東北大学 大学院理学研究科・理学部

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物質中で生じる新たな量子エコー現象を理論的に発見
光による量子状態制御法・極短パルス発生法の確立に前進

発表のポイント

● 物質に二種類の光を照射することで、量子力学的な粒子の運動を起源とする新しいタイプのエコー現象が生じることを理論的に発見しました。

● エコーの波形には、物質の性質を大きく左右するエネルギーバンド構造(注1)の情報が埋め込まれていることを示しました。

● 光駆動量子ダイナミクスに関する基礎的理解が進展するだけではなく、物質の新たな分光法や極短パルス発生法の原理としての応用も期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

山に向かって大声を出すと少し遅れて反射音が聞こえる現象は「やまびこ」として広く知られていますが、このようなエコー現象は物質中においても観測されます。その代表例であるスピンエコー(注2)は、1950年にアメリカの物理学者Erwin Hahnによって発見され、現在では核磁気共鳴法(NMR)の基礎原理として学術的・産業的に広く応用されています。

東北大学大学院理学研究科の今井 渉平 大学院生、小野 淳 助教らの研究グループは、固体結晶中の量子力学的な粒子の運動を起源とする新しいタイプのエコー現象を理論的に発見しました。解析の結果、エコーの波形は外部から照射する光によって制御することができるだけではなく、物質の電気伝導性や光学的性質等を決定づけるエネルギーバンド構造が反映されることを明らかにしました。これによって、光駆動された量子状態のダイナミクスと制御に関する理解が進展し、新たな分光測定法やフェムト(10-15)秒からアト(10-18)秒領域の極短パルス発生法の基礎原理の確立に繋がることが期待されます。

本研究の成果は、アメリカ物理学会が刊行するオープンアクセスジャーナル「Physical Review Research」に11月30日付で掲載されました。


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図1:エコー発生過程の模式図。(a)光励起パルスの照射によって正の電荷を持つホールと負の電荷を持つ電子が励起される。(b) 光励起されたホールと電子は互いに逆向きの速度を持ち、時間経過とともに離れていく。(c)適切な光駆動電場を印加することでホールと電子の速度を反転させることができ、両者が再結合する際にエコーパルスが発生する。この過程は100フェムト秒(10兆分の1秒)以内に完了する。(Credit: 小野淳)



詳細な説明

背景

量子力学によって記述される系(量子系)のダイナミクスを深く理解することは、将来の量子科学技術の確立と発展のために不可欠です。一例として、1950年にErwin Hahnによって発見されたスピンエコーは核磁気共鳴(NMR)法の基礎原理として学術的・産業的に大きな波及効果をもたらしました。このようなエコー現象は一種の時間反転過程であり、発生するエコーにはダイナミクスの情報が埋め込まれているため、これを詳しく解析することで量子系の性質を調べることができます。これまで知られていたエコー現象の多くは、少数の自由度(離散的エネルギー準位)からなる量子系において観測されるものでした。一方で、非常に大きな自由度(連続的エネルギー準位)を持つ量子系では、散逸や緩和の影響が大きく、エコー現象の研究例は限定的でした。


研究結果

東北大学大学院理学研究科の今井 渉平 大学院生、小野 淳 助教らの研究グループは、固体結晶中でエネルギーバンド構造を構成する準粒子(注3)のダイナミクスについて解析を行い、準粒子波束の運動(図1)を起源とする新しいタイプの量子エコー現象を理論的に発見しました。具体的には、光励起パルスを固体に照射して電子とホール(正孔)のペアを生成したあと、テラヘルツ帯の駆動電場パルスを印加することで粒子の速度反転が生じ、ペアが再結合する際に励起パルスの波形を時間反転したエコーパルスが発生することを見出しました(図2左)。また、発生したエコーパルスの振動数を解析することで、準粒子の分散関係(注4)を再構成できることを示しました(図2右)。さらには、このエコー現象が通常のエネルギーバンド理論が破綻するような電子間相互作用が強く働く絶縁体においても現れ、広い普遍性を持つことも明らかにしました。

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図2:エコー発生の解析結果。(左)電流波形の時間変化。光励起と光駆動の後にエコーが現れる。(右)エコーパルスのフーリエ・スペクトルを、準粒子が駆動電場から受け取る力積(駆動電場振幅に比例)の関数として示したカラーマップ。 赤色の破線は厳密に求められたエネルギー分散関係を示しており、数値計算で得られたエコーパルスの振動数(濃い青色の部分)との良い一致が見られる。(論文中の図を一部変更して掲載)


本研究の意義と今後の展開

本研究ではエネルギーバンド構造を持つ量子系に特有のエコー現象を初めて理論的に見出したことで、超高速量子ダイナミクスの基礎研究に新たな方向性が拓かれました。特にエコーパルスにエネルギーバンド構造の情報が含まれている点は学術的に重要であり、従来の分光測定(スペクトロスコピー)法では直接的な観測が困難であった電子間相互作用の強い系にも適用可能な準粒子スペクトロスコピー法の基礎原理を得ることができました。また、光駆動パルスを適切に制御することで準粒子の運動やそれに伴うエコーパルス波形の操作も可能であり、固体結晶を用いた新たな極短パルス発生源の原理としても期待されます。


付記

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP21J10575、 JP18H05208、JP19K23419、 JP20K14394)の助成を受けたものです。



用語説明

(注1)エネルギーバンド構造
固体結晶中に存在する電子は規則的に整列した原子核によって散乱され、安定的に存在できるエネルギーはいくつかの帯状(バンド状)の区間に制限される。これをエネルギーバンド構造と呼ぶ。

(注2)スピンエコー
静磁場中のスピン(磁気モーメント)の集団に対して時刻t = 0にスピンを90度倒すようなパルス磁場を印加すると、その後の各スピンの方向(位相)はバラバラになっていく。ここで時刻t = Tにスピンを180度回転させるパルス磁場を印加すると、時刻t = 2Tにおいてスピンの位相が再度揃うことによる信号が観測される。スピンが再収束する様子がエコー(やまびこ)に似ていることから、この現象はスピンエコーと呼ばれる。

(注3)準粒子
素粒子の一つである電子は、固体物質中では原子核から受ける力や他の電子との相互作用の影響が繰り込まれた別種の粒子のように振る舞う場合があり、これを準粒子と呼ぶ。結晶中の電子やホールは、周期ポテンシャルの影響により真空中の電子とは異なる有効質量を持つ準粒子である。

(注4)分散関係
波の振動数と波数(波長の逆数)の間の関係のこと。量子力学的な粒子の場合には、振動数と波数はそれぞれエネルギーと運動量に対応する。



論文情報

雑誌名:Physical Review Research
論文タイトル:Energy-band echoes: Time-reversed light emission from optically driven quasiparticle wave packets
著者:Shohei Imai、 Atsushi Ono、 and Sumio Ishihara
DOI番号:10.1103/PhysRevResearch.4.043155



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web
助教 小野 淳(おの あつし)
電話:022-795-6365
E-mail:ono[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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