東北大学 大学院理学研究科・理学部

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世界最高感度でのニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊探索が新たな節目に到達
-物質優勢宇宙の起源の理解へ-

発表のポイント

● ニュートリノ注1振動実験により電気を帯びない素粒子ニュートリノに質量があることがわかっている。ニュートリノはフェルミ粒子の一種であるが、電子などと同じディラック粒子注2とは違い、粒子・反粒子が同じ性質をもつマヨラナ型フェルミ粒子(マヨラナ粒子)注3である可能性があり、その検証が最重要課題に挙げられている。

● ニュートリノがマヨラナ粒子である場合に起こる稀な崩壊 「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊注4」の探索を行い、崩壊の半減期に対して世界で最も厳しい制限を与えた。

● 同分野の競合実験が完全探索を目標としている「マヨラナニュートリノ質量の逆階層領域」を世界に先駆けて検証し始めており、本実験でのマヨラナニュートリノの発見が期待される。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

私たちの住んでいる宇宙が始まった直後は粒子と反粒子が同じ数だけ生成されたとされていますが、今の宇宙は粒子でできています。この謎を「物質優勢宇宙の謎」といい、粒子・反粒子の区別がないマヨラナニュートリノは、その解明の手がかりであると考えられています。

東北大学ニュートリノ科学研究センターを中心に、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構などの研究機関から構成される国際共同実験グループのプロジェクトKamLAND-Zen(カムランド禅)は、反ニュートリノ検出器「カムランド注5」で観測したデータを分析し、マヨラナニュートリノが存在することで見える信号の崩壊半減期を90%の信頼度で2.3×1026年以上と、これまでより2倍以上の精度で予測しました。この結果からマヨラナニュートリノの質量が、36-156ミリ電子ボルトより小さいことが分かりました。本成果では2019年の検出器大型化アップグレード以降初めて観測結果を公開しました。

研究グループは、同分野の実験コミュニティが将来の計画で完全探索を目標としている「逆階層(約15-50ミリ電子ボルト)」での検証を世界に先駆けて始めています。この領域には、マヨラナニュートリノの存在を予言する理論の予測値が少なくとも3つあるなど、近い将来、本実験によりマヨラナニュートリノが発見されると期待されます。

本研究成果は2023年1月30日(米国東部時間)に米国物理学会が発行するPhysical Review Letters(電子版)に掲載されました。また、特に注目すべき成果として Editor's suggestion と American Physics Society の Featured in Physics (VIEWPOINT)にも選出されています。



詳細な説明

量子力学では、物質を構成する粒子は、シュレディンガー方程式で記述されていた。英国の理論物理学者ポール・ディラックは、1928年、そのシュレディンガー方程式にドイツ生誕の理論物理学者アルベルト・アインシュタインの相対論を取り込み、電子とは正反対の電荷を持つ陽電子の存在を予言した。陽電子は1932年に実際に発見された。つまり、電子やクォークなどの物質を構成する素粒子が、粒子と反粒子がペアとなる「ディラック粒子」であることが証明されたのだ。しかし、1930年にスイスの物理学者ヴォルフガング・パウリによって予言されたニュートリノは電荷を持たない。そのためニュートリノだけは、1937年にイタリアの理論物理学者エットーレ・マヨラナが提唱した特別な記述で表される粒子「マヨラナ粒子」である可能性が残される。

これまでの素粒子の標準モデルでは、ニュートリノは光のように質量を持たないとされていた。しかし「ニュートリノ振動」の発見によって、ニュートリノに、非常に小さな質量があることが判明した。2015年にこの発見はノーベル賞を受賞した。

ニュートリノの質量が異常に小さい背景には、マヨラナ粒子の持つ特別な質量メカニズムがあると考える方が自然である。素粒子物理学での最近の大発見は、粒子を加速して衝突させるコライダー実験で見つかった「ヒッグス粒子」や「重力波の観測」を思い浮かべる人も多いのでないだろうか。次の物理学の大発見は、「マヨラナニュートリノ」か「ダークマター注6」かというくらいに重大なテーマになっている。

さらにマヨラナニュートリノは素粒子分野だけでなく宇宙論分野でも、存在すると考えられている。それは、マヨラナニュートリノが「物質優勢宇宙の謎」を解くことができるからだ。物質優勢宇宙の謎とは、今自分たちの住んでいる宇宙が物質(粒子)で構成されていて、反物質(反粒子)が存在しないのはなぜかという謎である。現在の宇宙論では、宇宙のはじまりで粒子と反粒子は、同じ数だけ生成されたとされる。そして、宇宙誕生後の1秒間のどこかで、粒子と反粒子の数の均衡を破られた。粒子・反粒子の区別がないマヨラナニュートリノが、その均衡を破った正体だと考えられているのだ。

