● 半導体量子構造の代表例である量子ポイントコンタクト(以下、QPC)(注1)において、センターゲート付きQPCを用いた場合、中央部分の400nm×600nmの領域に、エラーに強い量子操作(注2)への期待が持てる偶数分母状態(注3)(3/2状態)が出現することを発見した。
● これまでの偶数分母状態の研究は移動度(注4)が107cm2/Vsを超える超高移動度GaAs/AlGaAsヘテロ構造を用いたものに限られていた。今回、移動度が106cm2/Vs程度の通常の高移動度GaAs/AlGaAsヘテロ構造上に作製した量子構造で3/2状態が観測できることを世界で最初に確認し、これまでの常識を覆した。(図)
● 通常の高移動度半導体の数百ナノメータ領域で偶数分母状態が実現されたことで、偶数分母状態を用いたエラーに強い量子操作の研究が加速されることが期待される。
強相関電子系を理解する鍵となる分数量子ホール効果では、移動度が107cm2/Vsを超える超高移動度GaAs/AlGaAsヘテロ構造での偶数分母状態のみが知られていました。東北大学先端スピントロニクス研究開発センターの平山祥郎総長特命教授、東北大学大学院理学研究科の橋本克之助教、柴田尚和教授らのグループは、典型的な半導体量子構造であるQPCにおいてセンターゲートを有する構造を用いることで、通常の高移動度(106cm2/Vs程度)GaAs/AlGaAsヘテロ構造上での特別な偶数分母状態(3/2状態)がQPCの中央付近に実現できることを世界に先駆けて確認しました。この研究成果により、特別に高度なMBE装置(注5)を必要とする超高移動度のヘテロ構造を用いなくても、通常のある程度整備されたMBE装置で成長できる高移動度半導体量子構造でもエラーに強い量子操作の研究が加速されることが期待されます。
なお、研究成果はApplied Physics Expressのオンライン版に2022年1月31日(英国時間)に掲載されました。
図:磁場 6 T、温度100mKで測定した量子ポイントコンタクト(QPC)の伝導特性。挿入図はバックゲートバイアス(Vbg)を1.62Vにすることで、QPC周囲の領域を5/3分数状態に設定し、センターゲートバイアス(Vcg)をパラメータにしたときのQPCの対角抵抗値(Rdiag)のスプリットゲートバイアス(Vsg)依存性を示しており、中央の図はVsg = -1.05Vのときの、VcgによるRdiagの変化を示している。Vcgのバイアスを増加させQPCの中央部に電子を供給すると、通常予想されるようにRdiagの減少が見られるが、Vcgを0.1V以上にすると予想に反してRdiagは増大し、3/2状態に対応する17.2 kΩに収束することがわかる。
分数量子ホール効果(注6)は、電子間の相互作用を反映した物理現象としてノーベル物理学賞の対象にもなりましたが、超高移動度のGaAs/AlGaAs系においては、通常の分数量子ホール状態と異なる偶数分母の分数量子ホール状態(例えば5/2状態)が発見されています。この偶数分母状態は、その特別な特性からエラーに強い量子操作に応用できる可能性が示唆され、欧米で研究が活発化しています。量子操作にはミクロスコピックな量子構造を用いる必要がありますが、最近、107cm2/Vsを超える超高移動度の電子系で2 µm×2 µmの構造を実現し、周囲を5/3の分数状態にすると、このミクロスコピックな領域に3/2状態(対角抵抗Rdiagが17.2kΩになる状態)が現れることが確認され、新たな着目を集めています。
一方、半導体量子構造の中核を担う、数百ナノメータ以下の量子構造でこの振る舞いが出現するかどうかは不明でした。さらに、このような量子構造を有さない通常の系では偶数分母状態の発現には超高移動度が必要と考えられていましたが、こうした量子構造で偶数分母状態を実現させるためにどこまで超高移動度が必要かについても分かっていませんでした。
本研究では、バックゲートで電子密度を正確に制御できる高移動度(超高移動度ではない)のGaAs/AlGaAsヘテロ構造の上に図1に示したセンターゲートを有するQPCを作製しました。このヘテロ構造の低温での電子移動度は電子密度が1.8 × 1011 cm−2のときに1.47 × 106 cm2/Vsです。作製したQPCの長さLは400nm、幅Wは600nmで、中央に200nm幅のセンターゲートを配置しています。
