東北大学 大学院理学研究科・理学部

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銀河中心で起こるブラックホールのビリヤード現象 高離心軌道ブラックホール連星合体を作り出す巨大ガス円盤

発表のポイント

● 最近報告された高い離心軌道でのブラックホール連星(注)の合体が起こる環境として、超巨大ブラックホール周りの巨大ガス円盤内が有力であることを示した

● ブラックホール連星合体の環境を強く示唆するイベントは初めて

● 今後の重力波観測により宇宙進化を解明する方向性に影響を及ぼす研究結果

□ 東北大学ウェブサイト



概要

ブラックホール連星の合体は、宇宙進化の解明において最も注目されている現象の一つです。Niels Bohr研究所のSamsing助教、東北大学大学院理学研究科田川寛通研究員らの研究グループは、重力波により観測された最も重いブラックホール合体の連星が非円軌道(高い離心軌道)にて合体している理由の説明に初めて成功しました。このような現象は、遠い銀河の中心に存在する超巨大ブラックホール周りの巨大ガス円盤内での、無秩序な三体のブラックホール同士の相互作用によって説明可能であることを示しました。ブラックホールの合体環境が強く示唆される重力波イベントは初めてであり、今後の重力波天文学の進展に大きな影響を与える発見となります。

本研究成果は、2022年3月10日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されました。



詳細な説明

ブラックホールは宇宙で最も興味深い天体の一つです。しかしながら、それ自体は検出可能な光を放出しないため、我々のブラックホールへの理解は限られています。そのようななか、一般相対性理論により予言される、重力波放出によるブラックホール連星の合体が2015年に初めて検出され、ノーベル賞が与えられました。ブラックホール連星の合体は、現在のところ隔週程度の頻度で重力波観測により発見されており、宇宙進化の解明の手掛かりとして最も注目されている現象の一つです。

この現象について、宇宙のどこでどのようにしてブラックホールが対(連星)をなし、合体に至るかは分かっていません。束縛しあった星が潰れてブラックホール連星となり合体するかもしれませんし、星団内で力学的な相互作用によって合体するかもしれません。また、それ以外の可能性も活発に検証されています。これは重力波によって宇宙進化を解明していく過程において重要な問いであり、本研究はこの問いに一つの重要な示唆を与えました。

近年、最も特徴的な物理量を持つブラックホール合体の一つとして、GW190521と名付けられた重力波イベントが報告されました。このイベントでは、これまで理論的に予想されていた質量よりもブラックホールが重いことに加え、合体に付随して光の突発的な放射が観測されました。さらに、このイベントでは初めて、ブラックホールの軌道が合体直前に円軌道でない(高い離心軌道を持つ)ことが示唆されました。このような特異な特徴は、通常の環境下での合体のシナリオでは説明が難しく、天文学コミュニティではそれらしいモデルについて活発に議論されてきました。

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図1:超巨大ブラックホール周りの巨大ガス円盤内に存在するブラックホールの分布の概略図。©Johan Samsing


本研究グループは、このような特徴を説明し得る環境として、銀河の中心領域に着目しました。ほとんどの銀河の中心では、太陽の百万倍以上の質量の超巨大ブラックホールが存在し、それらはしばしば回転する巨大ガス円盤に囲まれています。これらの巨大ガス円盤内にはたくさんのより小さなブラックホールが存在し、時間をかけてお互いに近づいたり対をなしたりすることが理論的に予想されます(図1)。この際、ブラックホール同士の無秩序な三体系が頻繁に形成し、効率的に合体が促進され、さらに連続した合体によって重いブラックホールを形成可能であることが東北大学大学院理学研究科田川寛通研究員らの研究によって示されました。またこの環境では、詳細は未解明な部分もありますが、巨大ガス円盤からブラックホールへのガスの降着によって、合体時の光の放射を説明可能であると考えられています。

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図2:超巨大ブラックホール周りの巨大ガス円盤内での連星単星相互作用により起こる高い離心軌道での連星合体の概略図。上図では、三体合体による高い離心軌道での合体の軌道が示されている。©Johan Samsing


