東北大学 大学院理学研究科・理学部

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炭素質隕石から遺伝子の主要核酸塩基5種すべてを検出 ~地球上での生命の起源・遺伝機能の前生物的な発現に迫る~

ポイント

● 最古の太陽系物質である炭素質隕石から,遺伝子の主要核酸塩基5種すべての検出に初めて成功。

● 生命誕生前の物質進化の過程のうち,初生的な遺伝機能の発現候補となる分子進化を解く鍵になる。

● 炭素質小惑星探査「はやぶさ2」「OSIRIX-REx」による地球帰還サンプルからも検出が期待。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

北海道大学低温科学研究所の大場康弘准教授,海洋研究開発機構の高野淑識上席研究員,九州大学大学院理学研究院の奈良岡浩教授,東北大学大学院理学研究科の古川善博准教授らの研究グループは,最古の太陽系物質である炭素質隕石から,全ての生物のDNA・RNAに含まれる核酸塩基5種(ウラシル,シトシン,チミン,アデニン,グアニン)すべての同時検出に世界で初めて成功しました。

生命誕生前の原始地球上でどのように最初の生命が誕生したのか,という科学における究極の謎について,炭素質隕石や彗星など地球外物質によって供給された有機化合物がその材料となったという説が提唱されています。しかし,生命の遺伝機能を担うDNAやRNAの構成成分,核酸塩基については地球外物質からの検出例が少なく,地球上での初生的な遺伝物質の分子情報や生成機構を含め複素環分子*1の多様性に関する基礎情報は,断片的な記載にとどまっていました。

本研究では,独自に開発した高精度な核酸塩基分析手法を駆使して,マーチソン隕石やタギッシュレイク隕石など3種の炭素質隕石から前生物的な遺伝子の候補となる核酸塩基5種すべてを含む18種類の核酸塩基類を網羅的に検出することに世界で初めて成功しました。それら核酸塩基の種類や存在量の分析により,少なくともその一部は太陽系形成前の星間分子雲という環境で生成した可能性が示されました。本成果によって,生命誕生前にも多様な核酸塩基類が地球上に供給されていたことが強く示唆され,始原的な分子進化における最初の遺伝機能発現の過程を読み解く鍵になると期待されています。

なお,本研究成果は,日本時間2022年4月27日(水)公開のNature Communications誌にhighlighting paperとして掲載される予定です。

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隕石による原始地球への核酸塩基の供給に関するイメージ図
(©NASA Goddard/CI Lab/Dan Gallagher)



背景

地球上で最初に生命はいつ,どのようにして誕生したのかという科学における究極の謎について,炭素質隕石や彗星などにより40億年ほど前の地球上に供給された有機化合物がその材料となった,という説が提唱されています。それらの地球外物質にはアミノ酸(タンパク質の構成成分)など生命を構成する有機化合物が含まれていることが知られており,地球上での生命の起源に関する有力な説の一つとして広く知られていました。

しかし,生命の遺伝情報を担う核酸(DNA,RNA)の構成成分の一つ,核酸塩基もこれまでに炭素質隕石から検出例はありましたがその種類は限られており,さらに同種の隕石から核酸の二重らせん構造形成に不可欠なアデニン(A)とチミン(C),グアニン(G)とシトシン(C)などの塩基対(図1)が検出された例はありませんでした。そのため,地球上での生命誕生前の遺伝物質生成に対する地球外物質の寄与については,懐疑的な意見がありました。 一方で,地球外環境で種々の核酸塩基が生成可能だということが我々の研究グループを含む先行研究(例えば,Nature Communications, 10, Article number: 4413, 2019)で明らかにされており,なぜ炭素質隕石から核酸塩基の検出例が少ないのか,非常に興味がもたれていました。

そこで本研究では,本研究グループが独自に開発した超高感度・超高分解能の分子レベル核酸塩基分析法を駆使して,炭素質隕石中に存在する核酸塩基(プリン・ピリミジン塩基およびそれらの構造異性体)や窒素複素環分子群の精密な化学分析を行いました。


研究手法

3種の炭素質隕石(マーチソン隕石・タギッシュレイク隕石・マレー隕石:いずれもアミノ酸など有機化合物を豊富に含む)から核酸塩基を抽出・精製し,分子レベルの分離と検出を最適化したオンラインシステムの高速液体クロマトグラフィー/電子スプレーイオン化/超高分解能質量分析法を用いて,存在する分子種の多様性や存在量を精密に分析しました。また,5員環および6員環の環状分子内に窒素を含む複素環分子群を併せて解析しました。本研究グループが開発した分析法では,サンプルに含まれる1ピコグラムオーダー(1ピコグラム=1兆分の1グラム,物質量換算でフェムト(1000兆分の1)モルオーダー)の核酸塩基を検出・同定し,定量的な濃度の評価が可能です。


