東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ブラックホールの電波ジェットへの プラズマの供給機構を発見
─ブラックホールが駆動する短時間のフレア現象─

発表のポイント

● 銀河の中心にある超巨大ブラックホール注1からは電波で輝くプラズマ噴出流(電波ジェット注2)が見られるが、電波放射に必要なプラズマの供給機構はこれまで解明されていない。

● 超巨大ブラックホールの表面付近では、磁気エネルギーの解放により短い時間だけ高エネルギーの光子が多量に放射されるフレア現象注3が発生することを予言し、次世代のX線観測衛星注4はそのフレア現象を観測できることを示した。

● ブラックホールが駆動するフレアにより生じた高エネルギーの光子により、観測と整合する量のプラズマが電波ジェットへと供給されることを初めて示した。この理論モデルは近傍銀河や天の川銀河中心の電波観測と整合的である。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

宇宙に存在するブラックホールからは、電波ジェットと呼ばれるほぼ光速で運動するプラズマ噴出流からの電波信号が観測されています。しかし、ブラックホール近傍では物質はブラックホールへと落ち込んでしまうため、電波放射に必要なプラズマを電波ジェットへと供給する機構は大きな謎となっています。

東北大学学際科学フロンティア研究所(大学院理学研究科兼務)の木村成生助教と當真賢二准教授らの研究チームは、ブラックホール近傍で磁気エネルギーが効率的に高エネルギーの光子へと変換されるフレア現象が発生すると考えて理論モデルを作り、フレアの際に放射される高エネルギーの光子同士が相互作用して効率的に電波ジェットへとプラズマが供給され、電波ジェットの観測から要求されるプラズマの供給量を説明することに初めて成功しました。

過去に提案されてきた理論モデルと比べ、今回のメカニズムでは10万倍以上もの量のプラズマを電波ジェットへと供給できます。この理論モデルでは、私たちの住む天の川銀河の中心の超巨大ブラックホールSgr A*からの電波ジェットは暗くて現在の装置では観測できず、初めてブラックホールの画像が撮られた巨大楕円銀河M87からは強力な電波ジェットが観測されることを自然に説明できます。Sgr A*やM87のブラックホールが駆動するフレアからの高エネルギー光子は次世代のX線観測衛星によって検出可能であり、将来のX線天文学によって電波ジェットの謎の解明が期待されます。

この研究成果は米国の天体物理学専門誌『The Astrophysical Journal Letters』誌に2022年9月29日に掲載されました。



詳細な説明

私たちの住む天の川銀河を含め、宇宙にあるほぼ全ての銀河の中心部には太陽の100万倍から100億倍の質量をもつ超巨大ブラックホールが存在しています。一部の超巨大ブラックホールには電波で明るく輝く、ほぼ光速で噴出している細く絞られたプラズマ流が付随していることが知られています。しかし、その電波で輝く噴出流(電波ジェット)の生成機構、特にエネルギー源とプラズマの供給機構、は電波ジェットの発見から約50年が経過した現在も未解明の問題となっています。

電波ジェットのエネルギー源はブラックホールの回転エネルギーであるという理論が有力です。近年のイベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーションによるブラックホールの電波画像は、ブラックホールの回転エネルギーが電波ジェットのエネルギー源であることを支持しています。

しかし、電波ジェットへのプラズマの供給機構はまだ有力な理論モデルがなく、ブラックホール天文学における「残された課題」となっています。ブラックホールの周囲にはブラックホールへと落ち込むプラズマ(降着プラズマ)が存在しますが、ブラックホール周囲には非常に強い磁場があると考えられており、その磁場が壁となっていて降着プラズマを電波ジェットへと直接運ぶことはできません。降着プラズマから放射されるガンマ線を用いて電波ジェットへとプラズマを供給するシナリオも提唱されてきましたが、これまでの理論モデルで予言されるプラズマの供給量は電波ジェットの再現に必要な供給量よりも約100倍から1万倍も少ないものとなっていました。

今回、木村氏らの研究チームは、ブラックホールが駆動する「フレア現象」が電波ジェットへのプラズマの供給機構として機能することに気づき、観測から要求される供給量を達成できる理論モデルの構築に初めて成功しました。近年の数値シミュレーション研究により、ブラックホールへと落ち込む降着プラズマと共に磁場がブラックホールへと持ち込まれ、ブラックホールは強く磁化していると考えられるようになりました。それらのシミュレーション研究では、強く磁化したブラックホールの周囲で、磁気リコネクション注5により突発的にエネルギーを解放する現象が見られます。磁気リコネクションは太陽フレアで良く観測されている現象で、磁場のエネルギーを周囲のプラズマのエネルギーへと変換します。

太陽フレアでは磁気リコネクションにより加熱されたプラズマは、幅広いエネルギー帯域の光子(可視光線、紫外線、X線)を放射します。一方、ブラックホール周囲で発生する磁気リコネクションでは、プラズマ粒子一粒あたりのエネルギーが太陽フレアと比べて約10億倍も大きく、ブラックホールが駆動するフレアではより高エネルギーの光子(X線、ガンマ線)が放射されます。この理論モデルでは、多量の高エネルギーの光子がブラックホール近傍の非常に小さい領域から放射されます。その結果、光子同士は頻繁に衝突し、多量の電子・陽電子対が生成され、電波ジェットへとプラズマを供給します。この理論モデルでは、これまでに提案されていた理論モデルの約10万倍のプラズマを電波ジェットへと供給することができます。ブラックホール表面近くの小さな領域で、効率的に磁気エネルギーを高エネルギーの光子へと変換することで、高いプラズマ供給量を達成することができます。

