東北大学 大学院理学研究科・理学部

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三陸海岸北部において1611年慶長奥州地震津波の物的証拠を発見 ―日本海溝沿いで発生する巨大津波の頻度に関する新たな知見―

発表のポイント

● 津波堆積物を含む地層を垂直方向に連続してミリ間隔の高密度で年代測定を行うことで、年代的に地層の欠損がないことを確認する手法を新たに開発し、抜け落ちのない津波の履歴を復元した。

● 三陸海岸北部(岩手県野田村)から地層を採取し、1611年慶長奥州津波由来の堆積物を発見した。一方で、同地層には1454年享徳津波による堆積物は含まれないことも確認した。この結果は、1454年に享徳津波が三陸海岸北部を襲った可能性を否定するものである。

● 三陸海岸北部~中部における巨大津波発生間隔は、従来の想定より不規則であり、特に過去数百年間は、高頻度で巨大津波が発生していたことを明らかにした。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

津波堆積物は、過去に発生した津波の頻度や規模を推定する手段として活用されています。しかし、地層は連続的に堆積しているとは限らず、津波堆積物を含む一部の時代の地層が欠落し、津波の痕跡を見落としている可能性もあります。そこで今回、東北大学災害科学国際研究所の石澤尭史助教らの研究グループは、「津波堆積物を含む地層について、垂直方向に連続してミリ間隔の高密度で年代測定を行い、対象期間に関して年代的に地層の欠損がないことを確認する」手法を開発しました。さらに、三陸海岸北部(岩手県野田村)において、巨大津波でしか浸水しない内陸の地層を取り出し、本手法を適用することにより、三陸海岸の広域に被害を及ぼした巨大津波の履歴を復元しました。その結果、三陸地域における1611年の慶長奥州津波は、2011年の東北沖津波や1896年の明治三陸津波と同規模の巨大津波であったことが示されました。また、従来、1454年の享徳津波が三陸海岸を襲った可能性が指摘されていましたが、今回の研究から三陸海岸北部に享徳津波は襲来しなかったことが明らかになりました。日本海溝沿いで発生する巨大地震津波の頻度は約500年間隔(2011年東北沖津波、1454年享徳津波、869年貞観津波)とする説もありましたが、本研究からその発生頻度は不規則であることが明らかになりました(2011年東北沖津波、1611年慶長津波、869年貞観津波)。さらに1896年の明治三陸津波のような津波地震1)由来の巨大津波も考慮すると、三陸海岸では過去400年間に特に高頻度で巨大津波が発生していることも示されました。

本研究成果は、2022年2月2日にQuaternary Science Reviews誌に掲載されました。



論文情報

Takashi Ishizawa, Kazuhisa Goto, Yuichi Nishimura, Yosuke Miyairi, Chikako Sawada, Yusuke Yokoyama, Paleotsunami history along the northern Japan Trench based on sequential dating of the continuous geological record potentially inundated only by large tsunamis, Quaternary Science Reviews 279-1. https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2022.107381



謝辞

本研究の一部はJSPS科研費(26242033、 17H02971、 20H00193、 20K14561)、原子力規制庁委託事業、東北大学災害科学国際研究所共同研究助成、東京大学大気海洋研究所学際連携研究の補助を得ました。



詳細な説明

過去に発生した津波の規模や頻度を推定することは、将来いつ津波が発生するかを予測し、備えるために極めて重要です。そして、過去の津波の履歴を明らかにする上で重視されるのが、過去に発生した津波の物的証拠である津波堆積物です。ある地点の土壌に残る津波堆積物が形成された年代を推定できれば、その地点にいつ津波が来襲したかを明らかにすることができます。しかし、津波堆積物を含む地層が、形成された後に侵食され、後世まで保存されないこともあります。つまり、津波堆積物から推定される津波の履歴はあくまで最低限のもので、津波堆積物が示す頻度以上に津波が発生している可能性もあることに留意が必要です。 通常、津波堆積物の年代推定には「放射性炭素年代測定」2)が用いられます。しかしこの測定法には一般的に、15世紀と17世紀の形成物に関し、互いの識別が難しいという問題があります3) (図1)。このことは、古津波の年代測定にも影響を与えてきました。具体的には、歴史資料として1454年に享徳津波が、また1611年には慶長奥州津波が発生したことを示す記述が残っていますが、これまで、三陸海岸で採取された津波堆積物の放射性炭素年代測定を行っても、その堆積物が双方のうちいずれの津波で形成されたのか区別できませんでした。このことが、「三陸海岸は、享徳津波の来襲を受けたのか、あるいは慶長津波であったのか」という、学術的な論争を呼んできたのです。

