東北大学 大学院理学研究科・理学部

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クォーク間の「芯」をとらえた
─物質が安定して存在できる理由の理解に貢献─

発表のポイント

● 陽子・中性子はクォークと呼ばれる素粒子が3つ集まってできている。量子力学の基本的な原理であるパウリの排他原理によると、同じ状態のクォークが同じ場所に存在することはできない。これが陽子・中性子間に働く核力の短距離で現れる斥力の原因の一つと考えられているが、未だに実験的な検証がされていなかった。

● 陽子内のクォークの種類を変化させた新奇な粒子と陽子とを散乱させ、クォークのパウリ原理で禁止される状態を作ることで、粒子間に働く力が極端に強い斥力へと変化することを明らかにした。これはパウリ原理による斥力の起源を検証し、その芯の堅さを実測したことに相当する。

● 核力は、湯川秀樹博士の中間子論の研究で進んだが、引力だけだと原子核はつぶれてしまい、物質は存在できない。芯の本質に迫る今回の成果で、物質が安定して存在できる理由の理解が進むことが期待される。さらには新しいクォークを含んだ拡張された核力(注1)の解明が大きく進むと期待される。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

原子核を構成する源の力である核力は、陽子と中性子が比較的離れたときには引力ですが、陽子と中性子が重なり合うような近い距離では大きな反発力(斥力(注2))へと変化します。この神秘的とも言える引力と斥力のバランスのおかげで原子核は自身の引力で潰れることなく安定に存在することができます。しかし、この斥力を生み出すメカニズムの理解は長年の課題でした。

このような短距離では、陽子・中性子の中に閉じ込められた物質の最小単位であるクォークのペアがパウリの排他原理(注3)があるため、同じ量子状態をとるクォーク間に強い斥力が生じると予想され、核力の短距離での強い斥力の一因と考えられています。しかし、このクォークのパウリ原理による斥力の強さは現在まで全く不明でした。ストレンジクォークを含む粒子であるΣ+と陽子との散乱では、2粒子内のアップクォークのスピンの向きをそろえパウリ原理の禁止状態を作ることで、このクォークのパウリ原理による斥力を調べることが可能となります。

このたび東北大学大学院理学研究科の三輪浩司 准教授(高エネルギー加速器研究機構 特別准教授)らの研究グループは大強度陽子加速器施設J-PARCのハドロン実験施設(注4)で、このΣ+と陽子の散乱の微分断面積(注5)を高精度で測定しました。微分断面積は、どの角度にどれくらい粒子が散乱されやすいかを示す量であり、これは粒子間にはたらく力を敏感に反映します。散乱する2つの粒子が3割程度重なり合うような場合に、核力はまだ引力であるのに対して、Σ+陽子間の力はすでに核力の2倍程度も強い斥力になっていることが、得られた微分断面積を解析することで分かりました。今まで未知であったクォーク間のパウリ斥力の強さを決定したことで、核力の短距離での斥力の理解が一層進むと考えられます。本成果は基礎物理の学術論文誌Progress of Theoretical and Experimental Physicsの注目論文(Editors' Choice)に選ばれ、2022年9月4日16時(英国時間)にオンライン公開されました。



詳細な説明

研究の背景

陽子・中性子などの核子の間にはたらく核力については、湯川秀樹博士をはじめとして多くの研究者が研究してきました。図1に示すように、2核子が重ならない程度に離れた距離(図1の1〜2fmあたり)では、湯川博士が存在を予見したパイ中間子(注6)やその他の中間子がとりもつ引力がはたらいています。さらに2核子が重なる程に近づくと(図1の1fm以下)、核力は反発力(斥力)へと変化し、さらに2核子の重なりが増えるほど斥力が急激に強くなることが分かっています。

しかし、"なぜ核力がこのような強い斥力の芯を生じるか"という、その起源は、未だに大きな謎です。陽子や中性子は図2に示すように内部に素粒子クォークを含んだ複合粒子です。粒子内部に閉じ込められたクォークがこの斥力に露わに関与していると考えられます。クォークが作る『強い力』は、図2に示したクォークの構成要素を変えた様々なバリオン(注1)の間でも生じます。興味深いことに、バリオン内のクォークの種類を変化させることでこの短距離における力の振る舞いが大きく変わると理論的に予想されています。


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図1:バリオン間にはたらく力として、核力とΣ+陽子間の力を比べたもの。引力、斥力の強さは色で示している。核力では遠方では引力であったものが、1 fm(f=フェムトは1000兆分の1)以下の近距離において強い斥力へと変化する。一方で、Σ+陽子間力ではほとんど引力がなく、斥力が核力に比べ非常に強いことが予想されている。©三輪浩司


