東北大学 大学院理学研究科・理学部

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宇宙空間で電子からプラズマの波へのエネルギー供給を直接捉えた ~効率の良い電磁波動成長の理論を観測で実証~

発表のポイント

● 宇宙空間において、電子がホイッスラーモード波動注1)にエネルギーを受け渡していることを示す物理量の観測に成功。

● 観測結果が非線形成長と呼ばれる効率の良い波動の成長が起きていることに整合。

● 磁気リコネクション注2)の近傍でも、ホイッスラーモード波動が非線形成長しうることを実証。

□ 東北大学ウェブサイト



研究概要

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 宇宙地球環境研究所の北村 成寿 特任助教、三好 由純 教授、中村 紗都子 特任助教、小路 真史 特任助教は、東京大学大学院理学系研究科の天野 孝伸 准教授、京都大学生存圏研究所の大村 善治 教授と小嶋 浩嗣 教授、東北大学大学院理学研究科の北原 理弘 助教と加藤 雄人 教授、国立研究開発法人宇宙科学研究所(JAXA)齋藤 義文 教授、大阪大学大学院理学研究科の横田 勝一郎 准教授らを含む国際研究グループと共同で、アメリカ航空宇宙局(NASA)のMagnetospheric Multiscale (MMS)衛星編隊注3)に搭載された電子計測装置(FPI-DES)注4)と電磁場の計測データの解析によって、地球近傍の磁気圏外の宇宙空間(昼側磁気リコネクション近傍、磁気シース領域注2))で電子がホイッスラーモード波動と呼ばれるプラズマ波動にエネルギーを供給している現場を捉え、電子から波動へのエネルギー輸送率を直接計測し波動の成長率を観測に基づいて導出することに成功しました。更に観測結果が非線形成長注5)と呼ばれる効率的な波動成長が起きていることと整合していることが分かりました。ホイッスラーモード波動は、磁気圏で放射線帯の相対論的エネルギー粒子加速に寄与したり、電子を散乱して脈動オーロラの粒子降り込みを引き起こしたりするなど、宇宙空間での粒子加速や散乱に重要な役割を果たしていると考えられる波動ですが、その効率的な成長が宇宙空間において直接的に捉えられたのは初めてとなり、宇宙空間での粒子加速・散乱、電磁波生成過程の理解を進展させることが期待されます。

本研究の成果は2022年10月28日18時(日本時間)イギリス科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

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背景磁場(紫)に沿って波動磁場(水色)が螺旋を描きながら伝搬するホイッスラーモード波動と、それとすれ違いながら相互作用する電子(赤)のイメージ(©東京大学)



研究背景と内容

宇宙空間は完全な真空ではなく、プラズマと呼ばれる荷電粒子で満たされています。地球からの高度が数千から数万kmにも達すると、密度が非常に低くなり荷電粒子同士はほとんど衝突しなくなります。このような無衝突状態は天体の近傍を除けば宇宙空間の普遍的な状態です。無衝突状態では、電場や磁場の力によって荷電粒子の加速や散乱が引き起されていると考えられており、特にプラズマ波動を介するものが効率的な過程として宇宙空間のさまざまな領域で働いていると考えられています。このようなプラズマ波動の生成や波動による粒子加速は理論、シミュレーション等で広く研究され、波動が観測された時に粒子観測データから理論的に波動が成長する条件を満たしていたかを調べるような間接的研究は多く行われてきているものの、エネルギー輸送率の直接観測によってどの種類の相互作用がどの程度の大きさで起きているかを実証することは、近年になって低周波で比較的観測が容易なイオンに関連する波動から実現され始めたのが現状です。本研究では、より高周波の電子に強く関連する波動(ホイッスラーモード波動、図1)について、電子から波動へのエネルギー輸送率の直接観測の初成功と、それに基づく成長率の導出、非線形成長理論との整合について報告しています。

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図1:磁場に沿って伝搬するホイッスラーモード波動と、それとすれ違いながら相互作用する電子。


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図2:地球磁気圏と本研究で観測を行った領域(本研究では太陽側の磁気シース領域と磁気圏の境界付近での観測結果を2例報告した。1例は磁気リコネクションの近傍(図3)で1例は磁気圏のすぐ外側の磁気シース内部。)


