東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ηメソンと重陽子の結合状態の観測に成功 クォーク・反クォーク対を構成要素とする重陽子の励起状態の発見

発表のポイント

● 原子核の構成要素としてのメソン (クォーク・反クォーク対) の観測に成功

● 重陽子の新たな励起状態を発見

□ 東北大学ウェブサイト



概要

複数のクォークが集まってできるハドロンという粒子には、3つのクォークからなるバリオン、クォークと反クォークからなるメソンの2種類があります。通常、原子核を構成する陽子や中性子をつなぎとめる役割を果たすメソンが、原子核の構成要素として表に現れることはありません。東北大学電子光理学研究センター石川貴嗣助教、高エネルギー加速器研究機構の小沢恭一郎准教授らの共同研究チームは、同センターの大強度の高エネルギー光子ビームを重水素標的に照射する実験で、ηメソンと重陽子が強く結合した状態を生成することに成功し、クォーク・反クォーク対であるηメソンと重陽子の結合状態の観測に成功しました(図1)。本研究成果は、新たなクォークの複合系の状態が明らかにされ、クォークが単独では取り出せないという閉じ込め問題に新たな知見を与えます。また、未だよく理解されていない核物質の状態方程式や中性子星の内部構造に対して極めて重要な情報をもたらします。

本研究の結果は、2021年11月29日に米国の物理専門誌「Physical Review C (Letters)」にオンライン出版されました。

20211030_10.png図1:メソンと原子核が結合した特殊な状態の模式図(最も小さな丸はクォークを表す)。









詳細な説明

1. 背景

身の回りの物質は、クォークやレプトンといった素粒子(物質を構成する最も基本的な構成要素である粒子)の集まりでできています。レプトンに働く力は、それほど強くなく、他の素粒子と結合して新たな粒子となることはありません。原子核の周りを回る電子は、レプトンの一つです。一方、クォークに働く力は非常に強く、複数のクォークが集まってハドロンという粒子になり、クォークを単体で取り出すことはできません。ハドロンには、3つのクォークからなるバリオン、クォークと反クォークからなるメソンの2種類があります(図2)。陽子や中性子(これらをまとめて核子と呼ぶ)はバリオンであり、原子核の構成要素となっています。メソンは、単体で放出され、バリオンどうしを結び付ける役割を果たしますが、原子核の構成要素として表に現れることは考えられてきませんでした。

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図2:メソンと原子核が結合した特殊な状態(左)。通常の核子が励起した状態(右)に対してηメソンが構成要素として発現している。


2. 研究手法と成果

東北大学電子光理学研究センターにおいて、大強度エネルギー標識化光子ビーム(γ)を液体重水素標的(重水素原子核である重陽子、およびと電子で構成される高密度の液体)に照射し、重陽子の励起状態(注1)を生成しました。この励起状態の同定は、最後にπ0メソン、ηメソン、重陽子(d)のすべてを見出すγ+d→π0+η+d 反応で行いました。π0メソンやηメソンは、いずれも生成してすぐに2つのガンマ線(光子γ)に崩壊するので、合計5つの粒子 (4つのγとd)を検出しなければなりません。そこで同センターの光子ビームラインIIに建設した基幹検出器である大立体角電磁カロリメータFOREST(図3)を活用しました。

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図3:大立体角電磁カロリメータFOREST。主としてガンマ線のエネルギーと方向を測定する検出器だが、その他の荷電粒子も測定可能。


ハドロンを新たに生成する反応では、数100 MeV 以上の高いエネルギーの粒子を標的物質に照射する必要があります。このような高いエネルギーの粒子が原子核に照射されると、原子核そのものではなく原子核中の核子が標的となり、あたかも自由空間の核子を標的とした反応過程である「準自由過程」がよく起こります。この準自由過程は大きなバックグラウンドとなり、原子核の高い励起状態(新たにハドロンを放出して崩壊するような極めて質量の大きな状態)を観測することが非常に難しくなります。ところが光子ビームを重水素標的に照射し、最後に重陽子と2つの中性メソンを見出す反応では、準自由過程が抑制され、高い励起状態が観測しやすくなります。このことは先行研究のγ+d→π00+d 反応で明らかにされ、本実験のγ+d→π0+η+d反応でも同様であることが確認されました。

