東北大学 大学院理学研究科・理学部

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マントル深部条件下においてマントル構成鉱物の相転移境界を超高精度で決定 ~沈み込み帯における上部・下部マントル境界の陥没の原因を解明~

概要

ドイツ連邦共和国バイロイト大学バイエルン地球科学研究所のArtem Chanyshev研究員・桂智男教授・Dmitry Bondar大学院生・Eun Jeong Kim研究員・西田圭佑研究員・Zhaodong Liu研究員・Ling Wang研究員、中華人民共和国北京高圧科学研究中心の石井貴之主任研究員・Bingmin Yan技官・Hu Tang大学院生・Zhen Chen大学院生、高輝度光科学研究センター回折・散乱推進室の丹下慶範・肥後祐司主幹研究員、ドイツ電子放射光施設のRobert Farla主任研究員・Shrikant Bhat主任研究員、東北大学中嶋彩乃大学院生らからなる国際共同研究チームは、大型放射光施設SPring-8※1とドイツ電子放射光施設の放射光X線を利用した高温高圧下その場観察実験により上部・下部マントル境界条件で、秋本石-ブリッジマン石転移及びリングウッド石からブリッジマン石+ペリクレースへの分解反応の相境界※2を精密に決定しました。上部・下部マントル境界は通常の地域では深さ660 kmに位置しますが、周囲と比較して低温であるプレートの沈み込み帯下では大きく陥没しています。上部・下部マントル境界は、リングウッド石の分解によって引き起こされると考えられています。その為、沈み込み帯下の境界の陥没は、比較的低温であるために起きるこの分解反応深度の上昇によると考えられてきました。しかし、リングウッド石の分解反応深度にはほとんど温度依存性がなく、実際の陥没を説明できるような深度変化が期待できません。本研究では、リングウッド石分解反応とは対称的に、秋本石-ブリッジマン石の転移圧力が低温において大きな負の温度依存性を持つことが示されました。これにより、沈み込み帯下における上部・下部マントル境界の陥没は秋本石-ブリッジマン石転移によって引き起こされることが明らかになりました。

本研究成果は、世界最高の学術雑誌、「Nature」に1月6日号に掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト



研究の背景

地球は深さ平均約30 kmの地殻、深さ2900 kmまでのマントル、中心の深さ6400 kmまでの核の3つの領域からできています。深さ660 km付近に存在する地震波速度の急激な増大により、マントルは更に上部マントルと下部マントルに区分されます。この地震波速度の急増は660 km不連続※3と呼ばれ、周囲と比較して低温であるプレートの沈み込み帯下では、大きく陥没しているとことが知られています(図1)。最も低温と考えられるトンガ沈み込み帯の下では深さ740 kmまでと70 kmも陥没しています。またこの地域では、660 km不連続は深さ670 kmにも観測され、660 km不連続は二つの不連続に分裂していると報告されています。

最上部マントルを構成する物質は、主にカンラン石・輝石・ザクロ石の3種類の鉱物からなるカンラン岩※4であると考えられています。この三種の鉱物のうち、カンラン石は上部マントルの半分以上の体積を占める最重要鉱物であり、その主要成分はMg2SiO4です。高圧実験の結果から、カンラン石は上部マントル底部で高圧鉱物リングウッド石に相転移し、更に深さ660 kmに相当する24万気圧付近でMgSiO3を主成分とするブリッジマン石とMgOを主成分とするペリクレースに分解します。近年、SPring-8の同ビームラインにおける我々の研究成果により、通常の領域では、従来から考えられていた、リングウッド石の分解反応が660 km不連続の原因になることは明確になりました。一方、低温領域において660 km不連続が大きく陥没するためには、この不連続を引き起こす反応の圧力が温度低下とともに増加する必要があります。これを負の相境界を持つといいます。先行研究によると、1990年代まではリングウッド石分解反応は負の相境界を持つと考えられていましたが、2000年代のSPring-8における高温高圧実験により、この分解反応圧力の温度依存性は極めて小さく、リングウッド石分解反応では上部・下部マントル境界の陥没を説明できないことが明らかになりました。もしリングウッド石の分解反応が660 km不連続の原因でないならば、マントルはカンラン石を主体とするカンラン岩で構成されていないことになり、我々の地球内部に関する理解が根本的に覆ることになります。ですから、沈み込み帯下における上部・下部マントル境界陥没の原因を解明することは地球内部物理学における最重要課題です。



研究内容と成果

ドイツ連邦共和国バイロイト大学バイエルン地球科学研究所・高輝度光科学研究センター・ドイツ電子放射光施設・北京高圧科学研究中心その他からなる国際共同研究グループは、660 km不連続を引き起こしているのは、リングウッド石の分解ではなく、MgSiO3を主成分とする秋本石からブリッジマン石への相転移であるという仮説を立て、大型放射光施設SPring-8の高温高圧ビームラインBL04B1とドイツ電子放射光施設のビームラインP61Bの高輝度白色X線と世界最高の高温高圧実験技術により、秋本石-ブリッジマン石相転移とリングウッド石の分解反応の精密決定を行いました。高温高圧相境界の決定には、その相境界直上で安定な相と直下で安定な相を共存させ、両者のどちらが増加しどちらが減少するかを判定する必要があります。もし高圧側の相が増加すれば、それは高圧相の安定領域、もし低圧側の相が増加すれば低圧相の安定領域ということです。しかしマントル鉱物の反応性は極めて低く、高圧相・低圧相のどちらが増加・減少することを判定するのは容易ではありませんでした。特に、試料がある高温条件を経験すると、その試料はその温度以下では反応しません。また、室温から高温条件に加熱すると、熱膨張や圧力媒体の物性変化により試料圧力が複雑に変動してしまうことも、精密相境界決定を困難にしていました。さらに、先行研究では超高圧超高温条件であるために試料にX線を照射することが難しく、圧力測定に十分な試料体積を確保できなかったために、圧力精度が不十分であったことも、精密相境界決定を妨げていました。

