東北大学 大学院理学研究科・理学部

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光による磁気スイッチの新たな原理を発見
超低消費電力・超高速光磁気メモリなどの実現に期待

発表のポイント

● 量子揺らぎで各原子の電子スピンの向きが定まらない"量子スピン液体"物質において、スピンが交互に向いたまま凍結した"スピンの固体"である反強磁性体や弱強磁性体(注1)と同様に、光照射による逆ファラデー効果で磁化が生じることを発見した。

● 量子スピン液体の光照射による逆ファラデー効果の大きさは典型的な反強磁性体(酸化ニッケル)の20倍にも達した。

● 光磁化の発生機構は、従来の反強磁性体(電子スピンの配列によって磁化が発生)とは異なり、d電子(注2)の軌道角運動量が重要な役割を果たすと考えられる。この機構ではスピンを反転する必要がないため、より高速な応答が室温近傍でも期待される。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

逆ファラデー効果は、光による磁化の発生や高速制御の原理として知られています。この効果は、次世代の光磁気メモリなどに応用できると期待され、各国で研究が進められています。しかし、その対象物質は、おもにスピンの方向が固定された反強磁性体や弱強磁性体などに限られおり、スピンの向きを変えるために比較的高いエネルギーが必要で、スピンの向きが変わる速度が低いことが問題でした。

東北大学大学院理学研究科の岩井伸一郎教授、天野辰哉特任研究員、大串研也教授、今井良宗准教授、若林裕助教授、中央大学理工学部の米満賢治教授、名古屋大学大学院工学研究科の岸田英夫教授らの研究グループは、磁気秩序を持たないキタエフ量子スピン液体物質(α-RuCl3)に光(円偏光)パルスを照射した瞬間、図1のように磁化が発生することを発見しました(図1)。発生した磁化の大きさは、典型的な反強磁性体の20倍にも達します。また、これまで反強磁性体などで提案されてきた機構よりも約一桁高速な磁化の制御が期待できます。

この成果は米国物理学会の学術誌「Phys. Rev. Research (Letter)」に2022年8月19日にオンライン掲載されました。

20220824_11.png図1:キタエフ量子スピン液体における光磁気効果の模式図。ℏω: 光子エネルギー、M: 光磁化、h+: 正孔。それぞれのルテニウム原子(六角形の頂点)に3つあるd軌道(dyz、dxz、dxy)を、ある順序(右回りと左回り円偏光とでは逆)で正孔(電子の抜け殻、h+)が移動していくことで、正孔を一定の方向に回す(軌道角運動量を生む)ことになり、大きな光磁化を生む。





研究の背景

物質に光を照射すると磁化が生じる(磁石でない物質が磁石になる)現象は「光磁気効果」と呼ばれます。図2のように、円偏光の光(スイッチング光)によって、光の進行方向(試料面直方向)に磁化(M)が生じる効果(逆ファラデー効果)はその代表例です。この現象は、ファラデー効果の逆過程として知られ、反強磁性体や弱強磁性体などにおいて大きな応答が報告されています。例えば反強磁性体の酸化ニッケル(NiO)では、隣接する原子に反平行のスピン(スピン磁気モーメント)が存在しますが、それらは互いに打ち消しあうので、全体としての磁化は存在しません。弱強磁性体(DyFeO3、HoFeO3 、TmFeO3)では、隣接原子のスピンの方向が反平行からわずかに傾いているために(完全に相殺せず)、磁化が残ります。いずれの場合も、原子間で相殺しあう逆向きスピンのバランスを円偏光の光によって崩すことによって、磁化を顕在化させることができます。上記の反強磁性体や弱強磁性体ではフェムト秒パルスを用いた高速な光磁気スイッチの研究が行われてきました。実際、これまで顕著な逆ファラデー効果が観測されたのは磁気秩序を持つ磁性体(反強磁性体、弱強磁性体)に限られています。ところが、今回我々は、磁気秩序のない物質(状態)において、極めて大きな光磁気効果が生じることを発見しました。

