● 二種類の一次元電子系(注1)物質を原子レベルで精密に接合
● ヘテロ接合(注2)の構造をマクロ・原子スケールで解明
● 「ムーアの法則」(注3)の終着、原子サイズの半導体デバイス実現の可能性を示した
20世紀中頃に発明された半導体デバイスが真空管に取って代わったことで、電子機器の性能は飛躍的に向上しました。そして21世紀初頭、半導体の回路幅は数ナノメートルにまで微細化され、いわゆる「ムーアの法則」に従い、その性能はますます向上しています。
今回、東北大学理学研究科脇坂聖憲助教、高石慎也准教授、山下正廣名誉教授らの研究グループは、ハロゲン架橋金属錯体と呼ばれる一次元半導体の二種類のヘテロ接合に成功し、その構造をマクロスケール及び原子スケールで明らかにしました。ハロゲン架橋金属錯体は金属とハロゲンが交互に一直線に並ぶ、一次元電子系と呼ばれる原子1個分の細さの電子の通り道を作ります。本研究は、「ムーアの法則」の終着点である原子サイズの半導体デバイスの実現可能性を示したものです。
本研究成果は、Nature Communicationsにて3月4日付けでオンライン公開されました。
ノートパソコンやスマホに代表されるように、コンパクトで高性能な電子機器は私たちの暮らしをより便利なものにしています。ところが世界で最初に作られたコンピュータはオフィスのワンフロアを占拠するほどの巨大な装置でした。これほどのスペースが必要だったのは真空管が使われていたためです。しかし1940年代に半導体デバイスが発明されたことで状況はがらりと変わり、コンピュータは小型化と高性能化の道を歩み始めました。性質の異なる半導体の接合部、『ヘテロ接合』が増幅やスイッチングの機能を担うことで飛躍的な小型化が可能になったのです。集積回路に搭載される半導体デバイスの数は『ムーアの法則』に従い、年々指数関数的に増大しています。このムーアの法則には微細化とパターンニングの二つの側面がありますが、微細化については、半導体が物質である以上原子より小さくすることはできないため、原子サイズがムーアの法則の一つの終着点と考えられます。半導体デバイスのナノレベルへの微細化、更には原子レベルへの微細化は、応用研究及び基礎研究の双方でホットトピックになっています。
今回、我々の研究グループでは、ハロゲン架橋金属錯体と呼ばれる半導体物質を二種類用いてヘテロ接合を作製しました。ハロゲン架橋金属錯体は金属イオンとハロゲン化物イオンが交互に一直線に並んだ鎖構造を作ります(図1)。金属イオンに『配位子(注4)』が結合することで構造が安定化し、水素結合によるシート構造と、ファンデルワールス力による積層構造を作ることで『単結晶(注5)』ができあがります。したがって物質的には三次元構造でありピンセットでつまめるサイズです。一方で層間と鎖間の相互作用が十分弱いため、電子の通り道は金属とハロゲンの鎖方向だけに限定され、物性的には『一次元電子系』と見なすことができます。この様な物質は擬一次元電子系物質とも呼ばれます。金属にニッケルを用いたハロゲン架橋金属錯体は、強い電子相関のためハロゲン化物イオンの位置がニッケル間の中点に来る『モット・ハバード状態(注6)』をとります。一方でパラジウムを用いた場合は、電子相関よりも、一次元電子系で特に強く現れるパイエルス不安定性が勝るため、ハロゲン化物イオンの位置が中点からずれる『電荷密度波状態(注7)』をとります。この二種類のハロゲン架橋金属錯体を用い、『エピタキシャル成長法(注8)』を電気化学的に行うことで接合に成功しました。顕微鏡写真からヘテロ構造とその境目が明確に確認できます(図2)。また走査型トンネル顕微鏡により、原子スケールでヘテロ接合の構造を確認しました。ニッケル錯体の領域はモット・ハバード状態のため5オングストローム(0.5ナノメートル)間隔でニッケル三価の電子受容サイトが輝点として現れますが、パラジウム錯体の領域では電荷密度波状態 (Pd(II)/Pd(IV)) のため一つ飛ばしの10オングストローム(1ナノメートル)間隔でパラジウム四価の電子受容サイトが現れます。そしてヘテロ接合部では、モット・ハバード状態とも電荷密度波状態とも異なる変調した状態がおよそ2.5ナノメートルに渡って観測されました。これは二種類の一次元鎖が原子レベルで接合していることを示す、まさに直接証拠になります。
