東北大学 大学院理学研究科・理学部

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含窒素芳香族複素環を細胞内で構築できる光反応を発見
~機能性分子を光制御する光化学ツールへの応用に期待~

発表のポイント

● o-ニトロベンジル基を持つビアリールオキシムに光照射することで、含窒素芳香族複素環注1の一種であるフェナントリジン骨格を形成できる反応を発見した。

● 本反応は、これまで見逃されてきたo-ニトロベンジルオキシムの特異な光反応性に立脚したものであることを解明した。

● 本反応は細胞内でも進行することから、分子機能を時空間制御できる新たな光化学ツールとして、バイオテクノロジーや創薬研究への応用が期待される。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

特定の化学反応を任意の場所とタイミングで引き起こす手法が大きな注目を集めています。このような方法論の一つに、光で誘起される化学反応の利用があげられますが、現状生体応用可能な光反応は限られています。東北大学多元物質科学研究所の岡村 秀紀 助教、飯田 百香 修士課程学生(研究当時)、金山 唯 修士課程学生、永次 史 教授(同大学大学院理学研究科化学専攻 兼担)らは、分子骨格を構築できる新たな光化学反応注2として、o-ニトロベンジル基を持つビアリールオキシム化合物注3を用いた分子内環化反応注4の開発に成功しました。

本反応は反応前後で分子に大きな構造変化を誘起することから薬理活性のOFF-ONが可能であると同時に、細胞内でも進行することから光反応による薬理活性の制御を可能にすると考えられます。本研究の成果は、分子を光構築することでその機能を時空間制御できる新たなタイプの光化学ツールとして、創薬やバイオテクノロジー研究への応用が期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会の学術雑誌「Organic Letters」オンライン版(2023年1月11日付)に掲載され、雑誌の「Supplementary Cover Art」にも選出されました。



詳細な説明

I. 研究の背景

特定の化学反応を任意の場所とタイミングで起こす手法は、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーをはじめとする幅広い分野でニーズがあります。このような方法論の一つとして、光で誘起される化学反応の利用があげられます。特に、光化学反応を用いて機能性分子を生体内制御する手法は、生命現象の解明に有用であるほか、薬理効果の時空間的制御に基づく副作用の少ない薬物療法の開発につながるため、大きな注目を集めています。その代表例として、薬物分子を光切断性保護基と結合させ、光照射で活性をOFF-ON制御する光ケージド法が活発に研究されてきました。しかし、光ケージド法による機能制御が有効でない場合や、光切断性保護基を導入できない機能性分子も多数存在します。そのため、より幅広い種類の機能性分子の光制御を実現するために、生体応用可能な光化学反応のレパートリーの拡張が強く望まれています。

II. 研究の成果

本研究グループは、生体応用可能な新たな光化学反応として、薬物分子に多く見られる含窒素芳香族複素環を与える光誘起型の環化反応を発見しました。具体的には、o-ニトロベンジル基を持つビアリールオキシム化合物に、405 nmの近可視光を照射することで、含窒素芳香族複素環であるフェナントリジン環注5を構築できることを明らかにしました(図1)。従来、o-ニトロベンジル基は、光で除去可能な置換基として機能性分子の光制御に幅広く用いられてきました。光切断性保護基として用いられるo-ニトロベンジル基では、一般的にベンジル位の炭素原子とヘテロ原子の間で切断されます。一方、本研究において、o-ニトロベンジル基を結合させたオキシムに光照射したところ、オキシムの窒素-酸素原子間で切断され反応性の高いイミニルラジカル注6が生成、隣接する芳香環とただちに分子内環化反応を起こし、フェナントリジン化合物が生成することを見出しました。今回見出した反応形式は今までに全く報告例はなく、これまで見逃されてきたo-ニトロベンジル基の光反応様式の発見に成功したと考えています。

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図1:新たに発見したo-ニトロベンジルオキシムの特異な光化学反応性に基づく分子内環化反応の概要

これまでにもイミニルラジカルを発生させる方法やフェナントリジン化合物を合成する方法論は、多数報告されてきました。これらの先行研究と比較して、今回見出したo-ニトロベンジルオキシムの光反応性に基づくフェナントリジン環形成反応は、1. 水を含む反応条件で効率良く進行すること、2. 光触媒をはじめとする添加剤を必要としないことを特徴とします。これらの性質は本光反応が生体応用可能であることを示唆していると考え、次に蛍光性分子の細胞内光構築を試みました。具体的には、蛍光性を示さない光環化前駆体Aを細胞に投与後、光を照射することで環化反応が進行し、蛍光性のフェナントリジン誘導体Bが細胞内で生成するかを検証しました(図2, 3)。その結果、細胞内に化合物Aを投与し光照射することで蛍光シグナルが検出され、光反応の進行が確認できました。

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図2:新規分子内環化反応を用いた蛍光性分子の細胞内光構築

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図3:細胞内における光化学反応の進行とフィナントリジン形成のイメージ


III. 今後の展望

o-ニトロベンジル基は、生命現象の解明を試みるケミカルバイオロジー研究や薬物分子の時空間性制御を試みる光薬理学分野だけでなく、合成化学研究や材料化学分野でも用いられる汎用性の高い光反応性置換基です。本研究成果は、このようなo-ニトロベンジル基のこれまで知られていなかった光化学的側面を明らかにしたものであり、新たな光化学反応や光化学ツールの開発につながることが期待されます。また、従来の光ケージド法に適用できなかった薬物分子の光制御にも有用であると考えられ、光を用いる薬物療法の開発にも貢献できると期待されます。

本研究は、科学研究費補助金(KAKENHI Grant Number JP21K14749)の支援を受けて遂行されました。



論文情報

タイトル:o-Nitrobenzyl Oxime Ethers Enable Photoinduced Cyclization Reaction to Provide Phenanthridines under Aqueous Conditions
著者:Hidenori Okamura*, Momoka Iida, Yui Kaneyama, Fumi Nagatsugi*
掲載誌:Organic Letters
DOI: 10.1021/acs.orglett.2c04015



用語解説

注1.含窒素芳香族複素環
窒素原子を含む環状不飽和化合物であり、様々な生物活性を持ち、医薬品にも多く見られる構造である。

注2.光化学反応
可視光および紫外線を照射することで引き起こされる化学反応。光照射の場所と時間を調整することで、反応を制御することが可能という特徴がある。

注3.オキシム化合物
C=N−O−Rで表される構造を有する有機化合物。アルデヒドやケトンをヒドロキシルアミンと縮合させることにより合成される。

注4.分子内環化反応
分子内で結合が形成し、非環状化合物が環状化合物になる反応。本研究では、窒素を含む芳香環(含窒素芳香族複素環)が形成する。

注5.フェナントリジン環
窒素を含む芳香族複素環化合物の一種。ベンゼン環が3つの結合したフェナントレンの中の炭素原子一つが窒素に置換された構造をもつ。

注6.イミニルラジカル
不対電子を持つ原子や分子のことをラジカルと呼ぶ。特に、イミン(C=NH)のラジカルのことをイミニルラジカルと呼ぶ。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学多元物質科学研究所
担当:教授 永次 史(ながつぎ ふみ)
電話:022-217-5633
E-mail:fumi.nagatsugi.b8[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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