発表のポイント

● 幼若期から異性がいない環境で飼育したオスメダカ（未経験オス）は特定のメスに対して数回性行動（放精）をすると、その性的パートナーを記憶して、積極的に求愛行動をするようになった。一方で、十分に性経験を積んだ経験オスではその傾向がなかった。

● メスメダカは未経験オスと数回性行動すると性的受容度が高まった。一方で、経験オスがパートナーの場合はその傾向がなかった。

● 未経験オスの脳において甲状腺ホルモン活性化に関わる遺伝子群の発現量が数回の性経験後に増加していた。

● メダカの基礎研究から性経験によって行動変容が生じるメカニズムが解明されることが期待される。

□ 東北大学ウェブサイト

概要

オスもメスも複数個体と配偶する乱婚制の動物種においては、オスは過去に配偶した「馴染みのメス」に対して特別な性的好みを持たないと考えられています。メダカにおいてもオスは「馴染みのメス」に対する好みは持っておらず、性経験は異性の好みに影響を与えないと考えられていました。

東北大学大学院生命科学研究科の大門将寛（博士後期課程学生）と竹内秀明教授らのグループは、性経験のないオスメダカが同じメスと数回の性経験をすると、オスは初めてのパートナーを記憶し、オスとメスの両者において性的動機が上昇することを発見しました。また、オスの脳では数回の性経験によって甲状腺ホルモン関連遺伝子群の発現が上昇したことから、甲状腺ホルモンが性経験依存の行動変容に関与することが予想されます。

本研究成果は2022年11月16日にScientific Reports誌に掲載されました。

詳細な説明

ほとんどの動物種において、オスは繁殖機会を増やすために過去に性行動をした「馴染みのメス」を性的パートナーとして積極的に選択しないと考えられています。メダカにおいてもオスは「馴染みのメス」に対する好みは持っておらず、性経験は異性の好みに影響を与えないと考えられていました。

本研究では幼若期からオスだけで飼育した「性経験のないオスメダカ（未経験メダカ）」を準備して、「特定のメス」と繰り返し性行動をすると行動がどのように変容するかを性行動実験^*1で検定しました。本研究では性行動実験前はオスとメスを隔離しており、毎朝、オスとメスを同じ水槽に入れてから両者の行動を観察しました。オスとメスが出会ってから、「オスが最初に求愛するまでの時間」が短いほどオスの求愛活性が高く、一方で、「オスの最初の求愛からメスが求愛を受け入れるまでの時間」が短いほどメスの性的受容度が高いと判断しました。その結果、数回の性経験によって、性行動終了までの時間が顕著に減少し、オスの求愛活性とメスの性的受容度の両方が上昇することを発見しました。

次にオスは初めての性的パートナーを記憶、識別しているのかを検証する目的で、途中でパートナーを入れ替えた行動実験を行いました。その結果、途中でペアを入れ替えると性行動終了までの時間は、数回の性経験によって変動しませんでした。このことから、性経験のないオスメダカと初めての性的パートナーは特定のペア間で性的動機が高まっており、いわゆる「相思相愛」の状態になっていることを発見しました。さらに「７回以上の性経験を持つオスメダカ（経験メダカ）」を用いて同じ実験を行ったところ、オスの求愛活性とメスの性的受容度のいずれも上昇しませんでした。

最後に、次世代シーケンサー^*2を用いて、未経験オスメダカの脳内で二回の性経験後に発現変動する遺伝子群を同定した結果、甲状腺ホルモンの分泌を促進するホルモン（TSH）^*3、甲状腺ホルモンを不活性化型から活性化へ変換する酵素（DIO2）^*4をコードする遺伝子の発現量が上昇することがわかりました。

今後への展望

性経験依存によって性行動が変容する現象はショウジョウバエからマウスまで多くの動物で報告されています。一方で、甲状腺ホルモンは体の発達（成長）や代謝に重要なホルモンとして古くから知られていましたが、性経験によってオスの脳内で甲状腺ホルモンが活性化するという報告はありません。将来的に甲状腺ホルモンの関与を検証することで、メダカの基礎研究から性経験依存に行動変容するメカニズムが解明されることが期待できます。

本研究は基礎生物学研究所重点共同利用研究課題 (10-104, 19-347, 21-335)、日本学術振興会、文部科学省研究費補助金 JSPS科研費 (JP22H05483, JP21H04773, JP20H04925, JP18H02479)、自然科学振興機構共同研究助成金 (#01111904)、公益財団法人 三菱財団 自然科学研究助成、公益財団法人 武田科学振興財団 生命科学研究助成、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム（JPMJSP2114）の助成を受けて行われました。

用語説明

*1 性行動実験
実験方法はこちらの動画を参照
本研究では性行動前はペアは不透明壁で隔てられており、お互いに見えない条件になっている。

*2 次世代シーケンサー
遺伝子配列を高速で読むことができる機械。

*3 TSH
甲状腺刺激ホルモンのこと。不活性化型甲状腺ホルモンT4の分泌を促す。

*4 DIO2
甲状腺ホルモン変換酵素のこと。活性の低い甲状腺ホルモンT4を活性の高い甲状腺ホルモンT3へと変換させる。

参考図

未経験オスメダカと初めての性的パートナーと関係
未経験オスは同じメスと数回、性行動すると、初めての性的パートナーを記憶・識別して素早く求愛をするようになる。一方で、メスも未経験オスの求愛を素早く受け入れるようになる。未経験オスと初めての性的パートナーという「特定のペア間」でのみ観察された。この現象をわかりやすく伝えるためにここでは「相思相愛」と表現した。

論文情報

題目：Mating experiences with the same partner enhanced mating activities of naïve male medaka fish
著者：Masahiro Daimon, Takafumi Katsumura, Hirotaka Sakamoto, Satoshi Ansai, Hideaki Takeuchi
筆頭著者情報：大門　将寛 (東北大・生命科学研究科)
雑誌：Scientific Reports, 12, 19665,
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-23871-w

問い合わせ先

＜研究に関すること＞
東北大学大学院生命科学研究科、理学部生物学科［web］
教授　竹内　秀明　（たけうち　ひであき）
電話：022-217-6218
E-mail：hideaki.takeuchi.a8[at]tohoku.ac.jp
＊[at]を@に置き換えてください

Posted on：2022年12月 7日