このたび東北大学災害科学国際研究所(同大学大学院理学研究科兼務)の石澤尭史助教、東京大学大学院理学系研究科の後藤和久教授と東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授、北海道大学大学院理学研究院の西村裕一准教授らの研究グループは、この問題に挑戦することにしました。研究グループは、まず、津波堆積物を含む地層を取り出した上で、地層を上下の垂直方向に連続してミリ間隔の高密度で年代測定を行い、対象期間において年代的に地層の欠損がないことを確認する手法を開発しました。また、その高密度での年代測定結果を統計解析することで、精度の高い年代測定を行えるようにしました。

さらに、年代測定を実施する地点についても精査し、今回は三陸海岸北部に位置する岩手県野田村を研究地域としました。野田村では14~17世紀に形成された津波堆積物を含む過去3000年分の地層が保存されていることが先行研究からわかっており、本検討に最適な地点です。野田村に近年襲来した津波の記録を踏まえ、野田村内で、2011年東北地方太平洋沖津波や1896年明治三陸津波と同規模の巨大津波でないと浸水が想定できない地点を選び、そこから巨大津波の履歴のみを抽出して発生頻度を推定しました。その結果について野田村周辺地域の津波の履歴とも比較することで、三陸海岸北部~中部において確度の高い津波の履歴を推定しました。

研究チームが開発した高精度年代測定法を用いて分析した結果、野田村の巨大津波でないと浸水が想定できない地点から採取した地層の最上位に存在した津波堆積物は1611年慶長奥州津波由来であり、1454年享徳津波ではなかったと結論できました(図2)。また、享徳時代の地層は連綿と堆積しており欠損はありませんでしたが、その中で津波堆積物は存在しませんでした。このことは、この地域には享徳津波は来襲しなかった可能性が極めて高いことを示しています。

さらに、本研究で明らかになった三陸海岸北部~中部における過去3000年間の巨大津波履歴から、869年貞観津波以前はおよそ500年間隔で津波が発生していたのに対し、1611年慶長奥州津波の発生以降は100~200年間隔の高頻度で巨大津波が発生していることがわかりました(図3)。近年発生した巨大津波はそれぞれ津波を発生させた断層の位置や地震の種類が異なることも想定されるため、この結果から単純に地震や津波の頻度を推定することはできませんが、今回の研究結果は、日本海溝における巨大津波の発生間隔が従来の想定よりも不規則であることを示しています。



用語解説

1)「津波地震」とは
地震による揺れの大きさに比べて大きな津波を引き起こす地震のこと。

2)「放射性炭素年代測定」とは
地球上の生物には、放射性元素である炭素14(14 C)が一定の比率で存在する。生物が死ぬと、14 Cは一定速度で崩壊を続け、減少するため、14 Cの残量を測ることで、その14 Cを含んでいた物質がいつできたかを推定できる。津波堆積物の形成年代については、津波堆積物を含むある地点の地層を取り出し、同地層内の津波堆積物の上下に存在する泥炭層(過去に生きていた枯れ葉などの植物等からできたもの)の14 Cの残存程度を調べることにより、測定が可能となる。

3) 14 Cの減少速度は一定であるが、過去の太陽活動などの影響で、地球の大気中の14 C濃度は時代によって異なる。同程度の14 C残量でも、もともと14 Cが多かった時代のものなのか、あるいはより最近の時代のものであるからなのか、判別できないケースがある。場合によっては、地層が形成された候補年代が複数提示されることになる。例えば、1450年頃と1600年頃は、今日の14 C残留量が互いに似通ってしまう年代として知られる。



参考図

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図1:17世紀前半の試料を用いた年代測定結果の例。横軸上の黒色の分布で示したものが年代測定結果。15世紀と17世紀の2通りのピークを持つ結果となり、どちらの年代か識別できないことが分かる。

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図2:本研究により識別された慶長津波堆積物の年代。

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図3:三陸海岸北部~中部における巨大津波の発生間隔。黒の四角で示したものが推定される津波の年代。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学災害科学国際研究所 兼務 理学研究科地学専攻
助教 石澤尭史
TEL: 022-752-2065
Eメール: ishizawa[at]irides.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学災害科学国際研究所広報室
TEL: 022-752-2049
Eメール: koho-office[at]irides.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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