この理論モデルでは、電波ジェットへと供給されるプラズマの量はブラックホールの質量やブラックホールへと落ち込む降着プラズマの物質量などに依存するため、天体ごとに電波ジェットの明るさが大きく異なると予言されます。例えば、初めてブラックホールの画像が撮影されたM87銀河の超巨大ブラックホールでは、多量のプラズマが電波ジェットへと供給され、明るい電波ジェットが形成されます。一方、私たちの住む天の川銀河の中心にある超巨大ブラックホールSgr A*では、ブラックホールの質量が軽くて降着プラズマの物質量も小さいため、電波ジェットへと供給されるプラズマの量が少なく、現在の観測技術では電波ジェットが見えません。これらの予言は現状の電波観測結果と一致しており、電波ジェットの有無を自然に説明できるモデルとなっています。

ブラックホールが駆動するフレアからは、強いX線が放射されます。これまでにも超巨大ブラックホールからX線の増光現象は観測されていますが、本研究で提案する理論モデルでは、より短い時間のX線フレアを予言します。今までのX線観測衛星ではそのような短時間のフレアは見逃されていました。しかし、次世代のX線観測衛星はSgr A*やM87のブラックホールが駆動する短時間のX線フレアを観測可能であり、将来のX線天文学により、「残された課題」である電波ジェットの起源の解明が期待できます。

本研究はJSPS科研費No. 22K14028, No. 18H01245, No. 19K21884, No. 20H01941, No. 20H01947, No. 21H01137, No. 22H00157, 文部科学省 世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)の助成を受けたものです。また、本研究は、SDGsのうち、目標17「持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する」に関連し、特に17.16「全ての国々、特に開発途上国での持続可能な開発目標の達成を支援すべく、知識、専門的知見、技術及び資金源を動員、共有するマルチステークホルダー・パートナーシップによって補完しつつ、持続可能な開発のためのグローバル・パートナーシップを強化する。」の一部に対応するものです。



論文情報

雑誌名: The Astrophysical Journal Letters
論文タイトル: Magnetic Reconnection in Black-Hole Magnetospheres:
Lepton Loading into Jets, Superluminal Radio Blobs, and Multi-wavelength Flares
著者: Shigeo S. Kimura(東北大学), Kenji Toma(東北大学), Hirofumi Noda(大阪大学), Kazunori Hada(国立天文台)
DOI番号: 10.3847/2041-8213/ac8d5a



用語の説明

(注1)超巨大ブラックホール
銀河の中心に存在する太陽の100万倍から100億倍程度の質量を持ったブラックホール。銀河中心部の星の運動の観測や、M87銀河の超巨大ブラックホールの影の電波画像によってその存在が確かめられている。このブラックホールへと物質が落ち込むと膨大な重力エネルギーを解放し、様々な電磁波を放射する天体(活動銀河核)として観測される。

(注2)電波ジェット
一部の超巨大ブラックホールからは、細く絞られたプラズマが噴出している。この噴出流は電波で観測されており、ほぼ光速で運動しているため、電波ジェット、または相対論的ジェットと呼ばれる。

(注3)フレア現象
天体の明るさが突然明るくなる現象。一つの例として、太陽表面で発生する爆発現象である太陽フレアがある。他にも、銀河系内の恒星が起こす恒星フレアや、磁場の強い中性子星が起こすマグネターフレア、超巨大ブラックホールが駆動する活動銀河核フレアなどが観測されている。

(注4)X線観測衛星
天体からの高エネルギーの光子であるX線を観測する人工衛星。本研究と関連する次世代のX線観測衛星として、FORCE計画とHiZ-GUNDAM計画がある。FORCE計画は高いエネルギーのX線に特化した観測装置で、これまでのX線観測装置よりも暗い天体を発見することが可能となる。HiZ-GUNDAM計画はエネルギーの低いX線帯域で最も広い視野を持つ装置であり、珍しい突発現象の発見を可能にする。Sgr A*からのフレアはFORCE計画、M87からのフレアはHiZ-GUNDAM計画による検出が期待できる。

(注5)磁気リコネクション
逆向きの磁力線が繋ぎ変わり、磁気エネルギーを解放してプラズマ粒子のエネルギーへと変換する現象。太陽フレアのエネルギー解放機構として知られる。近年の研究から、ブラックホール周囲でも磁気リコネクションが発生すると考えられている。



参考図

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図1: 電波ジェットへのプラズマの供給機構の概念図。左側に降着プラズマと電波ジェットを含む広域図、右側にブラックホール近傍の詳細図を示している。ブラックホール表面付近で磁気リコネクションによりエネルギーが解放され、高エネルギーへと加速された電子がガンマ線を放射する。放射されたガンマ線同士が上空で電子・陽電子対を生成し、電波ジェットへとプラズマを供給する。©當真賢二

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図2: ブラックホールフレアの広帯域スペクトル(左:M87、右:Sgr A*: Kimura et al. 2022 ApJL, 937)。実線は短時間フレアの理論予言、左図の灰色の点は静穏時のデータ(EHT MWL Science Working Group 2021 ApJL, 911, L11)、右図の青線は過去に観測されている長時間フレアのデータ(Barrière et al. 2014, ApJ, 786, 46)、図中の点線は将来のX線観測衛星計画の感度を表す。このシナリオが予言するX線の短時間フレアは、次世代のX線衛星により検出可能であり、将来のX線天文学によって電波ジェットへのプラズマの供給機構の解明が期待される。©Kimura et al.



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学 学際科学フロンティア研究所
東北大学大学院理学研究科天文学専攻[web
助教 木村 成生 (きむら しげお) 
電話: 022-795-6607
E-mail: shigeo[at]astr.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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