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図2:3つのクォークから構成されるバリオンをクォークの種類で分類したもの。陽子・中性子はアップ、ダウンクォークから構成される。ストレンジクォークを含む粒子をストレンジバリオン(またはハイペロン)と呼ぶ。©三輪浩司


その1つの例として、図1にストレンジクォークを含んだΣ+と陽子の間に予想される力を合わせて示しています。核力に比べて強い斥力となるのが分かります。このように、このクォークによる力の全貌を捉えるには、アップ(u)およびダウン(d)クォークから構成される核子間にはたらく核力だけでなく、ストレンジ(s)クォークを含んだストレンジバリオンと核子の間の力まで拡張して調べることが重要です。

この「拡張された核力」を調べることで、クォーク間にはたらく力を知ることが出来ます。ストレンジバリオンを含む原子核(ハイパー原子核)や重力で束縛された巨大な原子核とも言える中性子星(注7)は、この「拡張された核力」によって支配される多粒子系です。これらを理解するためには、この「拡張された核力」を詳細に調べる必要があります。

今回我々が調べたΣ+と陽子との間にはたらく力は図1に示すように、核力に比べて非常に強い斥力になると予想されています。この斥力を作る要因は「クォークのパウリ原理」と考えられています。しかし、この斥力の強さなどの実験的な情報は現在まで全くありませんでした。それは、陽子などのバリオン単体はクォークのパウリ原理が決して起きないように作られているためです。そのため、複数の粒子を重ね合わせた際に初めてその効果が現れることになります。

特にΣ+と陽子とを散乱させ瞬間的に重ね合わせることで、このクォークのパウリ原理による斥力を調べることが可能となります。その理由は、図3に示すように、2粒子内に含まれる4つのアップクォークのスピンの向きをそろえることが出来るためです。クォークはカラーという3つの自由度(赤・青・緑)も持ちますが、それを考慮しても2つのuクォークが同じスピンとカラーを持つ状態が作られます。これは、「クォークはどのペアも同じ量子状態を取ってはいけない」というパウリの排他原理に反することになります。そのため1つのuクォークはエネルギー状態を上げざるを得ず、これが結果として強い斥力として見えることになります。

同様の議論が2つの陽子を散乱させる際にも起こりそうですが、この場合は2つの陽子自体が同じスピン状態となるため、陽子レベルでのパウリ原理で禁止された状態になります。一方で、Σ+と陽子はバリオンレベルでは「別粒子」ですので、バリオンレベルでのパウリ原理は働かず、露わにクォークのパウリ原理による寄与を調べることが出来るようになります。このように、核力では見えなかったクォークの相互作用への効果がストレンジバリオンを用いることで見えるようになるのです。

しかし、このΣ+と陽子の散乱を測定することは極めて難しく、これまではわずかな回数の散乱現象しか測定されていませんでした。その理由は、ストレンジクォークを含むΣ+は寿命が非常に短く、約1 cm飛行するだけですぐに崩壊してしまうためです。この困難を克服し、我々はストレンジバリオンと陽子の散乱現象を高精度に測定する革新的な手法を開発しました(注8)。これまでに負電荷を持つΣ-と陽子の散乱測定に成功しています。今回はΣ+と陽子の散乱を高精度で測定することで、クォークのパウリ原理による斥力の強さを決定することを目標としました。


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図3:Σ+と陽子が散乱した際の、クォークのクラスターの様子。この例では中央の2つのuクォークの間でスピンとカラーが同じとなるため、パウリの排他原理に反した状態となる。これが短距離での斥力を作ると考えられています。©三輪浩司


研究の内容と成果

東北大学・京都大学・KEK・JAEA・大阪大学などからなる国際共同実験E40グループ(実験責任者:東北大学 三輪浩司、14機関、71名)はΣ+と陽子の散乱微分断面積を高精度で測定することに世界で初めて成功しました。J-PARCハドロン実験施設で供給される大強度のパイ中間子のビームを液体水素標的に照射して、従来の約100倍のΣ+を作り出しました。生成されたΣ+が液体水素標的内の陽子と散乱して、叩き出された陽子や、散乱後にΣ+が崩壊して放出した陽子をCATCH(注8)と呼ばれる実験装置で検出することで散乱現象を特定できるようにしました。

図4に今回の実験で測定された微分断面積の結果(黒丸)を、過去の測定結果(三角および四角)とともに示しています。また、拡張された核力の理論計算の予想も共に示しています。理論計算は模型毎に予想値が大きく異なっていますが、斥力が強い模型ほど大きな微分断面積を予言しています。これまでストレンジバリオンと陽子の高精度の散乱データが皆無であったため、現在はどの理論計算もデータをそれほどよく再現できていません。しかし、この高精度のデータを再現するように、理論模型が今後改良されていくと考えられます。