20220824_21.png図2:逆ファラデー効果による光磁化の発生とそのファラデー効果(偏光回転)による観測





研究の内容

量子スピン液体物質α-RuCl3

20220824_31.pngα-RuCl3は、4d遷移金属のルテニウムイオンがハニカム格子状に並んだ結晶構造(図3(a))を持ち、室温から極めて低い温度(T>TN=7 K (摂氏266度))まで、スピン(ハニカム格子上の赤矢印)の向きは定まりません(図1)。このことは、磁石としての性質を持たないことを意味します。低温でも秩序化しないスピン状態は量子スピン液体と呼ばれます。特に、α-RuCl3の量子スピン液体は、量子コンピュータへの応用が期待される「マヨラナ粒子(注3)」との関係から注目を集めています。この特殊なスピン状態が形成される上で、スピン軌道相互作用が重要な役割を果たしています。最近、このスピン軌道相互作用に関係した光励起状態(スピン軌道励起子(図3(b))が、波長1~3μm程度の通信波長帯の赤外光領域に存在することが明らかにされました。

図3:(a) α-RuCl3のハニカム格子と、(b)スピン軌道励起子の模式図





量子スピン液体における光磁化

光磁化の時間変化を、図4(a)に示します。通信波長帯の近赤外光(波長1.4μm、円偏光)をα-RuCl3に照射すると、直線偏光のプローブ光(波長2μm)の偏光方向が回転します。この結果は、図2のような試料面直方向の磁化(逆ファラデー効果)が、光励起(パルス幅:100 フェムト秒)の瞬間のみ発生することを示します。磁化を反映する偏光回転(ファラデー回転)の大きさは、典型的な反強磁性体(酸化ニッケル)に比べ20倍大きいことが分かりました。

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図4:(a) 円偏光励起による偏光回転の時間変化 (b) 赤丸: 光磁化(Δθ)の励起波長依存性。 青線:誘電率の虚部(ε2: 吸収スペクトルに対応)のスペクトル。 緑線は、拡大図(25倍) (c) 光磁化の温度変化


図4(b)の赤丸は、励起光の波長に対する、光磁化の大きさ(ファラデー回転角Δθ)の変化を示します。光磁化は、低エネルギー側に向かって増加しますが、この形状はスピン軌道励起子のスペクトル(緑線)に符合します。この結果から、光磁化が、スピン軌道励起子を光励起することによって生じることが明らかになりました。図4(c)に光誘起磁化の温度依存性を示します(σ-偏光の結果は符号反転して表示)。光磁化はTN(ネール温度、注1参照)より高温で15 %程度増大します。このような温度依存性は、α-RuCl3の光磁化が、反強磁性体や弱強磁性体の(TN以下で期待される)逆ファラデー効果とは全く異なる機構によって生じることを示しています。実際この効果は室温でも観測できます。


スピン軌道励起子の運動による光磁化

α-RuCl3において観測された光磁化は、図5(b)に示す電荷の運動によることが以下のような実験と理論解析から分かりました。この仕組みは、従来の逆ファラデー効果のようなスピン状態の変化によるものとは本質的に異なります。 我々は磁化の変化(Δθ)に加えて、電荷の状態変化を反映する反射率変化(ΔR/R:Rは反射率、ΔRは光励起による反射率の変化)を調べました。注目すべきことに、磁化の発生とともに、電荷の状態も大きく変化していることが分かりました。しかし、磁化や電荷の変化はあまりにも速く、幅100 フェムト秒のパルスでは追跡できません。本研究では、我々のグループが開発したパルス幅6 フェムト秒の極めて短いパルスを用いて、電荷がどのような変化を起こしているのかを調べました。この6 フェムト秒パルスは光(近赤外光)の振動電場をわずか1.3周期しか含まない極限短パルスです。

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図5 (a) 反射率変化の時間発展(挿入図は振動成分)。(b) 異なる方向を向いたd軌道(dxz-dyz)間の電荷の量子力学的な振動の模式図。


図5(a)は、この極限的な赤外短パルスを用いて測定した反射率変化(ΔR/R)の時間発展です。この時間発展は振動成分(図5(a)挿入図)を含んでいます。こうした時間軸上の振動は、しばしば格子振動によって生じます。しかし、この場合は、観測された時間軸振動は、電荷のコヒーレント振動(電子が波動関数の位相をそろえて時間軸上で振動すること)を反映している可能性が示唆されました。

注目すべきことに、図4(a)で明らかになった光磁化の寿命(< 100 フェムト秒)は、サイト間の電荷移動のコヒーレンスが失われる時間(図5(a)挿入図の)と符合します。このことは、光磁化が電荷のコヒーレントな運動によって生じているという上記の解釈を支持します。さらに、電荷、スピン、軌道の量子力学的な効果を取り入れた理論解析から、図5(b)のような異なる方向を向いたd軌道(dxz-dyz)間の電荷の量子力学的な移動によって、磁化が発生することが明らかになりました。この機構は、スピン磁気モーメントではなく、図1のような軌道磁気モーメントによって磁化が生じるという意味で、新規なものです。


