東北大学 大学院理学研究科・理学部

トップ > お知らせ

NEWSお知らせ

静穏な超巨大ブラックホールからの高エネルギー粒子 天体ニュートリノと天体ガンマ線の発生源を新たに提唱

発表のポイント

● 宇宙はニュートリノやガンマ線などの高エネルギー粒子で満たされており、宇宙ニュートリノ背景放射や宇宙ガンマ線背景放射として観測されているが、それらの生成については謎に包まれている。

● 「静穏な」ブラックホールに落ち込むガスから放射されるガンマ線とニュートリノの量を理論的に計算し、それらが100万電子ボルト程度の宇宙ガンマ線背景放射と1000兆電子ボルト程度の宇宙ニュートリノ背景放射の観測データを同時に再現できることを示した。

● 本研究で予言されるガンマ線信号とニュートリノ信号は、将来のニュートリノ実験計画やガンマ線衛星計画で検出が可能であり、今後、宇宙を満たす高エネルギー粒子起源の解明に繋がることが期待される。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

宇宙はニュートリノやガンマ線といった高エネルギー粒子で満たされており、それらは宇宙ニュートリノ背景放射や宇宙ガンマ線背景放射として観測されています。それらの高エネルギー粒子の起源天体や生成機構はまだよくわかっていません。

東北大学学際科学フロンティア研究所(大学院理学研究科兼務)の木村成生博士らの研究チームは、「静穏な」超巨大ブラックホールがそれらの起源であるという説を新たに提唱しました。ほぼ全ての銀河の中心には超巨大ブラックホールが存在すると考えられており、銀河内部の星間ガスがブラックホールへと落ち込むと、さまざまな波長の電磁波を放射して活動銀河核として観測されます。木村氏らは落ち込むガスの量が少ない暗い活動銀河核でのブラックホール周囲の物質状態を X線観測データを用いて理論的に考察し、電子が100億度まで加熱されて効率的に100万電子ボルト程度のガンマ線を放射することを明らかにしました。また、そこでは高エネルギーニュートリノも効率的に生成され、そこから放射されるガンマ線とニュートリノが地球での観測データを自然に再現できることも示しました。今後、観測・実験技術の進歩により暗い天体の理解が進み、宇宙を満たす高エネルギー粒子起源の解明に繋がることが期待されています。

この研究成果は英国の科学雑誌『Nature Communications』誌に2021年9月23日に掲載されました。



詳細な説明

宇宙は宇宙線と呼ばれるほぼ光速で飛び交う高エネルギーの荷電粒子で満たされています。また、高エネルギーの中性粒子であるガンマ線やニュートリノも宇宙を満たしており、宇宙ガンマ線背景放射や宇宙ニュートリノ背景放射として観測されています。しかし、それら高エネルギー粒子の起源天体や生成機構はまだ解明されていません。宇宙ガンマ線背景放射のガンマ線のエネルギーは10-3 GeVの軟ガンマ線帯域から1 GeVを超える高エネルギーガンマ線帯域まで幅広く検出されています。宇宙ニュートリノ背景放射も104 GeVから107 GeVまでの広いエネルギー帯域で検出されています。

今回、木村氏らの国際研究チームは、「静穏な」超巨大ブラックホール周囲で超高温に加熱された電子からの放射が宇宙軟ガンマ線の起源であるという説を新たに提唱しました。我々の住む天の川銀河を含め、ほぼ全ての銀河の中心には超巨大ブラックホールが存在すると考えられています。銀河の中にあるガスは超巨大ブラックホールの重力に引かれてブラックホールへと落ちていき、膨大な重力エネルギーを解放します。例えるならば、さながら高い位置から水を流して電力を得る水力発電のようです。超巨大ブラックホールは重力が地球よりも桁違いに大きいため、落下したガスは加熱されて超高温のプラズマとなり、様々な波長の電磁波を放出する活動銀河核として観測されます。