ヘテロ構造の電子系に垂直に7 Tの磁場B を加えて、バックゲートに2.18 V(Vbg = 2.18 V)を加えると、QPCの両側の広い部分が5/3の分数量子ホール状態になります。この様子は、図2の挿入図で5/3に相当するRxyで量子化プラトーが現れることで確認できます。ここで、両側のスプリットゲートに同じVsgを印加し、その値を変化させます。Vsgが十分負になるとスプリットゲート下の電子系は空乏化され、電子のチャネルはQPCの中央部の狭い領域に限定されます。これを反映して図2ではQPCの対角抵抗Rdiagは5/3に対応した値から増大し最終的にQPC内のチャンネルが完全に狭窄すると無限大になります。
この状態でセンターゲートに正のVcgを加えるとQPCの中央部の電子が供給されるため、Rdiagは減少し、RdiagカーブはVsgの負側にシフトします。図2で、Vcgが0.1 Vまでは通常予想されるこの振る舞いが確認できます。一方で、Vcgが0.2 Vを超えるとQPCの中央領域にさらに電子が供給されているにもかかわらず、逆にRdiagの増大が見られ、さらにVcgを大きくするとRdiagは3/2状態に対応する17.2kΩに収束します。 同様の振る舞いはB = 6 Tでも観測されます。図3ではこの特別な振る舞いをさらに明瞭にするために、Vsg = -1.05VでQPCチャンネルを形成し、 VcgによるRdiagの変化を測定しています。Vcgのバイアスを増加させQPC中央部に電子を供給するにつれ7Tのときと同様にRdiagは一度減少するのですが、驚くべきことにVcg > 0.1 V では増大に転じ、最終的に17.2 kΩに収束することがわかります。これらの実験結果はQPC中央部の400nm×600nmの領域に3/2状態に対応する特別な偶数分母状態が形成されていることを明確に示しています。
今回の実験で、超高移動度のヘテロ構造を用いなくても偶数分母状態が観測された理由はまだ不明ですが、センターゲートに正の電圧を加えることで、不純物などによるポテンシャルの揺らぎが抑制される効果が影響している可能性があります。
エラーに強い量子操作につながる5/2状態などでは、ミクロスコピックな構造への閉じ込めにより状態が変化することも報告されています。今回確認した3/2状態が本当にエラーに強い量子操作につながる面白い状態なのかについての確認はこれからの研究を待たなければいけませんが、通常の高移動度半導体の数百ナノメータ領域で偶数分母状態である3/2状態が実現されたことで、この特別な3/2状態の物理の解明、さらには量子操作の実用化に向けた応用研究の大きな加速が期待されます。
本研究に必要な高移動度GaAs/AlGaAsヘテロ構造はNTT物性科学基礎研究所から支援して頂きました。また、本研究にあたっては、科研費基盤研究(B)および東北大学スピン連携ネットワーク(CSRN)、スピントロニクス国際共同大学院(GP-Spin)の支援も受けています。
雑誌名: Applied Physics Express
論文タイトル:Even-Denominator Fractional Quantum Hall State in Conventional Triple-Gated Quantum Point Contact
著者:Yasuaki Hayafuchi, Ryota Konno, Annisa Noorhidayati, Mohammad Hamzah Fauzi, Naokazu Shibata, Katsushi Hashimoto, Yoshiro Hirayama
DOI番号:10.35848/1882-0786/ac4c35
URL: https://doi.org/10.35848/1882-0786/ac4c35
(注1) 量子ポイントコンタクト
GaAs/AlGaAsなどのヘテロ構造に存在する平面状の電子系を短い狭いチャンネルで接続した構造。ポイントに近い短いチャンネルで電子系が結合されており、さらに両側から細線化されたことに対応した量子化特性がゼロ磁場で観測されることから、量子ポイントコンタクト(QPC:Quantum Point Contact)と呼ばれている。今回作製したQPCもゼロ磁場で明瞭な量子化特性が観測されており、良好なQPCが作製できていることがわかる。
(注2) 量子操作
量子コンピュータなどを実現するにあたり、量子ビットを操作することを量子操作と言う。量子コンピュータに向けた量子ビットは超伝導体や半導体のスピンを利用したもので実現されているが、量子状態は脆弱でエラーに強い量子操作は難しい。
(注3) 偶数分母状態