まとめと波及効果

従来から反強磁性体、弱強磁性体の逆ファラデー効果は、内在するスピン(スピン磁気モーメント)による磁化を顕在化させる効果として知られていました。しかし、量子スピン液体では、そもそもスピンの向きは各原子で定まっていないので、上記の機構は働きません。今回我々が発見したのは、「スピン軌道励起子の円偏光励起によって軌道磁気モーメントが生じる」という仕組みです。この新規な磁化の発生機構において、反強磁性や弱強磁性は本質ではありません。今回の結果から、反強磁性体、弱強磁性体以外の物質でも室温下の超高速光磁化が予想できます。光磁気メモリ、磁気ヘッドなどの高速操作が可能となる点で社会的な波及効果が期待できます。

特許出願済「光スイッチ素子、スイッチ装置、光通信システム及び光コンピュータ
・特願2020-203352
・PCT/JP2021/044368


謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST 「キャリアエンベロープ位相制御による対称性の破れと光機能発現」(研究代表者 岩井伸一郎JPMJCR1901)、 および文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム (Q-LEAP)基礎基盤研究 「強相関量子物質におけるアト秒光機能の開拓」(研究代表者 岩井伸一郎JPMXS0118067426)の助成を受けて行われました。



論文情報

雑誌名:Physical Review Research (Letter)
論文タイトル:Light-induced magnetization driven by interorbital charge motion in the spin-orbit assisted Mott insulator α-RuCl3 (スピン軌道モット絶縁体α-RuCl3における軌道間電荷移動によって駆動される光誘起磁化)
著者:天野辰也、川上洋平、伊藤弘毅、今野克哉、長谷川慶直、青山拓也、今井良宗、大串研也、竹内勇二朗、若林裕助(東北大理)、後藤貫太、中村優斗、岸田英夫(名大工)、米満賢治(中央大理工)、岩井伸一郎(東北大理)
DOI番号:10.1103/PhysRevResearch.4.L032032
URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevResearch.4.L032032



用語説明

(注1)反強磁性体、弱強磁性体
反強磁性体は、局所的(原子や単位格子内)には磁気モーメントを持ちますが、結晶全体としてはそれらが打ち消し合って自発磁化を持ちません。これらの物質は、高温で(熱揺らぎによって)磁気モーメントを失いますが、その温度はネール温度(TN)と呼ばれます。反強磁性体としてよく知られている物質には、Cr2O3、MnO、Fe2O3、NiOなどがあります。反強磁性体は、磁気ヘッドの要素部品となるスピンバルブに不可欠な材料です。また、弱強磁性体では、局所的な磁気モーメントが完全には打ち消し合わず、弱い磁化が残ります。弱強磁性体としてはDyFeO3, HoFeO3, TmFeO3などが知られています。

(注2)d電子
原子のd軌道は、軌道角運動量の量子数(方位量子数)が2の軌道であり、s軌道やp軌道に比べ、図1に示すような複雑な異方性を持っています。原子のd軌道は、5重に縮退(波動関数の形が異なるがエネルギーは同一であること)していますが、結晶中ではしばしば、周りの原子の影響によって軌道のエネルギーが変化し、縮退が解けます。ルビーやエメラルドなど遷移金属を含む宝石の色は、この軌道エネルギーの変化によって分裂したd軌道間の光吸収によるものです。

(注3)マヨラナ粒子
マヨラナ粒子とは粒子と反粒子が同一のフェルミ粒子です。マヨラナ粒子は量子計算に応用できるため、近年注目を集めています。α-RuCl3の量子スピン液体状態は、本質的にはキタエフ模型とよばれるハニカム格子上のスピン模型で表される、と考えられています。キタエフ模型に現れるスピンを、マヨラナ粒子で表現すると、厳密に解けることが知られています。そのため、量子スピン液体状態にあるα-RuCl3の低エネルギー励起はマヨラナ粒子で表現できると考えられます。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻 [web
教授 岩井伸一郎(いわい しんいちろう)
電話:022-795-6423
E-mail:s-iwai[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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