木村氏はガスの落下量が比較的少ない静穏なブラックホールに着目しました。このような天体は、暗い活動銀河核(低光度活動銀河核)として観測されています。これまでに得られているX線のデータを用いて低光度活動銀河核のブラックホール周囲のプラズマの状態を推定した結果、電子は100億度まで加熱され、ガンマ線を効率的に放射することを理論的に示しました。これまでに見積もられた低光度活動銀河核の数を考慮すると、それらが放射するガンマ線量は宇宙ガンマ線背景放射のデータを自然に説明できることがわかりました。 今回提案された説ではガンマ線の起源として高温の電子が考えられています。これまでの説では高エネルギーへと加速された「非熱的」な宇宙線電子や放射性核種の崩壊などが主に考えられていました。今回の結果は、温度で特徴付けられる熱的なプラズマが宇宙ガンマ線背景放射の起源であることを初めて提唱したものであり、「熱的」な宇宙から「非熱的」な宇宙へと切り替わるエネルギーがこれまでの予想と異なることを示唆しています。

このブラックホール周囲の高温プラズマは乱流状態にあると考えられており、プラズマ中の荷電粒子は乱流場と相互作用して加速と減速を繰り返します。この現象を定式化して計算した結果、少数の運の良い陽子は、人類がもつ最大の粒子加速器Large Hadron Colliderで実現可能な最大エネルギーよりも10000倍ほど大きい108 GeV付近まで加速されることが示されました。従って、低光度活動銀河核の高温プラズマは非常に効率の良い粒子加速器といえます。加速された宇宙線陽子はプラズマを構成する大多数の熱的な陽子、または熱的な電子が放出した光子と相互作用して106 GeV程度の高エネルギーニュートリノを生成します。数値計算の結果、この高温プラズマから放射されるニュートリノは106 GeV程度の宇宙ニュートリノ背景放射の実験データを自然に説明可能であることも示されました。つまり、低光度活動銀河核は起源が未知である10-3 GeV程度の宇宙ガンマ線背景放射と106 GeV程度の宇宙ニュートリノ背景放射を同時に説明できます。

「激しく」周囲のガスを吸い込むブラックホールである明るい活動銀河核にもコロナと呼ばれる高温プラズマ領域が存在しており、そこの熱的電子からの放射が宇宙X線背景放射の起源であることが知られています。また、明るい活動銀河核のコロナでも低光度活動銀河核と同様に宇宙線陽子が加速され、104 GeV程度のエネルギーを持つ宇宙ニュートリノ背景放射の起源であるとする説が提唱されています。明るい活動銀河核と低光度活動銀河核の寄与を合算すると、宇宙X線背景放射、宇宙軟ガンマ線背景放射、宇宙ニュートリノ背景放射の全てを超巨大ブラックホール周囲の高温プラズマによって統一的に説明することができます。

これまでの宇宙ガンマ線や天体ニュートリノの起源の研究では、明るい活動銀河核やブラックホールから噴出される相対論的ジェットなど、他の波長の電磁波で非常に明るく輝く天体が議論されてきました。本研究ではそれらの波長帯域で比較的暗い天体に着目した点が独創的であり、個々の天体は暗くても数が多いために宇宙を満たす高エネルギー粒子の起源として十分に寄与できることを示した点が画期的です。このモデルで予言される近傍天体からのガンマ線信号とニュートリノ信号は、将来のニュートリノ実験計画やガンマ線衛星計画で検出が可能であるため、今後、観測・実験技術の進歩により暗い天体の理解が進み、高エネルギー粒子起源の解明に繋がることが期待されています。

本発表成果をまとめた論文は2021年9月23日に英国の学術雑誌『Nature Communications』に掲載されました。

本研究はJSPS科研費No. 19J00198、No. 20H01901、No. 20H05852、 the Alfred P. Sloan Foundation、NSF Grant No. AST-1908689、the Eberly Foundationの助成を受けたものです。また、本研究は、SDGsのうち、目標17「持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する」に関連し、特に17.16「全ての国々、特に開発途上国での持続可能な開発目標の達成を支援すべく、知識、専門的知見、技術及び資金源を動員、共有するマルチステークホルダー・パートナーシップによって補完しつつ、持続可能な開発のためのグローバル・パートナーシップを強化する。」の一部に対応するものです。



