東北大学 大学院理学研究科・理学部

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植物の栄養繁殖を制御するホルモンを発見
植物の旺盛な増殖力の起源の解明につながると期待

発表のポイント

● コケ植物ゼニゴケのクローン繁殖体である無性芽の形成は植物ホルモンKAI2-ligand (KL) によって決定されていることを発見しました。

● 体の一部からクローンを作る栄養繁殖の程度は、何らかの条件に合わせて無性芽形成ホルモンKL信号のオン/オフが切り替わることにより調節されていることを世界に先駆けて明らかにしました。

● 栄養繁殖の調節機構の起源や進化の解明につながる発見です。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

多くの植物は種子だけではなく、葉や枝、根などから殖える「栄養繁殖」でも旺盛に増殖します。環境に応じた効率よい栄養繁殖システムを進化させている植物ですが、栄養繁殖を適宜実施する仕組みについては未解明な部分が残されていました。ゼニゴケは私たちの身近に成育するコケ植物の代表です。ゼニゴケの栄養繁殖では無性芽と呼ばれるクローンが多数形成され、それぞれの無性芽が新たな個体に成長し、さらに多数の無性芽を形成するというサイクルが繰り返されます。このためゼニゴケは栄養繁殖によって驚異的に増殖します。

東北大学大学院生命科学研究科の小松愛乃助教、経塚淳子教授らの研究グループは、植物ホルモンKAI2-ligand (KL) が無性芽形成ホルモンであることを発見し、環境情報に合わせてKL信号のオン/オフをコントロールすることにより栄養繁殖の程度が調節されていることを世界に先駆けて明らかにしました。これは、陸上植物の旺盛な繁殖力の起源解明にもつながる大きな成果です。

本研究成果は、2023年3月2日(日本時間)にCurrent Biology誌 (電子版) に掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

多くの植物は植物体の一部からクローン個体を形成する「栄養繁殖」を繁殖の手段としています。栄養繁殖では成育範囲を迅速に拡大することができます。またクローン個体は親と同一の遺伝情報をもつため、栄養繁殖は優れた形質をもつ個体を増殖させることができるという点でも有利です。このため球根植物の繁殖、ジャガイモの茎塊やタケなどの地下茎による増殖、多肉植物カランコエ葉の芽の形成など多くの植物種でさまざまなタイプの栄養繁殖が見られます。

植物は環境に応じて効率のよい栄養繁殖システムを進化させました。したがって植物の栄養繁殖を最適化する制御機構の解明は、植物の旺盛な繁殖力の基盤の理解につながる重要な課題です。

コケ植物の栄養繁殖は古くから研究されており、栄養、光条件、湿度など環境の変化に応じて栄養繁殖の程度が調節されていることが知られていました。しかしその調節の仕組みは未解明でした。

ゼニゴケはゲノム配列が解読され、遺伝子組換えを容易に行うことができることから、モデルコケ植物として分子遺伝学研究に用いられます。またゼニゴケはクローン個体である無性芽を形成し栄養繁殖します(図1)。

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図1:ゼニゴケは栄養繁殖で増える
ゼニゴケの無性芽は1個体から大量に形成されます。無性芽はそれぞれが葉状態に成長するため、旺盛に繁殖して行きます。


無性芽は杯状体とよばれるカップ状器官の中に大量に形成され、雨が降ると周辺に拡散しそこで新たな植物体として成長します。どれだけ子孫を作るかは生物にとっての最重要命題であり、ゼニゴケの栄養繁殖においても無性芽数の調節は成長戦略の重要な課題であるはずですが、無性芽数を調節する仕組みについては研究されていませんでした。そもそも無性芽形成数は遺伝的に決定されている形質なのか、一定の条件では一定数の無性芽が形成されるのかということすら知られていませんでした。


今回の取り組み

東北大学大学院生命科学研究科の小松助教と経塚教授らの研究グループは、植物ホルモンKAI2-ligand (KL) 注1の信号伝達経路で働く遺伝子の機能解析から、KLが栄養繁殖を制御することを見出しました。

20230315_20.png 植物ホルモンKLは化合物としては未同定ですが、受容体KARRIKIN INSENSITIVE2 (KAI2) により受容され、KLの受容をきっかけとしてMORE AXILLARY GROWTH2 (MAX2) の作用により抑制因子タンパク質SUPPRESSOR OF MAX2 1-LIKE (SMXL) が分解され、SMXLに抑制されていた遺伝子が働きだすという一連のKL信号伝達経路が知られています(図2)。

