東北大学 大学院理学研究科・理学部

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日焼けで隠された水に富む小惑星リュウグウの素顔

*「はやぶさ2初期分析チーム」の【石の物質分析チーム】は東北大学大学院理学研究科の中村智樹教授がチームリーダーを担当されています。
「はやぶさ2初期分析チーム」につきましては、既出のプレスリリースをご覧ください。

「はやぶさ2」初期分析チーム 2021年6月より試料の分析開始
リュウグウはイヴナ型炭素質隕石でできている
炭素質小惑星リュウグウの形成と進化:リターンサンプルから得た証拠
小惑星リュウグウ試料の希ガスおよび窒素同位体組成―リュウグウ揮発性物質の起源と表層物質進化―
「はやぶさ2」ミッションによる世界初の小惑星からのガスサンプル:リュウグウからのたまて箱



国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)では小惑星リュウグウ試料分析を、6つのサブチームからなる「はやぶさ2初期分析チーム」および、2つの「Phase-2キュレーション機関」にて進めています。

この度「はやぶさ2初期分析チーム」のうち「砂の物質分析チーム」の研究成果をまとめた論文が、イギリスの科学誌「Nature Astronomy」に2022年12月20日付(日本時間)で掲載されましたのでお知らせします。

タイトル:日焼けで隠された水に富む小惑星リュウグウの素顔
原題:A dehydrated space-weathered skin cloaking the hydrated interior of Ryugu
掲載誌:Nature Astronomy
DOI:10.1038/s41550-022-01841-6

□ 東北大学ウェブサイト


小惑星リュウグウ試料の初期分析について

小惑星探査機「はやぶさ2」により2020年12月6日に地球へ帰還したリュウグウ試料は、JAXA宇宙科学研究所に設置された施設において、初期記載(Phase-1キュレーション)が行われました。試料の一部が、6つのサブチームからなる「はやぶさ2初期分析チーム」と2つの「Phase-2キュレーション機関」へ分配されました。初期分析チームは「はやぶさ2」の科学目的達成のために専門サブチームが分担して、計画された高精度分析により、試料の多面的価値を明らかにします。Phase-2キュレーション機関はそれぞれの特徴である"総合分析"に基づき、個々の「はやぶさ2粒子」カタログを作成すると同時に、粒子の特性に応じた測定・分析により、「はやぶさ2粒子」がもつ潜在的価値を明らかにしていきます。

なお、初期分析の6つのチーム、Phase-2キュレーション機関からの報告は、論文としての成果が公表されるタイミングで、個別にお知らせしてまいります。 また、全ての初期成果が公表されたのち、あらためて「はやぶさ2」サイエンス全体の総括をご説明する予定です。



1.発表のポイント

● 小惑星リュウグウは、液体の水との反応を大規模に経験したものからできていることが、他の研究グループの研究[引用文献:1-5]ですでに明らかになっています。しかし、「はやぶさ2」の現地での観測からは、小惑星リュウグウがかつてより大きな天体の一部だったときに、内部の温度が高かった[引用文献:6]、あるいは、過去に太陽の近くに到達する軌道にいたため表面から深さ約1メートルまでが強く加熱された[引用文献:7]結果、天体全体か天体表層の水がほとんど宇宙空間に失われたと解釈できるデータが得られていました。本研究は、両者の矛盾を解消するものです。

● 大気のない天体表面はいくつかの原因で徐々に変化しています(宇宙風化といいます)。本研究は、小惑星リュウグウの表面物質も宇宙風化を受けていることを示しました。しかし、小惑星リュウグウには、月にもイトカワにも含まれていない含水層状珪酸塩鉱物(粘土の仲間)が大量に含まれているため、水のない月や小惑星イトカワのものとは異なる独特の宇宙風化でした。いわば、大気のない天体はそれぞれの個性の違いに応じて違った日焼けのしかたをするということです。

● リュウグウでの宇宙風化の特徴は、マイクロメテオロイド(注1)の衝突による加熱によって石(や砂)の表面数ミクロンが溶融しているものがかなりあるのが特徴です。この溶融で粘土は脱水し、まるで天体全体が強い加熱を受けたかのように太陽光を反射していることが分かりました。

● リュウグウが属するC型小惑星は小惑星の集中部であるメインベルトに最も多く存在します。本研究でC型小惑星の宇宙風化の実態が初めて明らかになったことにより、水を含む小惑星の反射スペクトル(小惑星が太陽光をどのように反射しているか)の解釈が大きく進むと期待されます。



2.概要

先ほどポイントでも述べたように、太陽系の大気のない天体表面は、マイクロメテオロイド(注1)が秒速10キロメートルを超えるような速度で衝突、太陽からのプラズマ(注2)の流れである太陽風の照射、さらには、太陽及び銀河宇宙線(注3)の照射に常に曝されている非常に厳しい環境にあります。これらの影響で、大気(と磁場)のない天体の表面の化学組成、構造、そして、光学的特性が徐々に変わっていることが知られています。この変化を宇宙風化といいます。小惑星リュウグウは、内部太陽系の小天体で最も多いC型小惑星に属しています。「はやぶさ2」によるリュウグウからのサンプルリターンは、このC型小惑星の特徴を実験室で研究する初めての機会を与えてくれました。宇宙風化による試料の表面の変化は、今まで地球に持ち帰られた月やS型小惑星(注4)イトカワの試料で研究されてきました[引用文献:8-14]。これらの試料は、基本的にヒドロキシ基(OH)や水分子(H2O)を含まない無水鉱物からできています。一方、C型小惑星であるリュウグウは、そのもととなる天体(注5)ができたときに、鉱物、有機物、氷が集積し、その後、氷が融解して鉱物が水と大規模に反応しました。この天体が、他の天体の衝突で破壊されてできた破片が集まって現在のリュウグウができました[引用文献:5]。このため、リュウグウの物質は、層状珪酸塩鉱物(注6)という粘土鉱物の仲間を大量に含んでいます。宇宙風化が検出できたリュウグウ粒子(本研究では「砂」サイズの試料を分析しているため、サンプルを粒子と表すことにします)には、層状珪酸塩鉱物の結晶構造が壊れてしまっているものと、層状珪酸塩鉱物が部分的に融けているものがありました。どちらの場合でも、層状珪酸塩鉱物に含まれていた3価の鉄イオンが2価に還元されていました。また、層状珪酸塩鉱物に含まれるヒドロキシ基が失われていました。これは、リュウグウ粒子表面から水が取り去られたことを意味します。特に、層状珪酸塩鉱物が部分的に融けた場合、脱水反応は顕著でした。これらの結果は、C型小惑星における宇宙風化では、小惑星リュウグウの表面に存在している層状珪酸塩鉱物の脱水が大きく寄与していることを示しています。「はやぶさ2」探査機が測定した、2.7ミクロンの波長の光の吸収が弱い小惑星の反射スペクトル(注7)は、ヒドロキシ基が少ないことを示しています。C型小惑星一般においても、2.7ミクロンの吸収帯が弱い天体は、天体全体で揮発性物質が失われたというよりも、宇宙風化によって引き起こされた脱水の程度を示しているのかも知れません。

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図1 小惑星リュウグウの宇宙風化組織 点線より右側は太陽風照射による宇宙風化(Smooth layer)を受けた部分、点線より左側は、メテオロイド衝突による宇宙風化(Frothy layer)を受けた部分です。 Frothy layerは表面数ミクロンが融けて泡立っています。Frothy layerには、後に近くから飛来し付着した岩石の溶融物が薄く張り付いています(Melt splash)。このように、リュウグウの複雑な歴史が読み取れます。走査電子顕微鏡で撮影した反射電子像です。©Noguchi et al. (2022)


3.本文

大気のない天体における宇宙風化の2大要因は、太陽風照射とマイクロメテオロイドの高速衝突です。しかし、これら2つの要因がそれぞれ、どの程度影響を及ぼすか、どのような効果を生じるかは、天体を構成する物質によって大きく違います。太陽風照射によって、珪酸塩鉱物の部分的〜完全な非晶質化(注8)とナノメートルサイズの金属鉄の形成がおきます[引用文献:8-15]。これらのことは、月とS型小惑星イトカワの研究によって明らかになりました。また、ナノメートルサイズの金属鉄はマイクロメテオロイドの衝突によって蒸発した物質が他の鉱物の表面に付着し、その中に形成されます[引用文献:8]。

一方、層状珪酸塩鉱物に富むとされるC型小惑星や構成物質が未解明のD型小惑星のような暗い小惑星において、宇宙風化でナノメートルサイズの金属鉄ができるか分かっていませんし、それが反射スペクトルに影響するかも不明です。C型小惑星からもたらされたと考えられているミゲイ型炭素質コンドライト(CMコンドライト)については、太陽風を模擬したイオン照射実験やマイクロメテオロイド衝突を模擬したレーザ照射実験が近年いくつか行われていますが、C型小惑星の宇宙風化で何が起きるか予想されているとは言えませんでした[引用文献:16-21]。私たち砂の物質分析チームによる小惑星リュウグウ試料の宇宙風化の研究は、C型小惑星の宇宙風化による反射スペクトル変化を検討するための初めての機会を与えることになります。

まず、私たちは、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った近地球小惑星リュウグウの試料の表層が変化しているものを探すことから始めました。他の論文[引用文献:5]で述べられているとおり、小惑星リュウグウを作っている物質は非常にもろいです。このため、100 Kをこえる昼と夜の温度差[引用文献:22]、サンプル採集時の衝撃、地球帰還時の衝撃といった原因で容易に割れてしまっていて、小惑星上で宇宙空間に曝されていた面を保持している試料を探し出すのにはかなりの困難を伴いました。私たちに配分された試料の総重量は0.7ミリグラムという微量でしたが、配布されたのは「砂」のような微粒子であるため、多数観察することで量の少なさをカバーしました。第1回タッチダウン回収試料から平均径70ミクロンの粒子を500粒以上、第2回タッチダウン回収試料から平均径50ミクロンの粒子を300粒以上観察し、検出できる程度に変化している表面を持つ粒子は約6%でした。大部分はより大きな石が砕けた破片ということです。また、これら砂サイズ試料と、化学班や石の物質分析班が扱っている石サイズの試料の宇宙風化を比較するため、数個の宇宙風化している石サイズの試料を融通していただきました。宇宙風化を受けていないものも分析し、他班と同様に岩石鉱物学的にイブナ型炭素質隕石(CIコンドライト)に非常によく似ていました。砂と石で違いはありませんでした。層状珪酸塩鉱物に富むリュウグウ粒子の表面の顕著な表面の宇宙風化組織として、先に概要で述べたSmooth layerとFrothy layerが見出されました。


(1) リュウグウ粒子に見られた宇宙風化層(その1):Smooth layer 滑らかな層
Smooth layerは文字通り滑らかな層ということです。図2に示したようなぬめっとした角の取れたような面に、1ミクロンよりもかなり小さな穴(黒く見えている)がポツポツと開いているのが典型的組織です。第1回タッチダウン回収粒子の約5%、第2回タッチダウン回収粒子の約1%に見られました。

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図2 太陽風照射による宇宙風化組織(Smooth layer) ぬめっとした平滑な面に1ミクロンよりもかなり小さな穴(黒く見えている)がポツポツと開いているという典型的な組織です。 走査電子顕微鏡で撮影した反射電子像。©Noguchi et al. (2022)


この組織のできかたを検討するために、JAXAの施設で、宇宙風化していないリュウグウの砂粒にヘリウムイオンを照射しました(図3)。太陽風に含まれる陽イオンは、水素イオン(陽子)が約95%、ヘリウムイオンが約5%、それ以外の元素のイオンはごくわずかという比率になっていますが、今回は、ヘリウムイオンの照射で太陽風の照射を模擬しました(照射実験では一般的なやりかたです)。この画像を見ると、Smooth layerとよく似た組織を持つものが形成されていることが分かります。


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図3 Smooth layerの組織再現実験 (左)ヘリウムイオン照射実験前のリュウグウ粒子表面。(右)照射後のリュウグウ粒子表面。ぬめっとした角の取れた面にポツポツと穴の開いている組織が再現できています。走査電子顕微鏡で撮影した反射電子像。©Noguchi et al. (2022)


Smooth layerと実験でできたSmooth layer類似組織は内部構造も似ていました(図4)。電子線回折パターン1(注9)は、表面にある0.1ミクロン程度の厚さの層では、層状珪酸塩鉱物が非晶質になっていることを示しています。Smooth layer下にある層状珪酸塩鉱物の結晶構造は壊れていないことを電子線回折パターン2と3は示しています。これら表面と内部組織の類似性から、私たちはSmooth layerは太陽風照射によって層状珪酸塩鉱物が変化して形成された宇宙風化組織と判断しました。

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図4 Smooth layerとヘリウム照射実験でできたSmooth layer類似物の内部構造の比較 左側がSmooth layerで、右側がヘリウム照射実験でできたSmooth layer類似組織。どちらも白い点線より上側が結晶構造が壊れている層で、表面から見てぬめっとしていた部分に対応します。左右の図のどちらにも右側に3つの模様が映っていますが、これは電子線回折パターンと言います。どちらにおいても、1は非晶質であることを示していますが、2と3は点がいくつか写っており、層状珪酸塩鉱物の結晶構造が保たれていることを示しています。透過電子顕微鏡による観察。©Noguchi et al. (2022)


(2) リュウグウ粒子に見られた宇宙風化層(その2):Frothy layer 泡立っている層
Frothy layerはリュウグウを作っている物質が融けて泡立っている層です(図5左)。第1回タッチダウン回収粒子の約1%、第2回タッチダウン回収粒子の約2%にこの組織が見られました。図5右は、ミゲイ型炭素質コンドライトに属するマーチソン隕石に高出力のレーザーをパルス的に照射したものです。炭素質コンドライトの種類はリュウグウに近いイブナ型ではありませんが、リュウグウの表面と同様に泡立ち融けていることが分かります。Frothy layerとこの実験的に作られたものは、表面も内部構造もよく似ています(図6)。リュウグウもマーチソン隕石も層状珪酸塩鉱物に富んでいます。それらが瞬間的に加熱されると層状珪酸塩鉱物が融解する際に水蒸気が放出されて泡立ちます(注10)。Frothy layerはマイクロメテオロイドの衝突によって加熱されてリュウグウ試料の表面が瞬間的に加熱されて溶融されて形成された宇宙風化層であることを示しています。

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図5 Frothy layerとレーザー照射実験でできたFrothy layer類似物の表面組織の比較 全体的に泡立ったようになっていて、破裂した泡が多数見られます。泡はどちらの画像でも黒い丸のように見えます。走査電子顕微鏡で撮影。左は二次電子像、右は反射電子像。©Noguchi et al. (2022)


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図6 Frothy layerとレーザー照射実験でできたFrothy layer類似物の断面組織の比較 全体的に泡立っていて、ガスが抜けて穴ができた泡(どちらの画像でも黒い丸のように見えているもの)が多数見られます。透過電子顕微鏡で撮影。左はHAADF-STEM像、右はBF-STEM像。©Noguchi et al. (2022)


(3) 宇宙風化層における鉄イオンの還元
リュウグウを作っている物質にたくさん含まれている層状珪酸塩鉱物には鉄イオンが入っています。鉄イオンには、3価と2価のものがあることはご存じかと思います。宇宙風化を受けていない層状珪酸塩鉱物と比べてSmooth layerとFrothy layerに含まれる鉄イオンの多くが2価となっていました(注11)。このことは、宇宙風化によって鉄イオンの還元が起きたということを意味します。しかし、月やイトカワでよく見られるような金属鉄[引用文献:8-15]はほとんど見られませんでした。

(4) 宇宙風化による脱水
「はやぶさ2」探査機によるその場での反射スペクトル測定結果の解釈と、持ち帰られた試料の分析結果の矛盾を解消し得るのが宇宙風化による脱水です。(2)のFrothy layerの組織の説明において、マイクロメテオロイドの衝突加熱によって層状珪酸塩鉱物が溶融する際に揮発性成分が抜けていることを説明しました。Frothy layerは無水の珪酸塩ガラスと鉄ニッケル硫化物の混合物からなる化学組成を持ちます。溶融した層の下の少なくとも1~2ミクロンもかなり脱水しています。また、太陽風照射による宇宙風化でも不完全ながら脱水が起きていました。

(5) リュウグウ粒子はイトカワ粒子よりも表面が融けているものが多い
リュウグウではFrothy layerというマイクロメテオロイドの衝突で表面が融けた宇宙風化層が1-2%の粒子で見られました。他方、イトカワでは同様の融けた表面を持つ粒子は0.3%しかありませんでした。約3割もミクロなすき間を持つリュウグウの物質のようなものが瞬間的な加熱を受けると、ミクロなすき間を持たないイトカワの物質のようなものよりも、より高い温度になることが知られています。ミクロなすき間の多いた粒子がゆるく集まっているところにマイクロメテオロイドが高速で衝突し、粒子が互いにこすれあって生じた摩擦熱によってリュウグウの粒子表面が融けたと私たちは考えています。

(6) 小惑星リュウグウの宇宙風化はどのように蓄積されるか
太陽風照射による宇宙風化層は太陽風に曝されている限り継続的に形成され、衝突現象による溶融で形成される宇宙風化層は衝突が起きた一瞬で作られます。マイクロメテオロイドの衝突は、ランダムな時間間隔で、時折起きる現象と考えられます。これらを考慮して、小惑星リュウグウ上に存在する石や砂に多量に含まれる層状珪酸塩鉱物に2種類の宇宙風化が蓄積される様子を示した模式図が図7です。図7では、始めに層状珪酸塩鉱物に太陽風粒子(プラズマを作っているプラスイオンと電子)が表面から0.1ミクロン程度の深さに蓄積し、層状珪酸塩鉱物の構造を破壊し、部分的に脱水を起こします。これが太陽風による宇宙風化であり、Smooth layerを形成します。時折起きるマイクロメテオロイドの衝突によって、太陽風照射の影響を受けていたリュウグウの石や砂の表面は、溶融層(Frothy layer)によって部分的或いは全体的に覆われます。これがマイクロメテオロイド衝突加熱による宇宙風化です。Frothy layerは脱水しており、その下の数ミクロンの層状珪酸塩も脱水します。

宇宙風化を起こす2大要因である太陽風照射とマイクロメテオロイドの衝突加熱は大気のない天体全てで共通ですが、天体を構成している物質、太陽からの距離、天体のサイズによって、皆それぞれ個性的な宇宙風化を起こすということが分かりました。太陽風照射損傷でできた宇宙風化層であるSmooth layerの場合、その厚さは0.1ミクロン程度であるため、反射スペクトルへの影響は少ないと思われます。しかし、マイクロメテオロイドの衝突加熱による脱水溶融層は2から3ミクロンは厚さがあり、その下の層状珪酸塩も脱水していることから、小惑星リュウグウの表面にこうした衝突による加熱溶融層が広範に存在していれば、見かけ上天体全体が強い加熱を受けたようなスペクトルが得られるのではないかと考えています。


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図7  小惑星リュウグウ上に存在する石や砂に宇宙風化の影響が蓄積されていく様子を示す模式図。©Noguchi et al. (2022)


(7) この研究のC型小惑星の宇宙風化に対する意義
小惑星が最も多く集まっている、火星と木星の間のメインベルトでは、C型小惑星が最も多いことが知られています。そして、C型小惑星の40%は、反射スペクトルにヒドロキシ基OHの存在を示す吸収帯を持たないことが知られています。その原因としては、これらは天体全体が強い加熱を受けたとか、そもそも私たちが隕石としては手にしたことのない物質でできているとかいった説明が行われてきました[引用文献:24、25]。私たちは、今回の研究結果を踏まえて、CIコンドライトに似た物質でできているC型小惑星の場合は、宇宙風化の影響(特に衝突加熱の影響)も考慮に入れるべきではないかと考えています。



4.論文情報

雑誌名: Nature Astronomy
論文タイトル: A dehydrated space-weathered skin cloaking the hydrated interior of Ryugu

著者: T. Noguchi1, T. Matsumoto2,1, A. Miyake1, Y. Igami1, M. Haruta3, H. Saito4,5, S. Hata6,7, Y. Seto8, M. Miyahara9, N. Tomioka10, H. A. Ishii11, J. P. Bradley11, K. K. Ohtaki11, E. Dobrică11, H. Leroux12, C. Le Guillou12, D. Jacob12, F. de la Peña12, S. Laforet12, M. Marinova13, F. Langenhorst14, D. Harries15, P. Beck16, T. H. V. Phan16, R. Rebois16, N. M. Abreu17, J. Gray18, T. Zega19, P-M. Zanetta19, M. S. Thompson20, R. Stroud21, K. Burgess22, B. A. Cymes23, J. C. Bridges24, L. Hicks24,25, M. R. Lee26, L. Daly26,27,28, P. A. Bland29, M. E. Zolensky30, D. R. Frank11, J. Martinez31, A. Tsuchiyama32,33,34, M. Yasutake35, J. Matsuno32, S. Okumura1, I. Mitsukawa1, K. Uesugi35, M. Uesugi35, A. Takeuchi35, M. Sun33,34,36, S. Enju37, A. Takigawa38, T. Michikami39, T. Nakamura40, M. Matsumoto40, Y. Nakauchi41, M. Abe41,42, M. Arakawa43, A. Fujii41, M. Hayakawa41, N. Hirata44, N. Hirata43, R. Honda45, C. Honda44, S. Hosoda40, Y. Iijima41*, H. Ikeda41, M. Ishiguro46, Y. Ishihara41, T. Iwata41,42, K. Kawahara41, S. Kikuchi47, K. Kitazato44, K. Matsumoto48,42, M. Matsuoka41, Y. Mimasu41, A. Miura41, T. Morota38, S. Nakazawa41, N. Namiki48,42, H. Noda48,42, R. Noguchi49, N. Ogawa41, K. Ogawa41, T. Okada41,42, C. Okamoto43*, G. Ono41, M. Ozaki41,42, T. Saiki41, N. Sakatani50, H. Sawada41, H. Senshu47, Y. Shimaki41, K. Shirai43, S. Sugita38,47, Y. Takei41, H. Takeuchi41,42, S. Tanaka41,42, E. Tatsumi51,38, F. Terui52, R. Tsukizaki41, K. Wada47, M. Yamada47, T. Yamada41, Y. Yamamoto41, H. Yano41,42, Y. Yokota41, K. Yoshihara41, M. Yoshikawa41,42, K. Yoshikawa41, R. Fukai41, S. Furuya41, K. Hatakeda53, T. Hayashi41, Y. Hitomi53, K. Kumagai53, A. Miyazaki41, A. Nakato41, M. Nishimura41, H. Soejima53, A. I. Suzuki53, T. Usui41, T. Yada41, D. Yamamoto41, K. Yogata41, M. Yoshitake41, H. C. Connolly, Jr.19,54, D. S. Lauretta19, H. Yurimoto55, K. Nagashima11, N. Kawasaki55, N. Sakamoto56, R. Okazaki57, H. Yabuta9, H. Naraoka57, K. Sakamoto41, S. Tachibana58, S. Watanabe59, Y. Tsuda41

1Division of Earth and Planetary Sciences, Kyoto University, Kitashirakawaoiwake-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan.
2The Hakubi Center for Advanced Research, Kyoto University, Kitashirakawaoiwake-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan
3Institute for Chemical Research, Kyoto University, Gokasho, Uji, Kyoto 611-0011, Japan.
4Institute for Materials Chemistry and Engineering, Kyushu University, Fukuoka 816-8580, Japan.
5Pan-Omics Data-Driven Research Innovation Center, Kyushu University, Fukuoka 816-8580, Japan.
6Interdisciplinary Graduate School of Engineering Sciences, Kyushu University, Fukuoka 816-8580, Japan.
7The Ultramicroscopy Research Center, Kyushu University, Fukuoka 819-0395, Japan.
8Department of Geosciences, Osaka Metropolitan University, Sugimoto 3-3-138, Sumiyoshi-ku, Osaka 558-8585, Japan.
9Department of Earth and Planetary Systems Science, Hiroshima University, 1-3-1 Kagamiyama, Higashi-Hiroshima City, Hiroshima, 739-8526, Japan.
10Kochi Institute for Core Sample Research, X-Star, JAMSTEC, 200 Monobe Otsu, Nankoku, Kochi 783-8502, Japan.
11Hawai'i Institute of Geophysics and Planetology, The University of Hawai'i at Mānoa, 1680 East-West Road, POST Building, Room 602, Honolulu, HI 96822, USA.
12Université de Lille, CNRS, INRAE, Centrale Lille, UMR 8207-UMET-Unité Matériaux et Transformations, F-59000 Lille, France.
13Université de Lille, CNRS, INRAE, Centrale Lille, Université Artois, FR 2638-IMEC-Institut Michel-Eugène Chevreul, F-59000 Lille, France.
14Institut für Geowissenschaften, Friedrich-Schiller-Universität Jena, Carl-Zeiss-Promenade 10, 07745 Jena, Germany.
15European Space Resources Innovation Centre, Luxembourg Institute of Science and Technology, 41 rue du Brill, 4422 Belvaux, Luxembourg.
16Institut de Planétologie et d'Astrophysique de Grenoble (IPAG), CNRS, Université Grenoble Alpes, 38000 Grenoble, France.
17NASA Langley Research Center, Hampton, VA 23681-2199, USA.
18Materials Characterization Lab, The Pennsylvania State University Materials Research Institute, Millennium Science Complex, Pollock Road, University Park, PA16802, USA.
19Lunar and Planetary Laboratory, Department of Planetary Sciences, The University of Arizona, 1629 E. University Blvd., Tucson AZ 85721-0092, USA.
20Department of Earth, Atmospheric and Planetary Sciences, Purdue University, 550 Stadium Mall Drive, West Lafayette, IN 47907-2051, USA.
21Buseck Center for Meteorite Studies, Arizona State University, 781 E Terrace Road, Tempe, AZ 85281, USA.
22Materials Science and Technology Division, U.S. Naval Research Laboratory, Washington, DC 20375, USA.
23NRC Postdoctoral Research Associate, U.S. Naval Research Laboratory, Washington, DC 20375, USA.
24Space Park Leichester, The University of Leicester, 92 Corporation Road, Leicester, LE4 5SP, UK.
25School of Geology, Geography and the Environment, The University of Leicester, University Road, Leicester, LE1 7RH, UK.
26School of Geographical and Earth Sciences, The University of Glasgow, Molema Building, Lilybank Gardens, Glasgow G12 8QQ, UK.
27Australian Centre for Microscopy and Microanalysis, The University of Sydney, Sydney, New South Wales, Australia.
28Department of Materials, The University of Oxford, Parks Road, Oxford, OX1 3PH, UK.
29School of Earth and Planetary Sciences, Curtin University, GPO Box U1987, Perth, Western Australia 6845, Australia.
30ARES, NASA Johnson Space Center, 2101 NASA Parkway, Houston, Texas 77058, USA
31Jacobs Engineering, 1999 Bryan Street, Suite 1200, Dallas, Texas 75201, USA.
32Research Organization of Science and Technology, Ritsumeikan University, 1-1-1 Nojihigashi, Kusatsu, Shiga 525-8577, Japan.
33CAS Key Laboratory of Mineralogy and Metallogeny, Guangdong Provincial Key Laboratory of Mineral Physics and Materials, Guangzhou Institute of Geochemistry, Chinese Academy of Sciences (CAS), Guangzhou 510640, China.
34CAS Center for Excellence in Deep Earth Science, Guangzhou 510640, China.
35Japan Synchrotron Radiation Research Institute, 1-1-1 Kouto, Sayo-cho, Sayo-gun, Hyogo 679-5198, Japan.
36University of Chinese Academy of Sciences, Beijing 100049, China.
37Department of Mathematics, Physics, and Earth Science, Ehime University, 2-5 Bunkyo-cho, Matsuyama, Ehime 790-8577, Japan.
38Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan.
39Faculty of Engineering, Kindai University, Hiroshima Campus, 1 Takaya Umenobe, Higashi-Hiroshima, Hiroshima 739-2116, Japan.
40Department of Earth Science, Tohoku University, 6-3 Aoba, Aramaki, Aoba-ku, Sendai 980-8578, Japan.
41Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency, 3-1-1 Yoshinodai, Chuo-ku, Sagamihara, Kanagawa 252-5210, Japan.
42The Graduate University for Advanced Studies, SOKENDAI, Hayama 240-0193, Japan.
43Department of Planetology, Kobe University, 1-1 Rokkodai-cho, Nada-ku, Kobe, Hyogo 657-8501, Japan.
44Aizu Research Center for Space Informatics, The University of Aizu, Ikki-machi, Aizu-Wakamatsu, Fukushima 965-8580, Japan.
45Department of Information Science, Kochi University, 2-5-1 Akebono-cho, Kochi 780-8520, Japan.
46Department of Physics and Astronomy, Seoul National University, Seoul 08826, Korea.
47Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology, 2-17-1Tsudanuma, Narashino, Chiba 275-0016, Japan.
48National Astronomical Observatory of Japan, 2-21-1 Osawa, Mitaka, Tokyo 181-8588, Japan.
49Faculty of Science, Niigata University, 2-8050 Ikarashi, Nishi-ku, Niigata 950-2181, Japan.
50Department of Physics, Rikkyo University, 3-34-1 Nishiikebukuro, Toshima-ku 171-8501, Japan.
51Instituto de Astrofísica de Canarias, University of La Laguna, Tenerife, Spain.
52Department of Mechanical Engineering, Kanagawa Institute of Technology, Atsugi 243-0292, Japan.
53Marine Works Japan Ltd., 3-54-1, Oppamahigashi-cho, Yokosuka 237-0063, Japan.
54Department of Geology, School of Earth and Environment, Rowan University, Glassboro, NJ 08028, USA.
55Department of Earth and Planetary Sciences, Hokkaido University, Kita-10 Nishi-8, Kita-ku, Sapporo 060-0810, Japan.
56Creative Research Institution Sousei, Hokkaido University, Kita-21, Nishi-10, Kita-ku, Sapporo 001-0021, Japan.
57Department of Earth and Planetary Sciences, Kyushu University, 744 Motooka, Nishi-ku, Fukuoka 819-0395, Japan.
58UTokyo Organization for Planetary and Space Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan.
59Department of Earth and Environmental Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8601, Japan.
*Deceased.

10.1038/s41550-022-01841-6



5.脚注

(注1) 惑星間空間を高速で移動する天然の固体物質のことです。地球大気を通過して地表に落下したもののうち2mm以上の大きさのものは隕石とよばれます。そのなかで小さなものはマイクロメテオロイドとよびます。今回、衝突してきたメテオロイドの大きさは分からないのですが、マイクロメテオロイドという用語に統一しました。

(注2) 高温のために原子が正イオンと電子に分かれた状態になっている気体のことです。

(注3) 太陽宇宙線は、太陽フレアやコロナ質量放出に伴って放出される高エネルギーの荷電粒子のことです。太陽風のプラズマの持つエネルギーと比べて大きく数メガ電子ボルトから数ギガ電子ボルトの運動エネルギーを持ちます。太陽風は数キロ電子ボルトなので3桁以上高エネルギーです。銀河宇宙線とは太陽系外で発生した高エネルギー粒子のことをいい、 100メガ電子ボルトから1ギガ電子ボルトの運動エネルギーを持つものが多いです。

(注4) S型小惑星とは、珪酸塩鉱物という鉱物を多量に含む岩石質の小惑星のことをいいます。

(注5) リュウグウは、ラブルパイル小惑星という、より大きな天体が破壊されて作られた破片が集積してできた「がれきの集合体」のような天体です。詳しくは[引用文献:26]を参照して下さい。

(注6) リュウグウにはサポナイトと蛇紋石という2種類の層状珪酸塩鉱物が多量に含まれています。前者は、結晶のなかに層間水分子という容易に鉱物から出入りすることが可能な水分子を含むことができます。しかし、リュウグウから回収された試料に含まれているサポナイトは、宇宙風化を受けていない試料であっても、小惑星上にいたときにすでに層間水分子のほとんどを失っていたことが分かっています。詳しくは[引用文献:2]を参照して下さい。

(注7) 反射スペクトルとは、ある物質の表面に光を照射し反射された光を、色々な波長(あるいはその逆数である波数)ごとの反射率として表わしたもののことをいいます。

(注8) 非晶質化とは、三次元的に規則正しく原子やイオンが配列した物質である結晶中の規則正しい原子やイオンの並び方が乱されて、規則性がなくなることをいいます。

(注9) 電子は波としての性質も持つため、電子線が結晶の中を通ると、結晶中の原子やイオンの規則正しい配列によって干渉がおきて発生する模様のことを電子線回折パターンという。

(注10) 一例を挙げると、Mg6Si4O10(OH)8という化学組成を持つ蛇紋石が加熱されて分解すると、3Mg2SiO4+SiO2+4H2O↑という脱水反応が起きて、水分子(実際には加熱されているので水蒸気)が放出されることが分かります。

(注11) 走査透過電子顕微鏡に取り付けた電子線エネルギー損失スペクトロメーターという装置や放射光を使った鉄のX線吸収端微細構造スペクトルの解析から分かりました。

6.引用文献

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