東北大学 大学院理学研究科・理学部

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抗マラリア薬キニーネの超効率的な合成に成功
わずか5つの反応容器で医薬品を合成する

発表のポイント

● 抗マラリア薬や有機触媒(注1)として役立つキニーネ (注2)の効率的な合成を、ワンポット反応(複数の反応を一つの反応容器で行うこと)で達成。

● ワンポット反応は複数の精製工程を省略するため廃棄物の削減や時間の効率化などが可能。

● この合成を応用したキニーネ類縁体の合成による、新規医薬品や有機触媒の開発への貢献が期待できる。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

キニーネはマラリアの特効薬であり、新規医薬品開発のために効率的かつキニーネ類縁体合成への応用が可能な合成法が望まれています。近年ではキニーネやその誘導体が金属触媒の配位子や有機触媒としても注目を集めています。

一方でワンポット反応は一つの反応容器で複数の結合の形成や複雑な分子の合成が可能であり、非常に効率的であると同時に廃棄物を削減する環境調和型合成方法です。東北大学理学研究科林雄二郎教授らの研究グループは5つのワンポット反応を用いた、高収率かつ高選択的、最少ポット数でのキニーネの合成を達成しました。

アミノ酸から容易に合成可能な有機触媒を用いることで5つの反応をワンポットで行い、良好な収率かつ高い選択性で含窒素六員環化合物を合成しました。その後、4つのワンポット反応によってキニーネの合成を達成しました。この合成はグラムスケールで行うこともできるため、キニーネ及びその類縁体の合成的供給が可能であり、キニーネの誘導化では合成困難な類縁体を合成することで新規医薬品や有機触媒開発への応用が期待できます。

本研究成果は、「Nature Communications」で、2022年12月7日に公開されました。



詳細な説明

研究背景

キニーネは、キナの木から得られる化合物であり、マラリアの特効薬として400年近く前から用いられています。現在ではキニーネの構造を元にクロロキンやメフロキンなどの副作用が比較的少ない人工的な抗マラリア薬が開発されました。しかし、クロロキンやメフロキンに対して耐性を持つ熱帯熱マラリア原虫が現れ、現在ではその治療に対してキニーネやアルテミシニンが用いられています。マラリアは2020年の感染者数が全世界で約2億4000万人、死亡者数約63万人と推定されている世界三大感染症の一つであり、薬剤耐性が出にくく、副作用が少ない治療薬の開発が望まれています。また、近年ではキニーネやその誘導体が金属触媒の配位子や有機触媒としても用いられており注目を集めています。有機触媒は酸素や水に敏感で有害かつ高価になりがちな金属元素を必要としないため、それと比べて取り扱いが容易で環境負荷が小さいです。また酵素ほど複雑ではなく、構造の調整を行いやすいため、これまで数多くの有機触媒が開発され、多くの反応や合成に応用されています。

この様な背景から、効率的かつ類縁体の合成が可能なキニーネの合成法の開発が不可欠となっていますが、キニーネは4つの不斉(注4)炭素を有しており、その立体化学を制御し、効率的に合成するのは容易ではありません。イギリスの化学者W. H. Perkinが1856年に最初の合成を試み、1944年にアメリカの有機化学者R. B. WoodwardとW. Doeringによって最初の形式的な合成が達成されました。さらに約60年後の2001年にアメリカの有機化学者G. Storkによって初の不斉合成が報告されました。その後も多くの著名な有機化学者によりその合成が試みられてきましたが、現在もなお、より優れた合成法の開発が望まれています。

研究内容

東北大学大学院理学研究科の林雄二郎教授のグループはアミノ酸から容易に合成可能な有機化合物からのみなる触媒(有機触媒)を開発しています。また、通常の有機反応は、複数の反応を行うことにより、目的物を合成しています。これに対し、同教授のグループは、複数の反応を一つの反応容器の中で、連続的に反応を行うワンポット反応を開発しています。この手法は、途中の精製過程を省略することができ、廃棄物の削減と短時間での合成が可能であるため、より環境負荷が小さく、非常に効率的な方法です。 今回、有機触媒4とワンポット反応を用いることで、わずか5ポットでのキニーネ(1)の立体化学を制御した、超効率的な合成を達成しました。これまでで最も少ないポット数での合成であり、キニーネの類縁体合成にも応用可能です。

研究グループは以前報告している有機触媒を用いた含窒素六員環をワンポットで構築可能な3成分連結反応に着目しました。有機触媒4を用いた反応を含む5つの反応をワンポットで行い、7を良好な収率、高い選択性で得ることができました。この反応は10g以上のスケールで行うことが可能です。得られた7から2つのワンポット反応によって10を合成しました。類縁体合成にも応用が可能な11を用いて含窒素芳香環の導入を行いました。得られた12に対して5つの反応をワンポットで行うことでキニーネを合成しました。この合成は5ポット、総収率14%と高収率かつこれまでで最も少ないポット数となっています。

また、12からワンポットで13を合成し、この化合物から様々な修飾を行うことでキニーネの類縁体14-16を合成することに成功しました(図2)。

研究の意義

抗マラリア薬や有機触媒として重要なキニーネをこれまでで最も少ないポット数で、効率的かつ選択的に合成することに成功しました。これにより、従来のキニーネから誘導する方法では困難であった類縁体を合成することが容易になり、新規医薬品やより高い活性や選択性を有する有機触媒の開発を行うことができます。



謝辞

本研究はJSPS科研費 JP19H05630の助成を受けたものです。



用語説明

(注1)有機触媒
金属元素を含まず、炭素、水素、酸素、窒素、硫黄などの元素からなる、反応を促進させる(触媒)効果がある低分子化合物のこと。

(注2)キニーネ
マラリアの特効薬であり、近年ではキニーネやその誘導体が金属触媒の配位子(注3)や有機触媒としても注目を集めている。

(注3) 配位子
金属に電子対を供与することで結合し、錯体を形成でする化合物のこと。

(注4)不斉
物質がその鏡像と重ね合わすことができない性質。右手と左手の関係と同じである。4つの単結合の置換基が全て異なる炭素原子を不斉炭素と呼ぶ。鏡像の関係にある物質同士は化学反応性や物性がほぼ等しいため、分離は困難であるが、その片方の化合物を選択的に合成することを不斉合成という。



参考図

20221208_10.png

図1:有機触媒を用いたキニーネの5ポット合成


20221208_20.png

図2:12から13のワンポット合成およびキニーネ類縁体14-16の合成



論文情報

雑誌名: nature communications
論文タイトル:Organocatalyst-mediated five-pot synthesis of (-)-Quinine
著者:Takahiro Terunuma, Yujiro Hayashi
DOI番号:doi.org/10.1038/s41467-022-34916-z



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻[web
教授 林 雄二郎(はやし ゆうじろう)
E-mail:yujiro.hayashi.b7[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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