ニュートリノがマヨラナ粒子かどうか検証する方法は一つだけといえる。それが、本研究で行った「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の探索」である。二重ベータ崩壊は、1つの原子核の中で2つのベータ崩壊が同時に起こる現象である。通常、二重ベータ崩壊が起こると、2つの電子と2つの反ニュートリノが放出される。もしニュートリノがマヨラナ粒子だと、ごく稀に2つの電子のみが放出される崩壊モードも起きる(図1を参照)。この信号を見つけることができれば、ニュートリノがマヨラナ粒子だと証明される。

この実験は非常に稀な信号を探す実験なので、大量の二重ベータ崩壊原子核が必要になる。また、ノイズ信号があると探している信号が埋もれてしまうため、ウランやトリウムなどの放射性物質や宇宙線などのノイズ信号を作るものを排除することも重要になる。

二重ベータ崩壊原子核を起こす原子核の種類は限られている。それでも世界中で様々な最先端の検出技術を使った実験が計画・実施されている。例えば、ゲルマニウムを使った半導体検出器やテルルを含む結晶を使った熱検出器などだ。

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図1:二重ベータ崩壊の説明
左側が、通常の二重ベータ崩壊で、右側がニュートリノを伴わない崩壊モードを示す。グラフの横軸は観測エネルギーを崩壊の全エネルギーで割ったもので縦軸は観測事象数。ニュートリノを伴わない崩壊モードでは、全エネルギーのところにピークが現れる(キセノン原子核の場合2.46 MeV)。半減期が短くマヨラナニュートリノ質量が大きいと、観測数が多くなる。実験では有意な信号は確認されておらず、実験結果から半減期とマヨラナニュートリノ質量に対して制限を与えている。


その中でも現在、最高感度で観測を行なっているのが「カムランド禅実験」である。2011年に観測を開始し、2015年には競合実験らよりも10倍以上優れた結果を公表して、この分野で一気に世界をリードする実験となった。ニュートリノ振動の発見にも一役買った反ニュートリノ検出器「カムランド」は、放射性物質が非常に少なく、稀な現象を探索する実験に適している。カムランドは、1キロトンもの液体シンチレータ(粒子のエネルギーで光る液体)を使った検出器で、岐阜県飛騨市神岡鉱山の地下1000 mにある。カムランドの中に直径3.0 mまたは3.8 mのミニバルーンを用意し、その中に二重ベータ崩壊核の同位体「キセノン136」を液体シンチレータと一緒に入れた。

2015年まではキセノンを約380 kg使用していたが、発見の確率を上げるためキセノン量を約750 kgにまで増加させ、ノイズ信号を作る放射性物質を1/10以下にまで減らした。



研究の成果

今回、2019年から2021年の夏頃まで約2年(合計約1トン・年)分のデータを解析した。検出器だけでなく、解析ソフトウェアの刷新も行なった。2015年の結果で、一番多かったノイズ信号は、無視できるまでになった。一方で、信号を作るはずのキセノン原子が壊されてできるノイズ信号が予想していたより多いことも見出した。他にも、機械学習を使って、二重ベータ崩壊とそれ以外のノイズ信号を見分ける手法も開発した。

こうして得たデータを解析した結果、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の崩壊数は、最高感度のデータ中に8事象未満と分かった。この数字は、観測時間を考えると崩壊の頻度、つまり、崩壊の寿命(半減期)になる。信号の半減期は、90%の信頼度で2.3×1026年以上という制限を得た。

マヨラナニュートリノ質量は、半減期と二重ベータ崩壊の理論モデルできまる。先ほどの半減期の制限は、マヨラナニュートリノ質量への制限になっていて、36-156ミリ電子ボルト(meV)よりも小さい値しか許されないことを示していた。

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図2:カムランド禅検出器の概念図
内側の球形のタンクの中に、1キロトンの液体シンチレータの入った直径13 mのバルーンが吊り下げられている。その中心部にある紫に色付けられた(実際は透明)小さなバルーンが、2016年から2019年にわたって新しくアップグレードした直径3.8 mのキセノン入り液体シンチレータを保持するミニバルーン。


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図3:大型化アップグレード後のカムランド禅検出器の写真
白い点線部分にキセノン入り液体シンチレータを保持する直径3.8 mのミニバルーンの表面がある。放射性不純物を削減するために、透明で厚さがわずか25 μ(マイクロ)mしかないナイロンフィルムで作っている。白点線部分で屈折率の違いによって後ろの菱形のフレームが歪んで見えることから、実際にキセノン液体シンチレータが導入されていることがわかる。


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図4 今回得られたニュートリノ有効質量に対する制限
縦軸は、マヨラナニュートリノ質量で、横軸は最も軽いニュートリノ質量。緑とピンクのバンドのどこかに答えがあるとされる。色のつた横実線や点線が、今回得たマヨラナニュートリノ質量の得られた上限の値。つまり、その値より大きいところに答えはなかったことを示す。色や線の違いは、二重ベータ崩壊の理論モデルの違いに対応する。今回の結果は、Energy-Density Functional approach (EDF)という理論に対して、世界で初めて逆階層領域での検証を行なった。そのあたりにニュートリノ有効質量を予言している理論が少なくとも3つ存在している。



研究の意義、今後

ニュートリノ質量には、電子型、ミュー型、タウ型と言った世代数と同じ3つの質量(m1,m2,m3)が存在するが、質量の大きさはわかっていない。さらに、3つの質量の順番が標準階層(m1<m2<m3)なのか逆階層(m3<m1<m2)なのかもわかっていない。ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊で測定できる「マヨラナニュートリノ質量」は、このニュートリノの質量と関係している。つまり、ニュートリノの質量の大きさや順番で、マヨラナニュートリノ質量の大きさも変わる(図4参照)。マヨラナニュートリノ質量が15-50ミリ電子ボルトの範囲は、「逆階層領域」といって、世界中の競合実験が完全探索を目標とする領域である。ノイズ事象の全くない検出器を作って、だいたい1トンから数トンくらいの二重ベータ崩壊原子核を用いた実験が到達できる。

今回、カムランド禅は、約750 kgと1トンに近い世界最大の検出器を作って、競合実験に先立って「逆階層領域」での探索を開始した。この領域には、少なくとも3つの理論予測値があるなど、理論モデルの検証も可能になる。残念ながら、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊はまだ見つからなかったが、世界最高感度での探索は今も続いており、本実験でのマヨラナニュートリノの発見が期待される。

それと並行して、ノイズ信号を減らすための高分解能化やさらなる大型化に向けて、さまざまな実証実験や革新的な技術の開発を進めている。次期計画のKamLAND2- Zen(カムランド2禅)が実現すれば、世界の競合実験より先に逆階層を探索し尽くすことが可能で、マヨラナニュートリノの発見がより確実的なものとなると期待できる。



用語解説

注1 ニュートリノ
現在、これ以上細かく分けることができない粒子とされる素粒子の中の一種で、電荷を持たない素粒子。物質を構成するフェルミ粒子ではあるが、電子などとは違ってほとんど他の粒子と反応しないため、ゆうれい粒子などと呼ばれる。ニュートリノ振動によって非常に小さな質量があることがわかっているが、質量の大きさや順番などは不明と、まだ謎も多い。

注2 ディラック粒子
英国の物理学者ポール・ディラックが1928年に提唱したディラック方程式で記述される粒子。物質を構成する素粒子の一つである電子などがこのディラック粒子に当たる。ディラック粒子は、粒子と同じ質量をもち、電荷などの性質が反対の反粒子を持つ。

注3 マヨラナ粒子
マヨラナ粒子は、イタリアの物理学者エットーレ・マヨラナが1937年に提唱したフェルミ粒子のもう一つの記述で、粒子自身がその反粒子となるという特別な性質を持つ。

注4 二重ベータ崩壊
一つの原子核の中で2つのベータ崩壊が同時に起こる現象。ベータ崩壊が制約される限られた原子核で起こる。崩壊の寿命が10の18乗から24乗年以上と非常に長い。電子2つと反電子ニュートリノ2つを放出する。ニュートリノがマヨラナ粒子であれば、電子2つだけを放出する特別な崩壊も許される。

注5 カムランド[web
岐阜県飛騨市神岡鉱山の山頂から地下1000 mのカミオカンデの跡地に建設された反ニュートリノ検出器。直径18 mの球形タンクの中に1キロトンの液体シンチレータが入っている。液体シンチレータは、ニュートリノなどの素粒子と反応して光る。1879本取りつけられた直径約50 cmもある電球のような形の光検出器(光電子増倍管)で、その光を検出する。

注6 ダークマタ
暗黒物質とも言われる未知の物質で、現在知られている物質の5-6倍ほども存在する。その候補としてニュートリノなどと同じ弱い相互作用をする粒子が有力だと考えられており、世界中の地下実験施設で探索が行われている。



論文情報

タイトル: Search for the Majorana nature of neutrinos in the inverted mass ordering region with KamLAND-Zen
著者: S. Abe et al. (KamLAND-Zen Collaboration)
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/PhysRevLett.130.051801



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学ニュートリノ科学研究センター[web
担当 井上邦雄、清水格
電話 022-795-6727,0578-85-0030
E-mail inoue[at]awa.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>

東北大学ニュートリノ科学研究センター
担当 渡辺寛子
電話 022-795-6727
E-mail hiroko[at]awa.tohoku.ac.jp
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