研究成果

すべての炭素質隕石から核酸塩基が検出され,その濃度は最大で隕石1グラム当たり72ナノグラム(1ナノグラム=10億分の1グラム)でした。3種の隕石の中ではとくにマーチソン隕石が核酸塩基の種類・量ともに豊富で,これまでに未検出の10種を含む18種類を検出しました。さらに核酸塩基以外の窒素複素環化合物も20種類同定され,その大半が本研究で初めて隕石中から検出されたものです。隕石中の核酸塩基類の分布は太陽系形成前の星間分子雲で生成する核酸塩基類の分布と共通点が多く,少なくともその一部は太陽系形成前の光化学反応で生成したと考えられます。さらに,DNA/RNAに特徴的な「二重らせん構造」形成に不可欠な塩基対(アデニンーチミン,グアニン―シトシンなど,図1)が炭素質隕石から初めて検出されました。また,近年,発見された新しい塩基種であるZ(ゼット)塩基の基本構成であるジアミノプリンの存在を確定し,定量的な評価にも成功しました。これらの観測結果は,生命誕生前の地球上でも普遍的に地球外からDNA/RNA形成に不可欠な成分が供給されていたことを強く示唆し,同時に地球上での初生的な遺伝機能発現への寄与を期待させるものです。


今後への期待

炭素質隕石中には数万から数十万種もの多様な有機化合物が存在するといわれていますが,中でも核酸塩基類は生命との関連が期待される化合物の一つです。純然な物質進化の過程にあった初期地球に供給された後,どのようなプロセスを経験するのか,そして核酸形成の材料となりうるのか,今後の研究で明らかにしていく必要があります。それは同時に地球外物質による有機化合物の供給と生命の起源に関する仮説の検証につながります。さらに隕石中核酸塩基の生成メカニズムを検証していくことで,地球外環境から地球上での生命誕生に至るまでの分子進化の全容解明に近づくことになるでしょう。

とくに,本研究で確立された核酸塩基の超高感度分析法は,2020年末に地球に帰還した炭素質小惑星リュウグウサンプルの詳細分析や,米国主導の小惑星サンプルリターン計画「OSIRIS-REx」で2023年に地球に帰還予定の小惑星ベヌー(Bennu)サンプルにも適用可能です。それら2つの太陽系天体の直接的な現場検証を通して,地球や海が誕生する前の有機的な物質進化の理解が,飛躍的に前進すると期待されます。

※本研究グループは,はやぶさ2とOSIRIX-RExプロジェクトそれぞれの初期有機分析メンバーで構成されています。また,大場,高野,古川,奈良岡は日本人としてOSIRIS-RExプロジェクトに参画する10人の日本人のうちの4人です(2022年2月現在)。


謝辞

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(21H04501,21H05414,20H02019,20H00202,20H05846, 21KK0062, 21J00504),北海道大学低温科学研究所共同利用研究(21G008),NASA Astrobiology Institute及びSimons Foundationの支援を受けて行われました。



論文情報

論文名 Identifying the wide diversity of extraterrestrial purine and pyrimidine nucleobases in carbonaceous meteorites(炭素質隕石中のプリン・ピリミジン塩基の多様性の発見)
著者名 大場康弘1,高野淑識,古川善博3,古賀俊貴2,ダニエル・グラビン4,ジェイソン・ドワーキン4,奈良岡浩5
1北海道大学低温科学研究所,2海洋開発研究機構,3東北大学大学院理学研究科,4アメリカ航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センター,5九州大学大学院理学研究院)
雑誌名 Nature Communications
DOI 10.1038/s41467-022-29612-x



参考図

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図1:主な核酸塩基の構造と遺伝子の二重らせん構造で見られる代表的な塩基対。
点線は核酸塩基間の水素結合*2を示す。



用語解説

*1 窒素複素環化合物
核酸塩基のように窒素原子が環状化合物の基本骨格の一部を構成する有機化合物のこと。

*2 水素結合
酸素や窒素など,電気陰性度の高い原子と水素原子間に形成される非共有結合性の相互作用のこと。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻
准教授 古川 善博(ふるかわ よしひろ)[web
電話:022-795-3453
E-mail:furukawa[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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