東北大学 大学院理学研究科・理学部

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放射光でついに見えた磁気オクタポール 〜熱を電気に変える新たな担い手〜

発表のポイント

● 大きな熱電効果を示す物質で、その起源となる『磁気八極子(磁気オクタポール)』の実験的な検出に成功しました。

● 放射光X線による新しい検出原理が実証されたことで、今後さまざまな物質への研究展開が可能となります。

● 放射光X線を用いた分光実験に新しい方向性を提供し、これまで観測が困難であった『新たな自由度』に基づく物質の性質の理解を深めることに貢献します。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

物質中の電子が持つスピンを起源とする高い熱電変換効率や大きな異常ホール効果は、これまで電子スピンが揃った状態でのみ起こると考えられてきました。その一方で、スピンが互いに打ち消し合うように整列した反強磁性と呼ばれる状態でも、大きな効果が報告されており、スピンは打ち消し合っているにも関わらず、何らかの状態が打ち消し合わずに向きを揃えていると考えられていました。これは、「磁気八極子」として理論的に予測されていましたが、実験的には検出されていませんでした。

東北大学金属材料研究所の木俣基准教授、野尻浩之教授と高輝度光科学研究センター(JASRI)の雀部矩正博士研究員、小谷佳範主幹研究員、横山優一博士研究員、東北大学大学院理学研究科の栗田謙亮大学院生、是常隆准教授、物質・材料研究機構の山崎裕一主幹研究員、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の中尾裕則准教授、雨宮健太教授、京都大学複合原子力科学研究所の田端千紘助教、東京大学大学院理学系研究科の中辻知教授、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの中村哲也教授らの研究グループは、磁石のミクロな起源である電子スピンが互いに打ち消しあう反強磁性と呼ばれる状態の中に潜んだ「磁気八極子(磁気オクタポール)」を放射光X線実験から明らかにしました。

今回検出された磁気八極子は、従来のスピンよりも高速制御が可能で、スピントロニクスデバイスなどの大幅な高速化にも貢献すると期待されています。本研究の成果は新規なスピントロニクスや熱電変換機能を生み出す起源を探る新たな手法の提案であるとともに、放射光を用いたX線磁気分光や共鳴X線散乱の新たな可能性を拓くものです。

本成果は2021年9月22日10:00(英国時間)に、Nature Communications誌にオンラインで公開されました。



詳細な説明

研究背景

物質中の電子スピンは、それ自身がミクロな磁石となっており、向きを揃えて整列することで強磁性※1と呼ばれる状態となります。強磁性は永久磁石や、パソコンのハードディスクの記録媒体などに広く応用されています。その一方でスピンが互いに打ち消し合う様に向きを違えて配列した状態も存在します。この様な状態は反強磁性※2と呼ばれ、原子一つ一つには磁石となる性質は残っているものの、物質全体として磁石としての性質は持ちません。

一方、近年熱エネルギーを直接電気に変換する熱電変換※3技術などに電子のスピンを積極的に活用する試みが、広い意味でのスピントロニクス※4として注目を集めています。電子のスピンは磁石の主な起源となっているだけでなく、スピントロニクス分野でも重要であり、例えば熱電効果の一つである異常ネルンスト効果※5は、強磁性状態で大きな効果が発現することがこれまで知られていました。

ところが最近になり、全体としては磁石としての性質を持たないはずの反強磁性体でも大きな異常ネルンスト効果が発見され、スピンは打ち消し合っているにも関わらず、何らかの状態が打ち消し合わずに揃っているのではないかと考えられていました。この隠れた自由度は磁気八極子(磁気オクタポール)と呼ばれ(図1右参照)、磁石としての性質は持っていませんが、原子レベルでは局所的な巨大磁場を持っており、それが強磁性と同じ様な巨大な物性応答の起源と考えられます。磁気八極子は電子の持つ自由度を分解したときに出現する多極子自由度※6の一つで、理論的にその存在が指摘されていたものの、実験的には明らかになっていませんでした。


成果の内容

今回研究グループは、磁気八極子の揃った状態が期待されていた反強磁性体Mn3Sn※7に、放射光X線を用いた測定を適用し、磁気八極子の検出を試みました(図2)。実験は大型放射光施設SPring-8※8のBL25SUならびにKEKの放射光実験施設フォトンファクトリー※9のBL-16AにおいてX線磁気円二色性(XMCD) ※10という計測技術を用いて行いました。XMCDは、これまで主に強磁性体の磁気モーメントの起源であるスピンモーメントや電子の公転に対応する軌道モーメントを円偏光したX線によって検出する手法として発展してきました。一方、XMCDには電子のスピンや軌道モーメントを反映した信号の他に、一種の多極子を反映したTz項と呼ばれる信号の存在が古くから知られていたものの、この信号が今回注目する磁気八極子の観測に役立つかはわかっていませんでした。

精密な実験の結果、得られたXMCDの信号は、スピンに由来するものでは説明できないことが明らかになりました。さらに理論計算との比較の結果、確かに磁気八極子の発現と対応したものであることが示されました(図3)。

円偏光X線を用いた磁気八極子の検出原理は、最近、本共同研究グループから独立に2つの理論研究として予測されており[1, 2]、今回、共同でその原理を実験的に証明することに成功しました(図4)。


意義・課題・展望

近年、従来から広く応用されてきた強磁性体のみならず、反強磁性体でも大きな熱電効果やスピントロニクスに関わる現象が多く発見されており、その起源解明に向けた研究が盛んに行われています。またそれらの物質では、Mn3Snと同様に多極子自由度が引き金となっているものも少なくないと期待されます。従って、今後様々な機能を持つ反強磁性体に放射光X線を用いたX磁気分光や共鳴X線散乱といった手法を適用することで、多極子が起源となる新しい物性の理解を深めることが期待されます。



発表論文

雑誌名:Nature Communications
英文タイトル:X-ray study of ferroic octupole order producing anomalous Hall effect
全著者:Motoi Kimata, Norimasa Sasabe, Kensuke Kurita, Yuichi Yamasaki, Chihiro Tabata, Yuichi Yokoyama, Yoshinori Kotani, Muhammad Ikhlas, Takahiro Tomita, Kenta Amemiya, Hiroyuki Nojiri, Satoru Nakatsuji, Takashi Koretsune, Hironori Nakao, Taka-hisa Arima, & Tetsuya Nakamura
DOI:10.1038/s41467-021-25834-7



参考図

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図1:磁気双極子(スピン)と磁気八極子
左は磁気双極子で、磁石のNとSに相当するピンクと緑の空間分布に偏りがあり、これが磁石としての性質を担います。一方、Mn3Snの物質機能の起源と理論的に予測された磁気八極子は、右です。ピンクと緑の領域はちょうど打ち消し合うように上下に分布し、スピンが打ち消し合う様に整列した反強磁性と呼ばれる状態とも対応しています。従って磁気八極子は、磁石としての性質は持ちません。しかしながら原子レベルで磁気八極子を眺めると、ピンクと緑の空間分布が局所的な巨大磁場を生みます。この局所的な巨大磁場が、強磁性状態のような大きな物性応答の起源と考えられています。


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図2:大きな熱電効果を示す反強磁性体Mn3Snのスピン配列と実験配置の模式図


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図3:実験から得られたXMCDのスペクトル(左)と理論計算によるスペクトル(中央、右)
太いオレンジの実線は各原子サイトA、B、Cからの和であり、実験で観測されうるXMCD信号を示しています。中央のパネルの内挿図が磁気八極子の出現する磁気構造で、実際のMn3Snではこの磁気構造が実現します。右パネルの内挿図は磁気八極子の出現しない反強磁性磁気構造を示しており、各原子サイトからの寄与が打ち消し合いXMCD信号が消失します。


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図4:Mn3Snにおけるスピン(磁気双極子)と磁気八極子の配列パターンの模式図
実際のMn3Snでは上の磁気構造が実現しており、下の磁気構造は比較に利用したMn3Snとは異なる磁気構造です。赤矢印はスピン、水色とオレンジのひょうたん型のイラストは各原子位置でのd電子軌道の形状を表しています。またピンクと緑で描く電子軌道が磁気八極子を示しています。上の磁気構造では三角形の頂点に位置する各Mnのスピンと軌道の相対的な配置(向き)が位置ごとに異なっています。このため、各Mn原子位置からの寄与を足し合わせると、スピンは打ち消し合ってしまいますが、磁気八極子の対称性を持った自由度が残ることが理論的に示唆されていました。その結果、局所的な巨大磁場を起源とする物性応答が有限に観測可能となります。このように、3つのMn原子の集団(クラスター)で有限の磁気八極子が出現することが、この物性の起源であり、クラスター磁気八極子と呼ばれています。一方下の磁気構造では各Mn原子位置のスピンと軌道の相対的な配置は同じであり、全体を足し合わせると全ての自由度が打ち消し合い消失してしまいます。



文献

[1] Yuichi Yamasaki, Hironori Nakao, and Taka-hisa Arima, "Augmented Magnetic Octupole in Kagomé 120-degree Antiferromagnets Detectable via X-ray Magnetic Circular Dichroism" J. Phys. Soc. Jpn. 89, 083703 (2020).

