東京都立大学 理学研究科物理学専攻の夏井隆佑(大学院生)、清水宏(大学院生)、中西勇介助教、島村燿人(学部生)、遠藤尚彦(研究員)、宮田耕充准教授、産業技術総合研究所 材料・化学領域 極限機能材料研究部門の劉崢上級主任研究員、ナノ材料研究部門の林永昌主任研究員、東北大学 学際科学フロンティア研究所 兼務 東北大学大学院 理学研究科物理学専攻のNguyen Tuan Hung助教、東北大学大学院 理学研究科物理学専攻の齋藤理一郎教授、名古屋大学 工学研究科応用物理学専攻の菊地伊織(大学院生)、蒲江助教、竹延大志教授、筑波大学 数理物理系の岡田晋教授、大阪大学 産業科学研究所の末永和知教授らの研究チームは、直径数〜数十ナノメートル程度の遷移金属モノカルコゲナイド(TMC)のナノファイバーの内部に金属原子を効率的に挿入する技術を開発しました。原子分解能電子顕微鏡により、インジウム(In)原子が挿入された結晶構造を直接観察しました。このような金属原子の挿入技術の確立は、金属原子とTMCナノファイバーの多彩な組み合わせによる新材料・新機能の実現や超伝導特性の発現につながることが期待されます。今後、新たな三元系TMCの実現や合成技術の高度化により、柔軟な構造を有する超伝導ファイバーをはじめ、微細な配線・透明電極・導電性複合材料などの応用開発も期待されます。
本研究成果は、2月24日付けでアメリカ化学会が発行する英文誌『ACS Nano』にて発表されました。
本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費補助金「JP18H01810, JP20H02572, JP20H02605, JP20J21812, JP20K05413, JP20H05664, JP20H05862, JP20H05867, JP20K15178, JP21H05232, JP21H05233, JP21H05234, JP21H05235, JP21H05236, JP22H00215, JP22H00280, JP22H00283, JP22H01899, JP22H04957, JP22H05478, and JP22K19059」、国立研究開発法人 科学技術振興機構CREST「JPMJCR1715, JPMJCR1993, JPMJCR20B1, JPMJCR20B5」および創発的研究支援事業FOREST「JPMJFR213X」の支援を受けて行われました。
● 遷移金属モノカルコゲナイド(TMC)のナノファイバーの内部に金属原子を挿入する技術を開発。
● 原子分解能電子顕微鏡で断面を直接観察することにより、挿入されたIn原子の位置を特定。
● しなやかで安定な繊維状超伝導体の実現に向けた基盤技術として期待。
近年、次世代の機能性材料として、ナノメートル単位の直径をもつ細線状のナノ材料が注目を集めています。特に、代表的な細線状のナノ材料であるカーボンナノチューブ(CNT)は、強靭な力学特性や高い電気伝導度を示すことから、CNTによる微細な配線や電子デバイスなど、様々なエレクトロニクス応用に向けた研究が進展してきました。一方、CNTは異なる直径や原子配列をもつ構造の混合物として合成されるため、得られる試料は一般に不均一な構造のCNTの混合物となります。構造が均一な細線状のナノ材料の実現およびその結晶構造と物性の制御は、応用研究に向けた課題であり、また基礎学術の面でも興味深い研究対象となっています。
均一な結晶構造をもつ細線状ナノ材料の候補として、遷移金属モノカルコゲナイド(TMC)(注1)が知られています。また、多数のTMC細線が束になった結晶の隙間に、アルカリ金属などが挿入された構造として、三元系TMCと呼ばれる物質が存在します(図1)。三元系TMCは約40年前に発見され、挿入する原子の種類によっては超伝導を示すことも報告されていました。このナノファイバーは、高い電気伝導度を利用した微細な配線や導電性をもつ複合材料などへの応用も期待されています。従来の研究では、固体原料を高温で焼結して三元系TMCの結晶が合成されていました。しかし、この手法では、基礎・応用的にも興味深い長尺なファイバーやそのネットワーク薄膜、そしてナノサイズの厚みをもつ極薄なファイバーなどの合成は困難です。そこで、新たな三元系TMCナノファイバーの合成法の開発が望まれていました。
上記の三元系TMCの研究とは別に、ごく最近になり、高い結晶性をもつ二元系のTMCナノファイバーの直接合成が可能になりました。本研究チームの中西助教と劉崢上級主任研究員らは、2019年にCNT内部に単一Mo6Te6細線の合成に成功しました(https://www.tmu.ac.jp/news/topics/19132.html)。また、2020年には、本研究チームの中西助教と宮田准教授らは、化学気相成長法(注2)を利用したW6Te6やMo6Te6などのTMC細線からなるナノファイバーの大面積合成法を開発しました(https://www.tmu.ac.jp/news/topics/30557.html)。二元系TMCが束状になった結晶では、個々の細線間に数オングストローム程度の空隙が存在します。この空隙に金属原子を挿入できれば、二元系TMCから三元系TMCを作製できます。しかし、実際に金属原子が侵入できるかどうかは実証されていませんでした。今回、研究チームは、二元系TMCのナノファイバーを出発原料にして、金属原子の挿入による三元系TMCナノファイバーの実現を試みました。
