東北大学 大学院理学研究科・理学部

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放射光の発生特性を最大限に利用した高速サンプリング時間分解軟X線計測手法を開発
-次世代超高速スイッチング・通信デバイス開発研究の 飛躍的加速に期待-

発表のポイント

● 放射光X線パルスの高繰返し発生特性を活かして、従来よりも10倍以上高いサンプリング周波数で計測可能な時間分解軟X線計測技術を実現。

● 光照射後100億分の1秒後に生じるマルチフェロイック材料(※1)の磁気特性変化を高精度に観測することに成功。

● これにより超高速に変化する物質の電気・磁気的な特性を高精度に計測することが可能となり、次世代超高速スイッチング・通信デバイスの研究開発が飛躍的に加速。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

物質の電気・磁気的な特性を超高速で制御する技術は、次世代超高速スイッチング・通信デバイスへの応用展開への可能性を秘めているため、世界中で精力的に研究が進められています。

高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の深谷亮特任助教、足立純一講師、中尾裕則准教授、野澤俊介准教授、東北大学大学院理学研究科の石井祐太助教、東北大学多元物質科学研究所の木村宏之教授、KEKの足立伸一理事らを中心とした共同研究グループは、放射光X線のメガ(メガ=100万)ヘルツ(MHz)オーダーの高繰返し発生特性と先端レーザー装置を組み合わせることで、従来よりも10倍以上高いサンプリング周波数で計測可能な、時間分解共鳴軟X線散乱実験装置(図1)を開発しました。さらに、レーザー光照射後およそ100ピコ(ピコ=1兆分の1)秒後に生じるマルチフェロイック材料の磁気特性の変化を、高精度に観測することに成功しました。この装置開発により、これまで信号が微弱で計測が困難であった物質においても時間分解共鳴軟X線散乱実験が実施可能となり、物質の電気・磁気特性の超高速制御技術を利用した次世代超高速スイッチング・通信デバイスの開発研究が飛躍的に加速されることが期待されます。

この研究成果は、国際科学雑誌「Journal of Synchrotron Radiation」に2022年10月6日にオンライン掲載されました。

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図1:放射光実験施設(PF)のBL-16Aビームラインに構築した高速サンプリング時間分解共鳴軟X線散乱実験装置の写真。レーザーシステムから出射されたレーザー光を共鳴軟X線散乱実験用真空中2軸回折計に導入し、試料に照射することにより変化した共鳴軟X線散乱信号を検出する。



背景

物質の電気・磁気的な特性を超高速で制御する技術は、次世代超高速スイッチング・通信デバイスへの応用展開への可能性を秘めているため、世界中で精力的に研究が進められています。ポンプ・プローブ計測法(※2)と組み合わせた時間分解共鳴軟X線散乱は、物質を構成する元素ごとの吸収端(※3)のX線エネルギーをプローブ光として利用することにより、超高速に変化する元素の電子状態を選択的に観測することが可能な実験手法です。例えば、3d遷移金属(※4)元素の吸収端のX線エネルギーを利用すれば、物質の電気・磁気的な機能性に直結する電子状態を観測することが可能であるため、超高速に変化する物性を評価するうえで非常に有効な実験手法です。

時間分解共鳴軟X線散乱実験では、プローブ光の光源としてMHzオーダーの繰返し周波数で発せられる放射光X線が用いられます。一方、ポンプ光として用いられる放射光と外部同期したパルスレーザー(※5)光源は、一般的には数キロ(キロ=1000)ヘルツ(kHz)程度の固定された繰返し周波数で発振するため、時間分解実験ではMHzオーダーで発生している放射光X線パルスを数kHzまで間引く、すなわち計測サンプリング周波数をMHzからkHzに落とす必要があり、結果として実験として利用可能なX線パルスの平均光子数が100~1000分の1も減ってしまい測定効率が大幅に低下してしまうことが問題でした。さらに、一般的なパルスレーザーの発振周波数は固定であるため、信号強度や試料環境などに合わせて自由にレーザーの発振周波数(計測サンプリング周波数)を変えることができず、実験可能な試料や測定環境は限られていました。



研究内容と成果

近年のレーザー技術の発展により、発振周波数の高繰返し化と高出力化が進み、シングルショットから放射光と同程度のMHzオーダーの発振周波数まで可変な高出力パルスレーザー装置の利用が可能となってきました。そこで本研究グループは、この先端パルスレーザーをポンプ光として利用した時間分解共鳴軟X線散乱計測システムを、KEKの放射光実験施設フォトンファクトリー(PF)内のビームラインに新たに構築しました(図2)。この計測システムは、試料からの信号強度や試料環境に応じてレーザーの発振周波数を最大で放射光と同じMHzオーダーの周波数まで任意に調整することが可能であり、試料や実験条件に応じて最適な計測サンプリング周波数で効率よく実験が行えます。

さらに、レーザー光照射後に微小変化した共鳴軟X線散乱信号を効率よく検出するために、データ収録スキームも工夫をしました。放射光X線パルスの発生周波数に対して、偶数倍で割った繰返し周波数でレーザー発振させることにより、放射光X線パルスとレーザーパルスが合うタイミング(レーザーオン)と合わないタイミング(レーザーオフ)での共鳴軟X線散乱信号を同時に検出し、その差分を抽出して微弱な信号強度変化を高精度に検出する方法を開発しました。この計測法を用いると、最大で1.6MHz/2=800kHzのサンプリング周波数でレーザーオンとオフのタイミング時の共鳴軟X線散乱信号を同時に計測することが可能です。


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図2:PFリングから発生する放射光と発振繰返し可変レーザーシステムを組み合わせた高速サンプリング時間分解共鳴軟X線散乱計測システムの模式図。


この計測システムを利用して、光照射後100ピコ秒以内で生じるマルチフェロイック材料の代表例であるマンガン酸化物(SmMn2O5)の共鳴軟X線磁気散乱信号の時間変化を、高繰返しレーザー光の照射による試料の損傷を避けながら、従来の計測システムと比較しておよそ20倍のサンプリング周波数で高精度に計測しました。SmMn2O5の反強磁性秩序状態を反映するマンガンのL吸収端における共鳴軟X線磁気散乱信号が光照射直後に減少する応答を観測しました。これは、光照射により反強磁性磁気秩序が高速に融解していることを示唆しています。その後に観測された応答は、およそ7ナノ秒(1ナノ秒=10億分の1秒、図3(a)中の緑色の線)と100ナノ秒(図3(a)中の青色の線)で緩和する2種類の異なる応答の足し合わせ(図3(a)中の赤色の線)で構成されていることが、解析で明らかとなりました。一方、マンガンに配位している酸素のK吸収端では、マンガンのL吸収端で観測された7ナノ秒で緩和する緑色の線で示した応答は含まれておらず、100ナノ秒で緩和する青色の線で示した応答のみ観測されることが明らかとなりました。これは、3d遷移金属のL吸収端と比較して共鳴軟X線磁気散乱強度が弱い酸素のK端においても、高精度に超高速に変化する共鳴軟X線散乱信号を捉えることを可能にしたことによる成果です。


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図3:(a)マンガンL吸収端と(b)酸素K吸収端におけるレーザー照射前後の共鳴軟X線散乱強度の時間変化を22.9kHzのサンプリング周波数で計測。図中の赤色の線は、同図中の緑色と青色を足し合わせた線に対応している。



本研究の意義、今後への期待

この研究成果は、放射光と先端レーザーを組み合わせることにより、従来よりも最大で約1000倍高いサンプリング周波数で時間分解共鳴軟X線散乱実験を行える計測システムを構築したことを示しています。また、この計測システムを利用することにより、マルチフェロイック材料で生じる超高速磁気秩序変化のダイナミクスを、元素選択的に高精度に計測可能であることを示しました。本計測システムの開発により測定対象物質や測定環境が大幅に拡大するため、光を利用した新規な超高速制御技術の開発に明確な指針を与えるだけでなく、その技術を利用した次世代超高速スイッチング・通信デバイスの応用展開に向けて、飛躍的に研究開発が加速されることが期待されます。



論文情報

タイトル:Time-resolved resonant soft X-ray scattering combined with MHz synchrotron X-ray and laser pulses at the Photon Factory(フォトンファクトリーにおけるMHz繰返し放射光X線パルスとレーザーパルスを組み合わせた時間分共鳴軟X線散乱装置の開発)
雑誌名:Journal of Synchrotron Radiation(オンライン版10月6日)
著者名:Ryo Fukaya, Jun-ichi Adachi, Hironori Nakao, Yuichi Yamasaki, Chihiro Tabata, Shunsuke Nozawa, Kouhei Ichiyanagi, Yuta Ishii, Hiroyuki Kimura and Shin-ichi Adachi
DOI: 10.1107/S1600577522008724


本研究は、JSPS科研費JP17K14347, JP21K03457, JP17H06141, JP21H04974および光・量子融合連携研究開発プログラムの助成を受けて実施されました。



用語解説

(※1)マルチフェロイック材料
電気と磁気に対して強く応答する材料の総称。通常の材料は、電場で電気的特性を、磁場で磁気特性を制御するが、この材料は磁場による誘電性制御や電場による磁性制御など、通常とは異なる物性制御が実現可能である。この特性を利用して、画期的な機能を持った電気磁気デバイスや新しい動作原理のスイッチングデバイスなど、従来の技術では困難であった新たな機能性の創出が期待されている。

(※2)ポンプ・プローブ計測法
ポンプ光(励起光)を物質に照射することで起こる電子状態や結晶構造の変化を計測するため、続けてプローブ光(計測光)を物質に照射してその信号の変化を調べる計測手法。ポンプ光とプローブ光の間の時間間隔を変えることによって、物質の特性が変化していく様子をスナップショットのように刻々と追跡することが可能である。

(※3)吸収端
原子中の電子はK殻、L殻、M殻などの電子殻に存在しており、電子殻はs軌道、p軌道、d軌道などで構成されている。物質へ入射するX線のエネルギーが、電子が空の電子軌道へ遷移するエネルギーよりも大きくなると、入射X線が吸収される。入射X線が吸収し始めるエネルギー(吸収端)は元素固有であり、遷移する電子軌道により大きく異なる。K殻の1s軌道からの遷移をK吸収端、L殻の2s、2p軌道からの遷移をL吸収端と呼ぶ。マンガンのL吸収端(2p軌道-->3d軌道)のエネルギーはおよそ645 eV、酸素のK吸収端(1s軌道-->2p軌道)はおよそ530 eVである。物質からのX線散乱強度が吸収端近傍で大きく変化することを利用した共鳴X線散乱は、微小な結晶構造や電子状態の変化を元素選択的に捉えることができる実験手法である。

(※4)3d遷移金属
原子番号の変化に伴い電子の3d軌道(M殻のd軌道)の電子数が変化する元素群。マンガン、鉄、銅などが属する。3d軌道の電子状態に応じて電気・磁気特性が変化する。

(※5)パルスレーザー
一定の周波数で繰返しパルス光が発振するレーザー。ポンプ・プローブ計測法を利用した時間分解実験では、一般的に数kHzの繰返し周波数で発振するチタンサファイアレーザーが広く利用されている。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科 物理学専攻[web
助教 石井 祐太
Tel: 022-795-5600
E-mail: yuta.ishii.c2[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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