東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ビッグバン宇宙を実験室で再現できる理論を構築
トポロジカル物質を使った極限宇宙シミュレータの理論

ポイント

● トポロジカル物質の一種である量子ホール状態のエッジ(注1)を膨張させることで、ビッグバン宇宙の始まり(注2)で起こる物理を検証できる理論を構築しました。

● ホーキング博士らが予言していた、急膨張するインフレーション宇宙(注3)で起こるホーキング輻射(注4)や、宇宙の構造形成(注5)の起源を擬似実験として検証できる可能性も示しました。

● これらの手法と理論により、従来の天文観測や大規模加速器実験に頼らない、極限宇宙の新しい検証実験への道が開かれました。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

ビッグバン宇宙の始まりやブラックホール(注6)を理解するために、量子力学と一般相対性理論の統一を目指した量子重力(注7)に関する理論研究が進められ、それらの理論検証には天文観測や高エネルギー加速器実験等の大がかりな実験研究が進められています。

東北大学大学院理学研究科物理専攻の堀田昌寛助教、遊佐剛教授、名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻の南部保貞准教授、九州大学理学研究院物理学部門の山本一博教授と杉山祐紀さんの研究グループは、量子力学が重要な役割をする初期宇宙の原理的な問題を検証できるシミュレータを、半導体で作成可能であることを理論的に示しました。ここで提案されているのは量子ホール状態とよばれるトポロジカル物質の端を一方向に流れる1次元の電子(エッジ)です。今回の成果は、膨張宇宙でも現れるとされるホーキング輻射や、宇宙の構造形成、AdS/CFT対応(注8)などを実験的に検証する道筋を示した重要な結果です。また、トポロジカル物質に関する新しい物質物理学の窓を拓くことも同時に期待されます。

本研究成果は専門誌Physical Review D誌(オンライン版)に2022年5月13日(米国東部時間)に公開されました。



詳細な説明

研究の成果

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図:エッジの時空図。エッジを伝わる電子の波(赤い波)は、空間軸の右側(入力側)の平坦な時空から、左側(出力側)の平坦な時空へと進行するが、途中に曲がった時空が存在するために、波の形状が変化する。


我々の住む宇宙は空間3次元、時間1次元の3+1=4次元時空(注9)です。今回研究グループは、量子ホール状態のエッジを流れる電子の波を、空間1、時間1の1+1=2次元膨張宇宙の量子場として記述する一般理論を構築しました。エッジを時間的に膨張させることで、様々な2次元重力理論に現れる膨張宇宙をシミュレーションできる実験場となることが分かりました。この重力理論の中には、超弦理論(注10)で活発に議論をされてきたAdS/CFT対応の例を示す理論も含まれており、これまでの様々な理論的予言の検証にも役立つと期待されます。またビッグバン宇宙が始まる前にあったと考えられているインフレーション期のドジッター時空に関する謎に関しても、この宇宙シミュレータを使った実験は重要な知見を与えると考えられます。例えば時間の経過とともに指数関数的に加速膨張する宇宙では、ブラックホールと同様の地平面(注11)が現れ、そこからホーキング輻射が出てくることが、ホーキング博士らによって予言されていました。同じ現象が膨張する量子ホール系でも起きえることを今回理論的に示しました。またその量子的なホーキング輻射が古典的な密度揺らぎに転化して、現在の宇宙の構造を作る種となる過程を実験検証できる可能性もあります。


今後の展開

今回理論提案された実験の主な部分は、既存技術で十分実行可能だと考えられます。今後は今回発表した理論をもとに、ホーキング輻射や宇宙の構造形成に関する理論を実験によって検証する予定です。また、量子重力理論を検証するための量子測定の理論構築および実験検証に取り組んでいく予定です。

