● 植物が水生から陸生へ進化した際に、外敵に対する防御応答(注1)を担う始原ホルモン(注2)が発生した。
● これまでその化学的実体が不明であった始原陸上植物ゼニゴケの防御応答を活性化する真の始原ホルモンの化学的実体を解明した。
● 始原ホルモンは、動物のホルモンと同様に、C20-長鎖不飽和脂肪酸(注3)から作られる新規物質である。
植物が陸上に進出した際、水中には存在しなかった新たな外敵である病原菌や外敵などに対する防御応答の獲得が必須となった。東北大学大学院理学研究科・生命科学研究科上田実教授、加藤信樹講師とスペイン国立生物工学研究所を含む国際共同研究チームは、これまでその化学的実体が不明であった始原陸上植物ゼニゴケの防御応答を活性化する真の始原ホルモンを解明した。
始原陸上植物ゼニゴケの真の始原ホルモンの化学的実体は、C20-長鎖不飽和脂肪酸(C20=炭素数20個)から作られる新規物質である。動物においては、C20-長鎖不飽和脂肪酸から作られる局所ホルモン プロスタグランジン類がよく知られている。しかし、高等植物(注4)において植物の防御応答を担う植物ホルモンは、C18あるいはC16-長鎖不飽和脂肪酸から作られ、植物にはC20長鎖不飽和脂肪酸に由来するホルモンは存在しないと考えられていた。本研究は、動物と同様に植物にもC20-長鎖不飽和脂肪酸に由来するホルモンが存在することを証明する画期的な成果である。
本研究成果は、8月29日 (米国東部時間)付けで、米国科学アカデミー紀要(PNAS)で公開されました。
近年、植物ホルモンシグナル伝達系の進化に関する理解が劇的に進んだ。中でも注目を集めるのが、植物が水生から陸生へ進化した際の進化である。植物の陸生化には、高温や乾燥などの環境ストレスへの適応に加えて、水中には存在しなかった新たな外敵である病原菌や外敵などに対する防御応答の獲得が必須であった。これに呼応して、植物の防御応答を担う始原ホルモンとその受容体を含むシグナル伝達系が発生したと考えられている(図1)。しかし、ここで発生した始原ホルモン系は未熟なものであり、これが高等植物のシグナル伝達系へと進化していく過程で植物ホルモン分子とホルモン受容体の共進化(ホルモンの分子構造変化と対応する受容体構造の変化)が起こり、生体システムとしての最適化が進んだ(図1)。国際共同研究チームは、これまでその化学的実体が不明であった始原陸上植物ゼニゴケの防御応答を活性化する真の始原ホルモンの化学的実体を解明した。
図1:植物の陸上化に伴って始原ホルモン系が発生し、進化によって最適化した。
これまでにコケ植物から始原ホルモン分子が次々と発見されているが(Annu Rev Plant Biol, 2020, 71, 327)、植物の外敵防御ホルモン ジャスモン酸については、長年、始原ホルモン分子の実体が不明であった。2018年にゼニゴケから始原ホルモン候補物質dn-cis-OPDAが発見されたが(図2,Nat. Chem. Biol. 2018, 14, 480)、最近、ゼニゴケにおいてdn-cis-OPDAと一緒に働く新しいオキシリピンホルモン分子が存在する可能性が報告された。ゼニゴケの遺伝的変異株であるMpfad5は、dn-cis-OPDAをほぼ蓄積しないにも関わらず野生型ゼニゴケと同等の虫食害に対する防御応答を示した(New Phytologist 2021, 233, 1401)。この結果は、ゼニゴケの防御応答を活性化する真の未同定始原ホルモン分子が存在することを示しており、始原ホルモンの化学的実態に関する状況は混沌としていた。
図2:起源陸上植物ゼニゴケのホルモンdn-cis-OPDAと高等植物のJA-Ile
植物ホルモンJA-Ileは、植物界に普遍的に存在するC18-およびC16-不飽和脂肪酸から生合成される酸化脂質シグナル(オキシリピン)である(図3a)。これは、動物において長鎖不飽和脂肪酸(炭素数20個=C20)であるアラキドン酸から合成されるオキシリピン プロスタグランジン類とよく対比される(図3b)。アラキドン酸などのC20-長鎖不飽和脂肪酸は高等植物には存在しないが、ゼニゴケはこれらの長鎖不飽和脂肪酸を含むことが知られていた。
国際共同研究チームは、真の始原ホルモンの化学的実体がアラキドン酸と同じC20-長鎖不飽和脂肪酸であるエイコサペンタエン酸から生合成される新規オキシリピンD4-dn-OPDA類(Δ4-dn-cis/iso-OPDA、図3cにはΔ4-dn-cis-OPDAのみ記載)であることを示した(図3c)。本研究の成果は、動物と同様に植物にもC20-長鎖不飽和脂肪酸に由来するオキシリピンが存在することを証明する画期的なものであり、植物ホルモンの化学進化についての理解を革新的に深める。
図3:植物(a,c)と動物(b)のホルモンはC18-, C20-不飽和脂肪酸から合成される。
(注1)防御応答
植物は、植物を食べる害虫や、病原菌などの多くの外敵と戦うための防御機構をもっています。これらの外敵に攻撃を受けると、植物の体内ではジャスモン酸類やサリチル酸などの防御ホルモンが作られて、これらを退けるための各種のタンパク質や化学物質などが作られます。これを防御応答と呼びます。
(注2)始原ホルモン
植物が進化していく過程で、植物ホルモンとその受容体にも進化による変化があったことが分かってきました。最初に発生したと考えられる原始的な植物ホルモンを始原ホルモンと呼びます。
(注3)C20-長鎖不飽和脂肪酸
ヒトを始めとする生物の細胞膜には、脂質分子が存在します。比較的長い炭素鎖をもつ脂肪酸には、複数の不飽和結合(炭素炭素環の二重結合)をもつ分子があり、これらを長鎖不飽和脂肪酸と呼びます。リノール酸やリノレン酸などは炭素鎖長18の不飽和脂肪酸です。
(注4)高等植物
植物は進化の過程で、根、茎、葉の分化が生じ、根から水や養分を吸い上げる器官として維管束を備えるようになりました。このような植物を高等植物(あるいは維管束植物)と呼んでいます。
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America (PNAS)
論文タイトル: Ligand diversity guarantees full activation of the jasmonate pathway in Marchantia polymorpha, PNAS, in press (2022).
著者:S. Kneeshaw, G. Soriano, I. Monte, M. Hamberg, Á. M. Zamarreño, J. M. García-Mina, J. M. Franco-Zorrilla, N. Kato, M. Ueda, M F. Rey-Stolle, C. Barbas, S. Michavila, S. Gimenez-Ibanez, G. H. Jimenez-Alemán, R Solano
DOI番号: 10.1073/pnas.2202930119
URL: https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2202930119
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