極の気温は、現在よりも平均して約9℃低かったという説がこの数十年支持されてきました。一方、地球全体の平均気温は、現在よりも5〜6℃低かったとされています。

オレゴン州立大学の地球・海洋・大気科学部のクリスト・ブイザート助教を中心とする国際研究チームは、南極大陸の一部の地域では、氷期の気温は現在より10℃も低かったのに対し、東南極の中央部では、従来の推定値の約半分である4~5℃の気温低下に過ぎなかったことを明らかにしました。

この研究成果は、2021年6月4日発行のScience誌に掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト


気候変動の専門家であるブイザート氏は、「今回、南極大陸全体を対象とした、初めての決定的かつ一貫した結果が得られました」と述べています。「驚くべき発見は、南極大陸のどこにいるかによって、冷却の程度が大きく異なることです。このような冷却の地域パターンは、氷期と現在の間に起こった氷床の高さの変化によるものと考えられます。」

古気候学者で共著者の一人であるオレゴン州立大学のエド・ブルック氏は、「最終氷期における地球の温度を理解することは、寒冷気候から温暖気候への移行を理解し、気候変動によって地球が温暖化した場合に何が起こるかをモデル化する上で非常に重要です」と述べています。「南極大陸は、気候システムの中でも特に重要です。私たちは気候モデルを使って未来を予測していますが、その気候モデルは様々なことを正しく再現していなければなりません。モデルを検証する方法の1つは、過去を正しく再現しているかどうかを確認することです」。

最終氷期は、二酸化炭素などの温室効果ガスの変化に対する地球気候の感度を理解するための自然の実験のようなものです。何十万年もの時間をかけて形成された氷から採取されたコアサンプルは、その物語を読み解くのに役立ちます。

これまでの研究では、温度計の役割を果たす氷の層に含まれる水の同位体を用いて、最終氷期の温度を復元してきました。グリーンランドでは、これらの同位体の変化による気温復元を他の方法と比較することで、その正確さを確認することができます。しかし、南極大陸の大部分では、水の同位体の温度計を他の方法で較正することができませんでした。例えて言えば、温度計はあっても目盛りが読めないようなものです。較正不能だった場所の一つが東南極ですが、そこでは最も古いアイスコアが掘削されており、気候の歴史を理解する上で重要な場所です。

今回の研究では、南極大陸の7カ所(東南極5カ所、西南極2カ所)のアイスコアを用いて、古代の気温を復元するための2つの手法を採用しました。

一つ目は、アイスコアの掘削孔を使って氷床の温度を測定するものです。南極の氷床は非常に厚いため、堆積当時の温度を「記憶」しており、氷床の表面から底までの温度を測定することで過去の気温を復元することができます。

二つ目の方法は、積雪が時間をかけて圧密し、氷に変化していくときの特性を調べるものです。東南極では、厚さ50~120メートルの層を経て、数千年かけて雪が氷に変化しますが、その層の厚さは気温変化に敏感に反応します。その記録は、アイスコアの気体成分のデータとして測定可能です。

研究者たちは、どちらの方法でも同じような気温の復元結果が得られたことから、その結果に確信を持ったとともに、氷期の冷却量が氷床の形状に関係していることを発見しました。氷期には、降雪量の減少に伴い、南極の一部地域では氷床が薄くなったと考えられます。それによって表面の標高が下がり、その地域の冷却量は4〜5℃に止まりました。一方、氷期に氷床がより厚くなった地域では、気温が10℃以上も低下したのです。標高と気温の関係はよく知られており、標高が上がるほど寒くなります。

今回の発見は、将来予測に用いられる気候モデルを改善する上で重要なものですが、人間活動によって発生する主要な温室効果ガスである二酸化炭素に対して地球がどれほど敏感であるかに関して、研究者の認識を変えるものではありません。ブイザート氏は、「この論文の結果は、気候感度に関する主要な理論と一致しています」と述べています。「私たちは、今日も昨日までと同じように、人為起源の気候変化を懸念しています。」

今回の研究には、米国、日本、イギリス、フランス、スイス、デンマーク、イタリア、韓国、ロシアのチームが貢献しました。

日本チームの研究者らは、気候モデリング、アイスコアの気体分析、掘削孔の温度解析などを通じて、論文の主要な結論を導くのに大きく貢献しました。

気候モデリングでは、東京大学大気海洋研究所の地球表層圏変動研究センター古環境研究分野のシェリフ多田野特任助教(当時)、阿部彩子教授、小長谷特任研究員が貢献しました。将来予測にも用いられている日本のMIROC大気海洋大循環モデルとイギリスのHadCM大気海洋大循環モデルが用いられ、南極氷床の形状を様々に想定した数値実験が多数実施され詳細に結果解析されました。氷期の当時の気温の冷却の度合いが氷床の形状と大きく関係していることがわかっただけでなく、その計算結果が今回のアイスコアや掘削孔で復元された独立の結果とほぼ全ての地域で整合的であることを示しました。また、気候の将来見通しの判断に寄与するCMIP6(大気海洋結合モデル国際比較プロジェクト)の一環として実施された最新のPMIP4(古気候モデリング国際比較プロジェクト)による多数の世界の気候モデルの結果ともその整合性の度合いが比較検討されました。将来予測見通しを今後分析する際、今回の古気候モデリング研究結果が活用されることが大きく期待されます。

