東北大学 大学院理学研究科・理学部

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有機電子型強誘電体のナノ分極を瞬時に増強 ペタヘルツ応答への可能性を開拓

発表のポイント

● 赤外光を照射した瞬間(十兆分の一秒程度)に、ナノ分極(注1)(ナノサイズの微小な分極領域)が増強することを発見した。

● この発見は、テラヘルツ分光技術を駆使したナノ分極の検出法を発見したことにより可能になった。

● さらなる超高周波(ペタヘルツ)(5G周波数より十万倍以上も高速)の電気デバイスの動作原理となる可能性が期待できる。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

高速通信の需要が高まる中、現在のギガ(十億)ヘルツ駆動エレクトロニクスをはるかに超えるペタ(千兆)ヘルツの電子操作技術の開拓が期待されています。そのような超高周波の電子応答を可能にする量子物質(電子の量子多体効果(注2)によって電気伝導性や磁気的性質が決まる物質)の研究が世界中で進む中、電子型強誘電体(注3)は、誘電体メモリの材料として注目されています。東北大学大学院理学研究科の岩井伸一郎教授、伊藤弘毅助教らのグループは、有機電子型強誘電体において、物質中のナノ分極がフェムト秒光パルス(注4)によって増強する現象を発見しました。この現象は、原理的には、ペタヘルツ応答にも追随でき、今後、アト秒スケール(5G周波数より十万倍以上も高速)の電子操作に応用することも期待できます。

この成果は米国科学雑誌「Physical Review Research (Letter)」に2021年8月13日にオンライン掲載されました。

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ナノ分極が光で増強される模式図



研究の背景

皆さんのスマートフォンにも使われている高速通信や情報処理の技術は、身近な生活からエネルギーや環境問題の解決に至るまで社会を支える基盤です。その未来を担うのは光通信や光コンピュータなどの光技術です。光は、現在のギガ(十億)ヘルツ駆動エレクトロニクスをはるかに超えるペタ(千兆)ヘルツの電子操作をも可能にします。一方、物質科学の分野では、高温超伝導体、量子スピン液体、トポロジカル物質、マルチフェロイクスなどの「量子物質」の不思議な電気的、磁気的な性質が世界中で注目されています。ここでは、そのような量子物質の一つである、電子型強誘電体に焦点を当てます。

強誘電体は、メモリやピエゾ素子(注5)などへの応用で広く知られており(図1)、電気の偏り(分極)の向きが整列(秩序化)することを利用しています。従来の強誘電体では、分極は原子やイオンの変位などによって生じていました。一方、電子強誘電体では、電子雲の変形によって分極が形成されるので、これまでより1000倍も速い制御が可能となることが期待され、多くの研究が行われています。しかし、光で分極を消去することはできるものの、分極を高速に増強することが困難でした。


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図1:強誘電体の機構。従来の強誘電体では、分極は原子変位などで生じていた。電子強誘電体では電子雲の変形によって生じるため、高速動作が期待できる。



研究の内容

・有機電子型強誘電体におけるナノ分極のテラヘルツ観測

今回研究に用いたのは、有機分子結晶(注6)である(TMTTF)2X (図2上)です。この物質は、世界で初めて電子型強誘電性が観測されたことでも知られています。本研究では、近年基礎応用で活用されているテラヘルツ電磁波を利用することで、ナノ分極を観測する技術を開拓しました。

強誘電体においては、巨視的(この物質では100ミクロン=10万ナノメートル程度)な長さのスケールで一方向を向いた分極が存在し(図2右下)、それをテラヘルツ波発生(注7)などの光学的な手法によって確認することができます。しかしこの方法は、光の波長である1ミクロン=1000ナノメートル以上の領域での場合のみ有効であり、ナノ分極の測定方法は確立されていませんでした。

そこで本研究では、テラヘルツ波がナノ分極に吸収される性質(注8)(図2左下)を利用しました。図3に、ナノ分極(、吸収強度)と巨視的分極(黒□、テラヘルツ波発生強度)の温度依存性を示します。巨視的分極は、絶対温度102 K(=-175℃、強誘電転移温度)以下の温度で生じています。一方でナノ分極は、それより50 K以上も高温から成長していく様子が見て取れます。