[2] Norimasa Sasabe, Motoi Kimata, and Tetsuya Nakamura, "Presence of X-Ray Magnetic Circular Dichroism Signal for Zero-Magnetization Antiferromagnetic State" Phys. Rev. Lett. 126, 157402 (2021).

【プレスリリース】
X線による磁気検出の例外的ケースを理論予測 ~30年間の常識を覆す基礎研究の成果~
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2021/210417/



専門用語解説

(※1)強磁性
電子スピンが同じ方向に向きを揃えて整列した状態。一般に鉄などではこの状態が実現しており、磁石に引きつけられます。

(※2)反強磁性
電子スピンが隣り合う原子位置で向きを違えて配列し、全体としては打ち消し合ってしまう状態。多くの配列の仕方が可能で、隣り合う原子位置で反平行になっていなくても、例えば今回着目したMn3Snの様に全体として打ち消し合う状態は反強磁性に分類されます。

(※3)熱電変換
熱エネルギーから直接電気を生成したり、またはその逆効果(電気を熱エネルギーに変換)を実現する技術。代表例としてはゼーベック効果やペルチェ効果が知られており、卓上冷温庫などに応用されています。またゴミ焼却熱を利用した発電や、人体の熱を利用して心臓ペースメーカー用の長寿命電源として応用するなど、グリーン社会や人に優しい医療の実現に貢献する材料として期待されています。

(※4)スピントロニクス
電子の電荷とスピンを両方活用し、より効率的なエレクトロニクスを実現する研究分野。

(※5)異常ネルンスト効果
熱電効果の一つ。物質に温度勾配をつけるとそれに垂直方向に電圧が生じる現象。縦方向の温度勾配に対して横方向の電圧が生じるので、大面積熱電素子の実現に貢献すると期待されています。

(※6)多極子自由度
電子の持つ自由度を細かく分解(展開)した時に出現する自由度。スピンも多極子の一つと考えることができます。本研究で対象としたXMCDで検出可能な多極子は、電子スピンよりも複雑な形をしています。また理論的には今回の磁気八極子以外にも様々な種類の多極子が予測されており、多彩な物質機能の起源となることが期待されています。

(※7)Mn3Sn
Mn3Snは図2の様な三角形を基調とした磁気構造を持ち、スピンが互いに120度の角度をなして配列することで、全体のスピンはほとんど打ち消し合っています。東北大学金属材料研究所で初めて単結晶が合成され、中性子回折等の実験によって性質が詳しく調べられました。

(※8)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

(※9)放射光実験施設フォトンファクトリー
KEKつくばキャンパスにある放射光施設です。電子加速器から生まれる放射光で、物質・生命の構造から機能発現のしくみを明らかにする研究を推進しています。PF リング(2.5 GeV)、PF アドバンストリング(PF-AR, 6.5 GeV)という、特徴ある2つの放射光専用の光源加速器を有し、KEK で培ってきた放射光技術・加速器技術により世界最先端の研究の場を提供しています。

(※10)X線磁気円二色性(XMCD)
磁性体のX線吸収係数が円偏光の方向(右回りか左回りか)に依存する現象。円偏光方向に対する吸収スペクトルの差がXMCDスペクトルとなります。X線の吸収波長が元素ごとに異なる性質を利用して、特定の元素の磁気モーメントを測定することができます。これまでは主にスピンモーメントや軌道モーメントの定量的な評価に用いられてきました。



共同研究機関および助成


本研究は、SPring-8の研究課題番号2018A1525、2018B1533、2019A1589、KEK-PFの課題番号2018S2-006、2018PF-31において行われたものです。また本研究の一部は、科学研究費補助金(19K03736、19H04399)、新学術領域「J- Physics:多極子伝導系の物理」 (JP15H05882、JP15H05883、JP15H05885)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)(JPMJPR177A)、同戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(JPMJCR1861)、同光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS0118068681)などの支援を受けて行われました。



問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科
物理学専攻
准教授 是常 隆
Email:koretsune[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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