一方で、重力波放出によって、軌道離心率がすぐに減衰し、円軌道化してしまうため、高い離心軌道を持った合体を作り出すことは難しいことが知られています。高い離心軌道での合体を作り出す一つの可能性としては、重力波放出による非常に高い離心率での連星形成が挙げられます。このような連星形成は、単星と連星の無秩序な相互作用(連星単星相互作用)の結果起こることが先行研究により明らかにされていましたが、その確率は低いことが見積もられていました。そのため、この特殊な今回のイベントにおいて、さらに高い離心軌道での合体が起こる可能性は低いと考えられていました。ただし、これらの見積もりでは、ほとんどの星団で期待されるような、三次元的に空間分布したブラックホール同士の相互作用を考えていたことが、低い確率を与える大きな要素となっていました。超巨大ブラックホール周りのガス円盤内のようなブラックホールの軌道が平面内にある程度揃っている状況を考えると、連星単性相互作用中に連星軌道角運動量が小さい中間状態を作りやすくなるため、高い離心軌道の合体が増えることが期待されます(図2)。これを定量的に検証するため、我々の研究グループでは、数値シミュレーションを行いました。

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図3:連星単星相互作用後に二体(クロス)、三体(丸)合体、離心率0.1以上での合体(三角)を引き起こす確率の三体の初期軌道傾斜角への依存性。©Johan Samsing


数値シミュレーションでは、相対論的効果を取り入れたN体重力計算を用いて、星団の形状が球から平面に近づくに従って、連星単性相互作用による合体時の特徴がどのように変化するかを調べました。単星連星相互作用の結果、三体が相互作用している途中に二体が合体する場合を三体合体(図2上)、三体目が相互作用によって非束縛状態となり、次の相互作用の前に重力波放出によって合体する場合を二体合体と呼び、合体過程を分類しました。なお、三体合体の場合には、合体時の離心率は著しく高く、GW190521で見積もられた高い離心軌道を説明できます。計算の結果、二体合体に対する三体合体の割合は、ブラックホールの初期軌道が平面軌道に近づくほど上昇し、それに従い、高い離心軌道での合体の割合が大幅に上昇することが明らかになりました(図3)。このように、巨大ガス円盤内での合体によって、GW190521の高い軌道離心率が説明されることが明らかになりました。さらに、ブラックホールスピンの方向に対する連星軌道角運動量の方向の傾きなどの他の物理量も、巨大ガス円盤内での合体によって、重力波観測の結果を良く説明することが、計算により求められました。これらの結果により、重力波イベントGW190521の全ての特徴的な観測量が、超巨大ブラックホール周りの巨大ガス円盤内での合体によって、良く説明できることが示されました。このような、ブラックホール合体環境が強く示唆された重力波イベントは、初めてです。

今回の発見は、今後の重力波観測による宇宙物理解明の方向性を決める重要な意味を持ちます。例えば、今後この環境で起こるブラックホール合体の物理量の分布や、付随する可能性のある光の放射の特徴を用いることで、超巨大ブラックホール周りの巨大ガス円盤の構造や、超巨大ブラックホールと銀河の成長、銀河中心領域のブラックホールの空間分布や質量分布、ガスの降着過程など、重要かつ未解明な過程の理解を著しく進めることに繋がります。また、光の放射を用いて合体が起こっている銀河を同定できれば、宇宙の膨張速度をより精度よく推定し、宇宙膨張の謎の解明に迫る手掛かりを得ることの助けとなります。さらに、この環境で合体が起こっている場合、超巨大ブラックホールによる重力波の強い重力レンズ効果や、将来の重力波観測衛星による観測結果と組み合わせて解析を行うことで、一般相対性理論をより詳細に検証できる実験場となることが期待されます。このように、本研究の結果は、今後の重力波天文学による宇宙進化解明の方向性を決める重要な発見です。



謝辞

JSPS KAKENHI Grant Number JP21J00794JP
Grants-in-Aid for Basic Research by the Ministry of Education, Science and Culture of Japan (17H01102, 17H06360)



論文情報

雑誌名:Nature
論文タイトル:AGN as potential factories for eccentric black hole mergers
著者:J. Samsing, I. Bartos, D. J. D'Orazio, Z. Haiman, B. Kocsis, N. W. C. Leigh, B. Liu, M. E. Pessah, H. Tagawa
DOI番号:10.1038/s41586-021-04333-1



用語説明

(注)ブラックホール連星
重力的に束縛されたブラックホールの対(ペア)。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科天文学専攻
研究員 田川 寛通(たがわ ひろみち)
E-mail:htagawa[at]astr.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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