アイスコアの分析やデータ解析に関しては、日本が掘削した南極ドームふじアイスコアを用いて、国立極地研究所の川村賢二准教授、大藪幾美特任研究員、本山秀明教授、東北大学大学院理学研究科附属大気海洋変動観測研究センターの青木周司名誉教授、中澤高清名誉教授が貢献しました。特に、東南極を代表するドームふじアイスコアやその掘削孔データから、過去の気温を復元するための掘削孔の温度プロファイルや、積雪層のモデリングに使用するメタン濃度と窒素同位体比、東南極と西南極の相対標高変化を推定するための空気含有量といった、氷期の温度の解析に不可欠なデータを提供し、解析結果の議論や執筆に参加しました。ドームふじコアの結果と、欧州が掘削した東南極内陸のドームCアイスコアとは極めて整合的であり、広大な東南極内陸を代表する両コアが本研究において決定的な役割を果たしました。今後、高精度データをさらに蓄積することで、より過去にさかのぼった温度復元も可能になることが期待されます。

本研究は、米国のNational Science Foundation、日本の新学術領域研究『熱―水―物質の巨大リザーバ 全球環境変動を駆動する南大洋・南極氷床』(領域代表 川村賢二)はじめ複数の科研費の支援を受けています。15J12515, 17H06104, 17H06323, 20K14552, 18749002, 26241011, 15KK0027, 17H06316, 20H00639, 20H04327, 22310003

本研究では、海洋研究開発機構の地球シミュレータを用いました。また、特別教育研究経費(研究推進)事業「地球気候系の診断に関わるバーチャルラボラトリーの形成」による支援を受けました。



論文情報

雑誌名:「Science」(6月4日付)

論文タイトル:Antarctic surface temperature and elevation during the Last Glacial Maximum

著者:Christo Buizert*, T.J. Fudge, William H. G. Roberts, Eric J. Steig, Sam Sherriff-Tadano, Catherine Ritz, Eric Lefebvre, Jon Edwards, Kenji Kawamura, Ikumi Oyabu, Hideaki Motoyama, Emma C. Kahle, Tyler R. Jones, Ayako Abe-Ouchi, Takashi Obase, Carlos Martin, Hugh Corr, Jeffrey P. Severinghaus, Ross Beaudette, Jenna A. Epifanio, Edward J. Brook, Kaden Martin, Jérôme Chappellaz, Shuji Aoki, Takakiyo Nakazawa, Todd A. Sowers, Richard B. Alley, Jinho Ahn, Michael Sigl, Mirko Severi, Nelia W.Dunbar, Anders Svensson, John Fegyveresi, Chengfei He, Zhengyu Liu, Jiang Zhu, Bette Otto-Bliesner, Vladimir Y. Lipenkov, Masa Kageyama, and Jakob Schwander



国内著者(著者リスト順)

シェリフ 多田野 サム(東京大学 大気海洋研究所地球表層圏変動研究センター)
川村 賢二(情報・システム研究機構 国立極地研究所/総合研究大学院大学/海洋研究開発機構)
大藪 幾美(情報・システム研究機構 国立極地研究所)
本山 秀明(情報・システム研究機構 国立極地研究所/総合研究大学院大学)
阿部 彩子(東京大学 大気海洋研究所地球表層圏変動研究センター/情報・システム研究機構 国立極地研究所)
小長谷 貴志(東京大学 大気海洋研究所地球表層圏変動研究センター)
青木 周司(東北大学 大学院理学研究科附属大気海洋変動観測研究センター)
中澤 高清(東北大学 大学院理学研究科附属大気海洋変動観測研究センター)



添付資料

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図1 様々な研究方法による最終氷期の南極の7カ所の気温低下量と推定幅の一覧(上から2つが西南極、次の5つが東南極、地点は図2を参照)。掘削孔の温度による推定はBHで示す横棒,アイスコア試料からの温度推定は棒グラフ(頻度分布)で示す。異なる気候モデルによる推定は、マークをつなげた横線で表示(マークは、白抜き:日本のMIROC、グレー:英国HadCM,黒印:国際比較プロジェクトPMIP4/CMIP6の結果)。


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図2 南極地形と気候モデル結果(7カ所の観測は丸印で示す)。A 現在の南極地形を用いた時の気候モデルによる気温低下量。B 5つの推定方法の平均高度。C 最終氷期の南極地形を用いた時の気候モデルによる気温低下量(MIROCモデルとHadCMモデルの平均)。D 気候モデル推定による気温低下量と高度変化量の関係。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学名誉教授(理学研究科附属大気海洋変動観測研究センター)
青木 周司(あおき しゅうじ)
E-mail:shuji.aoki.a3[at]tohoku.ac.jp

東北大学名誉教授(理学研究科附属大気海洋変動観測研究センター)
中澤 高清(なかざわ たかきよ)
E-mail:takakiyo.nakazawa.d7[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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