本研究は一次元電子系のマクロスケール及び原子スケールのヘテロ接合を世界で初めて明らかにし、一次元ヘテロ接合の概念を実証しました。近年のナノテクノロジーの進歩は目覚ましく、半導体デバイスの回路幅は数ナノメートルにまで微細化されています。しかし数ナノメートルという大きさは原子の個数にすると数十個分にもなります。原子1個分の幅で半導体デバイスが作られるようになれば、電子機器の性能は更に大きな飛躍を遂げるでしょう。建物のワンフロアを占めるスーパーコンピュータの「富岳」が卓上サイズになるかもしれません。現在の技術ではまだ原子1個分の幅のナノワイヤーを作ることができないため、一次元ヘテロ接合がどの様な特性を示すのか調べることはできません。しかしハロゲン架橋金属錯体なら擬一次元電子系物質としてそれが可能であり、現在ヘテロ接合の電気物性を他大学のグループと共同で研究中です。一次元電子系で動作する極めて小さな半導体デバイスの実現に向けて、ハロゲン架橋金属錯体のヘテロ接合は良いモデルになると期待されます。
図1:ハロゲン架橋金属錯体[Ni(chxn)2Br]Br2 (Ni錯体, 1) と[Pd(chxn)2Br]Br2 (Pd錯体, 2) の構造。配位子には1R,2R-ジアミノシクロヘキサン(chxn)を用いた。
図2:Ni錯体(1)とPd錯体(2)のヘテロ構造の顕微鏡写真(左)と走査型トンネル顕微鏡像(中央)。右のグラフは走査型トンネル顕微鏡像の矢印の位置の強度プロファイルを表す。 1の領域(上段)は5Å間隔のモット・ハバード (MH) 状態, 2の領域(中段)は10Å間隔の電荷密度波 (Charge Density Wave, CDW) 状態を示す。ヘテロ接合の領域(下段)ではMHとCDWから変調した状態がおよそ2.5nmに渡って観測された。
(注1)一次元電子系
電化製品等に使われる導線は三次元電子系。厚さをナノあるいは原子レベルまで薄くすると二次元電子系、幅も同様に狭くすると一次元電子系になる。これらの低次元電子系では量子性が現れる。
(注2)ヘテロ接合
性質の異なる半導体を繋ぎ合わせること。接合された状態。
(注3)ムーアの法則
ムーア博士によって提言された、集積回路に搭載される半導体デバイスの数が年々指数関数的に増大するという法則。
(注4)配位子
金属錯体の中で、金属イオンに結合している有機分子や無機イオンなど。構造の安定化や機能の付与のために用いられる。
(注5)単結晶
結晶軸が一様な単一の結晶のこと。
(注6)モット・ハバード状態
バンド理論では金属になると予想されるにもかかわらず、電子間の静電反発(電子相関)によって絶縁化している状態。ハロゲン架橋金属錯体の場合は全てのニッケルが三価の状態で絶縁化する。
(注7)電荷密度波状態
低次元電子系に特有の量子現象であり、波様の周期的な電荷の偏りによって絶縁化している状態。ハロゲン架橋金属錯体の場合はパラジウムの二価と四価が交互に並んだ状態で絶縁化する。
(注8)エピタキシャル成長法
半導体の単結晶を基盤として上に新しく単結晶を成長させること。本研究では電気化学的酸化により結晶成長する方法を用いた。
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Macro- and atomic-scale observations of a one-dimensional heterojunction in a nickel and palladium nanowire complex
著者:脇坂聖憲、熊谷翔平、Wu Hashen、園辺拓也、井口弘章、吉田健文、山下正廣、高石慎也
DOI番号:10.1038/s41467-022-28875-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-28875-8
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