● 2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震の7日後から山形-福島県境で発生した群発地震*1について、群発地震発生前に地殻内に蓄積されていた流体量を推定した。
● 群発地震を誘発した流体は、沈み込み帯の平均脱水量*2から100〜10000年で再チャージされることを明らかにした。
● 流体量の定量化と、再チャージ期間の推定から、群発地震と巨大地震の関係性、また群発地震による鉱脈の形成など、新たな関係性を見出した。
● 沈み込み帯の流体ダイナミクスを解明するための、これまでにない時間・空間解像度で流体を定量化する新たなアプローチを提案し、その有用性を示した。
沈み込み帯での水の循環の理解は、巨大地震の発生を始め多くの現象の理解にとって大変重要です。しかしこれまで、流体の大まかな分布や、地質学的スケールでの理論的な循環量が分かっているのみで、具体的にどこで、どれだけ流体が蓄積していて地震等の現象と結びついているかはよく分かっていませんでした。
東北大学流体科学研究所の椋平祐輔助教、同大学大学院環境科学研究科の宇野正起助教、同大学大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センターの吉田圭佑助教は、資源工学・水理学分野の物理モデルを用いて、2011年東北地方太平洋沖地震の7日後に山形・福島県境で発生した群発地震について、群発地震を誘発した流体量を106~108 m3と推定しました。この量の流体が群発地震発生領域付近に蓄積されていたことを世界で初めて明らかにしました。さらに、この流体量は100年〜10000年の期間で再びチャージされることを示し、1000年サイクルで発生する地震の規模マグニチュード(M)9クラスの大地震との関連を示唆した他、群発地震も金をはじめとする様々な鉱物脈を生成しうる可能性も示唆しました。
これらの知見は沈み込み帯の流体ダイナミクスを理解する上で、これまでと桁違いの時空間高解解像度での情報を提供し、新たな知見をもたらした他、沈み込み帯の様々なプロセスでの地化学的な議論や、異なる地質学的条件での群発地震の流体量推定の基となることが期待されます。
本成果は、2022年11月19日、英国Nature Research社が発行する科学誌Communications Earth & Environmentに掲載されました。
図1:本研究成果の概念図。a) 群発地震発生領域への流体の供給の概念図。流体の存在を示唆するS波*3の低速度域から、流体が上昇し群発地震を引き起こしたと考えられる。本研究で推定したのはこの群発地震に関与した流体量である。b) 群発地震を引き起こした流体量の再チャージ期間。青で示した流体量を、下部地殻からの流体供給(灰色)で再チャージすると、100~10000年程度の時間が必要。一方でM9クラス自身の周期は1000年であり、再チャージ期間に含まれる。右には本研究で使用した物理モデルと、それぞれによる流体推定量を示している。
沈み込み帯での水の循環は、プレート境界で発生する大地震をはじめ、地球科学分野の様々な現象に深く関わっており、その理解は地球科学において大変重要です。現状の地球物理学的な調査によって、大まかな流体の分布や、地質学的な研究により、理論的な沈み込み帯からの脱水量などは分かってきましたが、より高い時空間解像度で、どこにどれくらいの流体が存在しているか、より詳細な流体の移動や、蓄積などの動的な挙動はわかっていませんでした。
このような沈み込み帯の流体の動的な挙動を代表していると考えられているのが群発地震です。群発地震は明確な本震・余震という様式ではなく、ある一定期間続く地震活動現象で、特に火山地帯である東北地方でよくみられます。群発地震は、地殻深部から供給される流体によって引き起こされる場合が多いと理解されており、流体の移動に伴って震源の移動が見られます。
一方で、ここ10年、人間活動に伴い発生する誘発地震の理解が世界的な地震学におけるトピックでした。特に、米国ではシェールオイル・ガス*4の開発・生産が盛んになると共に、地下に注水する事例が増え、それに伴い地震の規模マグニチュード(M)が2を超え、地上で有感となるような誘発地震の件が多く報告されており、社会問題ともなっています。多くの地震学者をはじめとする地球科学の研究者がこの分野に参入し、様々な新たな発見がありました。その一つが地震と流体の関係性の解明です。ここでは地下への流体の注入に対する地震活動などを関係付ける物理モデル等が提案されてきました。さらに誘発地震の地震学的な特徴が、群発地震のそれと類似していることも明らかになってきました。