図2:KLの信号伝達経路
KLの受容体KAI2が KLを受容すると、KAI2、MAX2、SMXLが複合体を形成します。MAX2の作用によって抑制因子であるSMXLが分解されることで、SMXLによって抑制されていた下流遺伝子が機能をします。


KAI2やMAX2遺伝子の機能が損なわれた変異体ではKL信号が伝達されず、その結果、杯状体も無性芽も形成されなくなりました。一方、抑制因子の機能が損なわれた変異体では、KLの有無にかかわらず、抑制因子に抑制されるべき遺伝子が抑制されないためKL信号が流れ続けた状態になります。このような変異体では無性芽数が増加しました(図3)。これらの結果からKL信号が流れると無性芽が形成される、すなわちKLは無性芽形成ホルモンであることがわかりました。


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図3:KL信号が伝達されない変異体とKL信号が常に伝達される変異体の栄養繁殖
KL信号が伝達されないKAI2機能欠損変異体とMAX2機能欠損変異体では、杯状体がほとんど形成されません。KL信号が常に伝達された状態のSMXL機能欠損変異体では野生型植物よりも多くの無性芽が形成されます。


研究グループは杯状体内部で無性芽が形成され、杯状体中の無性芽数が増加する様子を経時的に観察しました。その結果、無性芽形成は杯状体の中心部で始まり、杯状体の成長につれて無性芽形成領域が杯状体の周縁部に移っていくことが明らかになりました。そして一定数の無性芽が形成されるとそれ以上の無性芽形成が起こらないことがわかりました。また抑制因子SMXLの機能が欠損した変異体では無性芽が作り続けられることがわかりました(図4)。

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図4:杯状体の中の無性芽数の変動
無性芽の数は杯状体の成長に伴って増加します。杯状体ができて10日前後経過すると、野生型植物では無性芽の形成が停止します。一方、KLが常に働くSMXL機能欠損変異体では無性芽形成が継続するため、最終的な無性芽の数が野生型植物より多くなります。


次に蛍光タンパク質を用いてKL信号を可視化し、信号が伝達される部位を観察しました。若い杯状体では杯状体全域でKL信号が伝達され、杯状体が成長するにつれてKL信号が伝達される部位が杯状体周縁に限定され、無性芽形成が終了する頃には蛍光が確認されませんでした。これは杯状体内に一定数の無性芽が形成されるとKL信号伝達が停止するということを示しています。これらの解析結果から、KL信号を適切なタイミングでオンからオフに切り替えることで、杯状体内に形成する無性芽数を適切に制御していると考えられます。

このように本研究ではKLが無性芽形成ホルモンであり、KL信号伝達のオン/オフを制御することにより無性芽数が調節され、栄養繁殖の程度が調節されていることを明らかにしました(図5)。

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図5:ゼニゴケの栄養繁殖制御機構
無性芽形成ホルモンであるKLの信号がオンになると無性芽が形成され、KL信号がオフになると無性芽が形成されなくなります。


今後の展開

今後は、適切な無性芽数はどのように決定されるのか、ゼニゴケは杯状体に適切な数の無性芽が形成されたことをどのように認識するのか、などさまざまな興味深い問題を解明する必要があります。ゼニゴケの栄養繁殖は環境に応じて調節されていますが、どのような環境要因がKL信号のオン/オフを切り替えているのか明らかにすることが次の大きな課題です。環境に応じた栄養繁殖調節機構の解明は、植物の増殖原理やその進化の理解に迫る基本的課題です。また得られる知見は作物栽培にも貢献するものと期待されます。



謝辞

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(JSPP KAKENHI Grant Number JP20H05684, JP17H06475, JP21K15116」およびキヤノン財団による助成を受けて行われました。



用語説明

注1.植物ホルモンKL
化合物としては未同定の植物ホルモン。KLを受容し信号を流す信号伝達系は陸上植物の共通祖先で確立された。



論文情報

タイトル:Control of vegetative reproduction in Marchantia polymorpha by the KAI2-ligand (KL) signaling pathway
著者: Aino Komatsu, Kyoichi Kodama, Yohei Mizuno, Mizuki Fujibayashi, Satoshi Naramoto, Junko Kyozuka*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 教授 経塚淳子
掲載誌:Current Biology
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.02.022



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科、理学部生物学科 兼担[web
教授 経塚 淳子(きょうづか じゅんこ)
TEL:022-217-6226
E-mail: junko.kyozuka.e4[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
E-mail: lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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