分数量子ホール効果(注6)の中でも分母が偶数の分数量子ホール状態を言う。通常の分数量子ホール効果の理論では説明することができず、全く異なる統計に従う可能性が示唆されている。この場合、エラーに強い量子操作が可能になることが理論的に示され、欧米で積極的な研究が進められている。GaAs/AlGaAsヘテロ構造で観測されるランダウレベル充填率 v = 5/2が一番有名であるが、最近は v = 3/2状態の存在も注目されている。これまで偶数分母状態が報告された単一の二次元系の実験では、すべて超高移動度のヘテロ構造が使用されている。
(注4) 移動度
半導体中で電子が移動するし易さを示す指標であり、不純物が少なくポテンシャル揺らぎの小さい系ほど大きな移動度を示す。GaAs/AlGaAsヘテロ構造中の電子系の場合、MBE装置(注5)を良好な状態に保ち、注意深く成長したものでは106cm2/Vsを超える高移動度を得ることができる。特に特別な工夫を施したMBE装置では107cm2/Vsを超える移動度が実現されており、超高移動度という。超高移動度が実現できる研究機関は世界中で3機関程度に限定されている。
(注5) MBE装置
分子線エピタキシ(Molecular Beam Epitaxy)装置。高純度のGaAs/AlGaAsヘテロ構造を成長する結晶成長法としてMBE法は確立されており、MBE装置を良好な状態に保ち、注意深く成長したものでは106cm2/Vsを超える高移動度を得ることができる。一方で、107cm2/Vsを超える移動度を実現するには、特に特別な工夫を施したMBE装置が必要で、保有する研究機関は限られる。
(注6) 分数量子ホール効果
1998年にLaughlin、Störmer、Tsuiがノーベル物理学賞を受賞した成果で、1985年にノーベル物理学賞を受賞したvon Klitzingの整数量子ホール効果に対して、電子相関に基づく分数量子状態の量子ホール効果が出現したものである。ただし、Laughlinらの理論により説明される通常の分数量子ホール効果は奇数分母に限られる。
図1:(a)今回の研究に用いたセンターゲート付きQPCの概略図。両側のスプリットゲートに同じ電圧Vsg、センターゲートにVcgの電圧が印加されている。QPCの中央の状態を測定する対角抵抗値(Rdiag)は試料に交流電流Iacを流した時のVDの出力からRdiag=VD/Iacで求められる。(b)はQPC中央部のSEM写真である。L = 400 nm、W = 600 nmでスプリットゲートの中央に幅200 nm ( = 0.2 µm)のセンターゲートが配置されている。
図2:B = 7 T、100mKで測定されたQPCの伝導特性。QPCの対角抵抗RdiagのVsg依存性が、センターゲートバイアスVcgをパラメータとして測定されている。QPCの両側の広い部分(図1参照)は、Vbg = 2.18 Vを加えることで、5/3の分数量子ホール状態に設定されている。Vsgが十分負になるとスプリットゲート下の電子系が空乏化され、電子のチャネルがQPCの中央部の狭い領域に限定されることを反映して、Rdiagは5/3に対応した値から増大する。Vcgに正の電圧を加えると、Vcgが0.1 Vまでは、RdiagのカーブがVsgの負側にシフトする通常の振る舞いが確認できる。一方で、Vcgが0.2Vを超えると、QPCの中央領域に電子を供給しているにもかかわらずRdiagの増大が見られ、3/2状態に対応する17.2kΩに収束する。
図3:B = 6 T、100mKで測定されたQPCの伝導特性。QPCの対角抵抗RdiagのVcg依存性が測定されている。QPCの両側の広い領域はVbg = 1.62 Vを加えることで、5/3の分数量子ホール状態に設定されている。また、Vsgはスプリットゲート下の電子系が空乏化されるVsg = -1.05Vに設定されている。Vcgのバイアスを増加させQPC中央部に電子を供給するにつれ、Rdiagは一度減少するが、Vcg = 0.1 V付近から逆に増大し、17.2 kΩに収束することがわかる。
<研究に関すること>
東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
センター長・総長特命教授 平山祥郎(ひらやまよしろう)
電話:022-795-3880
E-mail:yoshiro.hirayama.d6[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
助教 橋本 克之
電話:022-795-5708
E-mail:katsushi.hashimoto.d8[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください