東北大学 大学院理学研究科・理学部

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東日本大震災の津波で変化した沿岸生態系が回復
延べ500人余の市民ボランティアとの調査で判明

発表のポイント

● 2011年3月11日の東日本大震災で発生した大津波は、仙台湾に点在する干潟に生息する生物種を減少させるなど生態系に大きな影響を及ぼした。

● これら生態系がこれまでと異なった姿になるのか、それとも元の姿に戻るかを評価するため、市民ボランティアとともに毎年継続的な調査を行った。

● その結果、震災7年後にはほとんどの干潟で生物群集が元の姿に戻ったことが確認され、東北沿岸はレジリエンス(回復力)の高い生態系であることが分かった。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

2011年3月11日の東日本大震災で発生した大津波は、東北の沿岸生態系に大きな影響を及ぼしました。しかしその後、それらの生態系がどのような経過を辿るかは不明でした。そこで東北大学大学院生命科学研究科の柚原剛研究員、占部城太郎教授らは、国立環境研究所や宮城県内の高校教員らと研究チームを組み、延べ500人の市民ボランティアの協力を得て、仙台湾に点在する8つの干潟注1を対象とし震災前後10年に渡る生物多様性調査を実施しました。

その結果、どの干潟でも震災後数年で以前生息していた種が確認されるようになり、特に周囲環境が元にもどった干潟の生物群集注2は7〜9年後には震災前と区別がつかなくなりました。東北沿岸の干潟の生物群集は、周囲環境が変化しなければ、津波による生態系撹乱から10年程度で回復するレジリエンスの高い生態系であることが分かりました。

本研究成果は、2022年11月10日付けで、海洋学の国際トップジャーナルLOレター誌(Limnology and Oceanography Letters)に掲載されました。



詳細な説明

2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の東日本大震災は巨大な津波を引き起こし、街並みだけでなく、沿岸生態系にも大きな変化をもたらしました。実際、仙台湾に点在する多くの干潟では、巨大津波が過ぎ去った後には生息種が激減したり、それまでいなかった生物が現れたりするなど、沿岸生態系での大きな変化が記録されています。しかし、このような稀にしか起こらない大きな自然現象の後、生物群集がどのように変化するのかは、これまでよく分かっていませんでした。

もし、生物群集の変化が継続し、これまでと異なった姿になるのであれば、東日本大震災で発生した大津波は生態系を不可逆的に変化させるほど大きな自然現象であったことになります。しかし、震災前の姿に戻るのであれば、東日本大震災の巨大津波は一時的な撹乱で、生態系を激変させるほどの大きなイベントではなかったことになります。つまり、東日本大震災の巨大津波の自然界での意味を理解するためには、津波によって変化した生物群集の行末を見届ける必要があります。

そこで、東北大学大学院生命科学研究科の柚原剛研究員、鈴木孝男助教(研究当時)と占部城太郎教授らは国立環境研究所や宮城県内の高校教員らと共同で、延べ500人の市民ボランティアの協力を得て、仙台沿岸でおよそ10年に渡る生物多様性調査を実施しました。対象としたのは、震災前の生物相注3がわかっていた、蒲生干潟(図1)や、鳥の海、松川浦、松島双観山など、仙台湾に点在する8つの干潟です。調査は、毎年干潟ごとに市民ボランティア調査員12名が研究者とチームを組んで実施し、調査員が一定の時間内で干潟を探索し、生物を発見して記録するという方法で行われました(図2)。震災直後2〜3年は、いずれの干潟でも生物相が年によって変化しましたが、干潟周囲の環境が元に戻るにつれて震災前に生息していた種が確認されるようになり、7〜9年後にはほぼすべての干潟で震災前と区別がつかない生物群集に戻りました(図3)。

ただし、例外もありました。震災前、蒲生干潟の奥部ではヨシが繁茂しており、ヨシ原特有の生物群集がみられましたが、津波によりヨシ原が壊滅したため9年を経ても震災前の姿には戻りませんでした。この結果は、干潟の周囲環境が変わると干潟の生物群集も変化すること、言い換えると、周囲環境が良く保全されている干潟では、巨大津波の後でも生物群集は10年程度で元の姿に戻ることを意味しています。東日本大震災の巨大津波は沿岸の街並みを大きく変化させましたが、自然現象としては沿岸生態系を大きく変化させるものではありませんでした。

地球温暖化が懸念されている現在、今後も人間社会に大きな災害をもたらす自然現象はいたるところで生じる可能性があります。本研究は、沿岸の生物群集は高いレジリエンス(回復力)を持っており、人間が自然環境を大きく変化させなければ、津波や台風など大きな自然撹乱が生じてもやがて沿岸の生物群集は元に戻ることを示しています。一方、蒲生干潟での事例により、生息場・環境の改変はそこに暮らす生物に対し不可逆的な影響をおよぼす可能性が示唆されました。太平洋沿岸域では、防災設備として大きな防潮堤が広域的に建設されましたが、これら人為的な設備が沿岸生態系にどのような影響を及ぼす可能性があるか、検討していくことが今後の課題です。

本研究は三井物産環境基金の10年に及ぶ助成(R11-F1-020、 R14-1009、 and R17-1011)により継続的に実施することが出来ました。また、調査はアースウオッチジャパンによる市民ボランティアプログラムの一環として行われ、延べ500人に及ぶ市民ボランティアの協力によって沿岸生態系の回復力を評価することが出来ました。この場を借りて調査に参加していただいたすべての方々に感謝いたします。



参考図

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図1:調査地の1つである宮城県仙台市の蒲生干潟で震災前後に同アングルで撮影された写真。震災前(2004年6月:左上)に鬱蒼と茂っていたヨシ原は津波によってほとんど流され(2011年7月:右上)、干潟では多くの底生動物が見られなくなった。

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図2:潟市民調査の風景。2018年6月仙台市蒲生干潟。

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図3:8つの干潟で観察された生物群集の変化。図中のシンボルの位置が近い干潟や年ほど生物群集が似ていることを示す。aは震災前の生物群集を示し、b、cは各干潟を特徴づける生物種とその和名を、bの矢印の方向は、aと重ねた場合に、その生物が良く出現することを示している。例えば、蒲生干潟(奥部)ではカワゴガイ類(Hed)やアリアケモドキ(Dc)の出現頻度が高く、双観山干潟ではケフサイソガニ類(Hem)やタマシキゴカイ(Ar)の出現頻度が高かったことを示している。d、 eは各干潟における生物群集の震災前(□)から2019年までの変遷を示し、◯内の数値は観察年の下2桁を(例えば2012年の場合は⑫)を示す。色付きの◯は生物群集が震災前(□)と有意に異なっていたことを示しており、生物群集はいずれの干潟でも震災後数年は震災前と異なっていた。しかし、年を追って生物群集を示す位置が次第に震災前の位置に近づいており、蒲生干潟(奥部)を除くと、生物群集が震災前の状態に回復してきたことが分かった。



論文題目

題目:Recovery of macrobenthic communities in tidal flats following the Great East Japan Earthquake
著者:Takeshi Yuhara1、 Takao Suzuki1,6、Tatsuki Nishita1,7、Junichi Murakami1,8、Wataru Makino1、 Gen Kanaya2、 Kyoko Kinoshita3、 Natsuru Yasuno4、 Takashi Uchino5、 Jotaro Urabe1
筆頭著者:(柚原剛、東北大学大学院生命科学研究科)
責任著者:(占部城太郎、東北大学大学院生命科学研究科)
雑誌:Limnology Oceanography Letters
DOI:10.1002/lol2.10292

研究チームの所属機関:
柚原剛1、鈴木孝男1,6、西田樹生1,7、村上純一1,8、牧野渡1、金谷弦2、木下今日子3、安野翔4、内野敬5、占部城太郎1
1東北大学大学院生命科学研究科、2国立環境研究所地域環境保全領域、3東北大学大学院農学研究科、4埼玉県環境科学国際センター、5宮城県仙台二華中学校・高等学校、6現:みちのくベントス研究所、7現:環境省中国四国地方環境事務所岡山自然保護官事務所、8現:いであ株式会社



用語説明

注1 干潟
海岸に発達する砂や泥を底質とする海域で、干潮時には干上がって陸地となり、満潮時には水没するエリア。

注2 生物群集
同じ生息場所で生活している生物種の総体のこと。2つの生息場所(干潟)間で生物群集が大きく異なるとは、それらの場所に共通して生活している生物種が少ないことを意味している。

注3 生物相
出現する生物種のリスト



仙台湾に点在する干潟で観察される生物の一例

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問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科[web
東北大学理学部生物学科
教授 占部 城太郎 (うらべ じょうたろう)
電話: 022-795-6681
E-mail: urabe[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当 高橋 さやか (たかはし さやか)
電話: 022-217-6193
E-mail: lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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