東北大学 大学院理学研究科・理学部

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分子一個の電子の磁気信号を検出する技術を開発
-分子スピンを利用した量子コンピューターキュービット構築に期待-

発表のポイント

● 直径3ナノメーター(ナノは10億分の1)程度の分子一個の磁石(単分子磁石*1)を用いて従来の電子スピン共鳴(ESR)*2と同等の精度の共鳴スペクトルを得ることに成功。

● 量子コンピューター応用に資する十分なエネルギー分解能をもったスピン検出がナノスケールで可能なことを実証。

● 複数スピンを用いた分子スピンの量子ビット(キュービット)*3実用化に期待。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

量子コンピューターの物理的単位を担う量子ビット(キュービット)の開発競争が高まる中、すでに2000年に分子スピンが量子情報処理のデモンストレーションに用いられ、そのキュービットとしての優位性が証明されています。これは分子の優れた特性と電子スピン共鳴(ESR)・核磁気共鳴(NMR)*4電子機器の精度の高さに基づくものです。しかし、ESR/NMR検出感度が非常に小いため信号検出に10億個の分子のスピン集団が必要とされ、小さな領域に複数のキュービットを実装する次世代の量子コンピューター構築のための問題となっていました。

東北大学多元物質科学研究所の川口諒特任研究員と米田忠弘教授、同大学大学院理学研究科の橋本克之助教と山下正廣名誉教授、八戸工業高等専門学校の角館俊行助教、城西大学大学院理学研究科の加藤恵一准教授による共同研究グループは、分子一個で磁石の性質を示す単分子磁石である、テルビウム・フタロシアニン錯体(TbPc2)分子を磁場中のトンネル接合に配置し、ラジオ波(RF)を入射することで、直径3 ナノメーター(nm)程度の分子一個から従来の化学分析に用いられるESRと同等の精度でESR信号を検出することに成功しました。これは、分子一個のスピンキュービットを小さなデバイスに複数実装した量子コンピューターへの道を開くものであります。

本研究成果は、2022年12月31日付けで、米国化学会が発行するナノサイエンスとナノテクノロジーの専門誌『Nano Letters』にオンライン掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

現在、量子コンピューターの物理的単位を担う量子ビット(キュービット)の開発競争が世界で繰り広げられています。その中でも、分子スピンキュービットは2000年にショアのアルゴリズムの実証といった量子情報処理のデモンストレーションに使われるなど、他のスピンキュービットに比べて優位性が示されています。これは、分子の優れた特性に加え電子スピン共鳴(ESR)測定技術の精度の高さに基づくものです。化学のスピン分析の標準的な手法として広く用いられているESR測定技術は、上述のようにその高いエネルギー分解能やスピンの制御精度が量子コンピューターに用いるに十分であることが実証されてきました。しかし、従来のESR手法では十分なESR検出感度を得るため10億個もの分子のスピン集団が必要とされ、複数キュービットを小さな空間に実装する必要がある次世代の量子コンピューターに応用する上で障害となっていました。


研究の成果

本研究グループは、走査型トンネル顕微鏡の高い空間分解能とトンネル電流検出感度に加え、金属探針からの交流電界照射によるESRを用いることで、直径~3 nmの分子一個のESR分析に成功しました(図1)。本実験では、測定対象としてキュービットの候補の一つであり、分子一個で磁石の性質を示す単分子磁石、テルビウム・フタロシアニン錯体(TbPc2)分子を用いました。NaCl薄膜上に蒸着されたTbPc2単分子(図1(b)(c))直上に顕微鏡探針を配置し形成したトンネル接合にラジオ波(RF波)を入射し(図1(a))、周波数を掃引することで、TbPc2分子のESR周波数位置に鋭いトンネル電流ピークを観測しました(図1(d))。また、図2で明らかなようにピーク周波数の明瞭な磁場依存性を観測し、従来のESRで得られていた分子結晶の結果とは全く異なる単分子のスピン状態が単分子を取り囲む化学環境により引き起こされることを見出しました。これらの結果は、交流電界によるナノスケール量子操作や電流による高感度ESR検出を用いることで、分子一個のスピンキュービットを小さなデバイスに複数実装した量子コンピューター構築への道を開くものであります。

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図1:走査トンネル顕微鏡を用いた単一分子ESR測定。


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図2:単一分子ESR周波数のゼーマンシフトによる磁場依存性。


今後の期待

この単分子ESR分析手法を単分子スピンの数を増やして行うことで、複数キュービット量子コンピューター構築のために必要不可欠な情報を得ることが期待されます。また、この手法の根幹技術である磁気共鳴は様々な場面で化学分析に用いられ、特に医療の分野では磁気共鳴イメージング(MRI)に応用されるなどすでに欠かせない手法となっています。単一分子ESRは、これら従来のMRIでは到達できなかったナノスケールの高空間分解能を有するため、様々な分子へのナノMRI測定など幅広い利用が期待されます。



論文情報

タイトル:Spatially Resolving Electron Spin Resonance of π-Radical in Single-molecule Magnet
著者:Ryo Kawaguchi* a, Katsushi Hashimotob,c, Toshiyuki Kakudated, Keiichi Katohe, Masahiro Yamashitaf,g, and Tadahiro Komeda* a,c.
所属:
a. 東北大学多元物質科学研究所
b. 東北大学大学院理学研究科物理専攻
c. 東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
d. 八戸工業高等専門学校
e. 城西大学大学院理学研究科
f. 東北大学大学院理学研究科化学専攻
g. 中国・南海大学
掲載誌:Nano Letters
DOI:10.1021/acs.nanolett.2c04049



用語解説

*1 単分子磁石
分子1つが磁石のような性質を示す物質群。分子内の設計により分子内中心にある金属のスピン方向(磁化の向き)を保持できる特性がある。近年、キュービットの有力候補の一つとして注目を集めている。

*2 電子スピン共鳴(ESR)
電子が持つ磁石(電子スピン)が、磁場下で固有の周波数の電磁場を吸収する現象。これを測定することで、分子の構造や電子状態などについて、詳細な情報を与え、化学、物理学、生物学、医学や多様な物質科学的研究に応用できる測定法である。

*3 量子ビット(キュービット)
量子力学を応用した次世代の計算機である量子コンピューターで扱われる情報の最小単位。従来のコンピューターで扱われるビットは、情報の最小単位を0か1だけで表したが、量子ビットでは、0と1のほか、0と1とを重ね合わせた状態も使うことで計算の高速化が可能である。

*4 核磁気共鳴(NMR)
原子核が持つ磁石(核スピン)が、磁場下で固有の周波数を持つ電磁場を吸収する現象。これをを測定することで分子の構造や電子状態などについて、詳細な情報を与え、医療で使われる磁気共鳴イメージングを始めとして化学、物理学、生物学、医学や多様な物質科学的研究に応用できる測定法である。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学多元物質科学研究所[web
教授 米田 忠弘(こめだ ただひろ)
電話:022-217-5368
E-mail:tadahiro.komeda.a1[at]tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web
助教 橋本 克之(はしもと かつし)
電話:022-795-5708
E-mail:hashi[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen[at]grp.tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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