本研究の成果は、東北大学、名古屋大学、九州大学の共同研究によって得られました。また、文部科学省 科学研究費補助金学術変革領域研究(A)「極限宇宙の物理法則を創る~量子情報で拓く時空と物質の新しいパラダイム~」(課題番号21H05182)、「量子ホール系による量子宇宙の実験」(課題番号21H05188)、基盤研究(S)「メゾスコピック量子ホール系の低次元準粒子制御と非平衡現象」(課題番号19H05603)、基盤研究(C)「時空の量子情報と量子測定の研究」(課題番号19K03838)」、基盤研究(C)「宇宙初期ゆらぎにおける量子性と多体間エンタングルメント」(課題番号19K03866)などの補助によって得られました。



用語解説

(注1) トポロジカル物質とエッジ
物質全体が絶縁体となっている普通の絶縁体とは違い、トポロジカル物質は試料の端以外、つまり内部(バルク)は絶縁体であるにもかかわらず、試料の端や表面が金属的で電気が流れる。量子ホール状態は2次元のトポロジカル物質の代表例で、バルクは絶縁体となっているが、試料の端(エッジ)は1次元の伝導体となり、電子は一方向にしか流れず電気抵抗はゼロになる。トポロジカル物質は2016年に、量子ホール効果は1998年と1985年にノーベル物理学賞の対象となっている。

(注2) ビッグバン宇宙の始まり
膨張宇宙を遡ると高温高密度の宇宙となる。このような熱いビッグバン宇宙がどのように始まったのか謎であるが、インフレーション宇宙(注3)はそれを説明する有力な候補となっている。

(注3) インフレーション宇宙
熱いビッグバン宇宙が始まる直前に存在していたと考えられている宇宙の加速膨張の時代。時間の経過とともに指数関数的に宇宙の大きさが膨れ、正の宇宙項をもつドジッター時空で記述される。

(注4) ホーキング輻射(放射)
一般相対性理論によって存在が予言されたブラックホールに量子効果を考慮すると、ブラックホールの地平面からホーキング輻射という熱輻射が現れると考えられている。インフレーション期は地平面を伴うため、インフレーション宇宙でもホーキング輻射が予言されている。膨張率が大きい宇宙ほど熱い輻射になる。

(注5) 宇宙の構造形成
インフレーション期の加速的な膨張によって、それ以前にあった物質分布の濃淡は消えてしまうが、地平面からのホーキング輻射の量子揺らぎが古典的な物質濃淡を供給する。インフレーション期の後には重力により物質密度の高い領域が成長し、現在の星や銀河などの構造を生み出す種となると考えられている。

(注6) ブラックホール
強烈な重力場の効果のため光さえも脱出することができない天体。ブラックホールに関する研究に対して2020年と2017年にノーベル物理学賞が与えられている。

(注7) 量子重力
一般相対論で記述される重力を量子的に扱う理論。量子的な時空の重ね合わせを扱う。

(注8) AdS/CFT対応
負の宇宙項をもつ反ドジッター(AdS)空間を記述する量子重力理論は、1次元低い次元の平坦な時空での物質場の理論(共形場理論, Conformal Field Theory, CFT)と等価であるという仮説。超弦理論の分野において長く研究されてきた。

(注9) 時空
時間と空間をまとめた概念。

(注10) 超弦理論
物質の基本要素を粒子(素粒子)ではなく、ひも(弦)であるとする理論で、量子重力理論の諸問題を解決する可能性を秘めた理論。

(注11) 地平面
ブラックホールやインフレーション期の宇宙における、強烈な重力場の効果で生じる境界面。量子力学を採り入れない一般相対性理論では、一旦地平面を超えた物体は2度と元の領域に戻ることができない。



論文情報

雑誌名:Physical Review D
論文タイトル:Expanding Edges of Quantum Hall Systems in a Cosmology Language -- Hawking Radiation from de Sitter Horizon in Edge Modes
著者:Masahiro Hotta, Yasusada Nambu, Yuuki Sugiyama, Kazuhiro Yamamoto, Go Yusa
DOI番号: 10.1103/PhysRevD.105.105009
URL:https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.105.105009



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
助教 堀田昌寛(ほった まさひろ)[web
E-mail:hotta[at]tuhep.phys.tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科物理学専攻
教授 遊佐剛(ゆさ ごう)[web
電話:022-795-3879
E-mail:yusa[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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