図1:(a)三元系TMCの結晶、(b)単一のTMC原子細線の模式図。緑色が遷移金属原子、橙色がカルコゲン原子、紫色が挿入原子に対応する。
高品質な三元系TMCのナノファイバーを合成するため、研究チームはインターカレーション(注3)と呼ばれる手法を利用しました。本研究では、化学気相成長法で合成したW6Te6ナノファイバーに対し、昇華法によってIn原子のファイバー内部への挿入を試みました。具体的には、シリコン基板上に合成したW6Te6ナノファイバーと固体Inを試験管に入れ、真空にして約500 ℃で加熱しました。Inの蒸気にナノファイバーを晒すことで細線間の隙間にIn原子が侵入します。作製したナノファイバーの断面を原子分解能電子顕微鏡で観察したところ、In原子がW6Te6細線の間に充填されている様子が明らかになりました(図2a)。In原子は3本のW6Te6細線に囲まれた隙間に入り込み、既に知られている別の組成の三元系TMCの構造と同様に、9つのTe原子によって配位されています。In原子挿入前の二元系TMCの形態を反映し、三元系TMCナノファイバーはネットワーク構造を保持しています(図2b)。また、一本のナノファイバーに電極を作製し、電気抵抗の温度依存性を調べたところ、温度下降とともに電気抵抗が減少する金属的な振る舞いを確認しました。この結果は、第一原理計算による金属的な電子状態の予測とも一致します。このような金属的な振る舞いは、作製したナノファイバーが比較的高い結晶性を維持していることを示唆しています。ラマン散乱分光測定と理論的な解析を用いることにより、ナノファイバーが入射光の偏光方向に依存した散乱特性や格子振動の特徴を示すことを見いだしました。この結果は、電子顕微鏡による断面観察と同様に、目的とした結晶構造をもつ三元系TMCが合成されたこと示しています。
図2:(a)三元系TMCナノファイバーの断面を撮影した電子顕微鏡写真と構造モデル。(b)シリコン基板上に合成した三元系TMCナノファイバーの電子顕微鏡写真。
今回利用した手法は金属の蒸気に試料を晒すという簡便なものであり、In以外の様々な原子のインターカレーションにも適用できます。そのため、これまでに実現されていない組成の三元系TMCナノファイバーの実現も期待されます。このような原子の挿入技術は、ナノファイバーの電気伝導特性の理解と制御にも有用です。また、本研究で明らかになった結晶構造や格子振動に関する知見は、TMC系材料の評価のための重要な指針となります。今後、新たなTMCの物質開発や作製技術の高度化を通じ、超伝導特性を示す柔軟かつ安定なナノファイバーの実現や微細な配線・透明電極・導電性複合材料などの応用に結びつくことも期待されます。
(注1)遷移金属モノカルコゲナイド
タングステンやモリブデンなどの遷移金属原子と、硫黄やセレンなどのカルコゲン原子で構成される細線状の化合物。遷移金属とカルコゲンが1:1の比率で含まれ、組成はM6X6と表される。
(注2)化学気相成長法
原料となる材料を昇華させ、加熱された基板上に供給することにより、薄膜や細線を成長させる合成技術。
(注3)インターカレーション
分子結晶や層状結晶などの隙間に、他の分子や原子を挿入する化学反応。グラファイトの層間にリチウムイオンを挿入したLiC6はリチウムイオン電池の負極剤などに用いられている。
論文タイトル:Vapor-Phase Indium Intercalation in van der Waals Nanofibers of Atomically Thin W6Te6 Wires
著者名:Ryusuke Natsui, Hiroshi Shimizu, Yusuke Nakanishi* , Zheng Liu, Akito Shimamura, Nguyen Tuan Hung, Yung-Chang Lin, Takahiko Endo, Jiang Pu, Iori Kikuchi, Taishi Takenobu, Susumu Okada, Kazu Suenaga, Riichiro Saito* , and Yasumitsu Miyata*
*Corresponding author
雑誌名:ACS Nano(2023)
DOI:https://doi.org/10.1021/acsnano.2c10997
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
教授 齋藤 理一郎(さいとう りいちろう)
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<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
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