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図3:磁気リコネクションと観測領域(反平行な磁場のつなぎ変わりによって生じる磁気リコネクションの南側で、リコネクションによるプラズマの高速な流れ(リコネクションジェット)と磁気シース領域の境界付近で観測された波動と電子の相互作用について解析を行った。)
(Kitamura et al. Nature Comm.,2022の論文の図を一部変更し日本語説明を加筆)


本研究では、MMS衛星編隊が2016年12月25日に高度約54000 kmで起きた磁気リコネクション付近(図2、図3)においてホイッスラーモード波動を観測し、同時に低エネルギー電子計測装置(FPI-DES)と電子ドリフト計測器(EDI)によって過去に例のない高時間分解能で電子を観測したデータを解析しました。また、追加の観測例として、2016年12月28日に高度約65000 kmの磁気シース領域(図2)での同様の観測も報告しています。FPI-DESは超高時間分解能で全方向から来た電子を計測できるのが特徴ですが、その時間分解能でも解析には不十分で、本研究で電子の観測データを極限(およそ200マイクロ秒)まで分解する工夫をし、その分解された電子の観測データと電磁場の観測データに対し波動粒子相互作用直接解析の手法(WPIA)注6)を適用しました。その結果、数100電子ボルトのエネルギーを持った電子の一部に特徴的な不均一(ジャイロ非等方注7))が生じていることを検出しました。このジャイロ非等方はサイクロトロン共鳴速度注8)付近に限定されて見られ(図4、図5)、サイクロトロン共鳴という過程によってエネルギーを失いつつある粒子の方が多く、その失った分のエネルギーが波動に供給されていることを示すものでした。更に、非線形理論で予測される効率的な波動成長が起きうる条件について、今までの単独衛星の観測では実現不可能だった詳細な評価を行い、観測結果が理論とよく整合することを実証しました。非線形理論では、ジャイロ非等方を生成しやすい条件について理論的に示しているものの、ジャイロ非等方の程度については簡単には予測不可能で、本研究によって、実際に観測できる程度に顕著なジャイロ非等方が生じることが初めて観測実証されました。そして、そのジャイロ非等方を持つ電子が担う電流量と波動の振幅から波動の成長率の計算を行いました。このほとんど仮定を置かない手法で直接的に成長率を導出できた点も新たな成果です。


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図4:FPI-DESで観測された電子のジャイロ非等方(波動と一緒に背景磁場に対して回転する系で見ている。波動磁場との相対位相ζが0°から180°の電子が加速され、180°から360°の電子は減速される。共鳴速度付近では加速される電子より減速される電子が多くなっている。)
(Kitamura et al. Nature Comm.,2022の論文の図を一部変更し日本語説明を加筆)


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図5:EDIによって観測された電子のフラックスの振動(空間に固定した方向を見ていると、ジャイロ非等方が存在する場合、波動の回転に伴って電子のフラックスが増減する。上段と中段の線上の×印は図4で示したζが90°±60°を観測したタイミングで、共鳴速度付近のピッチ角を見ている場合のみ、波動と同期してフラックスの減少が極小になっている。)
(Kitamura et al. Nature Comm.,2022の論文の図を一部変更し日本語説明を加筆)




成果の意義

本研究によって、宇宙空間で電子からホイッスラーモード波動にエネルギーが供給されていることを直接的に捉え、エネルギー輸送の詳細を直接計測し、非線形理論による効率的な成長と整合することを実証しました。これらは、宇宙空間のさまざまな領域で生起しているホイッスラーモード波動(を含む電磁サイクロトロン波動)に、非線形成長が重要な役割を果たしていることを直接的に示す先駆けとなります。本研究で扱ったホイッスラーモード波動に限っても、磁気圏内では、放射線帯の相対論的高エネルギーへの電子加速(電子が人工衛星の内部に到達し、衛星に障害を与えることがあるため、加速された高エネルギー電子をキラー電子と呼ぶ場合もある)、高エネルギー電子の大気への降り込み※1、脈動オーロラの生成※2など多様な現象に関連しており、このような現象の理解に新たな裏付けを与えます。地球磁気圏内では現在JAXAの「あらせ」衛星注9)が観測を継続し、波動粒子相互作用に関する多様な解析が進められています。WPIAの解析手法は、新型イプシロンロケットでの打ち上げを想定した科学衛星計画として現在JAXAに提案が行われている将来電磁気圏複数衛星探査計画FACTORS注10)での地球大気からのイオン流出過程(プラズマ波動によるイオン加速)の研究や、木星探査計画のJUICEによる木星圏での波動粒子相互作用の研究などでも活用が期待されており、今回の成果を土台として、多様な波動粒子相互作用の研究の展開、プラズマ物理研究の進展の理解に貢献していくこと期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(17H06140, 18H03727, 21K13979) の支援のもとで行われたものです。特に、2017年度に開始された基盤研究S「宇宙プラズマ中の電磁サイクロトロン波による電子加速機構の実証的研究」(17H06140、代表: 大村 善治 京都大学生存圏研究所 教授)の特任研究員として、責任著者の北村 成寿 博士が東京大学理学系研究科で遂行した研究が主要部分となっています。
※1 https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/news/research-results/2020/2020112.html
※2 https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20180215_isee_1.pdf、https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20200305_isee1.pdf



用語解説

注1)ホイッスラーモード波動と呼ばれるプラズマ波動
プラズマに特有の波動がプラズマ波動と呼ばれ、今回扱うホイッスラーモード波動はプラズマ波動の中の電磁波に分類される波動の一種。背景の磁場に対して右回り(電子のサイクロトロン運動と同じ向き)をし(図1)、電子のサイクロトロン周波数より下の周波数のみに存在できるという特徴を持つ。磁気圏内で盛んに研究されているコーラス波動もホイッスラーモード波動の一種である。

注2)(昼側)磁気リコネクション、磁気シース領域
磁気リコネクションは宇宙空間において磁場が平行でないときに起きる磁場のつなぎ替わり現象。磁気圏昼側や磁気圏尾部など宇宙空間のさまざまな領域で発生し、磁場のつなぎ替わりによって磁場のエネルギーが荷電粒子に渡され、粒子加速を引き起こす現象。磁気シース領域は太陽風が磁気圏の全面で減速されて亜音速になっている領域(図2)。昼側磁気リコネクションは磁気圏と磁気シースの境界においてそれぞれの領域の磁場が平行でないときに起きる(図3)。

注3)Magnetospheric Multiscale(MMS)衛星編隊
アメリカ航空宇宙局(NASA)が地球の磁気圏で発生する磁気リコネクションの研究を主目的として打ち上げた4機編隊の衛星で、三角錐の形のフォーメーションを組んで観測を行う。今回の研究で使用したデータを取得した時期には約10 km程度の間隔で編隊飛行を行っていた。(https://mms.gsfc.nasa.gov/)

注4)低エネルギー電子計測装置(FPI-DES: Fast Plasma Investigation-Dual Electron Spectrometer)
約6電子ボルト(eV)から30キロ電子ボルト(keV)のエネルギーを持つ電子を0.03秒という過去に例のない時間分解能(100倍以上)で観測する観測器。各衛星の四方に搭載し、全天全方位をカバーする。

注5)非線形成長
大振幅の電磁サイクロトロン波動(ホイッスラーモード波動を含む)について、従来の線形理論に比べて効率の良い成長の可能性を示した理論。波動の周波数が時間的に変動していくことや磁場の強度に空間勾配があることが本質的に重要とされている。本研究ではMMS衛星が4機編隊であるため4点観測で磁場強度の空間勾配を観測可能で、それを用いて仮定は最低限で観測された物理量を使用して理論との整合を示した。

注6)波動粒子相互作用直接解析の手法(WPIA)
荷電粒子とプラズマ波動の回転位相まで分解して比較し、エネルギー授受を定量的に解析する手法。「あらせ」衛星での電子とホイッスラーモード波動の相互作用の研究に向け日本がリードして手法確立や実証を行ってきていた。ホイッスラーモード波動よりはるかに低周波の電磁イオンサイクロトロン波動とイオン間のエネルギー輸送は、本研究にも参加している小路 真史 博士によって初の実証がなされており※3 、その後もMMS衛星編隊※4やあらせ衛星※5 で大きな成果を上げ始めている。それを本解析で一気に2桁以上の高時間分解を可能とすることで電子とホイッスラーモード波動間のエネルギー輸送の観測に成功した。
※3 https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/2017/09/20170915_isee_1.pdf
※4 https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/wp-content/uploads/2018/09/20180926_isee.pdf
※5 https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20210712_isee.pdf, https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20211213_isee%20.pdf

注7)ジャイロ非等方
背景磁場に対して旋回(サイクロトロン)運動している荷電粒子は、波動の影響等を受けていなければサイクロトロン運動の回転位相にほぼ均等に分布するが、この分布に偏りが生じた場合をジャイロ非等方と呼ぶ。このジャイロ非等方によって波動の電場で減速される粒子と加速される粒子の量に差ができた場合に、波動とエネルギーを交換する。今回の場合は、電子が減速される回転位相側に粒子が多いというジャイロ非等方が見られた(図4)。電子が波動によって減速されるとその分の運動エネルギーが波動に渡され、波動の成長に寄与する。

注8)サイクロトロン共鳴速度
サイクロトロン運動している荷電粒子の回転周波数とプラズマ波動の回転周波数と回転方向が一致した状態をサイクロトロン共鳴と呼び、荷電粒子から見た波動の電場の向きが粒子の進行方向に対して一定になる。負の電荷を持つ電子の場合、電場の向きが進行方向と逆方向に近ければ引っ張られて加速し、反対向きに近ければ減速する。その際に波動と粒子の間でエネルギーを交換する。ホイッスラーモード波動の場合、波動の周波数は電子のサイクロトロン周波数より下であるが、図1で示すような波動とすれ違う向きの電子の運動によって電子から見た周波数がドップラーシフトし、この共鳴条件が満たされる。この条件が満たされる電子の速度をサイクロトロン共鳴速度と呼ぶ。

注9)「あらせ」衛星:
JAXAが2016年12月20日に打ち上げた地球周回のジオスペース探査衛星で、地球周囲の放射線帯に存在する高エネルギー粒子が宇宙嵐に伴い増減を繰り返す過程や、宇宙嵐自体がどのように発達するのかを明らかにすることを主な目的としている。
(https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/current/erg.html)

注10)将来電磁気圏複数衛星探査計画FACTORS
現在、検討ワーキンググループが組織され新型イプシロンロケットでの打ち上げを想定した科学衛星計画として提案中の将来地球電磁気圏探査ミッション。複数の衛星による編隊飛行観測で地球磁場に沿った宇宙空間(磁気圏)から地球へのエネルギー流入(オーロラなど)と地球からの物質(大気)流出過程の解明を目指す。



論文情報

雑誌名:Nature Communications (※オープンアクセスのNature姉妹誌)
論文タイトル:Direct observations of energy transfer from resonant electrons to whistler-mode waves in magnetosheath of Earth
著者:
*北村 成寿 (名古屋大学 宇宙地球環境研究所)
天野 孝伸 (東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻)
大村 善治 (京都大学 生存圏研究所)
S. A. Boardsen (NASA Goddard Space Flight Center/Goddard Planetary Heliophysics Institute, University of Maryland, Baltimore County)
D. J. Gershman (NASA Goddard Space Flight Center)
三好 由純 (名古屋大学 宇宙地球環境研究所)
北原 理弘 (東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻)
加藤 雄人 (東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻)
小嶋 浩嗣 (京都大学 生存圏研究所)
中村 紗都子 (名古屋大学 高等研究院/宇宙地球環境研究所)
小路 真史 (名古屋大学 宇宙地球環境研究所)
齋藤 義文 (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
横田 勝一郎 (大阪大学大学院 理学研究科 宇宙地球科学専攻)
B. L. Giles (NASA Goddard Space Flight Center)
W. R. Paterson (NASA Goddard Space Flight Center)
C. J. Pollock (Denali Scientific)
A. C. Barrie (NASA Goddard Space Flight Center/Aurora Engineering)
D. G. Skeberdis (NASA Goddard Space Flight Center/a.i. solutions Inc.)
S. Kreisler (NASA Goddard Space Flight Center/Aurora Engineering)
O. Le Contel (Laboratoire de Physique des Plasmas, CNRS/Ecole Polytechnique/Sorbonne Université/Université Paris-Sud/Observatoire de Paris)
C. T. Russell (Department of Earth, Planetary, and Space Science, University of California, Los Angeles)
R. J. Strangeway (Department of Earth, Planetary, and Space Science, University of California, Los Angeles)
P.-A. Lindqvist (Royal Institute of Technology, Sweden)
R. E. Ergun (University of Colorado, Boulder)
R. B. Torbert (Southwest Research Institute/Department of Physics, University of New Hampshire)
J. L. Burch (Southwest Research Institute)
*責任著者
DOI: 10.1038/s41467-022-33604-2



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻[web
助教 北原 理弘(きたはら まさひろ)
電話:022-795-6518
E-mail:masahiro.kitahara[at]tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻[web
教授 加藤 雄人(かとう ゆうと)
電話:022-795-6516
E-mail:yuto.katoh[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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