論文情報

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: Soft gamma rays from low accreting supermassive black holes and connection to energetic neutrinos
著者: Shigeo S. Kimura (東北大学), Kohta Murase(ペンシルベニア州立大学), Péter Mészáros (ペンシルベニア州立大学)
DOI番号: https://doi.org/10.1038/s41467-021-25111-7
URL: TBD



用語説明


(注1)電子ボルト、GeV
エネルギーの単位。1電子ボルトは1つの電子に1ボルトの電圧をかけた時のエネルギーであり、約1.6×10-19 Jに対応する。GeVは「ギガ電子ボルト」のことであり、1 GeVは10億電子ボルト(約1.6×10-10 J)に対応する。温度に直すと1電子ボルトは1万度、1 GeVは約10兆度となる。

(注2)超巨大ブラックホール
銀河の中心に存在する太陽の100万倍から100億倍程度の質量を持ったブラックホール。銀河中心部の星の運動の観測や、M87銀河の超巨大ブラックホールの影の撮像によってその存在が確かめられている。このブラックホールへと物質が落ち込むと膨大な重力エネルギーを解放し、活動銀河核と呼ばれる天体として観測される。

(注3)活動銀河核
超巨大ブラックホールへと星間ガスが落下し、解放した重力エネルギーを熱エネルギーに変換して電磁波を放出する天体。落ち込むガスの流量によって明るさが決まっており、これまではガスの流量の多い活動銀河核が主に研究されてきた。本研究ではガスの流量の少ない低光度活動銀河核に着目している。

(注4)高温プラズマ
物質は高温状態となると原子を構成する電子と原子核との結合が切れて、電荷を持った電子とイオンで構成されるようになる。この状態をプラズマと呼び、中性粒子で構成される気体とは異なる振る舞いをする。プラズマの中でも、温度が高く密度が低い高温プラズマでは、プラズマを構成する粒子同士のクーロン相互作用が弱まり、一部の粒子が高エネルギーへと加速され非熱的な宇宙線陽子が生成される。

(注5)熱的粒子、非熱的粒子、宇宙線粒子
プラズマ中の粒子は粒子同士の衝突によってエネルギーを交換するため、ほとんどの粒子は温度で与えられる平均エネルギー付近に分布する。これらを熱的粒子と呼ぶ。密度の低い宇宙プラズマでは粒子同士の衝突が不十分となり、少数の粒子が熱的粒子よりも遥かに大きなエネルギーを持てるようになる。これらの高エネルギー粒子を非熱的粒子と呼び、天体で生成される非熱的粒子を宇宙線と呼ぶ。



参考図

20210921_10.jpg

図1:低光度活動銀河核の高温プラズマの概念図。ブラックホール周囲に高温プラズマが生成され、超高温の熱的電子が軟ガンマ線を放射する。宇宙線陽子も同時に加速され、周囲の物質と相互作用してニュートリノを放射する。(クレジット:木村成生)


20210921_20.jpg

図2:(a)宇宙ガンマ線背景放射の理論曲線(赤実線)と観測点(誤差棒付き点)の比較。太実線は低光度活動銀河核からの寄与(本研究: Kimura et al. 2021, Nature Communications)、細点線は従来の明るい活動銀河核からの寄与(Murase et al. 2020, Physical Review Letter, 125, 011101)を示している。(b)宇宙ニュートリノ背景放射の理論曲線(青実線)と観測データ(色付き領域)の比較。太実線が低光度活動銀河核からの寄与(本研究)、細点線は従来の明るい活動銀河核からの寄与を示している。低光度活動銀河核は起源が未知である10-3 GeV付近の宇宙ガンマ線背景放射と106 GeV付近の宇宙ニュートリノ背景放射のデータを同時に再現できている。(クレジット:木村成生)



問い合わせ先


東北大学 学際科学フロンティア研究所
東北大学大学院理学研究科天文学専攻
研究員 木村 成生 (きむら しげお)
E-mail: shigeo[at]astr.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



お知らせ

FEATURES

先頭へ戻る