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図2:(上)(TMTTF)2Xの結晶構造 (下)ナノ分極と巨視的分極のテラヘルツ測定。


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図3:分極の温度変化。ナノ分極()は巨視的分極(黒□)より高温で生じる。


・光照射によるナノ分極の増強

図4aは、光照射した瞬間(十兆分の一秒)における吸収変化です。22 K(灰色)では、ナノ分極の吸収ピークがマイナスに変化(減少)しており、ナノ分極が破壊されたことを意味します。これは他の電子型強誘電体でも見られている光誘起相転移(注9)という現象です。ところが50 K(緑色)では逆に、ピークはプラスに変化しており、ナノ分極が光で増強されることが明らかになりました。いずれの温度でも巨視的分極の信号は減少していることから(図4(b))、巨視的には分極が破壊されているように見えますが、これは向きの異なるナノ分極が相殺していることによると考えられます(図4c)。

本研究では、多くの電子を一斉に動かさなくてはいけない巨視的分極の変化ではなく、あえてナノ分極に注目することによって、「ナノ分極の増強が瞬時に起こる」という新奇な現象の発見に至りました。今後、ナノデバイスの電子の制御に応用することで、フェムト秒-アト秒領域(ペタヘルツ領域)のエレクトロニクスの動作原理に繋がる可能性があります。


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図4: (a)ナノ分極によって生じる吸収ピークの、光励起直後(十兆分の一秒)の変化。正が増加、負が減少を表す。(b)巨視的分極(テラヘルツ波発生)の変化。(c)ナノ分極が光で増強される模式図


・まとめと波及効果

本研究では、通信波長帯の近赤外光の光照射により有機電子型強誘電体のナノ分極が瞬時(応答時間~十兆分の一秒)に増強することを発見しました。その機構は、現時点で明らかではありませんが、電子型強誘電体の性質から、現在ギガ(十億)ヘルツのエレクトロニクスの駆動速度を、百万倍のペタ(千兆)ヘルツへと飛躍的に高周波化できる可能性が拓かれます。また、ナノ分極の光増強は、強誘電転移温度以上でも観測できるので、これまで応用の難しかった、低い転移温度を持つ強誘電体に関しても応用の可能性が期待できます。



謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST 「キャリアエンベロープ位相制御による対称性の破れと光機能発現」(研究代表者 岩井伸一郎JPMJCR1901)、 および文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム (Q-LEAP)基礎基盤研究 「強相関量子物質におけるアト秒光機能の開拓」(研究代表者 岩井伸一郎JPMXS0118067426)、および文部科学省 科学研究費補助金・新学術領域「量子液晶の物性科学」公募研究「強相関π電子がつくる電荷秩序・強誘電ドメインの形成機構解明と光機能探索」(研究代表者 伊藤弘毅 20H05147)の助成を受けて行われました。



用語解説

(注1)ナノ分極
分極を持つナノメートル程度の局所領域を、ここではナノ分極と呼んでいる。電子や原子によって生じた分極が多数(事実上、無限個)整列すると巨視的な強誘電分極を形成することは昔から良く知られていた。一方で近年、数個-数十個のみ整列したナノ領域(短距離秩序)が示すエキゾチック特性が注目を集めている。それらは「リラクサー強誘電性」や「Polar Nano Region」あるいは「分極のガラス状態」などと呼ばれ、世界中で精力的に研究が進められている。


(注2)量子多体効果
固体中の電子が、多数の原子間を動きまわる性質(遍歴性)は、量子力学を象徴する「量子効果」である。シリコンなどの電子デバイスに応用される通常の半導体では、その電気的な性質を理解する上で、多くの場合、多数の電子の間に働く相互作用(電子相関)を考える必要がない。(ナノ半導体のように、微小空間に電子が閉じ込められた場合には、しばしば無視できないこともある)。しかし、遷移金属化合物や有機物質の一部の物質では、電子相関が重要な役割を果たす。電子が多数存在することによって生じる効果は、量子多体効果と呼ばれ、銅酸化物における高温超伝導はその典型的な例である。