東北大学流体科学研究所の椋平祐輔助教、同大学大学院環境科学研究科の宇野正起助教、同大学大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センターの吉田圭佑助教は、東北地方太平洋沖地震の約1週間後に発生した山形-福島県境での群発地震を対象として、資源工学分野で提案された流体と地震を関係付ける物理モデル・水理学モデルを適用し、群発地震を引き起こした流体量を推定しました。その結果、流体量は106~108 m3の範囲に見積もられました。このような具体的な流体量の推定は、沈み込み帯の流体ダイナミクスをこれまでにない時空間解像度で求めた世界初めての試みです。この量の流体が群発地震発生領域直下の地殻に蓄積されており、東北地震によって地下の透水性が変化し、流動し始めることによって群発地震を引き起こしたと、より具体的に群発地震のメカニズムを理解することができました。
さらに、沈み込み帯の平均的な脱水量から、推定された流体量は100~10000年程度で再チャージされることも求めました。この期間は、M9クラス地震の発生周期(約1000年)を含み、群発地震とM9クラスの地震の関連性を示唆しています。加えて、これだけの流体量が流動した際には、従来は数百万年レベルで生成されると考えられていた金等の鉱物脈の析出が、群発地震の期間(約2年程度)で起きている可能性も示唆できました。
このように、本研究は資源工学、地震学、地質学に渡る学際的なアプローチで、沈み込み帯の水の循環の一部を、これまでにない時空間解像度で定量化しました。この定量化によって、群発地震と巨大地震の関連や、鉱物脈の生成まで、様々な方向に具体的に議論を展開することが可能になりました。本研究は沈み込み帯の水の循環の研究における新たなアプローチと、議論の礎となる定量化結果を示すことにより、今後本分野で色々な形での発展が期待されます。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(C)JP20K05394、東北大学若手研究者アンサンブルグラント2020-32の支援を受けて実施されました。
若手アンサンブルプロジェクトURL: http://web.tohoku.ac.jp/aric/
タイトル:Slab-derived fluid storage in the crust elucidated by earthquake swarm
著 者 名:Yusuke Mukuhira1*, Masaoki Uno2, Keisuke Yoshida3
著者所属:1 国立大学法人 東北大学 流体科学研究所
著者所属:2 国立大学法人 東北大学 大学院環境科学研究科
著者所属:3 国立大学法人 東北大学 大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センター
掲載雑誌:Communications Earth & Environment, 3 286
DOI 番号:10.1038/s43247-022-00610-7
*1 群発地震
前震・本震・余震の区別がはっきりせず、ある地域に集中的に多数発生するような地震群のこと。
*2 沈み込み帯の平均脱水量
沈み込んだプレート(スラブ)内に含まれる含水鉱物が、マントル深部へ沈み込む過程で様々な温度・圧力条件下で分解され、水流体を放出すること。このスラブ起源流体は上昇しマグマ(メルト)等を経由しながら、沈み込み帯内部を循環する。本研究では、そのうち地殻内部に水流体として存在しており、群発地震に寄与した量を求めた。
*3 S波
地震波の進行方向に垂直に振動する波で横波とも呼ばれる。一般にS波によって地面は大きく揺れる。地震波速度構造解析で得られる火山直下のS波低速度域はメルト(溶融した岩石)に富む領域と解釈されており、その周囲に水流体が放出されている可能性が高い。
*4 シェールオイル・ガス
非在来型天然ガスの一種。泥岩(頁岩)の泥岩の中で、特に固く、薄片状に剥がれやすい性質をもつシェール(頁岩)の微細な隙間に閉じ込められた原油や天然ガスを取り出したもの。
<研究に関すること>
東北大学流体科学研究所
助教 椋平 祐輔(むくひら ゆうすけ)
Tel: 022-217-5235
E-mail:mukuhira[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻
地震・噴火予知研究観測センター[web]
助教 吉田 圭佑(よしだ けいすけ)
E-mail:keisuke.yoshida.d7[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学流体科学研究所 広報戦略室
Tel: 022-217-5873
E-mail: ifs-koho[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください