東北大学 大学院理学研究科・理学部

トップ > お知らせ

NEWSお知らせ

「錬金術師の金」を分子でつくる
史上初の単分子ナノワイヤー直交構造

発表のポイント

● 「錬金術師の金」と呼ばれる物質とそっくりなナノ構造を分子で実現

● 単分子ナノワイヤーが縦横に直交した、非常に珍しい構造

● 量子マテリアルとして活用が期待



概要

「錬金術師の金」と呼ばれる物質があります。錬金術さながらの手順で、水銀を垂らすと金色に変わったことから名付けられました。この物質の特徴は内部のナノ構造にあり、水銀の単原子鎖が縦横に直交した非常に珍しい構造です。

今回、東北大学理学研究科脇坂聖憲助教、山下正廣名誉教授並びに、名古屋大学工学研究科井口弘章准教授らの研究グループは、ハロゲン架橋金属錯体と呼ばれる単分子ナノワイヤーが、直交した結晶構造の化合物を合成しました。これは「錬金術師の金」と同じトポロジーであり、単分子ナノワイヤー直交構造はこれまで先例がありません。この様な直交鎖構造は三次元ナノワイヤリング技術や、量子マテリアルとして活用が期待されます。

本研究成果は、Chemistry of Materialsにて12月19日付けでオンライン公開されました。



詳細な説明

1970年代、カナダのマクマスター大学の研究グループが「錬金術師の金 (Alchemist's gold) 」と呼ばれる物質を合成しました。彼らが参考にした文献は17世紀に出版されたTheatrum Chemicum Britannicumという錬金術書です。液体の二酸化硫黄に五フッ化ヒ素を溶かしこみ、水銀を垂らすというもので、金色の固体物質であるHg3-AsF6ができました。この物質の面白いところは見た目の色以上に、その内部ナノ構造にあります。彼らは単結晶X線構造解析を行い、水銀の原子鎖が縦横に直交した構造であることを明らかにしました(図1a)。この様な直交鎖構造は非常に稀で、通常は鎖が平行に走ります。

我々の研究グループではハロゲン架橋金属錯体と呼ばれる鎖化合物を研究してきました。今回、合成に成功したのは白金と塩素の鎖からなる[PtII(en)2][PtIVCl2(en)2][FeIIICl5]という鎖化合物です(図1b)。鎖の部分は分子が一個ずつ連結した単分子鎖であり、二価の白金と四価の白金が交互に並んだ混合原子価状態をとります。混合原子価の鎖は電荷の周期的な波をもたらすため、電荷密度波状態(注1)と呼ばれます。白金のハロゲン架橋金属錯体は一般的に電子相関が弱いため、パイエルス不安定性によりこの様な電荷密度波状態の鎖になります。したがって、鎖自体は何の変哲もないハロゲン架橋金属錯体です。しかし、面白いのは鎖の並び方で、なんと「錬金術師の金」と同じ直交鎖構造です。これまでに300種類を超えるハロゲン架橋金属錯体が合成されてきましたが、直交鎖構造は初めてです。

「錬金術師の金」では、対アニオンの[AsF6]-がつくる結晶格子に縦横の穴が開き、その穴を水銀の単原子鎖が貫通します。今回のハロゲン架橋金属錯体でも、対アニオンの[FeIIICl5]2-がつくる結晶格子に同様の縦横の穴が開き、白金錯体と塩素の単分子鎖が通ります。金属性の単原子鎖と電荷密度波の単分子鎖という大きな違いにもかかわらず、これらの結晶構造は同じ空間群(注2)であり、同じトポロジー(注3)です。この様な直交鎖構造を組み上げる方法論は確立されていませんが、今回のケースでは、単分子鎖と対アニオンが水素結合によって三次元的なネットワークを形成していることが重要と考えられます。

単原子鎖や単分子鎖はそれ以上細くすることができない、この世で最細のナノワイヤーです。この様なナノワイヤーを縦横に立体交差して配線することは三次元ナノワイヤリングと呼ばれ、現在のナノ技術では未達成の課題です。本研究で得られた直交鎖構造は、その良いモデルになります。また、直交した一次元電子系(注4)は二次元電子系の様に見えますが、通常の二次元電子系とは異なります。期待される機能として、直交鎖は二方向の異方性を示すため、量子を二方向に分割する量子スプリッターとして作用する可能性があります(図2)。この様な量子マテリアルは、量子コンピュータや量子通信技術に不可欠であり、今後の展開が期待されます。

20230110_10.png

図1:(a)「錬金術師の金」Hg3-δAsF6と(b)ハロゲン架橋金属錯体[PtII(en)2][PtIVCl2(en)2][FeIIICl5]の結晶構造(空間群:I41/amd,#141). 挿入図はbの単結晶の顕微鏡写真.


20230110_20.png

図2:直交鎖構造の量子マテリアルとしての可能性を表す模式図. 直交鎖に対して45°の角度で入射された量子は、1/2の確立密度で直交する二方向へ分割される. 直交鎖はナノレベルの量子スプリッターとして作用すると期待される.



用語解説

(注1)電荷密度波状態
低次元電子系に特有の量子現象であり、波様の周期的な電荷の偏りによって絶縁化している状態。ハロゲン架橋金属錯体の場合は白金の二価と四価が交互に並んだ状態で絶縁化する。

(注2)空間群
結晶構造の対称性を記述するのに用いられる指標であり、全230種知られている。

(注3)トポロジー
何らかの形を連続変形しても保たれる性質のこと。錬金術師の金と本研究のハロゲン架橋金属錯体は異なる分子構造の化合物であるが、対アニオンが作る結晶格子とその穴を貫通する鎖の関係性は同じである。

(注4)一次元電子系
身の回りの導線は三次元電子系。厚さをナノあるいは原子レベルまで薄くすると二次元電子系となり、幅も同様に狭くすると一次元電子系になる。これらの低次元電子系では量子性が現れる。



論文情報

雑誌名:Chemistry of Materials
論文タイトル:Orthogonal Grade-Separated Nanowiring of Molecular Single Chains
著者:中島裕隆、井口弘章、高石慎也、佐藤鉄、Brian K. Breedlove, 石川立太、川田知、Qingyun Wan, 脇坂聖憲、山下正廣
DOI番号:10.1021/acs.chemmater.2c02720



問い合わせ先

東北大学大学院理学研究科化学専攻[web
名誉教授 山下正廣(やました まさひろ)
電話:022-795-6544
E-mail:masahiro.yamashita.c5[at]tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



お知らせ

FEATURES

先頭へ戻る