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図4:測定されたΣ+と陽子の散乱微分断面積。3つの図はΣ+の運動量を3つの範囲に分けて、微分断面積を測定していることに対応します。データ点についている縦の棒は測定の誤差を示しています。今回のデータ(黒丸)は、過去のデータ(青と赤のポイント)に比べ非常に高い精度で測定できていることが分かります。いくつかの理論計算を共に示していますが、斥力が強い理論ほど大きな微分断面積を予言しています。今回の結果は、多くの理論計算よりも小さいことが明らかになりました。©三輪浩司


微分断面積は、粒子間にはたらく力を敏感に反映します。微分断面積の大きさや角度分布を詳細に調べることで、散乱の位相差(注9)という量を導出しました。図5に今回求めた位相差の値を示します。位相差の符号は粒子間の力が引力(符号が正)であるか、斥力(符号が負)であるかを示します。また位相差の大きさが力の強さに対応します。ここでは粒子間の距離はΣ+の波長から概算しています。Σ+と陽子の距離がおよそ0.6 fm(1 fmは10-13 cm)あたりでは、-20度から-30度程度の斥力であることが分かります。陽子の半径が0.87 fm程度ですので、この距離ではΣ+と陽子が3割程度重なっていると考えられます。核力は同程度の距離ではまだ引力であることが、図5の実線で示した陽子と陽子の散乱の位相差から分かります。 Σ+と陽子の間では、核力の引力に比べ2倍程度も強い斥力になっていることが簡単な見積もりから分かりました。

このクォークのパウリ原理は核力の斥力芯(注2)の一因にもなっています。この斥力の強さを決定したことで、拡張された核力の短距離での性質がクォークに基づいて統一的に解明されると期待されます。

今回の結果は、2019年4月と2020年6月のJ-PARCの利用運転時間に行われた実験で得られた成果です。


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図5:散乱の位相差と粒子間距離の関係を示す。今回測定したΣ+p散乱の位相差と共に、比較として核力(陽子陽子散乱)の位相差を共に示している。0.6 fmあたりの距離では核力はまだ引力的であるが、Σ+pではすでに大きな斥力になっていることが分かります。Σ+p散乱の理論計算としてESCとfss2の位相差の計算値も示しています。©三輪浩司


今後の展望

今回のΣ+と陽子の相互作用は、短距離において通常の核力とは全く異なる特徴的なチャンネルでした。拡張された核力は、バリオンの組み合わせにより、相互作用の様子が特に近距離において異なることが大きな特徴です。そのため、Σとは異なるストレンジバリオンと核子の相互作用を同様に調べていくことが重要になります。我々は次の目標としてラムダ粒子(Λ)と陽子の散乱実験をJ-PARCで計画しています。

この2体のストレンジバリオンと核子の相互作用は、ストレンジバリオンを原子核に含んだハイパー核(超原子核)と呼ばれる原子核の研究の基盤となるだけでなく、重力で束縛された巨大な原子核である中性子星を理解する上でも非常に重要です。中性子星の内部では、中性子が重力によって高密度状態に閉じ込められています。その結果、ΛやΣなどのストレンジバリオンが安定して存在する可能性が指摘されています。Λは最も軽いストレンジバリオンであり、中性子が最初に変化するのはΛであろうと予想されています。

また、中性子が負電荷をもつΣ-に変化すると、同時に別の中性子が陽子に変化することが許されるため、中性子星のエネルギーを安定化する上で非常に重要とされています。これらの現象が発現するかどうかは、ストレンジバリオンと中性子との間にはたらく力がどれほど引力的か、または斥力的かということに本質的に依存します。

今回測定したΣ+と陽子の相互作用は粒子の電荷を反転させたΣ-と中性子の相互作用に等しいと考えられます。我々のデータを再現するような理論模型に基づいてΣ-が中性子星の内部でどのような力を感じるかが今後計算されていくと考えられます。Λに関しても同様に、今後我々が微分断面積を測定することで、そのデータを再現する現実に即した拡張された核力の理論が完成すると考えられます。最近では、Λと複数の中性子との間にはたらく付加的な力(多体力)が、重い中性子星が自身の重力で潰れることを防いでいるのではないかと指摘されています。我々のデータをもとに作られる拡張された核力の理論は、こうしたストレンジバリオンを含んだ多体力をハイパー核から導き出すための基盤となると期待されています。



