東北大学 大学院理学研究科・理学部

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宇宙背景放射の偏光面の回転を説明する アクシオンの運動機構の提唱

発表のポイント

● アクシオンという新粒子がダークマター*1のエネルギーをきっかけとして運動を始めることで、宇宙マイクロ波背景放射の偏光面が回転するという観測結果を説明可能であることを示しました。

● アクシオンが運動を始めたのは長い宇宙の歴史の中で最近になってからなのはなぜか、という理論的な疑問点を解消しました。

● これにより、アクシオンという新粒子を通して宇宙マイクロ波背景放射の偏光とダークマターが密接に関連している可能性が開かれました。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

宇宙マイクロ波背景放射は宇宙に満ちている光であり、高温状態にあったビッグバン宇宙の名残として、宇宙の晴れ上がりと呼ばれる時期から現在までまっすぐに飛んできています。2020年11月、宇宙マイクロ波背景放射の偏光面が回転している兆候があることが、偏光データの解析から指摘されていました。

このような効果をもつ新しい素粒子として、超弦理論が予言するアクシオンがあります。非常に軽いアクシオンは宇宙の晴れ上がりの時期以降に運動を始め、この運動によって宇宙マイクロ波背景放射の偏光面が回転することが知られています。しかし、アクシオンが運動を始めたのはなぜこの時期になってからなのか、という疑問が残っていました。 東北大学学際科学フロンティア研究所の山田將樹助教、大学院理学研究科の高橋史宜教授および中川翔太大学院生の研究グループは、アクシオンがダークマターのエネルギーによって質量を得ることで運動を開始する機構を提唱しました。

この機構によると、宇宙の晴れ上がりの時期と、ダークマターが宇宙のエネルギー密度を支配し始める時期が非常に近いことから、アクシオンが必然的に宇宙マイクロ波背景放射の偏光に影響を与えることになります。 アクシオンがダークマターのエネルギーによって質量を得るには、新しい相互作用が必要になります。本研究では、標準理論の四つの力に加えてもう一つの未知の力が存在し、それに付随する磁気単極子がダークマターとなるシナリオに着目しました。

今後の宇宙マイクロ波背景放射の観測とダークマターの探査実験によって機構が確かめられれば、宇宙論および素粒子理論の発展に大きく貢献します。

本研究の成果は、米国現地時間の2021年10月28日、学術誌『Physical Review Letters』に掲載されました。

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図1:アクシオンの運動 (右上図の赤点) に伴って、宇宙背景放射 (左上図) の偏光面が回転していることを示す模式図。左下のグラフの各線はダークマターと物質 (実線)、輻射 (赤破線)、ダークエネルギー (緑点線)、のエネルギー密度の時間発展を示している。等密度時から現在に近い時期までダークマターと物質が優勢な時期になっており、その時期にアクシオンが運動する。宇宙の晴れ上がりは等密度時の直後におこるため、宇宙背景放射の偏光面が必然的に回転する。



詳細な説明

研究の背景:

宇宙マイクロ波背景放射は宇宙に満ちている光で、プランク衛星をはじめとする様々な観測実験によってその性質が詳細に観測されています。その観測結果から宇宙についての様々な情報を得ることができます。2020年の11月に、プランク衛星の宇宙マイクロ波背景放射の偏光データの解析によって、標準宇宙論では説明のできない、偏光面が回転している兆候があることが指摘されていました。これは特に鏡に映す変換のようなパリティ対称性*2を破る新しい効果が存在することを示唆しています。これはまだ確定的なシグナルではありませんが、将来精度のよい偏光観測が行われることによってより確かな情報が得られることが期待されています。

パリティ対称性を破り、光の偏光面を回転させるような効果を持つ新しい素粒子として、アクシオン的粒子 (axion-like particle, 以下アクシオン) と呼ばれる粒子があります。アクシオンは量子アノマリーと呼ばれる機構を通じて一般に光子と相互作用をすることが知られています。アクシオンの運動はパリティ対称性を破るため、この相互作用を通じて光の偏光面が回転します。宇宙マイクロ波背景放射の偏光面が回転していたことが事実だとすると、それが放射された宇宙の晴れ上がり以降にアクシオンが運動を始めたということを意味しています。


研究の成果:

本研究グループは、アクシオンがなぜ宇宙の晴れ上がり以降、現在までという特別な時期に運動を始めたのかという理論的な疑問点があることを指摘し、それを解決する機構を提案しました。この機構では宇宙に存在している未知の物質であるダークマターに着目します。ダークマターは現在の宇宙に大量に存在していますが、そのエネルギー密度が宇宙論的に重要になる時期(物質優勢期)の始まりは、宇宙の晴れ上がりの時期と非常に近いことがわかっています。このことから、アクシオンがダークマターのエネルギーを通して運動を始めることができれば、必然的に宇宙マイクロ波背景放射の偏光面に影響を与えることを示しました。

アクシオンがダークマターのエネルギーを通して質量を持つためには、それらの間に何らかの相互作用が必要になります。本研究では、標準理論の四つの力(強い相互作用、弱い相互作用、電磁相互作用、重力)に加えて、電磁相互作用とよく似た未知の力の存在を仮定し、その磁荷を持つ磁気単極子がダークマターとなるシナリオに着目しました。このとき、アクシオンが未知の力とも量子アノマリーを通して相互作用している場合には、ダークマターである磁気単極子のエネルギーを通して質量を持ち、物質優勢期になると運動を始めることを明らかにしました。

ダークマターと宇宙マイクロ波背景放射の偏光は一見すると全く関係がないものですが、アクシオンという新粒子を通して密接に関係することになります。将来、ダークマターの探査実験と宇宙マイクロ波背景放射の偏光観測の精度がより一層高まることにより、本研究で提案されたモデルが検証されることが期待されます。光とダークマターの両方と相互作用するアクシオンの存在が今後の実験で確定的なものとなれば、これは宇宙論のみならず、物理学の基礎理論を探求する素粒子理論にとっても重要な成果となります。

本研究は東北大学GP-PU、JSPS科研費 No. 17H02878 (F.T.)、 20H01894 (F.T.)、 20H05851 (F.T., M.Y.)、 20K22344 (M.Y.)、 21K13910 (M.Y.)、WPI Initiative、および卓越研究員事業の助成を受けたものです。



論文情報

論文名:Cosmic Birefringence Triggered by Dark Matter Domination
著者: Shota Nakagawa, Fuminobu Takahashi, Masaki Yamada
掲載誌名:Physical Review Letters
DOI:10.1103/PhysRevLett.127.181103



用語説明

*1 ダークマター
宇宙に存在している見えない未知の物質。重力の相互作用を通して銀河などの宇宙の構造の形成に密接に関わっている。特に物質優勢期にはダークマターのエネルギーが宇宙の主要な成分になる。ダークマターが具体的にどのような粒子なのかは分かっておらず、それを直接捉えようと世界中で様々な探査実験が行われている。

*2 パリティ対称性
空間を反転させたとしても、物理法則や状態が反転前のものと全く同じになること。光の偏光面が一定の方向に回転するということは、パリティ対称性が破れていることを意味する。現在見つかっている四つの力のうち、弱い相互作用がパリティ対称性を破っているものの、その効果では光の偏光面の回転を説明することはできない。



問い合わせ先

東北大学学際科学フロンティア研究所
助教 山田將樹(やまだ まさき)
E-mail: m.yamada[at]tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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