(注3)電子型強誘電体
電子雲の変形が電気分極を形成している誘電体。通常の強誘電体は、応答速度を決める分極反転の時間スケールが、原子やイオンが動く速さによって制限される。しかし、電子型誘電体では、原子の変位は比較的小さく、主にクーロン反発による電子の偏りによって分極が形成されるので、より速い応答が可能となる。本研究で扱った物質のほか、いくつかの有機分子性化合物(α-(BEDT-TTF)2I3、β'-(BEDT-TTF)2ICl2)や遷移金属酸化物(LuFe2O4, YbFe2O4)が研究対象となっている。


(注4)フェムト秒光パルス
パルス光(カメラのフラッシュのような一瞬だけの光)を容易に発生できることはレーザーの特徴であり、光の持続時間(パルス幅)は、光周波数コム(2005年ノーベル物理学賞)やチャープパルス増幅(2018年ノーベル物理学賞)などの技術革新を経て、この40年間の間に実に千倍以上も短縮化された。現在最も一般的に用いられている短パルスレーザーのパルス幅は、100フェムト秒(10兆分の1秒)程度であり、科学技術分野において、数多くの発見(例えば、「フェムト秒分光学を用いた化学反応の遷移状態の研究」1999年度ノーベル化学賞)をもたらしただけでなく、レーザー加工やレーザー医療など社会への波及効果も大きい。近年では、光の電場振動周期の「ひとゆれ」に匹敵する極限的な短パルスの発生も可能になっている。


(注5)ピエゾ素子
注1で述べたように、強誘電性に伴う原子やイオンの変位によって、圧電性(電場の印加による応力や変形、応力の印可による電圧)が生じる。前者は、圧電スピーカ、発信機、STMやAFM検出部の精密駆動機構、また後者としては、マイクロフォンなどの圧電センサなどの例が知られている。近年では、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)への応用も注目されている。


(注6)有機分子結晶
有機物および有機分子結晶には、豊かな電子物性、小さい環境負荷などの優れた性質があり、その材料科学は1970年代の導電性ポリマー(2000年ノーベル化学賞)の発見をきっかけに飛躍的に進展した。特にTMTTF (テトラメチルテトラチアフルバレン)やBEDT-TTF(ビスエチレンジチオテトラチアフルバレン)分子からなる有機分子結晶は、金属、強磁性、電子型強誘電、超伝導など様々な性質を示すことが知られている。


(注7)テラヘルツ波発生
テラヘルツ波発生は、第二次高調波発生(SHG)とともに、強誘電体を特徴づける巨視的な分極の非接触な測定手法として知られる。これらは二次の非線形光学効果を原理としており、近年のフェムト秒パルスレーザーの普及により、強誘電体の候補物質の探索に広く用いられるようになった。


(注8)テラヘルツ波がナノ分極に吸収される性質
本研究で調べたナノ分極は、2テラヘルツ付近に共鳴振動数(TMTTF分子間振動)をもつため、近い周波数のテラヘルツ波を吸収する。従って、テラヘルツ透過測定を行って吸収の有無を調べればナノ分極の有無がわかる。吸収ピークの大きさを精密に測定するため、テラヘルツ時間領域分光という手法を用いた。


(注9)光誘起相転移
スピンや分極などが巨視的にそろった秩序構造を、光によって変化させる現象の総称。光の照射は、最終的には温度の上昇、エントロピーの増大につながるので、秩序構造がそろったものからランダムなものへ「融解」する例が最も一般的である。しかし、近年は、様々な工夫によって、ある秩序から別の秩序へ、無秩序から秩序への光誘起相転移の探索が進められている。



論文情報

雑誌名: Physical Review Research
論文タイトル:Charge correlations and their photoinduced dynamics in charge-ordered organic ferroelectrics(有機電子型強誘電体における電子相関とその光励起ダイナミクス)
著者:伊藤弘毅、大畠洋和、藤原里菜、川上洋平(東北大理)、山本薫(岡山理科大)、Martin Dressel(ドイツ・シュツットガルト大)、岩井伸一郎(東北大理)
DOI番号:10.1103/PhysRevResearch.3.L032043



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
教授 岩井伸一郎(いわい しんいちろう)
電話:022-795-6423
E-mail:s-iwai[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
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