先行的に発表した成果報告:
T. Ishikawa et al., Physics Letters B 772, 398~402 (2017).
http://dx.doi.org/doi:10.1016/j.physletb.2017.04.010
T. Ishikawa et al., Physics Letters B 789, 413~418 (2019).
http://dx.doi.org/doi:10.1016/j.physletb.2018.12.050

本実験では、γ+d→π00+d 反応で見られたπ0メソンと重陽子の共鳴状態 (一時的に緩く結合した状態) に加えて、ηメソンと重陽子の結合状態がはっきりとピークとして観測されました (図4)。このηメソンと重陽子の結合状態の存在は、陽子や中性子が原子核内部で激しく運動する励起状態から、ηメソンが原子核の構成要素として発現したことを表します。

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図4:ηd不変質量分布とπ0 d不変質量分布。青の点が実験データで得られた微分断面積(生成強度)となります。これらの質量分布には、ηメソンと重陽子の結合状態(青の破線)、およびπ0メソンと重陽子の共鳴状態(赤の一点鎖線)の寄与が現れ、全体として紫の実線のような分布となっています。


3. 今後の展望

今回、ηメソンと重陽子が強く結合した状態を生成することに成功し、ηメソンと重陽子の間に強い引力が働いていることが分かりました。しかしながら観測した状態が強固な結合の束縛状態なのか、一時的に緩く結合した共鳴状態なのかは明確にできませんでした。今後、様々な原子核とηメソンとの結合した状態を系統的に調べることで、ηメソンと原子核の相互作用を明らかにしていきます。これにより強い力の重要な性質である「クォークの閉じ込め問題」(注2)についての情報が得られます。それに加えて原子核を束縛する核力の理解を深め、未だよく理解されていない核物質の状態方程式や中性子星の内部構造に対して極めて重要な情報をもたらします。

本研究における実験は、東北大学電子光理学研究センターの加速器ビーム物理研究部や技術職員らの協力のもとで行われました。また科学研究費(17340063, 19002003, 24244022, 26400287, 16H02188, 19H01902, 19H05141, 19H05181) のサポートを受けています。



論文情報

雑誌名: Physics Review C (Letter)
論文タイトル:Resonance-like structure near the ηd threshold in the γd→π0 ηd reaction
著者:T. Ishikawa et al.
DOI番号:10.1103/PhysRevC.104.L052201
URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevC.104.L052201



用語説明

(注1) 重陽子の励起状態(ダイバリオン共鳴)
エネルギーが最低の定常状態を基底状態、そうでない状態を励起状態といいます。陽子と中性子が緩く結合した重陽子は、最も小さな原子核の一つですが、原子核としての励起状態はありません(エネルギーを高くすると陽子と中性子にすぐに分裂します)。しかしながら極端にエネルギーを高くした時には準安定な共鳴状態となります。このような共鳴状態はクォーク数が6つの状態なので、バリオン(クォーク数3つのハドロン) 2つ分ということでダイバリオンと呼ばれます。

(注2) クォークの閉じ込め問題
クォークや反クォークは単独で取り出すことができず、つねに複数のクォークと反クォークで構成される粒子の中に閉じ込められています。この現象を「クォークの閉じ込め」と呼びます。「クォークの閉じ込め」は実験の技術的な問題による現象ではなく、強い力の本質に根ざす現象と考えられています。量子色力学とよばれる場の量子論の枠組みで説明できると考えられていますが、その機構は未解決問題の一つとなっています。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学電子光理学研究センター
教授 大西 宏明(おおにし ひろあき)
電話: 022-743-3400(代表)
E-mail:ohnishi[at]lns.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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