上記の困難を克服するために我々は以下の実験を行いました。まず、独自に開発した圧力発生技術を駆使して、従来よりも試料にX線を通す広い空間を確保し、従来の2~4倍の精度である0.05万気圧以上の精度で圧力を測定することを可能にしました。次に、高圧側の相をできるだけ低温高圧で合成し、それを出来るだけ低圧低温で部分的に低圧相に転移させた非常に反応性の高い試料を出発物質として用意しました。この試料を、反応が起こる出来るだけ低い温度で、高圧相の安定領域に持っていき、温度を維持したまま放置することによりゆっくりと減圧しました(図2)。この一定温度による低速減圧の過程で、圧力測定と低圧相と高圧相の量比測定を交互に行いました。減圧過程の初期は高圧相の安定領域であるため高圧相が徐々に増加しますが、ある圧力から低圧相が増加するようになります。この相の増減が反転する圧力を相境界と判定しました。その温度で相境界を判定したら、再び高圧相の安定領域まで加圧し、前回より少し高温で同様の手法で相境界を決定しました。この過程を繰り返すことにより相境界を広い温度にわたって精密に決定しました。

その結果、この二つの相転移に関して以下のことが分かりました(図3)。リングウッド石の分解反応の境界は高温では少し負であるが、低温では勾配はほとんど零である。定説通り、リングウッド石の分解反応深さは、マントルの平均温度で660 km不連続の深さと一致する。それに対し、秋本石-ブリッジマン石の境界は大きく下に湾曲しており、低温では負の急勾配になる。そのため、沈み込み帯下の低温での相転移は、リングウッド石がまず秋本石+ペリクレースに分解し、その秋本石が更に高圧でブリッジマン石に転移する。660 km不連続が低温地域で二つに分裂するのは、この二重相転移のためである。そして、秋本石-ブリッジマン石の急な相転移勾配が、上部・下部マントル境界の陥没の原因となっている。このように、岩石全体の組成はカンラン岩であるという定説は維持したまま、二重660 km不連続と上部・下部マントル境界の陥没を説明することが出来ました。



今後の展開

上部・下部マントル境界は高温側でも複雑な凹凸形状をしており、それを完全に説明することはまだ出来ていませんが、マントル鉱物の相転移によって引き起こされている可能性が高いと考えています。地球のマントルの高温部は2000ケルビン(1700 ℃以上)以上の超高温であると考えられていますが、我々の今回の温度範囲は技術的理由により2000ケルビンまでに限られています。これからは実験可能温度領域を拡大し、超高温でマントル鉱物の相転移を明らかにする予定です。



論文情報

題名:Depressed 660-km discontinuity caused by akimotoite-bridgmanite transition
日本語訳:世界で初めて沈み込み帯における上部・下部マントル境界の陥没の原因を解明
著者:Artem Chanyshev, Takayuki Ishii, Dmitry Bondar, Shrikant Bhat, Eun Jeong Kim, Robert Farla, Keisuke Nishida, Zhaodong Liu, Lin Wang, Ayano Nakajima, Bingmin Yan, Hu Tang, Zhen Chen, Yuji Higo, Yoshinori Tange & Tomoo Katsura
ジャーナル名:Nature
DOI: 10.1038/s41586-021-04157-z



用語解説

(※1)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来しています。SPring-8では、放射光と呼ばれる非常に強い光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

(※2)相境界
結晶を構成する原子は規則正しく配列していますが、圧力・温度が変化すると、全く違った配列に変化することがあります。これを相転移と言います。地球を構成する主要な鉱物は、地球深部の深さに相当する圧力で様々な相転移を起こし、より高密度の鉱物(高圧鉱物)になります。高圧側で安定な相と低圧側で安定な相の境界を相境界と呼びます。

(※3)660 km不連続
660 km不連続とは、マントルの深さ660 kmに存在する、地震波速度や密度が急激に変化する領域です。この不連続により、マントルは上部マントルと下部マントルに分けられます。660 kmに対応する圧力と温度は約24万気圧・2000ケルビン(1700℃)と見積もられています。この不連続は、その他マントルで観測される不連続に比べ、非常に狭い厚み(2 km以下)を持っています。例えばもう一つの地震学的不連続である410 km不連続は、7 kmもの厚みを持っています。上部マントル底部の物質中の主要な鉱物であるリングウッド石の相転移、または、この境界での構成岩石の変化が原因であると考えられています。

(※4)カンラン岩
地球の上部マントルを構成すると考えられている岩石。最上部マントルに由来する火山捕獲岩の組成から推定されました。



参考情報

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図1:沈み込み帯下の660 km付近の構造

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図2:高温高圧下放射光X線回折を用いた精密安定相決定法

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図3:本研究で得られたMg2SiO4、MgSiO3系相境界とMg2SiO4系での安定相



問い合わせ先

東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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