論文情報

雑誌名:Progress of Theoretical and Experimental Physics
論文タイトル:Measurement of differential cross sections for Σ+p elastic scattering in the momentum range 0.44 - 0.80 GeV/c
著者:T. Nanamura, K. Miwa et al. (J-PARC E40 Collaboration)
(七村拓野 京都大学大学院理学研究科/日本原子力研究開発機構、三輪浩司 東北大学大学院理学研究科/高エネルギー加速器研究機構)
DOI番号:10.1093/ptep/ptac101
URL:https://academic.oup.com/ptep/article/2022/9/093D01/6677374



用語の説明

(注1)バリオンと拡張された核力
素粒子であるクォークは6種類ありますが、安定に存在するのは質量が最も軽い世代をなすアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の2種類です。陽子と中性子は、このアップクォークとダウンクォークが異なるクォーク構成で束縛された状態です。すなわち、陽子は2つのアップクォークと1つのダウンクォーク(uud)、中性子は1つのアップクォークと2つのダウンクォーク(udd)からなります。
陽子と中性子以外にも3つのクォークの構成の違いによって、数多くの粒子(バリオン)が存在します。その典型例が、三番目に軽いストレンジクォーク(s)を含んだバリオンです。ストレンジクォークを含んだバリオンをストレンジバリオンやハイペロンと総称します。今回測定した正電荷を持つシグマ粒子(Σ+)は (uus)からなります。負電荷を持つシグマ粒子(Σ-)は(dds)であり、ラムダ粒子(Λ)は(uds)からなります。
陽子・中性子(核子と総称される)の間には、パイ中間子を交換することで力がはたらくと湯川秀樹博士が予言したのが核力研究の始まりでした。現在では、この核力を、ストレンジバリオンと核子との間にはたらく力にも拡張し、ストレンジクォークを含んだ中間子を交換する描像(拡張された中間子交換模型)や、さらにクォークの間の相互作用も考慮して統一的に相互作用を記述しようとするのが「拡張された核力」の理論です。この拡張された核力の理論は、ストレンジバリオンを原子核の構成要素としたハイパー核や中性子星などの構造を調べるうえで基盤となる重要なものです。

(注2)斥力、斥力芯
2つの核子が1〜2fm程度離れた遠距離では、π中間子などを交換することで核力は引力となります。しかし、核子間の距離がおおよそ1fmよりも短くなると、核力は斥力(反発力)へと変化します。そして、核子間の距離が短くなるほど、この斥力は急激に強くなります。この2核子間の芯に生じる強い斥力を斥力芯と呼びます。遠距離での引力と短距離での斥力のバランスのおかげで原子核は安定に存在することができます。

(注3)パウリの排他原理
陽子・中性子や電子のように1/2の大きさのスピンを持つ粒子はフェルミ粒子と呼ばれます。2つの同種類のフェルミ粒子は同じ量子状態をとることが許されません。これをパウリの排他原理やパウリ原理と呼びます。クォークもフェルミ粒子であるため、このパウリ排他原理に従います。

(注4)J-PARCハドロン実験施設
茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCは、世界最高強度の陽子ビームで生成する多彩な2次粒子を用いて、さまざまな素粒子・原子核物理の研究や物質科学・生命科学の研究が行われています。その中にあるハドロン実験施設では、30ギガ電子ボルトの陽子ビームを金の標的に当ててK中間子やパイ中間子などの「ハドロンビーム」を作り、これを用いて原子核や素粒子の研究が行われています。今回のシグマ粒子は、このパイ中間子のビームをもとに作られる3次粒子のビームと言えます。実験の精度を向上させるためには、出来るだけ大量のシグマ粒子を生成することが重要となります。そのためパルス当たり約107個(5.2秒毎に約2秒間ビームがでる)の世界最大強度のパイ中間子ビームを供給することができるハドロン実験施設は、本研究を行う上で最適な実験施設と言えます。

(注5)散乱の微分断面積
粒子の間に力がはたらくことで、散乱現象が起きます。この散乱の起きる頻度は、単純に考えると粒子同士が覆う断面積に対応するので、散乱断面積と呼ばれます。特に、散乱断面積の散乱角度による違いは、散乱の微分断面積と呼ばれます。実際には、散乱は、粒子間にはたらく力によって、散乱の頻度(断面積)や角度依存性(微分断面積)が大きく異なります。実験で微分断面積を測定することによって、粒子間にはたらく力を調べることが可能となります。実際に、核子の間にはたらく核力は、加速器で加速された陽子や中性子(中性子は2次的に生成されていました)を、標的となる陽子に照射し、散乱の微分断面積を詳細に測定することによって調べられてきました。ハイペロンと陽子との間でも同様に散乱実験を行うことが重要だと言われていましたが、ハイペロンがすぐに崩壊してしまうという実験的な困難さから、これまで高精度の断面積測定は実現できませんでした。

