東北大学 大学院理学研究科・理学部

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原子1個が室温でシリコン表面の周期構造にトラップ
新しい単原子デバイスの構築とナノエンジニアリングの提案

発表のポイント

● ナノテクノロジーの基礎である原子1個1個を操作、制御、利用する新しい技術を発見。

● 室温で、Ag原子1個をシリコン表面上の規則的に配列した穴(Si(111)面7×7構造のコーナーホール(注1))に長時間トラップ。温度依存性も観測。

● この効果は、室温で単一原子デバイスを構築し、新しいエンジニアリングおよびナノ製造方法を開発する場合に有効。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

Richard P. Feynman博士による「ナノスケール領域にはたくさんの興味深いことがある」という有名な講演から60年以上が経過しました。この講演では、原子1個1個を操作、制御、利用する技術をもとに、ナノテクノロジーの未来を夢見ています。

スウェーデン・ルンド大学MAX IV 研究所のJacek R. Osiecki博士(元東北大学理学研究科博士課程)、東北大学大学院理学研究科の須藤彰三名誉教授、英国リンカーン大学のArunabhiram Chutia博士らの国際共同研究グループは、産業的に関心の高い Si(111)面7×7構造のコーナーホール内に単一のAg原子が長時間(実験の全期間である4日と7時間)にわたって閉じ込められたままであることを明らかにしました。さらに、表面を約150℃に温めると、数分以内にAg原子がコーナーホールから押し出され、閉じ込めと拡散のプロセスは温度に依存することも明らかにしました。この室温での原子操作の機能により、この効果は、単一原子デバイスを構築し、新しいエンジニアリングおよびナノ製造方法を開発する場合に特に魅力的であることを示しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(2022年5月27日(英国時間)に掲載されました。



詳細な説明

背景

Feynman博士が予測したように、現在、単一原子レベルで物質を操作、制御、利用するナノテクノロジーの時代を目指して研究が進んでいますが、原子の世界を理解し、その知識を人類の善と繁栄のために利用するには、まだ長い道のりがあります。単一の原子種に基づいてデバイスを構築することは、ナノテクノロジーの究極の目標の1つです。そのようなデバイスを実現するのが難しい主な理由として、その時の原子は適度に小さな空間に閉じ込められ、おそらく埋められ、理想的には1つの望ましい原子位置に固定されるべきであると考えられています。単一の原子に基づいてデバイスを構築するためには、そしていくつかの元素に適用でき、簡単に使用でき、室温で実行でき、かつ必要なら加熱や冷却できる、特定の部位に原子を閉じ込める方法が必要です。

シリコン結晶は産業的にとても重要で、今まで数多くの研究が報告されています。従来からSi(111)表面も多くの実験と理論的研究の対象となっています。しかし、Si(111)再構成表面に幅広い関心があるにもかかわらず、何らかの理由で1つの吸着サイト、コーナーホールはほとんど研究されてきませんでした。コーナーホールは、そのサイズ、位置、化学的性質、および周期性のために魅力的であるように思われます。そこで、コーナーホール内の外来原子をより詳細に研究する必要があります。これがこの研究の目的です。


研究内容

我々は、報告の多いAg原子に着目して、7×7構造上へAg原子を蒸着し、熱拡散過程を通してコーナーホールへの吸着・脱離過程を走査トンネル顕微鏡(STM)で原子1個1個を追跡しながら観察しました。さらに、第一原理計算により吸着エネルギーを計算し、STM像のシミュレーションも行いました。

図1に示すように7×7構造の単位格子は、積層欠陥のある(FHUC)と積層欠陥のない(UHUC)の二つの副格子(HUC)からなります。蒸着は、Ag線を電子ビームで加熱して行い、10から20個のHUCに、Ag原子1個が存在する状態から観察を始めました。室温観察の中で、はじめからコーナーホールのSTM像に清浄表面に比べて明るい像がいくつか観測されました。温度を上げながら観察を続けると150℃近傍で、清浄表面と同等の明るさの像に戻るものと明るくなる像に変化し始めます。これを丁寧に観測すると、コーナーホールから隣のHUCへAg原子1個が吸着・脱離の過程をくり返していることが分かります。室温での長時間観察を行うと4日間以上、Ag単原子はコーナーホールにトラップされた状態であることがわかりました。

また、このAg単原子のコーナーホールへの吸着状態を明らかにするために、Si(111)-7×7構造でAg単原子の吸着エネルギーの計算を行いました。その結果、コーナーホールにあるSi原子の直上でSi-Ag結合を形成し、それが最も安定な状態であることが分かかりました。さらに、得られた計算結果を用いてSTM像のシミュレーションを行い、STMにより観察された明るい像と一致する結果を得ました。以上の観察、吸着エネルギーの第一原理計算、およびシミュレーションの結果から、コーナーホールにAg原子1個が吸着する状態を明らかにしたものと考えています。

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図1:Si(111)-7×7構造の走査トンネル顕微鏡像。1個1個の輝点は、表面のシリコン原子像で6個のシリコン原子に囲まれた黒い穴がコーナーホール(CH)。矢印のコーナーホールにAg原子が1個トラップされている。まわりの6個のシリコン原子が、他のコーナーホールの原子より明るいことから識別できる。


今後の展開

ここでは、Si(111)-7×7構造の単位格子の構造的な丸い窪みであるコーナーホールが、単一のAg原子を収容でき、室温でトラップできることを示しました。この発見は、実験および理論的計算によって裏付けられています。Ag原子は高温でコーナーホールから拡散することを示しました。Ag原子をトラップする能力は、安定した吸着サイトでの原子の制御された配置、および半導体表面での安定した単一原子デバイスの構築にとって非常に重要である可能性があります。さらに、理論計算からLi、Na、Cu、Au、F、IもAgと同様にコーナーホールに吸着することが予測されています。この室温での原子操作の機能により、この効果は、単一原子デバイスを構築し、新しいエンジニアリングおよびナノ製造方法を開発する場合に特に魅力的であることを示しています。


付記

本研究は、J.R. Osciecki博士(当時、東北大学大学院理学研究科IGPASコース博士課程学生)の博士論文の課題として研究が始まり、ここ数年A. Chutia 博士の第一原理計算を加え論文としてまとめ発表したものです。初期の研究は、文部科学省(MEXT)の科学研究費補助金・基盤研究(B)(課題番号JP17340091)と、21世紀センターオブエクセレンス(COE)プログラム"Exploring New Science by Bridging Particle-Matter Hierarchy" の助成を受けて実施されました。加えて、日本学術振興会(JSPS)科研費補助金・基盤研究(C)(課題番号JP15K05119およびJP19K03681)の支援を受けました。



論文情報

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル:Periodic corner holes on the Si(111)-7×7 surface can trap silver atoms
著者: Jacek R. Osiecki、須藤 彰三 & Arunabhiram Chutia
DOI番号:10.1038/s41467-022-29768-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-29768-6



用語解説

(注1) コーナーホール
シリコン単結晶の[111]方向に垂直な表面(Si(111) 面)は、有名な 7×7 構造(再構成表面)を形成し、単位格子の四隅にコーナーホールと呼ばれるフラーレンC60と同程度の大きさの穴が空いている。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
名誉教授 須藤 彰三(すとう しょうぞう)[web
電話:022-795-7624 or 7751
E-mail:shozo.suto[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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