東北大学 大学院理学研究科・理学部

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分子を構成する原子の速度を測るスピードガンを開発
―"ナノの世界"の力学メカニズムの解明に挑む ―

発表のポイント

● 分子を構成する原子個々の運動スピードの計測に世界で初めて成功

● "ナノの世界"で原子に働く瞬時的な力を測定するための基盤技術の創出

● 分子の機能性や反応性が何故そのように発現するかの起源をナノスケールで直接的に観察・解明しようとする目標に向けた大きな一歩

□ 東北大学ウェブサイト



概要

重力を受けて振り子が往復運動を繰り返すように、分子を構成する原子はナノスケールの力学法則に従って絶えず運動しており、それら原子運動が分子の機能性や反応性の起源となっています。しかし原子のそうした運動はこれまで原子の集団運動のエネルギーを計測することにより間接的に調べられてきましたが、実際に個々の原子が分子の中でどのように運動しているかを直接観測することはできていませんでした。

東北大学多元物質科学研究所の髙橋正彦教授、鬼塚侑樹助教、立花佑一博士、金谷諭大学院生の実験グループおよび東北大学大学院理学研究科の河野裕彦客員研究者(名誉教授)の理論グループからなる共同研究チームは、分子を構成する原子種個々の運動スピードを測定する、いわば「原子のスピードガン」の開発に初めて成功しました。

本研究は、野球のスピードガンで用いる電波を高速電子線に置き換えて電子の衝突前後のエネルギー変化を調べることにより、水素原子(H)と重水素原子(D)が結合した重水素化水素(HD)分子を構成するH原子とD原子個々の運動スピードを精密に計測できることを実験と理論の両面で実証しました。さらに、対象とする分子の化学組成も定量的に解析できることも併せて示しました。

ユニークな特徴を併せ持つ本計測法の応用は多岐にわたります。例えば、不安定な分子に活用すれば、ナノスケール(ナノは10億分の1)の世界で起こる反応が進むにつれ、原子に働く力が時々刻々変化していくさまを計測することが可能になるなど、分子の機能性や反応性の理解に質的変化をもたらすことが期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会が刊行する国際学術誌「Physical Chemistry Chemical Physics」に2023年2月15日(現地時間)付でオンライン速報版として掲載されました。

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原子のスピードガンの概念図。電子を当てて、原子の速度を測る。



詳細な説明

研究背景

分子を構成する原子は絶対零度でも静止しておらず、いかなる温度においても常に運動しています。そしてこうした原子の運動およびその変化が、機能性や反応性など分子の様々な性質を支配しています。この理由により、科学・技術の広範な分野で、レーザー振動分光等の手法により、古くより数多くの研究がなさなれてきました。しかしそれら既存の手法が観測するものは、原子の集団運動のエネルギーであり、原子の運動そのものではありません。自然の美しさや豊かさの源をより深く理解するために、また持続可能な社会の発展に貢献するためにも、これまでの間接的な計測法だけではなく、原子の運動そのものを可視化する手法が必要です。


成果

本研究の成果は、これまで現象観測に止まっていた原子核による電子のコンプトン散乱(注1)を深化・発展させ、まったく新しい計測法ないしは分子分光法として確立したことです。具体的には、(1)実験データの精度を桁違いに向上させる独自の計測装置の開発、(2)原子種個々の分子内運動の情報を抽出するためのデータ解析法の開発、および(3)原子個々の分子内運動を精密に予言する理論の開発、の3つの開発成果を組み合わせ、重水素化水素(HD)分子を対象とする実験結果と理論計算との厳密な比較を行いました。その結果、重水素化水素分子を構成するH原子とD原子個々の運動スピードを、ドップラー効果(注2)を精密に反映する形で実験計測できることを実証しました。さらに対象とする分子の化学組成も定量的に解析できることも併せて示しました。


今後の展望

原子種個々の運動量分析と元素分析という二つのユニークな特徴を併せ持つ本手法の利活用は、科学・技術の広範な分野で期待できます。例えば、表面へ応用すれば、表面分析に今や欠かせないラザフォード後方散乱分光法(RBS)(注3)が与える組成分布の情報に加え、表面層の原子の運動スピードとその方向の情報も同時に得ることができます。また、用いる高速電子線をパルス電子線に置き換えれば、瞬時的にしか存在しない不安定な分子、ひいては化学反応の直接追跡が可能になり、さらに観測する原子運動量の時間変化を原子に働く力に換算できますので、ナノの世界で起こる反応の理解に質的変化をもたらすことが期待されます。



謝辞

本研究成果は、JSPS科研費(JP20J12788, JP21H04672, JP21K18926)、および村田学術振興財団からの助成を受けて得られました。



用語説明

注1. コンプトン散乱
高エネルギーの電磁波や高エネルギーの電子と、物質内の電子や原子核との衝突で起こる現象。ビリヤードで起こる2つの玉の衝突現象と似ている。

注2. ドップラー効果
野球のスピードガンで利用されている物理現象。野球のスピードガンでは、飛んでくる野球ボールに電波を当てて、反射して戻ってきた電波の周波数(エネルギー)の変化から、野球ボールの速度を算出する。

注3. ラザフォード後方散乱分光法
試料に高速イオン(He+等)を照射して、後方に散乱されてきたイオンのエネルギーを分析する実験手法。物質に含まれる元素の種類とそれらの存在比が分かる。



論文情報

タイトル:Electron-atom Compton profiles due to the intramolecular motions of the H and D atoms in HD
著者:Yuichi Tachibana, Yuuki Onitsuka, Satoru Kanaya, Hirohiko Kono, and Masahiko Takahashi*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所・教授・髙橋正彦
掲載誌:Physical Chemistry Chemical Physics
DOI:10.1039/d3cp00339f



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学多元物質科学研究所
教授 髙橋 正彦(たかはし まさひこ)
電話: 022-217-5386
E-mail:masahiko[at]tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科
客員研究者(名誉教授) 河野 裕彦 (こうの ひろひこ)
E-mail:hirohiko.kono.d6[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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