(注6)パイ中間子
クォークと、その反粒子である反クォークのペアで構成される粒子を中間子と呼びます。最も軽い中間子がパイ中間子で、本研究でビームとして用いた負電荷のパイ中間子はダウンクォークと反アップクォークで構成されます。

(注7)中性子星
宇宙には1057個もの中性子が重力で束縛された半径12km程度のコンパクトな天体が存在し、これを中性子星と呼びます。核力で束縛される原子核は、核子の数は多くても300個程度が限界ですが、中性子星は桁違いに多くの中性子が重力で束縛された巨大な原子核であると言えます。質量の重い恒星が、超新星爆発で終焉を迎えた際に、重力で圧縮された星の芯が中性子星となって残されます。近年の天体観測で太陽の2倍の質量を持つ重い中性子星が複数観測されており、中性子星の中心の密度は、通常の原子核の5倍以上の高密度に達すると言われています。そのような高密度では高いエネルギーを持つ中性子がストレンジバリオンに変化すると予想されますが、その際に星の圧力が下がるため、どのようなメカニズムで星の圧力を回復し、2倍の太陽質量を持つ中性子星を支えるかを解明することが大きな課題となっています。

(注8)ストレンジバリオンと陽子の散乱測定手法の確立
ストレンジクォークを含んだストレンジバリオンは、寿命が非常に短いため、陽子との散乱現象の測定が非常に難しい測定でした。ストレンジバリオンと陽子の散乱の高精度の測定を世界で初めて実現したのは、我々が行ったJ-PARCでの実験でした。これまでに、Σ-と陽子の散乱に関しての論文が出版されました。装置などの概要はこちらをご覧ください。
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/11/press20211108-04-scattering.html

(注9)散乱の位相差
実験で相互作用の強さを定量的決定する方法に、散乱の位相差を測定するという手法がとられます。粒子は量子力学的には波と見なすことができます。粒子間に力がはたらいて散乱される際に、粒子の波が引き込まれたり(引力の場合)、または押し出されたり(斥力の場合)することで波の振動が並行移動します。この振動の並行移動(ずれ)を位相差と呼びます。微分断面積は位相差を含んだ理論式で表されるので、この関係を用いて位相差を求めます。



国際研究チーム

本研究は東北大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、京都大学、大阪大学(理学研究科、核物理研究センター)、理化学研究所(高エネルギー原子核研究室、中間子科学研究室、放射線研究室)、千葉大学、岡山大学、韓国・高麗大学、フランス・OMEGAグループ、ロシア・原子核合同研究所、ジョージア・ジョージア工科大が参加する国際共同研究グループにより行われました。これらの機関は実験遂行に向けた検出器開発や実験の実施に貢献しました。東北大学がCATCH検出器を製作し、KEKおよびJAEAは、液体水素標的及びハイペロンの生成を測定する実験装置の整備・運転を主導しました。データ解析は東北大学、京都大学、JAEA、大阪大学を中心として共同で行われました。



謝辞

本研究は以下の科学研究費補助金による助成のもとに進めてまいりました。
若手研究(A)「シグマ陽子散乱断面積測定によるバリオン間力の斥力芯の起源の解明」(JSPS KAKENHI Grants No.23684011)
若手研究(A)「シグマ陽子散乱の位相差導出によるクォークパウリ斥力芯の大きさの決定」(JSPS KAKENHI Grants No.15H05442)
基盤研究(A)「ハイペロン陽子散乱実験によるバリオン間相互作用研究の新展開」(JSPS KAKENHI Grants No.18H03693)
新学術領域「実験と観測で解き明かす中性子星の核物質」公募研究「J-PARC二次ビーム高強度化のための汎用トリガーモジュールの開発」(JSPS KAKENHI Grants No.15H00838) 基盤研究(A)「ハイパー核ガンマ線分光で解明するΛN相互作用の荷電対称
性」(JSPS KAKENHI Grants No.15H02079)
新学術領域「実験と観測で解き明かす中性子星の核物質」提案型研究「中性子過剰核物質中のストレンジネス」(JSPS KAKENHI Grants No.24105003)
新学術領域「量子クラスターで読み解く物質の階層構造」提案型研究「ストレンジ・ハドロンクラスターで探る物質の階層構造」(JSPS KAKENHI Grants No.18H05403)



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web
三輪 浩司(准教授)(みわ こうじ)
電話:022-795-6448
E-mail:koji.miwa.c4[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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